23話 女体は見飽きることのないもの……僕のを除いては


「あーさー。 あーさですよお嬢さま方ー、ジュリーさまー、シルヴィーさま――……」


シルヴィーさまはともかく、ジュリーさまは寝起きが弱い。


それはもう、大変に。


よって、いつものごとくに最初の声で目が覚めると思ってないから、だんだんとお名前をお呼びしながらちょーっとずつ大きくしながら、繰り返していく。


……前世でこんな感じの目覚ましあった気がするなー、未だにまっったく思い出せないけど。


そーいや目覚まし時計って単語自体数年ぶりに思い出した気がする。


だって、時計すら……な今世だし。


……ま、だんだんと前世の存在を疑わしくなるくらいには思い出せないけど。


「…………………………、あら、りらぁ?」

「はいジュリーさま。おはようございます」


「もうあさ……ですかぁ」

「はい、朝です。 清々しいお散歩日和になりそうです」


寝ぼけていらっしゃるときの舌足らずな感じがたまらない。


「そう……ありがとぉ。 いつもはやおき、ね」

「………………いえ、お嬢さま方がけっこうに」


「……あら、リラじゃないの。 なんであなたがここにいるのよ……? 昨日はさっさと帰っちゃったんじゃなかったっけ?」

「おはようございますシルヴィーさま。 はい、これはいつものことですので」


まだまだぼーっとぐてーっとしていらっしゃるジュリーさまとの絡まれた指を……ああもったいない……非常に遺憾なことにほどかれてしまい、ふわぁ、たゆん、と非常に喜ばしい伸びをされているシルヴィーさま。


………………………………うむ。


下からの迫力と、そのアクセントとしての銀髪がすばらしい。


ふだんは左右のどちらかに……サイドテールって言うんだっけ?結っているのがストレートになっているぶん、破壊力が……すけすけと相まってすばらしい。


たゆん、さらり、と。


それはそれはもう……語彙力がなくなるほどにはすばらしいんだ。


こっそりと感謝の念を送っておこう。


「……あなた、もしかして毎朝こうして起こしに来ているの?」

「はい、大体は。ジュリーさまがよっぽど早起きされない限りは、だいたい僕の方が早く起きますゆえ」


「その感じだと、メイドに起こされているわけでもなさそうねぇ……生まれつきの早起きなの、羨ましいわぁ――……ふぁ、なーんで朝って、こうも眠いのかしらねぇ」


「おふたがたは、朝起きる時間を頼まれなかったのですか」

「少し遅くまで夜更かししすぎたから――……あふ、朝食の時間に間に合うように、ってだけ言ってあるのよ。 ……寝る前にジュリーが大丈夫って言っていたのは、このことだったねぇ……」


「です。 先ほど、ジュリーさまのお父さまが早朝のご公務を終えてひと息つかれたそうなので、そろそろいい頃合いかと思いまして。 ……僕が少しだけ早く来すぎてしまいましたか。 外の方たちに頼まれていたのでしたら、お仕事を取ってしまったのですね。 あとで謝っておきます」


お仕事、役割は大切だもんな。


いくら状況とかで納得できたとしても、取られたっていう心理的な納得とはまた別物なんだ。


特に、それは女の人に著しい。


だから、……あとでしっかりとモフられておこう。


お付きの人たちは「かわいいこども」な僕をモフることができて満足、僕もふよんふよんされて大満足。


うむ、お互いに得しかしない取引だ。


と、そんなことを考えているうちに、おふたりでベッドの上でもぞもぞと……はだけた格好をもったいなくも整えられ、散らばっていた髪の毛も軽くまとめられ、くぁぁ、ふあぁ、みたいなあくびが響き渡る。


「……それにしてもシルヴィーも、リラほどではありませんけれど、随分と夜更かしをするようになったのですね。 私が眠くなってからも、何かを読んでいたみたいですし」

「え? ……え、ええ、昨日はちょっと……そうね、こっちに来るまでの馬車でうたた寝しちゃってね? ぐっすりだったのよ。 おかげで、なかなか寝付けなくってね」


「そうですか。 疲れていても眠れないのは辛いですね」

「そうでもないわよ、このとおりにしっかり眠れたんだから。 ……それでリラ? 早起きしたみたいだけど、あなたほど、……ってジュリーが言っていたってことは、そんなにいつも遅くまで起きているのかしら? それじゃ睡眠不足になんないの?」


「そうですね、大体いつも夜は一緒に私のベッドの上でお話しするのですけれども……私がうとうととしてきたと思ったら、いつのまにかベッドからいなくなってしまっていて……机に向かって何か書き物をしていたり、あるいはお部屋からいなくなってしまっていることがよくありますけれど。 でも、いつも」


「僕は睡眠時間が短い体質ですゆえ。 そのゆえに、このようなちんまい体に」


両手を広げ、体を大きく……見せようとしても逆に幼さを見せつける感じになっちゃう、このミニマムをご披露する。


どうですか。


小動物として見られるゆえに得しかしない、この体は。


「……と、このように言うので」

「……あっはははっ! それを自分で言うあたりがリラって感じね! ……けど、羨ましいわーその体質」


お話しを続けながらてとてとと窓際へ行き、でかくて重いカーテンを……もちろんおふたりに光が直接に当たらないようにしながらのたりのたりと開けていく。


外側のレースのそれをちらりとだけ開けてみると……それはそれはみごとな快晴が広がっていた。


そうしてひととおり話されて目が覚め、ご満足されたおふたりは、もぞもぞとベッドからおいでになり……いつものごとく言い含めてあるから他のメイドさん達は声がしても入ってこなくって。


お着替え担当が何人かのはずなのに? ……って、きっとそんな感じにシルヴィーさまは不思議な顔をされていらっしゃるけど、これがジュリーさまと僕の毎朝なんだ。


「ええと、それでですねリラ。 シルヴィーと昨日の夜お話ししたのですけれども。 ……今日はいい天気みたいですし」

「はい、国境の山脈まで見えます」


「そうっ! なら、お家の中やお庭ではなく、近くの平原まで行って木陰ででもお昼を食べたいと考えているのですけれどもっ」


いつになくジュリーさまのテンションがアゲアゲでいらっしゃる。


いつの間にか眠かったのが楽しみっていうわくわく感で吹っ飛んでいらっしゃって、声もすっかりと高くなっておられる。


かわいい。


「……近くの平原ですか。 移動に余り時間が掛からないところを考えますと、歩きの距離にあるところと馬車の距離にあるところのふたつがありますが、どちらにしますか」


「………………………………、そうですね。 途中の丘を登って行くのは大変ですし、馬車がいいでしょうか。 その方が、帰りのことを気にすることなく楽しめそうですしっ」

「そうねぇ。 体を動かすなら平たい方がいいものねぇ」


「かしこまりましたジュリーさま、シルヴィーさま。 ではジュリーさま、ならば、今日着られたがっていた長いドレスはやめておきましょう」

「……そうですね。 あれでは、歩き回っている内に転んでしまいかねませんものね」


「はい、それはご夕食のときにでも。 ……なので、こんなこともあろうかと。 動きやすいものをすでにご用意してありますので、今から夕方はこれを」


こんなこともあろうかと……っていうのは、気配り、すなわちにはお相手のあらゆる可能性をあらかじめ考えておいて、用意しておくっていう……デキる男の嗜みだ。


まぁちんちくりんなようじょ(この世界基準)だけど。


「さすがはリラですね。 もしかして今日の予定もすでに察していらっしゃったのですか? 昨夜の今日の相談なども」

「まあそんなところです」


まー、昨日シルヴィーさまが到着されたときのカッコがすでにそんな感じのだったしなー。


あれは使用人やホストであるジュリーさまのお父さま方への無言のアピールにはなりえども、さすがにジュリーにはまだ届かないらしい。


その辺の機微も分かっていらっしゃったらもう一人前の大人の女性、れでぃということになるんだろうか?


……ストレス性の体調不良をほぐす過程で神経の張り詰めとかをしないようにって気を配ってきたおかげで、今はちょっと、ぱっと思いつくような感じのは苦手になられているだけだから問題ないんだけどな。


それにお友だち、って時点で、そのうえにひと月ぶりってことでだいぶお喜びだったんだから無粋なことは言うまい。


ふだんなら……パーティーとかならアクセサリーひとつで話を膨らませられるだけはあるんだからなぁ。


で、その点シルヴィーさまは……なんだかもう、同い年でいらっしゃるのに大人……魅惑の、って感じだから。


おっぱいだけじゃなくって、精神的にもって感じで……なんていうか、ちゃあんと余裕もある感じの……未婚なのにお子さまが何人もいらっしゃる感じの、できる奥方って雰囲気を醸し出しておられるし。


もちろん心も、体も。


だからこそジュリーさまも……きっと無意識にご自分よりほんの少しだけ年上で甘えられるって感じておられるからこそ、これだけ打ち解けていらっしゃるんだろうしな。


「それで、シルヴィーさまは昨晩のような、外行きの……歩きやすい服装を他にもお持ちで」

「ええ、持ってきているわ、ありがと、リラ」


「承知しました」


まだちょっと気だるげに、乱れて上半球が覗いたりしているのを直しもせずに髪の毛をいじっていらっしゃるのがこれまた扇情的で。


………………………………………………………………。


いかんいかん、今からは至福の時間なんだ、雑念は脇に置いておいて、あくまでも「かいがいしい妹(偽)」をインストールしておかねば。


とことことタンスに向かい、一式で用意してあったジュリーさまのお洋服を………………………………下着から、まとめて持ち上げる。


今日のは歩きやすいようもこもこのドロワーズじゃなくって、平民でも履いているような、シンプルなぱんつ。


ぱんつと言っても、……膨らんでないボクサーパンツみたいなもんだけどな。


もちろん白だ。


そうすれば手洗いするときに、………………………………邪念はアンインストールアンインストール。


危険な物を消去した僕はぐるりと周り、またとことこと。


「ありました。 これなら丸1日動いても気にならないかと。 汚れてもいいよう、お高いものではありませぬゆえ、存分に……草むらでお昼寝なども可能かと」


「あら、昨日のシルヴィーのものに似ているのですね? ……おそろいにしてくださったのですね、ありがとうございますっ」


ぎゅ、って両手をぐっとしておられるああかわいらしい抱きつきたい。


見よ、このうきうきっぷりを。


嬉しさが止まらなかったのか、そのままぴょんって全身でシルヴィーさまに抱きつかれて……ああああああお肌同士が密着されてふにょんってなっていてお顔をすりすりとなされていてそんなジュリーさまを嫌がるそぶりもなくちょっと困った感じいやこれはくすぐったい感じで笑顔になられているシルヴィーさま。


………………………………………………………………。


ふぅ。


「………………こほん。 では、ジュリーさま」

「……あらごめんなさいリラ、お願いしますわ」


「ジュリーさま、シルヴィーさまがいらっしゃっても」

「ええ、……昨日、いえ、いつもおふろだって一緒にさせていただいて……しているのですもの、別に構いませんわっ」


「分かりました。………………………………では」


そう、ひとことだけ断って。


そして僕は、鏡の前に脱力して立たれているジュリーさまを……シルヴィーさまからは少し怪訝な視線が届いているのにも平気で………………………………お友だちの前なのは気にせずに。


ジュリーさまを、はだかに剥き始めた。

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