せっかく女の子に生まれ変わったんだから、僕はただ……お嬢さまを僕好みに育てるついでに愛でて撫で回して甘やかして楽しもうって思っただけなのに!
39話 僕は、いったい、なにを、どこで、どうして、まちがえたのか
39話 僕は、いったい、なにを、どこで、どうして、まちがえたのか
………………………………。
はっ。
危ない危ない、うっかり川的なところの向こう岸に死んじゃった今世の家族とか周りの人たちがいて、久しぶりーって船で渡りかけたとこで、あ、これ三途の川じゃん、なんでこんなときだけ前世仕様なの?――って思った途端に世界の終わりから帰ってこられた様子。
けども。
ショック死寸前で蘇ったけれども。
……僕が、シルヴィーさまのショタっ子さまもとい弟さまと婚約っていうのはともかく、それはまだぎりぎり決まってはいないみたいだから……両家のお父さま方を巻き込んでいないから、まだ挽回できるとして。
ジュリーさまのお仕事とかお世話の大半を取り上げられちゃうのもまた、なんとかできそうだって思ってたけど。
僕が、お嬢さまの代わりに休養することに…………………………、なっ、た?
………………………………。
え?
なった、って。
え、ちょっと待って。
待ってください。
それが確定事項のようになぜおっしゃるのですかジュリーさま、それはまるで。
「あの、……へ?」
「だって今朝に……お父さまや使用人の方たちから聞いたのですけれども。 リラは、みなさまが。 私にだけは、と、秘密にするようにとあなたが頼んでいたために知ることができなかったのですけれど、あなたが何度も倒れたり、他の方々が心配なさるほどの生活を続けてきたのでしょう? ……ですから、しばらくおやすみ、ですわ。 当然ですよね? それはかつて、リラ……あなたが私をお仕事から引き剥がすために使った文句なのですから。 体に異変が出るほどに働いては、近い内に心と体を壊してしまいます――そう、言ってくれたからこそ。 そして、これだけ休んだからこそ、私は快復したのですから」
………………………………。
ああ。
ああああ……。
お嬢さまが、かつての僕のあのときのを、忘れきってるって思っていたそれを、今度は僕に使ってこられている。
まずい。
ひっじょーにまずい。
なにがまずいかって、それでいちどジュリーさまをおやすみさせた結果としてお嬢さまが健康になられたという前科……じゃない、実績がある。
だから、それをお父さまたちに言われちゃったら、覆すのがとっても難しいんだ。
そりゃーもー、理屈としてはこれ以上なく。
どやんってお顔していらっしゃるジュリーさまの思っていらっしゃるとおりに。
かわいすぎる。
どうしよ。
じゃない。
やばいんだ、この状況。
どうしよ。
………………………………。
……なんで、外堀が。
こんなにも……たかが寝坊しただけでこれだけ一気に埋まっているんだ。
たったいちどの失敗とも言えない過ちで。
しかも、今ので内堀までとか。
やばい。
「そうですわ。 リラも私の妹だと、家の娘だと……公爵令嬢だと、お父さまもお母さまも、使用人の方たちも領の方たちも。 そして、もうリラを知る大半の方たちも承知しているのだから。 ですからリラには執事や使用人ではなく、公爵令嬢たる私の妹として相応しい程度のお仕事に留めてもらって、もっと私と一緒に令嬢として活躍してもらわなければなりませんわっ。 もちろん、当分は体を治すのに専念して、ですけれど、ね? 最低でも……季節が反対になるころまでは、ずっと、です」
「あの」
「……と言うことは、ジュリー? リラにもこれからは……宙ぶらりんだった立場がしっかりしたのだから、正式な世話役を付けて。 もちろん、こうして仕事をし過ぎないようにってお目付役も付けてもらって? んで、お料理も……もうとっくに料理長が献立を覚えているのだから、リラ自身が厨房で毎日指揮を執ることもなくなって? それで、料理は……あなたたちと一緒に、必ず食べなければならないというわけよね?」
あの、ちょっと、シルヴィーさま?
あなたはなぜ次々と僕の退路を断つようなご提案をされるのですか。
やめて。
後ろから追い打ちを……背中を撃たないでください。
僕はもうずたぼろです。
だって僕は、お嬢さまのお世話だけが生きがいで。
「そうですっ! リラは、私のためにと頑なに妹として扱われることを拒んで使用人として扱うようにと言っていましたが、それもはう……私の妹となったからには通用しない言い分ですわっ。 ついつい、私の治療で忘れてしまっていましたけれども、もう、いい加減に妹として扱いますっ。 妹は姉の言うことをきちんと聞くべきなのですよ? たとえそれが同い年の……双子のような存在でも、ですっ」
僕が、あれこれと対策を考えるも……まるで僕の頭の中を覗いているかのように次々と先手を打ってこられるシルヴィーさまによって封じられていって。
ことごとく失敗したもんだから……考えすぎた頭がぼーっとしてきて。
気がついたら、僕は蚊帳の外。
あ、いや、それはいつもどおりのことなんだけど、そうじゃなくて。
計画した仲間はずれじゃなくて、事態が僕の手から離れたゆえののけもの。
百合の園を見るためのREC的な離れ方じゃなくって、僕が完全に主導権を喪失したがゆえのお外で。
………………………………。
一匹狼には、とっくに慣れている。
だって、僕には違う世界の記憶があるんだから。
だって、僕には男だって言う意識があるんだから。
だけど。
……だけど。
せっかく手に入れていたはずの理想郷が、たったのひと晩にして消えるなんて。
そんなの、認められない。
認められるか。
………………………………なんで。
僕は、いったい、なにを、どこで、どうして、まちがえたのか。
僕が眠りこけちゃった夜に、いったいなにが。
僕が昨日寝落ちしちゃって、そんで、今朝に寝坊しちゃったばっかりに。
たった、それだけで。
どうして……早く起きさえしていれば、お嬢さまたちの思いつきをインターセプトできた、はずだったのに。
どうして……こんなにもタイミング悪く、ジュリーさまの覚醒とシルヴィーさまっていうお友だちと、ジュリーさまのお父さまとかの……なんやかんやが。
なんやかんやが、こんなにもぴったりと……僕の寝坊と合っちゃっているのか。
これはよくない。
ものすごく、非常に、このうえなく、よくない。
やばい。
……天使たる女神ジュリーさまを愛でるっていう僕の望んでいたようなすばらしき世界が、マイベストニューライフワークが、みーんな取り上げられて。
ジュリーさまのお父さまからいただいていた権利で、許可さえもらえれば自由にお貴族さまたちの勢力関係とか人間関係を裏から操るっていう楽しみも、公爵家のお金を使ってお金を増やすっていう壮大な楽しみも。
そしてそしてなによりも、ジュリーさまの寝起きのぽやんとされたお顔を眺めつつお召し物をはぎ取りおはだかにして存分に眺めてその日のベストなお召し物をパンツからきっちりフィットするようにってさわさわしつつひとつひとつ大切に着飾っていって、1日中ずぅっと侍らせていただいてもちろんほとんどの時間は体のどっかをくっつけていられるっていうまさに極楽で嬉しくってジュリーさまのお食事の面倒も見て好きなものを出したときのあの嬉しそうなお顔を眺めて過ごして、お昼寝もご一緒してもちろん僕はぜんぜん眠たくならないから存分にジュリーさまの寝息と吐息と寝言と寝顔と上下されるお胸とおなかとそれとなーくさすりさすりする感触と抱きついてそれを全身で感じるしあわせと、夕方になると夏場には2回でふだんは1回だけだからものすごーく悲しいけど至高のおふろタイムで目の保養になってしかもしかもおからだをすみずみまでこの手のひらでくまなく洗うついでにマッサージしてさわさわさわさわしていいお声で耳が嬉しくなって手も嬉しくて僕のすべてが喜びというものを叫んでいて、お夕飯と一緒のお酒で嬉しそうにされて抱きついてこられて甘えんぼになられるジュリーさまがとってもとってもかわいらしくって毎回萌え死にしそうになって、んで寝る前にももっかいひん剥いてお着替えをして、ぐっすりすやすやされるまでしっかりと一緒に布団に入って抱きつかれたままで嬉しくって。
なのに。
だったのに。
そんな生活が、ずっと続いてたのに。
その……ぜーんぶ。
僕がただの妹って身分に落ちちゃったら絶対にできないような、そんな夢幻のような、つい昨日まで堪能していた生活が、ジュリーさまのスレンダーポディっていう女体を存分に味わっていたこの生活が。
奪われて。
それも、たったのいちどの過ちで。
そのうえ、そのうえ……ジュリーさまが、やる気になってしまわれた。
このまま、まだまだ休養が必要だって言っていたからこそだるーんとJKさまらしくきゃっきゃうふふな毎日を堪能されていらっしゃったのに、それが、前みたいにきりっとしてしまわれた。
……これじゃ、僕が女神さまを愛でる機会が減るどころか絶滅しちゃう。
それは僕の精神上、このうえない危機だ。
どんだけかっていうと、家族や周りの人たちが死んじゃったときとか、黒・新おっさんコンビに打ちのめされていたあのときをも上回るやも知れぬレベルだ。
つまりは………………………………今世の僕の人生で、最大の危機ってことだ。
魂が焦げ付く感覚。
………………………………。
しかも、……しかも、だ。
ここにおじゃましてからはおっさんズのおかげで結婚の話は避けられていたのに、よりによって僕とも親しくさせていただいているシルヴィーさまと、そのシルヴィーさまの大親友であらせられるジュリーさまたってのご提案の縁談だ。
僕が、寝過ごしたわずかな時間で、勝手に話が進んでいて。
しかも、シルヴィーさまっていう……お断りする理由が、もーシルヴィーさまの弟さまが、ど――――――――してもムリムリってレベルじゃないと、逃げられないお相手だ。
つまりは、……詰んでいる。
詰んだ。
僕は、もう、終わりなのか。
……いつの間にかへたり込んでいたらしく、そんでもっていつの間にかベッドに座らせられていたらしく、僕はジュリーさまとシルヴィーさまの香りとぬくもりがかすかに残る……けどもそれを堪能する余裕さえない状態で、今世でかわいいって言われるためにクセにした女の子座りをぺたんとしていて、両手はジュリーさまが使っていたと確信できる枕に乗っている。
そのまま、ぱふっとそのお枕に倒れ込んで、顔をうずめ、深呼吸する。
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…………………………………………………………………………………………。
…………………………………………………………………………………………。
……香しい。
五臓六腑にしみわたる、ジュリーさまの一部だったもの。
それが僕の一部となって、そして………………………………。
よし。
復活。
復活だ。
やっぱり僕は、ジュリーさまを愛でなければならぬ。
それが運命なんだから。
だからこそ、どうにかしてがんばれば……きっと、元に戻るはずだ。
だって、これを取り上げられるなんていうのは理不尽なんだから。
そう、きっと覆すことができる事象のはずだ。
だから、………………………………まだだ。
まだ、僕は終わらせるわけにはいかないんだ。
この状況からでも、探せば方法はきっとあるはず。
だから僕は、早くそれを見つけ出して手を打って。
そして。
僕はジュリーさまを。
女神ジュリーお嬢さまを、これからももっともっと愛でるんだ。
だって、あんまりじゃないか。
だって、せっかくに。
せっかくだ。
同性ゆえに好き放題できる身分になって、理想で至高のお方ジュリーさまがお側にいらっしゃるのに。
こんなのって、あんまりだ。
だって、僕は、大した野望なんて持っていない。
ものすごく個人的な、ささいな願いのために生きたいだけなんだから。
そう………………………………せっかく女の子に生まれ変わったんだから、僕はただ……お嬢さまを僕好みに育てるついでに愛でて撫で回して甘やかして楽しもうって思っただけなんだからっ!
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