11話 新おっさん<ショタっ子<「天使ジュリーさま」



……………………………………だって、なぁ。


そもそも僕、はじめっから諦めていたし、な。


だって、女だぞ?


それも、近代以前の女の地位なんて……ごくごくごくごく一部の人たち以外、無いも同然だしなぁ。


僕が商売を手伝って楽しんでいたのも、将来、よりいいとこのお婿さんを迎えるのを見越しての、父さんの仕込みな面のおかげだったんだしさ。


いくら商家といえど、チートな僕が手伝っただけで(現代の会計・経済・交渉の知識があったとしても)……何人もいた兄たちを差し置いて、女の僕に、しかもぜんっぜん成長しなくってもはや幼女な僕にそこそこの資金と全権を与えてフリーハンドにさせるワケないしな。


………………………………だって、「女」だぞ。


産まれたからには、どうあがこうとも……下手をすれば腕力でぐへへに子を産まされる運命だ。


現に、新おっさんにそうさせられるところなんだしな。


悲しいかな、それ自体を避けることはできない。


なぜなら、僕は女として産まれ直してしまったのだから。


こどもを産むっていうのが、存在意義な。


多産多死だから、はよぽこぽこ産めっていうレベルの時代の。


………………………………というか結婚さえしないのなんて、それ、生きている価値あるの?って目で見られるくらいにはありえないことなんだし、それを実践する前に知る人知らない人に心を折られる始末だし。


つまりは村八分にさえしてくれないという、おっそろしい固定観念。


ま、僕が生きていた……死んだんだけど、そんな現代でさえそう考える人はそれなりにいたんだから、この時代の人にしてみれば……なぁ。


こどもを産めない、あるいは産まないとかのたまう女性は、ほとんどの人にとっては女の形をしたナニカな扱い。


悲しいかな、女になってみてそれがよーく分かる。


たとえ優しかったとしても、「お嫁さんになってこどもに恵まれる」ってのが前提の扱いなんだ。


現代は、ほんっと恵まれてたなぁって心底思う。


いっそ現代に生まれ直したかった。


なにが悲しくて………………………………、と。


とにかくここの中世じゃ……ごくごく一部にそれを認められる人もいるけれど、それはだいたいがお貴族さま以上で、かつ、幼い頃から顔と名前がはっきりと知られているレベルに限られるわけで。


だから僕にとっては、どだい無理な話。


致し方ないのだ。


人の世で生きていく以上……世間様には、勝てないのだ。





だから僕は、………………………………あくどいことをしたのを知ってきわどい証拠まで集めちゃったってのがバレて殺されたりするのもやだし、かといってあの、凹凸もないのになめ回すような視線をず――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っと頭のてっぺんからつま先まで何十往復も、ヤなとこ中心に送ってくる新おっさんのとこへぐへへされるために行くのもまたやだし……で、なんとかましな余生を送るべく、悪事の告発に使うはずだった手札を、ドナドナ先を気持ち悪い新おっさんから……とあるショタっ子へ変えるのに使った。


つまるところ、フツーの商人さんで、フツーに……ちょっと息子さんの手腕が心許なさそうだから、なんかいいお相手いない?って聞いて回ってる、ごくごくフツーのお家へ行くように仕向けたわけだ。


……だって、改めてになるけど、汚く汚れた汚らわしいおっさんと、ピュアッピュア(想像)なショタっ子だぞ?


その子の成長次第では、……線が細くって気弱で、あとキレイ系のお母さん似だったりすれば、ウィッグと服装次第じゃ、僕の気分的にまだなんとかなるしな。


女装に目覚めさせたりすれば、なんとかなるやもしれぬ。


「受け」の、な。


もちろん僕の意識的に……いくらかは慰めになるもんな。


なんというか、どっちもついてる系な子にやられるんだったら、耐えられなくも………………………………ない?って気がするし?


あの大嫌いになった新おっさんと比べたら。


……新おっさんにそういうかっこさせるのとショタっ子にそうさせるのと、どっちがマシかっていうのはおげぇぇ………………………………比べるべくもない。


現代人の僕には男性ホルモンと女性ホルモンの知識もあるし、いざとなれば手綱を握ることができる可能性があるかないかとじゃ、ぜんっぜんちがうもんな。


………………………………いや、僕にはその気がないからこそそうして困っていたわけだけども、ギリッギリセーフと完全アウトじゃ、それこそ次元が違うんだし。


孕まされなきゃ出られない(死ぬ)部屋に入れられるとして、女の子に仕立て上げられるショタっ子と、欲望渦巻くどーしよーもないもさもさな新おっさんと、どっちがいいかって言ったら……しつこいけど、そりゃーショタっ子に決まっているんだし。


…………………………………………………………………………………………。


と。


とにかく新おっさんからショタっ子へとターゲットを……黒おっさんにすっごくにらまれて、だから頭の良いガキは嫌いなんだとか言われて態度急変されたりしたけど、僕の精神の安寧はいくらか保証された。


よかった、ここでころころされなくって、ってレベルでおこおこだったけども。


その見返りに、手札として見せた証拠の中の取引の中とかで黒おっさんが気づいてなさそーなもうけをたんまり教えてやった甲斐があったってもんだ。


あれがなかったらあの場でころっとされるか、すぐに箱詰めで出荷されていたやもしれない。


ところで悪いことはもちろん、ぜんぶは出していない。


あくまで、そこそこにあくどい程度のものまでだけだ。


だって、クリティカルなもん出しちゃったらそれこそ、首をきゅっとされそうだったし?


でも、なにしろぷんぷん丸だった。


おかげで少しちびったじゃないか。


こちとら体は女だぞ。


男と比べて緩いんだぞ、手加減しろい。


………………………………そうしておっさんからショタっ子へと、僕の持てるすべてを使ってすり替えたけど、やっぱ男と結婚したりぐへへされたりするのはやだなー、って思いつつ迎えた………………………………僕が、売られる日。


売られる、はずだった、あの日。


運命の、日。


――――――――――僕にとって、生まれ変わってよかった、って思えた日。


忘れもしない、あの応接間で。


ふりふりふりふりさせらさて、ショタっ子と見かけ上の年齢をおんなじくらいにさせられていた、あのときに。


「……では、そういうことで宜しいですかな? いやぁ、私も知人の娘のリラちゃんが、悲しい目に遭って気落ちしていたこの子が、相応しいお相手に見初められて嫁に行くお姿を……こんなにも早く見ることができて、肩の荷が下りたきぶんですわい………………………………ぐふふ」


僕の頭をぐりぐりと……だーから髪の毛のケアについて無知な男は嫌いなんだ、おまけに土壇場でもう一声って言ってむしり取る条件までつけやがって……たまたま生き残っていた僕が、新おっさんよりも高く売れるし外聞もいいお相手に引き取られ、いや、売ることができた喜びで震え続ける黒おっさん。


「……………………………………………………………………………………」


……これでもずっとマシなんだから、気にしない気にしない。


なにも、売られる先が変わったんだから、今日行ったらすぐにってとは、………………………………ないよな?


調べた限りじゃ、そんな家じゃなかったはずだし。


常識的に考えたなら、ショタっ子と僕が仲良くなるまではそういうことはさせないはずだしな。


いや、とりあえずは数年は大丈夫なはず。


たぶん。


「おぉ、君が、あの………………………………。 亡くなられたお母様譲りの美貌とお父様譲りの商才を持ち、私たちという新しい家族が見つかるまでのあいだ、このお方に助けられ、ずっと面倒を見ていただけていたという幸運にも恵まれた君が」


「はい、どうぞよろしくお願いします」


…………もーどーにでもなーれ☆


あ、なんかテンションおかしい。


ま、やるこたやったし、これでも相当に明るい未来なんだから、もううじうじしてもしょうがないって腹くくったからかな?


いちおうは裏のない家……のはず……散々調べた上でターゲット向けたんだし、黒おっさんの奥さんや娘さんたちや使用人さんたち、あと出入りの商人さんたちの間で、僕のお相手について「不運な人生送っているんだから、せめて年の近い男の子のいる家じゃなきゃかわいそう」っていう空気を作りだして新おっさんによるぐへへだけは回避したんだ、覚悟を決めよう。


ついでに新おっさんのガチでロリなご趣味をそれとなくまんべんなく広めたのも効果があっただろう。


残念だったな、新おっさん。


今はきっと大騒ぎだぞ、がんばれ……いや、路頭に迷うといい、うん。


…………………………………………………………………………って。


頭上でお金のこと考えてぐふぐふ言い続けるな黒おっさん、豚か。


あ、いや、僕が子ブタだったか。


ともかく、もう少しだけ取り繕うっていうことでできんのか。


――――――――――――――――なーんて、頭に乗っけられていた重みといつものクセとで上目づかいで、人のよさそうな商人さんを見上げていた、まさにそのとき。


「――――――――――――――――――――――――――――――!!!」

「――――――――――――――――――――――――――っ! ――!?」

「……――――――――――――――――――――――――――――――!」


「…………………………………………おや? なにやら騒がしいですね?」


「え、えぇ………………………………。 ………………おい、少し見てこい」

「はっ」


「……………………………………………………………………………………?」


それじゃあ、と、僕の目の前へと差し出された書類に、身売り的な書類に名前を書こうと、身を乗り出させられようとしていたそのときに、廊下の先が騒がしくなり。


「………………………………き、きっと、新しい契約を取り付けた使いの者が、騒いでしまったのでしょうなっ! ほ、ほらリラ、さっさと書かんかっ」


「……………………………………………………………………………………」


僕に対して取り繕うのをやめたのを感じ、黒おっさんはとうとう小物臭が抜けなかったなぁ、けっこう悪事に手を染めていたはずなのに、あぁいや、小悪党のほうがタチが悪いんだっけ………………………………とかをぼんやりと思いつつ、家名だけ一時的にくっついている僕の名前を、リラ、まで書き進めたその瞬間に。


ドアが、………………………………応接室のだからものっすごく頑丈で重い物のはずなのに、それを蹴飛ばすようにして左右から騎士っぽい格好をした人たちが、武器を両手に入ってきて。


「――――――――――――――――――間に、合った………………っ」


ジュリーさまが、彼らと同じような格好をして………………………………サーベル片手に入ってきた。


あの光景。


あれこそが、僕を僕たらしめる一瞬だった。

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