14話 ミニマムな僕と、特大の博打と


さて。


再三になるけど、現代でももちろんなんだから、こーんな中世じゃ……女なんてのは圧倒的に地位が低い。


こうして何度となく、ふと考えちゃうほどに……とにかく男とはちがう。


覚えていないけど、少なくともちがう、っていうのは、はっきりと分かる。


なんというか、感覚で?


前世の感覚ってのもなんか変な感じだけど。


見下されている、というよりは……たとえるならお酒飲めない人をバカにする感じ?


いや、それ以前にバカにしている意識すらなく、そりゃーもーナチュラルに下に見られるのか。


ましてや女の子、その中でさらにちっこい僕なんかは、さんっざんに。


まー、それは悪いことばかりじゃなくって、大半の人は無意識に僕たちを守ろうって感じになるし、庇護下に置いているって意識な以上なにかとお得な思いをさせてくれるからな。


……さすがに僕が楽しんでたお金倍々ゲームなんかだと、実力があるって分からせにゃプレイヤーとしても見てくれないけど。


見せてもしばらくは……父さんとかに言われたとおりにしてるだけってしか思っちゃくれないけどな。


いやー、まさか多くのヤローどもからは、発言権のある……おつむがある「人間」ってすら見られていないってのに思い至ったときには戦慄したなぁ。


ほんと、社会通念? 共通認識? それとも固定観念? ………………ってやつは、こわいものだ。


で。


どうして僕がこんな、リラとして生まれてさんざんに思ってきたことをここで思い出しているかというと。


………………………………小さい。


ちみっこい。


女……同性ではあるけど、でも、圧倒的なまでに小さい。


そんな僕をこども扱いするのはふつうでしょーがないんだけど、でも。


公爵さまというからには僕たち平民のことをアリンコレベルにしか見ていないって思っていたのに、実際にはすっごくいい人たちで。


助けられたっていうのももちろんあるっていうかそれがいちばんなんだけど、でも、話してみても分かるとおりに人を……たぶん農民とかだとしても見下さない人たちで。


こーんな僕が言うことも、マジメに、ひとりの人の発言として受け取ってくれるような、天使、あ、そうか、女神ジュリーさまのご家族だから当然なのか。


けど。


だからこそ、不思議だった。


なーんで僕が何かをしようとする段になると途端に話を逸らされるのか。


ことごとくこども扱いして、……もっと遊びなさいとか、何かほしいものはないかだとか。


お友だちを作りましょうだとか。


それも、お人形さんとかそういう系の。


そう、例えるなら小学校低学年くらいのこどもへの接し方のような、………………………………。


………………………………………………………………………………………………。


…………………………………………………………………………………………もしや。


そう思い、ジュリーお嬢さまに問いただしてみる。


「あの。 ジュリーお嬢さま」

「………………………………せめてジュリーにしてくださいな」


「じゃ、ジュリー………………………………………………………………………………………………さま?」

「…………………………はぁ……、今は、それでいいですわぁ……。 それで、どうしましたか?」


「あの」

「はい」


「その、えと、つかぬことをうかがいますが」

「ええ。 なんでもおっしゃってくださいな」


なんでもだって!?


ほんとに!?


じゃ、手はじめにお胸のサイズとかどんな下着が好きですかとかいつもどこから洗っていやいや今はちがうって。


「こほん。 ……ジュリーさま、今はおいくつですか」

「今年で16ですわ。 あら、そういえばリラさまは」


「あ、僕のことは呼び捨てでお願いします。 で、僕ですけど、同い年、だと思います、ゆえ」

「それではリラ、………………………………………………………………え? ……………………、へ、え?」


うむ。


そんな気はしてた。


けど、誤解が解けたらしいことはどうでもよくって。


ジュリーさまの、あの悪いのを虫けらのように見下すときのぞくぞくする目も、さっきまでの優しいつり目も大好きだけど、びっくりして素が出たっぽい顔つきもまたいい。


眼福眼福。


「え? ほんとうに? ………………………………リラ、が、私、と、…………………………?」

「恐らくは。 立場のちがう環境ですので、もしかしたらプラマイ……、1、2歳くらい前後するかもですけども」


こんなミニマムな僕が同世代かつ同い年だという事実を受け入れられないでいるジュリーお嬢さま、と、視線的に周りのお付きの人たち……おんなじような反応はしょっちゅうだから慣れっこだしレアだろうお声も聞いたから満足だけど、肉体的年齢はまごうことなき16(くらい)だ。


まぁ、前世入れちゃうと途端に……最低でも30は超えるんだろーけど。


しかも男だし。


もっとも、前世のことは知識以外きれいさっぱりこっきり忘れてるけど、それでも前世入れるとこの場の……護衛さんの半分くらいを除いて僕が年長になってしまう。


見た目は真逆だけど。


これ、どうにかなんないかなー。


だから精神年齢も高いのかって考えたら……どう考えても、よくて中高大学生、10代から20代だろうし。


………………………………アバウトすぎるけど、しょうがないんだ。


いっつも頭が眠気感じてるせいでぼーっとしてて、思考力落ちてるんだろーなーってのは感じてるし、かといって年取ってる感覚もないし……まぁ現代じゃないしな。


だから、とりあえずは肉体的年齢+2、3歳の……真ん中くらいの19くらいでいいんだろう、精神年齢。


けどまー、まだまだこどもって感覚が抜けきれないから高校生でいいんじゃないかな。


確かめる方法もなし、これでいいや。


僕がそう思っているのなら、それでいいんだ。


それに、女神ジュリーさまと同い年の方が、ずっといい。


あ、じゃあやっぱ精神年齢も16ってことで。


「………………………………リラ。 嘘だけはいけませんよ」

「嘘ではありませぬ」


ぽんぽんと頭をなでりなでりしてくださりながら、諭すように語りかけてくださるジュリーさま。


うん、女神にしか見えん。


至福。


こんな風に優しく叱られたい。


もちろん激しいのも大歓迎だ。


「私たちは、知っています。 貴女のお家……の書類の大半は燃やされてしまっていますし、ことお金と権利に関する情報以外にはなにも残っていませんけれど、………………………………あの男が触れ回っていたのです。 もう少しで嫁入りできる年ごろになり、……悲しい目に遭ったからこその良い縁談を、と。 皮肉なものですが、あれこそが貴女の年齢を」


「ジュリーさま。 ………………………………それこそが。 僕がたまたま生き残っていたので、せっかくなのでいい感じに高値で売りつけようっていう嘘、だと思います。 そういう魂胆だと。 新おっ、……初めのお相手へも、ショタっ、……あのときのお相手にも。 僕がそれくらいの歳の方が好都合だというものでして」


うむ。


天使だけあって、疑うことを基本的にしなさそうな気配がする。


……あいつのような悪人にダマされるようなことはないと思うけど。


ないといいなぁ。


いや。


僕が、防がねば。


この命に替えても。


「………………………………リラ、それをどうやって」


「知っていました。 この前連れて行かれようとしたお家の、前の前の前の「商談」で。 着の身着のままで連れ出されて黒おっ、……あの家で監禁されていたといっても、自由に動き回ることはできましたゆえ、僕の「値段」や「設定」のことは、おおよそ」


僕こそがぐへへなおっさんからショタっ子へと……何回か挟んでだけど、売る商談の流れを裏で操作していたんだもんな。


「でもっ」


「………………………………じゅりぃ――……」


必殺。


少しだけ甘え声、上目遣い、小指をぶつけたときを思い出してのうるうるとしたつぶらな瞳、首を髪の毛が流れるくらいに傾ける、肩も角度を調整、手はスカートの裾をぎゅっとつかむ……、プラス。


「悪党と、僕と。 どっちを、信じてくれる、の?」


………………………………こういうときだけ、敬語を取る。


ジュリーさまが望まれていたように。


こういう不意打ちは得意だ。


なんせ、いっつもやってるからな。


さて………………………………これで、どうだろうか。


……………………………………………………………………。


……ふむ。


よかった。


効果は……………………………………ばつぐんのようで。


「……………………………………………………かわいっ…………………………!」


「………………………………………………………………………………っ!!?」

「………………………………………………………………………………っ!!!」


室内に広がる、きゅんときた女性特有の感情の共鳴。


そう。


かわいいは、正義なのだ。


それを僕は、この世界でいちばんに知っている。


だからこそ、こうしてあざといのにあざとくなく不自然なのにごく自然に女性特効なきゅんきゅんをお届けしているんだ。


これって、萌えとはまたちがうんだよなー、やっぱ。


なんかこー、方向性自体が。


「………………………………こほん。 と、いうことは、リラ。 貴女は」

「はい、数カ月しか変わらない、同い年の……義妹?です、ね」


生まれがちがうと、すべてがちがう。


それを逆手に取り、ほんとはちがうかもしれないけど、あえての同い年設定。


どー見ても……この世界的にはひとけた歳な僕だし、言ったもん勝ちだ。


なにせ平民のくせに商家だし、てことでお貴族さまと平民の中間な感じで学校にも行かなかったし、戸籍とか存在しないしな。


しかも余計な(僕の歳とか)情報は、金目じゃないものはみーんな捨てられたか燃やされたかなわけで、確かめる手段はたぶんない。


年齢なんて、しかも女のなんてのは、もうフレーバー的な感じだし……好きにしていいだろう。


せいぜいが結婚相手を意識し出してから……こどもが何人か生まれる期間くらいだしな。


けど、願わくば、対等に扱ってほしいなー、って感じで言ってみる。


それでも数歳ちがいの年下扱いは変わらないだろうけど。


いや、むしろそれがいいのか?


「………………………………では、職業としてジュリーさまのお世話係もさせていただきたく」

「ま、待ってくださいなっ。 たしかにリラが年下ではないと分かりましたが、だからと言って急には」


「成人、していますよ? 16なので、平民でもお貴族さまだとしても、お仕事をする歳です。 このままニートしているわけには行きませぬ」

「ニート?」


「あ、いえ。 ……三男坊のような無駄飯ぐらいはならないと躾けられてきましたので、なにせ商人の家ですので。 働かないと、いられないのです」

「でも」


「家でも父や兄たちのお手伝いもしていました。 母の料理や配膳のお手伝いだって。 なのでもちろんにして、ジュリーさまの身の回りのお世話などは余裕です」


たたみかける。


脳内そろばんと九九と複式簿記と現代的な自炊生活と、あと、あと……パソコンとか使ってた知識。


せっかく知識だけは受け継いだんだ、しなくてどーする知識チートって感じでやってきた経験も活かしてきたんだ。


だけど、ジュリーさまはまだまだ抵抗なさる。


「………………………………っ、でも! ね、ねぇリラ? 私たち、義理とは言え姉妹になったのは聞いているでしょう? なら、妹が姉の使用人扱いなどはおかしいわっ」

「ジュリーさま」


「……そ、そうよ、それに私が小さいころから面倒を見てくれている方たちのことも考えてご覧なさい? 彼女たちの……それこそ、お仕事をリラが奪うというのはいけないことですわ!」

「………………………………………………………………………………………………」


お優しい………………………………の、だけど。


「貴女は……あんな不幸を浴びたからこそ、これから普通……というのも、貴女にとって貴族というものはなにかと窮屈に思うかもしれないのだけれど。 けれど、私の妹としての、幸せな生活というものを送ってほしい。 貴女の境遇を聞いたお父様をはじめとした家族、そして使用人の方たちも皆そのように思ったからこそ、貴女をこの家に………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」


むぅ、ガートが固い。


困った。


これでは僕の野望、すなわちジュリーお嬢さまが女神さまなんだから僕は巫女としてお仕えするっていう恩返し……決して、決してこの娯楽のない世界でこんなにも美しい人のお世話をしたいっていう欲望だけじゃない……が、いつまで経ってもできない。


人の良い……たぶんこの公爵家全体の雰囲気なんだろうけど、人が良すぎるというのも玉にキズだ。


………………………………………………………………………………………………。


だけれども、僕はどーしても女神ジュリーさまのお役に立たねばならない。


でないと僕が生きている意味も価値も……って、ネガティブ禁止。


けど。


……なら、しょーがないかなぁ……。


嫌われちゃう可能性もあるけど、たぶんさらなる上目遣いを使えば大丈夫だろうし、それよりも………………………………ちょっと見た感じだけど、でも、経験値のある僕だからこそ分かる、お悩みを解決して差し上げたいし。


お悩み相談とお医者さんごっこをして差し上げたいんだぐへ、おっと。


そのついでになんとか認めてもらえれば………………………………ってとこ。


………………………………………………………………………………………………。


…………………………………………………………………………………………よし。


最悪嫌われても、この天使さまのことだ……口を利かないとか、もう顔も合わせてくださらないとか、そんなことはなさらないはずだし………………………………、うん。


「ジュリーさま」

「っ! ようやく納得してくれたのですね!? なら、……そう、学校! 貴女、たしか学校に行っていないのですよね!? なら、商才もあるというのだし、さらに」


「ジュリーさま。 ………………………………あなたは」


手を、前に……両手を差し出しながら、僕は、告げる。


「そんなにお心を隠されて、固めた笑顔を振りまかれて。 ………………………………おつらくは、ありませんか。 ジュリーさまの、公爵家の未来を背負われるだけの生き方というものは」


僕は、過去の、思い出せない前世という知識と。


今世の、たくさんの人と会って話をしてきて、人となりの目利きを鍛えさせられてきた経験を使って――――――――――助けられた、救われた、ほんのお礼として。


作った笑顔――それも無理をしているときの表情と声音というものから推測した答えを、告げて、しまった。

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