19話 今だけは、僕のジュリーさま


さてさて、話はイチャコラ(僕的に)できるようになった、けっこう前にさかのぼる。


女神ジュリーさま、僕がこの世界でただひとり愛することができるお人……まぁそのうちにお嫁に行っちゃうんだけど、それは置いといて……ジュリーさまはかんたんに言ってみると、「NOと言えず義務感から委員長やっちゃって、しかも期待に応えられるくらいに有能だから、あれこれ押しつけられて早数年」……長いな……みたいなお人だ。


ま、いるよなぁ……そういう人。


と言っても、これはあくまで前世の知識から引っ張り出しただけなんだけど。


で、天使ジュリーさまは公爵令嬢として、そりゃーもうたっくさんのお仕事を手伝わされていたご様子だった。


なにせ、お胸を除けばこの世の男の理想の女性だ、いや、お胸なんて関係なく天使なんだ、そりゃあいるだけで、話をするだけで大半の男は満足する。


なら女性からは嫉妬っていう名の反感買わないの?って思って調べたら……これもまた有能も有能、頻繁にいろんな人たちとお茶会をして根回しして、どーしてもヤなやつ以外からはそこまで嫌われないようにしていたし、そもそも公爵令嬢ってことで大半の妬みも大したことがない。


なにせ、階級社会の頂点1歩手前だもんな、同格以上が少ないっていうのもあったんだろう。


特に派閥争いも……あるにはあるけどそこまでじゃないらしいしな。


お貴族さまも大変だなぁ。


んで、そーやってがんばり続けちゃったジュリーさまは……聞くところによると前世換算で小学校1年から高校生1年くらいまでずーっと社交界に出て、お父さんのお仕事のお手伝いをしていたとか。


そのうえに、ただ連れられてにこにこしてただけじゃなくって、「なんかまだまだできそうだし、将来は王子アルベールくんとケッコンしてどーせ執務も手伝うんだろうし」とかいう理由で、まだまだこどもだっちゅーのにお仕事自体の手伝いも……つまりは領地経営とかその他もろもろを手伝わされていたとか。


……まぁこの世界、中世っぽいけど、あくまで「ぽい」だけで、僕の知る地球のそれとはちょっとちがうもんな。


なんか女性でも、有能でさえあればガンガン男とおんなじような扱いになるんだし。


だからこそ僕も、お金稼ぎのお手伝いをできていたわけなんだけど。


じゃなきゃ、どうあがいても「ちっこいリラはおともだちとでも遊んでな」で一蹴されて、そこそこのおこづかいをもらえる以外になんにもできなかったはずだし。


……まあ、そういう特別な扱いも貴族階級っていう特殊な場だからであって、それ以外じゃこども産むための存在なんだけどな。


少なくとも平民はな。


だから、いくらお金を稼いでも、やっぱり「しょせんは女」って扱いは抜けなかったわけで。


矛盾しているようだけれど、その辺はどんだけ人が出来ている、っていうか、あんま偏見がないかってので左右されるもんだから、正直僕も未だにこの世界の価値観を完全には理解できていない。


なまじ前世の……異世界の別の時代の価値観を持っているもんだから。


第2言語第3言語とかだとどーしても訛りってもんが出て来ちゃうよーなもんかな?


ま、……僕がお金をそれなりに稼げて、んでお仕事を手伝えて、なんかそれなり以上のもうけを出し続けて……だから黒おっさんに目をつけられて一族郎党皆殺しとかされたんだけど。


………………………………………………………………………………………………。


おっと、闇が。


飲まれてはならない。


今はお嬢さまだ、ジュリーさまだ、あのお胸とくびれを思い出すんだ。


……………………………………………………………………………………、よし。


女体には癒やしの成分がこれでもかと含まれているから、もう大丈夫。


むしろ女体こそが心の支えなんだ。


ジュリーさまのお体を記憶から引っ張り出すだけでできる、お手軽セルフメンタルケア。


よしよし。


さてさて、んで、お次はお嬢さま。


たくさん食べては吐かれているあの現場に話を戻しましてっと。


んでんで……そんな感じだったから過食症とかいう、どー考えてもストレスで精神やられている状態になっちゃっていたわけで、これは早急になんとかせねば、と考えた次第。


なまじその状態で維持できちゃうせいで……表面上は大丈夫で、ご本人もそれを悟られたくないもんだから余計にがんばれちゃう状態だったから。


だから、黒おっさんが隠しちゃってたりした家の財産から少しずつ……金目のものはお金になっちゃっていたけど……資産の中に、南方からの漢方っぽいもの、あ、これ、矛盾?


……じゃなくて、とにかく漢方的なお薬が残っていたから、それを微調整してこっそりと飲みものに混ぜ続けて数日。


そうしてお薬を盛った結果、とっても眠くてなんにも手がつけられない状態にしておいて、というか容量ちょいまちがえて起きられなくなったりしちゃったりして焦ったんだけど……んで、お家のお医者さまも首をかしげているタイミングで僕登場。


あ、もちろん効果は知っているから……めっちゃ眠くなる風邪薬程度だ。


僕の体でも確かめてからだし。


ただ、量をちょいまちがえただけで。


……そういやこの中世でもやっぱ、南の砂漠的な地方の方が進んでいるんだよなぁ。


とと、んで、「これは南方で言うところの、なんちゃらっていう病気です」ってことにした。


まぁこの世界のこの地域、外への憧れというか未知への好奇心というか文明の差への畏怖というか、そんなのが強いもんだからあっさり信じちゃって、んで、僕に任せてもらうことにした。


…………………………いや、ほんとにあっさり過ぎたもんだから僕がびっくりしたんだけど。


というかさ、ぽっと出の僕にそれ任せちゃったらだめでしょ、とか、お医者さんまで、おお南の方の、なら大丈夫でしょうとか抜かすもんだからほんと大丈夫なの?いろいろとザル過ぎない?とか思ったんだけど。


おかげで楽にできて、それで今があるんだから結果オーライ?


……いや、ちがうか。


で、少なくともジュリーさまの治療に関しては僕を信用して任せてくれるって言うもんだから、んじゃあってことで適当な病状と治療法をでっち上げる。


将来王妃さまになっておんなじことが起きないようにって先手を打ち、「治せるけど完治するものじゃなくて、再発する。 とりあえずしばらくは僕が治して経過観察するけど、お仕事は最低限に」って言いくるめた。


なかなか首を縦に振ってくださらないジュリーさまご自身への泣き落としもして、ようやくに承諾させた。


この幼き外見、使えるんだから使わねば。


下からぐいっと迫っての上目づかい、いつも以上に幼い感じの声、首を縦に振ってくれないと分かると服の裾をつかみしばらくうつむいているスキに家族のことを思いだして涙を生み出し、僕がとっても大切な、「おねえさま」なジュリーさまがおかあさまたちみたいになっちゃヤだから……ってな感じに新技を混ぜての、わりと渾身の演技だった。


いやー、あれは役者でしたな。


まあ、ちょっと申し訳ないけどもジュリーさまのことを考えたらこの手がいちばんだし、うん、僕は悪くない。


実際に悲しいのとか僕のせいでとかいう闇とかで気持ち的にはほんとうだったんだし、問題はないはずだ。


それに、どうせあと何年かすればさすがに成長するんだし、せっかくなんだ、ここで幼子として見られているっていうアドバンテージを、………………………………………………………………。


………………………………するよね? 成長。


…………………………………………………………。


する、だろう………………………………きっと。





で、初めはなかなか信じてくださらなかったジュリーさまだけど、お薬の量を……毎日のお水とお茶と食べものに混ぜる量を調整していって弱めの風邪薬程度にした結果、眠くて動けない状態は回復。


さらにはストレスから隔離して眠らせておいたおかげで体もメンタルもよくなって、よくなってもまだしばらくなんにもさせない生活を続けさせた結果……数年来のストレスの影響がだいぶ薄れて、すっごく元気になった。


いやぁ、適度なストレスは必要だけど、それ以上に睡眠と休息はもーっと大切だからな。


学生生活とかでこじらせちゃう人も、だいたい過労と寝不足が原因なんだし。


たぶん。


根拠はいっさいにないけれども。


けど、なんか不安定になったら1週間くらいサボっても文句はないんじゃないかな?


なーんて思っちゃったりして。


で、そして元気になられたジュリーさまを見たお父さまたちは、それはそれはもう歓喜。


ここのところ顔色もずっと悪かったから――……って、それはもっと早く気づけって思ったけど、ご本人が優秀すぎたからしゃあない。


それに、嫌がらせでお仕事押しつけてたわけじゃなくって、かわいいけど有能だからお仕事させてただけだったからな、ましてやこーんなにパーフェクト美人な娘さま(女神さま)なんだし。


ただちょっと、……育成の方向性を、お貴族さま的なお仕事に集中させすぎていて、それが重すぎただけで。


いやー、よかったよかった。


みんなしあわせになって万々歳だ。


南方に行ったときにもらってきた、いろいろなお薬とか怪しげな書類とかを使った裏工作が実にうまく行ったもんだ。


燃やされた実家とは別の倉庫で、価値がなさそうだからって放置されてたのには感謝だな。


さて、元気になられてさあお仕事だ!って意気込んでいたジュリーさまへドクター(偽)ストップをかけるため、そわそわされ始めたころに先回りしてお父さま方を説き伏せて、治療のためだからってお仕事から外させてもらっておいた。


それを後から知った当然にジュリーさまは当然に激おこ……あああのときの目つきとお声とがわりと本気で怒られてはいるけどでも僕を見て加減しながらおこおこなお姿がまたとてもなんて言うか背筋にこうぞくぞくって来るって言うか………………………………だったけど、どんなお薬を飲んでも治らなかったのに、僕に任せてみたらほんの数日でよくなったっていう実績は覆せないし、そもそもお父さま方が決めた以上には逆らえない。


ついでに僕が、……隙を見てお仕事を手伝って、あらやだこの子たしかに有能だわ!って分からせて、ジュリーさまのお仕事のうち内政をそっくりもらったっていうのもある。


いや、だって、いくらジュリーさまがいらっしゃるって言っても、日がな1日ろくに情報も入ってこない、本だって貴重だから数が少なくって何回も読んじゃってるもんだから、することといえば話すことだけ……ってな暮らしには耐えられなかったんだもん。


男だったら、あるいはジュリーさまみたいに体が大きかったりすればスポーツ的なもので気を紛らわせられたんだけど、そういうものもちっこいからダメ、だしなぁ……。


さんさんと光が降り注ぐお庭で5分も走り回ったら、2、3日は寝込む自信がある。


けどなー、ほんと、いつになったら背が伸びるんだか。


早く伸びるついでに自前のおっぱいがほしいんだけど?


せめてひとりでも楽しめるようになりたいんだけど?


鏡見たりしてんふーってしたいんだけど?


せっかくに女の子になった以上はさぁ。


いつまでもちんちくりんってのはなー、おふろ入ってもなんにも楽しくないし。


……あ、で、おヒマになられたジュリーさまに話を戻すと。


しばらくして……だって、てっきりご友人をお呼びしてのお茶会とかお出かけとか、あるいは侍女の人たちとのおしゃべりを楽しんでおられるって思ってたんだもん……ほっといたジュリーさま、僕のとこへ来るなりひと言。


「ね、ねぇリラ? その、……暇ができたら何をすればいいのか、教えてくださる?」

「へ? ………………あの、ジュリーさま。 ふだんはどのようにしておひとりの時間を」


「それが、ここ数年はお仕事が多かったから、特にはなにも。 机に向かったりお父さまとお話をしたり、外に出たりする以外には……寝る前の軽い読書程度しか」

「んなバカな」


………………………………だ。


それを聞いて、少なくとも今世では初めて目が点になるっていうのを体験したもんだ。


お話を聞くに、どうやらほんっとにお仕事一筋な生活を送られてきたもんだから、それ以外の娯楽とか……おしゃべりでさえも、お茶会でさえも最低限に外交のためで、必要なモノだけしかしてこなかったもんだから、ご自分が楽しむためのそういうものとかをしたことがないと。


ヒマ、っていうのは、重要じゃないけどいつかは処理しなきゃな書類とか事項とかについて、お茶を飲みながら取り組むっていう時間って意味にすり替わってたとか。


え? マジ? ……って思ったけど、ほんっとにそのようで。


後でお屋敷の人たちに聞いたら、ジュリーさま、そわそわうろうろとあっちこっちをさまよって、することがないんだけど何すればいいのかしら……みたいなことを聞いて回っておられて、それで僕のところに来たんだとか。


おいたわしい………………………………。


おい、退職後のリーマンとかじゃなくって高校生のお年だぞ、高校生の。


いちおうは家庭教師の人からお勉強を教わってはいるけど、ていうか、もう政治とか宮廷作法についての講師を呼ぶくらいしかないってくらい、すぐに終えられちゃう高スペックのせいでどうしようもないという……。


お勉強を振れば振るほどに張り切ってやっちゃうもんだから逆効果と言うね。


正に見た目は天使、なのに中身は仕事大好き人間でお仕事を外された途端に縁側で途方に暮れるお人だ。


だから余計に愛おしさが湧いてきたわけで、いろんなお仕事は夜に回して、ジュリーさまが起きておられる時間はずぅっと寄り添って、とにかくいろんな娯楽っていうものを楽しめるようにして差し上げたとも。


ジュリーさまも楽しみを覚えて嬉しそうでいらっしゃって、僕もまたジュリーさまにべったりできる上にお仕事もできるとあらば、これ以上の楽しみはない。


おかげで、実に楽しい期間を過ごせたわけだ。


ああ、役得役得。


僕の人生は、実に薔薇、じゃない、百合色に染まって楽しい限りだ。

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