ロイザリン・ハート「転生したら本気出すって言ったじゃん!」 〜若返りの秘薬を飲んだ冒険者〜

三月べに

♰01 転生したら本気出すって。



 転生したら本気出すって言ったじゃん!




 ハッとして、私は思い出した。

 それは異世界転生ものの漫画を読んでいて、突然に記憶が蘇ったのだ。

 前世の記憶というやつ。

 なんてこった。

 私は地球の日本育ちのオタクだったのだ。

 所謂、スポーツを難なくこなしてしまう動けるタイプのオタクだった。

 けれども、オタク故に引きこもってしまう人生を送っていたのだ。

 日本の漫画から小説、それからゲームも堪能したい。そんな人生だった。

 推しを愛でるために生きていた。

 来世では、本気出すと決めて。

 しかし、それなのに、私ときたら……!!!


「転生してもオタクかよ!!!」


 読んでいた漫画を投げつけてしまいたいけれど、この本は悪くない。

 八つ当たり良くない。

 グッと堪えて、本を置いておく。

 まさか、転生先の世界にも、漫画があるとは思わないじゃないか。

 魔法のあるファンタジーな異世界でも、漫画がある。でも、マイナーだ。あまり描き手は多くない。小説の方が多いものだ。

 どちらにせよ、私は同じ人生を歩んでしまったのだった。

 オタク人生を歩んで、もう三十路である。

 今世も前世と同じく動けるタイプのオタク。本を貪る人生と化していた。

 いや、オタクが悪いわけではない。でも、でもね、神様!

 本気出すって言ったじゃん!

 思い出すなら、もっと早くに思い出させてよ!!

 三十路で何を本気出せばいいんだ! 三十路だよ!? 何に本気出しても、動けるタイプでもガタガタだよ!!?

 三十路舐めんな!! 二十歳から体力は下り坂なんだよ! 集中力もな! 無駄な肉もたくさんつくんだ! 身体重いわ!


「かと言って、またもや引きこもりオタク人生なんて……」


 しょうがないかもしれない。魂からオタク気質なのかもしれないからこその二度目のオタク人生か。

 またもや、来世に期待してしまうなんて、そんなでいいのか?

 もしも思い出せなかったら、同じ引きこもりオタク人生かもしれない。

 それはなんか嫌だ。変わりたい。

 引きこもりオタク生活を満喫しながら、私は思っていたのだ。

 もっと違う人生を歩みたいと。

 異世界に夢見ていたのだ。

 冒険や魔法に憧れていた。

 前世と違い、今は間近にある世界にいる。冒険したければ、行けばいい。魔法だって学校で学んで難なく使える。

 やれば出来る子なのに、本気出せば何かと出来るはずなのに、何もしない。

 何も成し遂げないことに、どこか無責任さを感じていた。

 目標を得て、成し遂げたい。そんなどこからか、使命感が湧いてしまうんだ。


「はぁ……ちょっと熱出たかも、ちょっと冷やしてくるか」


 重い腰を上げて、私は部屋の窓から出て、屋根に登った。

 まだ夜の空の下、冷たい風が吹いてくる。

 手入れが面倒だと短く切り揃えた後ろ髪が、その風に弄ばれるのを感じた。

 考えすぎの熱が、引いていく。

 町並みは、海外の田舎って感じで、空を遮る高い建物は少ない。実際、ここは田舎町だ。

 絵本で見たような小綺麗なカラフルの煉瓦が並び、建物が立っている。

 ガラス張りの建物が高くそびれている景色より、ずっと好きだ。

 元々好きだと思っていたけれど、いいなぁ。

 好きだなぁ、この世界。それなのに、ほぼこの町から出ていないのだ。

 本ばっかり見ていないで、この世界を満喫したい。

 俯いてばかりいないで、顔を上げて見てみよう。

 旅に出よう。そう決意を固めた頃に、夜が明けて、朝陽が顔を出す。


「あれ? そう言えば……」


 私はとんでもないことを思い出す。

 学生時代に、確か「若返りの秘薬」があると聞いたことがあるぞ。

 どこだったかなぁー。

 額に指先を当てながら、唸る。

 学生時代からすでに本の虫で小説を読みながら、同級生達の会話を聞いた。

 確かにその名の通り、若返るという薬が存在している。

 とある精霊の森の中にあるとか。そういう話だった。


「若返りの秘薬! そうだ! それでやり直しだ!」


 若返ってしまえば、やり直し出来る!

 ガッツポーズをして、にっこりと笑う。

 転生でやり直しより、ずっといいではないか。

 若返った身体で、存分に冒険しよう。

 この世界を、この人生を、謳歌してやる!


「ロイザリン・ハート! 本気出す!!!」


 まずは「若返りの秘薬」のある精霊の森まで、冒険だ!




 元々、今住んでいる家は両親が残してくれたものなので、特に整理することなく出発できる。

 ちなみに生活費は、冒険者として近場のモンスターを狩ったり、採取をしたりして稼いでいた。

 そう。私はこう見えて、一応冒険者なのだ。手っ取り早くお金を手に入れられる仕事だと思い、冒険者登録をした。

 学校卒業後に頑張って稼ぎまくり、最近はちょくちょく無理のない範囲で稼いでいただけ。


「冒険者か……」


 難なくこなしていた冒険者業。続けられていたのは、結構好きだったからかもしれない。

 大抵、好きな依頼を引き受けて、完了すればお金がもらえる、そんな簡易的なシステム。

 学校で剣術も魔法も学べた私には、簡単だった。


「最強の冒険者にでもなろうかしら」


 若返った身体で、頑張って最強の座を目指すのもいいかもしれない。

 私は冒険用の服と装備を身につけた。

 動きやすい黒のズボンと白のVネックシャツ。防具であるベルベットウルフの毛と皮で出来たベストを着た。多少頑丈だが、結構軽くて好き。

 腰には、ベルトを巻きつける。私の武器は、二本剣。近接戦が好きなのは、前世のゲームの中からだったなぁ。流石にこの世界にゲーム機はないんだけれど。

 ブーツは履き慣れた黒の短いブーツ。底がそれほど高くない。

 赤くて短い髪を撫でつけて、私は鏡でチェックした。学生時代に比べて、ダメだ。顔は整っている方である。体型も、とんでもなく太っているわけではない。ポチャっとしているところが嫌なのだ。学生時代に比べて、運動量が減ったせいだろう。正直、太もも周りがきつい。そして、お腹もややぽっこり。二の腕は、剣を振っているから、まぁよしとしよう。でもやっぱり、昔に比べて太ったよなぁ。体重計に乗りたくねぇ……。

 若返ったら、痩せるかしら……。

 まぁそこは体力が回復した時に、頑張って運動量を増やして、活躍しよう。


「よいしょ」


 同じような衣服と防具。それから、野宿道具と食料を大きなリュックに詰めて、背負った。

 重たいと言えば重たいけれど、旅をするならこれくらいは頑張らねば。

 異空間に収納魔法はあるけれど、あまり得意ではなくて、とても小さなスペースしか持っていない。だから貴重品だけを詰め込んである。お金だけ。

 目指すは、王都。国の中心にある都。そこを活動拠点にするつもりだ。

 国の中心にあるけれど、強いモンスターも周りにいる。ゲームで言うと、私の田舎町は序盤の地域みたいなところだろう。戦いやすい弱いモンスターが多い。

 王都からの方が、例の精霊の森に近いので、最初の目的地。

 大体五日くらいか。……長いなぁ。

 でも始まりの一歩は踏み出さなければいけない。


「いってきます」


 私はしばらく帰れないけれど、いつでも帰えれる家に、挨拶をして出た。

 この町には、親しいってほどの友だちはいない。だから、人に挨拶することなく、故郷の町を出発した。


 それから、三日が経つ。

 引きこもりだった身体に、陽射しと野宿はしんどいものだったけれど、トラブルもなく進めた。

 この日までは。

 道中で度々馬車とすれ違ったけれど、今日は馬車が停まっていた。

 何やら騒がしかったから、つい中を覗いてみれば、中で少年に暴力を振るう男達がいたのだ。


「何してる!!?」


 カッとなって、声を上げた。

 手を止めた男達の前にいるのは、首輪を嵌められた褐色の肌にとんがり耳の少年。ダークエルフだ。

 それで現状を把握した。ダークエルフは希少種族。売れば高額と聞いたことがある。つまり、ダークエルフの少年は売られるために捕まってしまったのだろう。

 助けるべきだ。すぐにすべきことがわかり、リュックを背から落とし、ベルトのホルダーから両剣を抜いた。


「やんのか!?」

「首を突っ込むな!」

「やっちまえ!」


 男達は四人いた。だが、二人が武器を持って、向かってくる。剣と金棒。


「風よ(ヴェンド)!」


 風の魔法を発動。風を纏うようにスピードを上げて、剣を持つ男の懐に移動した。

 殺す気はさらさらないから、柄を腹に叩きつける。

「グホッ」と声を零し、崩れ落ちた。巻き込まれないように、サッと身を引く。


「魔法使いか! 小癪な!」


 金棒をスイングしてくる男のそれを避けるために、後ろに飛び退いた。

 当たったら痛いだろうな。風圧で、赤い髪が舞う。

 基本、この世界の人間は、生まれながらに何かの属性を持つ。

 火属性、氷属性、風属性、雷属性。付与して、武器を振るう。

 呪文を唱えて魔法を使うのは、魔法使いと呼ぶ。

 ちなみに、エルフ族は生まれながら木属性を持っている。


「くらえ!!」


 追撃する男の属性は、雷のようだ。バチバチと金棒が鳴る。当たったら、もれなく感電するだろう。

 まだ残り二人いるのだ。麻痺をくらう余裕はない。


「くらうかよ! 風よ(ヴェンド)!」


 身を屈めて、魔法で加速。

 静電気で、髪が立つのを感じた。

 バチバチと鳴る金棒の下をくぐり、片剣で腕を切りつける。

 痛みで怯んだ男の足を蹴り、お腹に柄を食い込ませた。


「!」


 そんな私に、火が放たれる。

 火炎放射のような火だったが、私は両剣で叩っ斬った。

 私は火属性持ち。耐性もある。


「ちっ! 火耐性持ちか!」

「だったら、氷属性で!」


 氷結させるつもりか。


「お生憎様! 氷も持っているのよ!」


 ちょっと冷たいけれど、飛んできた氷柱の雨も叩き落とす。

 ダメージはないに等しい。

 私は火属性と氷属性の二つ持ち。耐性あり。

 右の短剣に火を、左の短剣に冷気を纏わせた。


「くそっ! 二属性持ちかよ!!」

「しかも反対属性で……ちぃ!」


 火と氷は相性が悪い。火は氷に弱く、氷は雷に弱く、雷は風に弱く、風は火に弱い。

 二属性持ちはザラにあるが、こういう相性が悪いもの同士は珍しいのだ。

 まぁ、強ければいいけれどね。


「耐性があっても、強ければ効く!」


 火を放った男を火で切り、氷を放った男を氷で切る。

 彼らより、属性が強い自信はあった。

 同然効いて、火傷と凍傷を負い、倒れる。


 ふふふっ。決まったぜ。


 左の片剣は、ホルダーにしまった。

 馬車の中に乗り込んだ。


「大丈夫?」

「っ!」


 見た目十六歳くらいの少年は、敵意剥き出したの目で睨みつけてくる。

 白銀の髪は短くて撥ねているし、ボサボサだ。口元には血が滲んでいる。暴力を振われた跡だろう。

 完全に人間を敵視した目だ。

 自分を売り飛ばそうとしたのだから、当然か。売り買いするのは、大抵人間だ。

 私は、もう一つの短剣もしまった。武器は持っていないと、開いた両手を見せる。


「ごめんね。首輪を外すよ?」


 笑いかけて、近付く。ダークエルフの少年は強張ったけれど、私は構わず首輪を見た。


「やっぱり、魔力封じの首輪だね……んー」


 魔法を使わせないための首輪。拘束具の一種だ。


「どうやって外すんだっけ……確か……」


 首輪の後ろを覗き込めば、鎖がついていた。床に固定されて、逃げられないようにしているのか。


「酷いものね……全く」


 ため息をつきながら、鍵穴の中にピンを差し込む。ピッキングを試し中。

 差し込んでカチャカチャやれば、こういうのは外せるらしい。

 カチン、と音が跳ねたと同時に、首輪が外れた。

 途端に、少年の強張った肩が下がる。緊張が、ちょっと解けたらしい。


「よし。私このまま王都に行くんだ。君を捕まえて暴力を振るった連中を引き渡す。君はどうする?」


 あまり近付いていても、警戒心剥き出しの少年に悪いから離れながら尋ねた。


「……」

「まぁ、あいつらと一緒に行くのは嫌だろうけれど……」

「……」


 嫌だと示すように、コクリと頷くダークエルフの少年。


「そっか、じゃあ降りて。連中を乗せる。おっ、首輪人数分あるじゃん。つけてやろーと」


 魔法で拘束も考えたけれど、人数分の首輪が転がっていた。

 罰につけてしまおう。


「あ、あの!」


 先に降りたら、少年に呼び止められたので振り返る。


「ん?」

「な、名前……」


 せめてお名前だけでも……ってか。

 私ってば、ヒーローみたいじゃん。

 幸先いいな、と思いながら、にっこりと笑ってみせた。


「私は、ロイザリン・ハートだよ」




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る