21話 百合の園の開幕と、金と銀と、ふにゅうとたわわと、「根回し」


ジュリーさまと同じく公爵令嬢さまなシルヴィーさまもまた、すばらしい。


それを特に実感するのが………………………………おふろだ、おふろ。


僕が、遠くの国までえんやこらとお使いに出されたときに、ごく一部の地域で偶然にも温泉的な文化があったのを発見した……のを武器に、ジュリーさまの治療そのほかいろいろな名目で作ってもらった、おふろ。


シルヴィーさま、どうやらこれが大層お気に召したようで……こちらにお泊まりするときには、必ずご一緒することができる。


たわわ。


ぼんきゅっぽん。


…………………………………………………………………………………………ふぅ。


銀髪がその肢体に絡みつき、同じように金髪が絡みついた……凹凸が少なめだからジュリーさまの方が好きなんだけど、それはそれとして……実に艶めかしいおふたりが、顔を赤らめてきゃっきゃうふふしているのは……実に、いいものだ。


はだかでおふろで……湯船っていうか温泉のあれみたいなでかいやつで広いもんだから泳いだりして遊ばれているし、そうかって思っていたら不意に抱きついてこられて密着されることもある。


これが百合でなくてなんだろうか。


で、シルヴィーさまのすばらしさは、なんと言っても均整の取れた……きちんと運動してるタイプのぼんきゅっぼんだっていうこと。


いや、いやいやいちばんはジュリーさまです。


見た目も性格もそのすべてが僕の好みドストライクなんだからそれ以上の存在は存在し得ないわけで。


なによりも、毎日見て触れるんだし。


けど、やっぱり………………………………それはそれ、これはこれ、だ。


だから、明日が楽しみなんだ。


……ネットなんて数百年経っても現れるかどーか分からないこの世界、紙でさえも高価なこの世界、その肢体は滅多にお目にかかれない超高級品。


……明日にそれを堪能できるとあらば、今夜のデスマも乗り切れるというものだ。


ジュリーさまのおやすみまでをお手伝いさせてもらって戻って来たのは、僕に与えられた……お仕事の方のお部屋。


ろうそくっていう暗いし揺れるし風情はあるけどコスパ悪いし倒したら火事、そんなものを数本立ててよいしょとイスによじ登った先の机の上には……丸まった書類がこれでもかと積まれている。


つまりはこれからが、僕の夜の執務時間だ。


体感的には……10時くらい?


時計がない生活を送っていると、自然とそのへんに……体内時計的なもので分かるもんだ。


ちなみにジュリーさまは……9時ごろにすやすやされる。


ジュリーさま、健康的な生活にしたらずいぶんと早寝だからなぁ。


おかげで夜のお仕事が捗る。


………………………………ヘンな意味じゃなくって、僕が夜型だからだ。


ほら、……さっきまでジュリーさまのお体を直に堪能し尽くして気力は充実しているし。


それに加えてシルヴィーさまのお体っていうごほうびが明日で待っているんだ、これからの……6時間くらいかけて、明日分のお仕事、片づけとかにゃあな。





僕のお仕事の中で、最優先はもちろんジュリーさま関係のことだ。


僕が、存分に、これでもかってわがままにしてもいいんだよ?って再洗の……再教育を施したおかげでそれなりにNOと言えるようになった結果、それが気に食わないお貴族さま方も……特に元から敵対的な派閥のお人たちからは、格好のターゲットにされちゃったもんだから、もーすごいの。


裏でだけどな、もちろん。


なにあの子、今までは従順ないい子してたのに猫被ってたワケ?


公爵令嬢だからって調子のるんじゃないわよ!


………………………………パパー、あの子気に入らないからなんとかしてー。


………………………………………………………………てな感じだと予測している。


だからごあいさつついでにいろんなお貴族さまへの根回しが欠かせない。


特に、アルベールくんっていう超優良物件との婚約がほしい、って勢力がそれにつけ込んできていて、最近はほんっと忙しい。


婚約破棄とか、させてたまるか。


というわけで、国内国外派閥身分問わずに、いろんな人たちへの根回しを、先回りしては先回りされての追いかけっこを続けて久しいところ。


いやー、政治っていうのもやってみれば意外とおもしろいものだなぁ。


……ま、アルベールくんのお父さんとも直にやりとりさせていただく許可も取っていて、わりと頻繁に……あっちのほうから連絡してきてくださるから、まずなんとかなるとは思うけども。


警戒は、しすぎることは、ない。


それは、僕の家族が死、…………………………………………………………。


………………………………………………………………………………………………。


………………………………おっと、いけない。


この時代、ただでさえ紙……とか、その劣化版でも貴重なんだ。


書き損じは大損じだし、書き直しなんてお貴族さま的に侮辱してるって取られてもおかしくないんだ、せいぜいが字をちょっとイケてない感じにしちゃった程度しか許されぬ。


今から何十通分も書くんだ、集中せねば。


集中、集中、…………………………………………………………………………。


………………………………………………………………………………………………。





「……まぁシルヴィー! ここのところずっと、お会いしたい気持ちでいっぱいでしたわ! だって、最近忙しくてほとんど会えなかったでしょう? お泊まりだって、もっと前から」

「ひと月くらいじゃない。 それに、あなた。 ……また話し方、かたっ苦しくなってるわよ」


「あら、……ひと月も会えなかったのだから」

「ん――……なかなか取れないわねぇ……」


いつもの馬車から出てこられたのはシルヴィーさま。


今日は……うん、天気もしばらく安定しそうだから、おでかけでもするご予定なのかな?


もっとも、もう夕暮れだからこの格好は、ただ着たかっただけなのかもしれないけど。


きれいーなドレスじゃなく、もっと動きやすい、ラフな格好でいらっしゃるご様子。


………………………………銀髪に白って、合うよなぁ。


僕はいつものあのドレスも大好きなんだけどなー。


「けれど、こんなに長く会えなかったのってなかったでしょう? だから私、なにか大変なことになっていたのかと思ってっ」


ぎゅ、と抱きしめ合うおふたり。


………………………………百合の花園が顕現している。


今日はピンク系統のドレスを着ていらっしゃる金髪のジュリーさまと、クリーム色と緑色な格好をされた銀髪なシルヴィーさま。


おふたりとも背丈が近いもんだから、ぎゅ、とされると、ふにょん、となられる。


そして僕は、それを下から見上げられる。


…………………………………………………………………………………………うむ。


「……大丈夫よ。 家のほうが、少しだけ忙しくなっていただけだから。 ああ、不幸とかじゃないわよ、それだったら真っ先にあなたにも知らせるんだし? でもそれももう終わったから、こうして来られたのよ。 ……ね、都合が悪くって着くのが遅くなっちゃったけど、いつもとはちがうから迷惑じゃなかったかしら?」


「とんでもないです、シルヴィー」

「ほら、まーた」


「……そんなことはない、わ、シルヴィー」

「そ。 その調子」


「……お父さまもお母さまも、そしてリラも。 みんな、喜んでいる、わっ」

「それならよかったわ……と、ごめんなさいねぇ、リラ。 置いてきぼりにしちゃって」


ふにょんが解かれてしまい、そんでシルヴィーさまがいきなりしゃがまれてくるもんだから、スカートの下がちらりと見えそうになって、んででっかいのがおふたつ迫ってきて、そして銀色の髪の毛と眉毛と……その下の赤い目が僕とぱっちり合う。


どうでもいいけど、いや、どうでもよくはないけど、おふたりとも赤い目なんだよなぁ。


偶然ってすごい。


あ、そいや僕もか。


ま、どーでもいいけど。


「リラも、久しぶりねぇ。 あいかわらずにちっちゃいこと。 それでホントに同い年なの? ……っていうのは冗談よ」

「シルヴィーさま、ご無沙汰しております。 ごきげんは」


「あーあー、いいってそういうの。 知ってるでしょ? そ・れ・に! いーかげんに私のこと呼び捨てにして、あとジュリーみたいにちょっとずつでいいからその話し方、やめなさいってばっ」


「いえ、立場は弁えないといけませぬ」

「………………………………もう、強情ねぇ。 姉妹、して、ねぇ――……………………」


僕が妹(偽)になった経緯は知っておられるのに、どう見ても顔つきはちがうのに、それでもはじめっからナチュラルな姉妹として扱ってくださるシルヴィーさま。


この距離感の近さ……こうしてぱふっと抱きしめてくださる物理的なのと、ご令嬢なのに平民のような、端的に言えばギャル系統に近い雰囲気の心理的距離感が、すばらしいお人だ。


「……えっと、シルヴィー? 私はともかく、リラは何度言っても聞かないと思います」

「ます?」


「……思う、わ。 だって、私たちに対してでさえですよ? 話し方……少しは柔らかくなってきましたけれど、それと名前に「さま」を付けるのを、止めてくれないのですから。 私に対してさえ」

「………………………………道のりは長いわねぇ。 あんたたち、ふたりとも」


「ときどきは外していますよ?」

「ときどきでは悲しいです。 いつになったら、してくれるのかしら…………………………」


いや、だって。


いろんな意味で僕の大切なお人なんだ、ずぅっと敬いたいんだし。


そのぶんは肉体的接触でゼロ距離で毎朝昼夕晩と触れ合っているんだから許していただきたいところ。


「……リラの、頑固なこだわりは家に来てからずっとですし、今はいいですわっ。 ねぇシルヴィー? 早く行きましょう? もう陽も落ちかけていますし、私、シルヴィーと食べる夕食を楽しみにするために、お昼を抜いて待っていたのですから!」


ぐぅ、とおなかを……さっきから何回も鳴らしていたジュリーさまが、とうとう根を上げ始める。


……だから軽ーくでもなにか口に入れた方がいいって言ったのに。


「はいはい、今行くわ」

「シルヴィーさま。 それでは馬車のほうは手配しておきます。 お先にどうぞ」


「……あなたは……ほんっとジュリーの家のこと、なんでも、あなた自身がやってるのね――……。 ………………………………。 ……あんま、人の仕事取っちゃダメよ?」


「いいのですよ、……いいの、よシルヴィー。 その分の仕事を先に、他に回しているのでしょう。 いつもですから。 ……根回しがいいと、いつもお父さまが褒めていらっしゃるわっ」

「ふーん?」


「では、そういうことで。 お食事には間に合わせますので、どうかごゆるりと」


なんだか今日はちょっと僕のことを気にしてる?……感じな?


……きっとひと月ぶりだから、なんでもかんでも気になられるんだろう。


なんというか、新鮮に感じるっていうか、きっとそんな感じでいらっしゃるんだろうな、シルヴィーさまも。


誰だって、そういうときくらいあるさ。


シルヴィーさまの視線を感じつつ、すっかりおなじみになってる御者の方とごあいさつをして……僕が軟弱なのを知ってるから横に座らせて……引っ張り上げてもらって、雑談がてらにシルヴィーさまのお家でのことを聞かせてもらいつつ、かっぽかっぽぶひひんとお馬さんの小屋のほうへご案内。


「………………………………ふーん、なるほど。 根回し。 ねぇ…………………………?」


馬車が動き始める前に、そんな声が聞こえた気がした。

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