♰06 銀色の試験。
オフ用の服を数着、購入。
それから、仕事用のSサイズの動きやすい服も。
ブーツはそのままでいいだろうと判断して、新しい服だけに着替えた。
王都の流行りは、肩出しのインナーらしい。
白い長袖のシャツに、黒のオフショルダージャケットを合わせた。ズボンはフィットした黒。
特に手直ししてもらうことなく、服を得られた。本当にまけてもらえたので、ラッキー。
これで私も王都っ子の仲間入りである。
一つにまとめてもらった袋を片手に、城を目指して通りを歩く。
城というだけあって、大きいなぁ。
離れていても、そう感じた。
キラキラな王子様がいそうな純白の壁と水色の屋根の城。
いや、まぁ、王子様はいるっちゃいるんだっけ。なんて名前だったけかなー。
私が子どもの時に、盛大に誕生を祝われていたけれど、忘れてしまった。
「ハートさん」
「あ、リュート隊長さん」
待っていたみたいに、白い建物の大きな扉の前に、見目麗しい騎士が立っていたものだから名前を呼んだ。
二十代前半ってところだろうか。もっと若いかもしれない。
「こんにちは。来てくださったのですね。案内します」
昨日と変わらない物腰柔らかな口調で、微笑んできた。
「どうぞ」と扉を開けて、中に入るように促す。
軽く会釈して、私は足を踏み入れさせてもらった。清潔感ある建物だ。そう印象を抱く。
「その服、似合っていますね。可愛らしいです」
「あ、ありがとうございます」
「昨日の服は、やはり若返ったせいでしょうか、サイズが合っていませんでしたね。新調するのも大変でしょう」
「お金がかかるのは大変ですが、楽しいものです」
「やはり女性ですね。着飾ると楽しいものなのでしょう」
イケメンだな、としみじみ思いつつ、私は納得する。
三十路でも、引きこもりオタクでも、まだまだ着飾る楽しさを感じるのだ。
やはり女性なのだろう。
「昨日の防具は、ベルベットウルフの毛皮に見えたのですが、違いましたか?」
「正解です。私はデヴォルという田舎町から来たんですけど、何年前だったかな……三年前くらいに町のそばに群れが出来たので討伐して、親玉の毛皮をベストにしました」
「デヴォルの町ですか……結構遠くからいらっしゃったのですね。群れは町の冒険者総出で討伐したのですか?」
「え? 私一人で討伐しました」
「え?」
ベルベットウルフの群れを討伐したのは、私一人だ。
驚いた表情が振り返ってきた。廊下を歩いた足すら止めてしまうリュートさん。
「お一人で……ベルベットウルフの群れを……?」
「ええ、はい。たまたま見つけまして、早めに対処しなくては行けないと判断して、こう……広範囲魔法で仕留めました」
ヒョイッと、手を振った。
氷属性の大量の矢を降らして、大半は仕留めたのだけれど。
「広範囲魔法って……どこで習ったのですか?」
「……学校の先生」
王都の学校ならともかく、田舎町の小さな学校では、普通は学べない。
授業中も小説を読んでいた私への罰に、分厚い本を頭に落としては、一つ覚えろと言った詠唱魔法の先生。元気でいるだろうか。
言われれば難なくこなしていたけれど、授業態度も悪かったから成績はあまり良くないんだよね。
それは言いたくない。
「ベルベットウルフは個々でも強いはず……広範囲魔法は威力が減るでしょう?」
「ええ、親玉は避けちゃったので、一対一の対決になりました」
「……シルバーのランク3でしたよね?」
「はい、そうですが?」
「事実なら、もっとランクを上げられたのでは?」
再び歩き出したリュートさんは、一つの扉を開けた。
大きな長机についた総隊長レオナンド・グローバーが、中にいる。
鋭い眼光。睨んでいるわけではないのに、威圧的だ。
「ロイザリン・ハート。何故、試験を受けない?」
同じく威圧的な声で問う。
挨拶もなしか。
「失礼しますー。ランク上げの試験なら、これから受けるつもりです」
「今まで何故受けなかった?」
部屋に入らせてもらった私は答えたが、今まで受けてこなかったことを尋ねているみたい。
「……私の田舎町では、シルバーの依頼なんてほとんどなかったので、現状維持で十分だと判断したからです」
それと、試験も受けることが面倒だった。
「何故、今になって受ける気になった?」
この人、質問ばかりするなぁ。職業病か?
「ああ、それは……」
いい答えを思いついて、私はニヤリと笑ってしまった。
「ーーあなたを超えるためです」
最強の冒険者になるために、あなたという人を超える。
「……ほーう?」
琥珀の瞳が、細められた。
「あ、それが報酬ですか? もらっておきますね」
机の上に袋を見つける。丸く膨れたその中に、お金が入っていると予想した。
レオナンド総隊長を見ながら手を伸ばせば、頷きで示してくれる。
「楽しみにしている」
用はこれだけだから、引き返すと一言かけられた。
超えることを、かな。
より気合いが入ってしまう。明確な目標がいると助かる。その目標目掛けて走ればいいのだから。
「試験、頑張ってくださいね」
外まで見送ってくれたリュートさんと別れたあと、私は冒険者ギルドに足を運んだ。
昨日の今日だからか、注目が集まる。
若返った身体でどこまでいけるか試すために、モンスター討伐を受けようとシルバーの依頼書が並ぶ掲示板まで歩む。
依頼を決めたら、試験のことをついでに聞こう。
「ロイザリン・ハート様」
呼ばれて顔だけ振り返ると、大柄の男性が歩み寄ってくるところだった。
様付けする辺り、ギルドの職員だろうか。歳はレオナンド総隊長より上ぐらいかしら。でも服装は、冒険者のように思える。身体付きも。
「ここのギルドマスターのゼウだ」
「ギルドマスターさん」
ギルドマスターが、私になんの用だろうか。
「警備騎士から報酬はもらったか?」
「はい、しっかりいただきましたよ」
昨日の騒ぎを耳にしたのか、はたまた見ていたのかしら。
「そっか、それはよかったな。ところで、シルバーのランク3なんだってな? ランク上げの試験は受けないのか?」
「実は受けたいと相談しようと思っていました。今まで受けていないのでどんなものか知らないんですけど……」
試験料はおいくらだろう。
内容は、なんだろう。
実技? 筆記? 両方?
「ちょうどいい、特別試験を受けないか?」
にかっ、と爽やかな笑みを浮かべ、ギルドマスターは持ちかけてきた。
私はパチクリと瞬きをする。
「特別試験……?」
「応接室で話そう」
ギルドマスターにつていき、部屋に移動した。
コーヒーテーブルを挟んで長いソファーが二つ置かれた部屋。向き合って座った。
「ちょっとした事情で、シルバーのランク上げ試験を行なっているフェンリルがいるんだ」
「フェンリル、ですか……」
幻獣種のフェンリル。大狼の姿をした幻獣がいるのか。
しかも、試験を行なっているとは、一体どういう事情なのだろう。
そこは話す気がないらしく、ギルドマスターは続けた。
「特別というだけあって、通常のランク上げ試験より難度が高い」
「元々、田舎に比べて王都は難しいと聞いたのですが、さらに難しいとなるんですか?」
「ああ、そうなんだよ。王都周辺は地方に比べると危険だからな、ブロンズで下積みしたとはいえ、シルバーの依頼を引き受けるならそれなりの知識と実力を兼ね備えていないと呆気なく死ぬ可能性が高い。だから、厳しい試験にしたってわけだ」
膝の上に頬杖をついて身を乗り出すと、笑う。
「知識を確かめるための筆記試験は通常の試験と同じだが……実力を試すのは、ちょっとシルバーのランク3の冒険者には難しいだろう。フェンリルと対決だからな」
「!」
……フェンリルと直接対決、か。
それは骨が折れそうだ。間違いなく凶暴化したモウスより強い。
確か人と話せるほどの知能があるし、魔法も使える。
もちろん、私は幻獣と戦った経験はない。
「大丈夫だ。試験では死にはしない」
ソファーに凭れて、ギルドマスターは笑った。
死ぬ心配してはいなかったが、噛み殺される心配をするべきだろうか。
「フェンリルの実力は、冒険者のランクで言うとどこに位置するんですか?」
幻獣討伐なんて罰当たりな依頼は出ない。だから、ランク付けした強さを知らない。
念のため、尋ねてみた。
「そうだな、アイツの強さは……ゴールドに近いって思った方がいい」
「……シルバーの試験ですよね?」
「同等の対決なんて、簡単すぎるだろうが」
ニヤリ、と意地悪な笑みを作ったギルドマスター。
難度たけぇーよ。
ベルベットウルフの親玉なんて、足元にも及ばないわ。
「大丈夫大丈夫、何も勝てとは言ってねーだろ? 実力を出し切ってくれればいいんだ」
何それ。それはそれでムカつく。
こっちの目標はゴールドのランク2の冒険者レオナンド・グローバーだ。
ゴールドのランク3に近い強さのフェンリルに負けているわけにはいかない。
やるなら、勝つ。
絶対に勝つ。
「……」
「特別試験、いつ行うんですか? ……どうかしました?」
「あ、いや……今すぐにでも始められるぞ」
ポカンとしたギルドマスターは、すぐに気を取り直したように笑う。
「今すぐ?」
「ああ、このギルドの奥にあるんだよ、実技試験の会場がな。実は精霊に若返らせてもらったって聞いて、アイツもお前さんに興味があるんだ」
「フェンリルに興味を持ってもらえるなんて光栄ですね」
「よし、じゃあ行くか?」
ギルドマスターがソファーから腰を上げたけれど、まだ質問したいことがある。
「知識を確かめる筆記試験の方は、自信ないんですけど。準備なしで挑むのはちょっと無謀かと」
「あーそれなら、この本の中から、問題が出題されるから読んでおくといい。筆記試験は後日」
ギルドマスターは、三冊の本をどんっと目の前に置いた。
結局勉強か。嫌だな。でも挑むしかない。
「一度宿屋に戻って、防具を着てきます」
「わかった、用意は済ませておく。受付に特別試験を受けると言えば通してもらえるぞ」
「はい。ではまたあとで」
本を抱えて、私は一先ず宿屋に帰ることにした。
◆◇◆
応接室に残ったゼウは、肩の力を抜いた。
「なんだよあの目……」
思い返すのは、鋭くなったロイザリンの瞳。
射抜くように強く、威圧さえも感じた眼差し。
金縛りにでもあったように、動けなくなった。
まるで、支配者のような鋭利な眼差し。
「シルバーのランク3って実力じゃねーなぁ……ありゃ」
顎をさすって、呟いた。
「試験、どうなることやら」
面白くなるかもしれない、と笑みを作った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます