6話 金稼ぎは楽しいですなぁぐへへへ。


さて。


知識としては知っていた通り、電気が通るまでの時代の夜の灯りは貴重だ。


電灯なんて、たぶん数百年、あるいは千年近く先の話だな、きっと。


少なくとも僕が生きているあいだに実現する気配なんてないからどうでもいっか。


で、お金に苦労しない家に生まれたもんだから、ろうそくは好きに使える。


使える、………………………………んだけど。


いや、それだけでも贅沢なんだけども。


でも、………………………………ろうそくっていうものはどうしても暗いし、なによりもどんどん減る。


ニオイ……いや、僕的には匂い、もする。


火のゆらゆらするのとかも好きだけど、字は読みにくいから嫌い。


ときどき換気しないといけない。


冬場はつらい。


んでもって、コスパがとっても悪いから……なんかもにょる。


ちびた鉛筆でも最後まで使いたい派なんだもん、僕。


使い捨てとかは、ちょっと、なぁ。


まー、幸いにして、ろうそくを浪費したからっていっていちいちケチつけたりはされないし、むしろ勉強してるって褒められるけど……使い切るたびに、こう、罪悪感が。


で、勉強はするけど……悲しいかな、この世界の知識はなんていうか、もー、かゆいところに手が届かない。


ほんとうに大切なことは隠さされるもんだから、せいぜいが入門書の次のレベルくらいのものしか見つからないもんなー。


当然か、知識は命と同じくらいに大切なんだもんな。


だから僕はお金転がし、もとい商売を勉強するしかない。


勉強……つまりはご先祖代々の心得的なものを覚え直したり、断片的なのを読み解いたり、お客さんの家の情報を頭に叩き込んだり、世界の情勢を手に入る範囲でだけど僕なりに整理して理解して……いろんな物の値段と流行を記録し続けるだけだ。


いちばん大切な知識は前世からの持ち越しってところが悲しい。


あってよかった、前世。


そういうわけで僕は今日も真夜中に机に向かって、柔らかい紙……羊皮紙って言うんだっけ……それにペンでインクを走らせる。


僕は大量消費するから、なるべく質の悪いものを使って、がさがささせて。


………………………………だって、それしかすることないもん。


………………………………………………………………………………………………。


……ああもう髪の毛がうざったい。


うざったい。


前髪は気にならないけど、後ろも気にならないけど、横の髪の毛はうざったい。


気を抜くとすぐに机の上に垂れてきて、ともすれば僕の手を邪魔してくる。


まったく、これでリボンで結ってなかったらどうなっていたことか。


邪魔っけだ。


切りたい。


切れない。


そんなことしたらどんなおしおきが待っているか……。


毛先がインクに触れないように気をつけながら髪の毛をまた肩の後ろに流して、僕はいつも通りの夜を過ごす。


家族はみんな寝ているから、なんにも音がしない。


窓の外だって灯りも付いてなくって……人通りもすっごくまばらだし、石畳の上を靴こつこつ叩く音が時々近づいてきて遠のいていくだけだ。


そして僕はいつも通りの夜を過ごす。


深夜っていう名の夜を。


……そういえば父さん、そろそろ僕にも商売していいよって言ってたような気が。


女だから、近いうちにお嫁に行くんだからダメって言われていたけど、諦めずにいろいろアピールしてきた甲斐があったもんだ。


マスコットとしての経験で、実にあざとい表情と猫なで声と上目づかいと、お父さん大好きってセリフを事あるごとに振りまいてきたのが功を奏したか。


それを、あえて言うときと言わないときを使い分けるのがポイントみたいだ。


まさに小悪魔的な所業。


………………………………これを、僕がかわいい子にされたいんだけどなぁ……。


と、とにかく。


……成り上がるには、まずは僕自身がお金を稼がなきゃならないんだ。





最近は楽しい。


すごく楽しい。


だって、ようやくだ。


ようやくに父さんから……初めは付きっきりだったのが、商売初めて数ヶ月で、大丈夫そうだから好きにしていいよ、って言われたもんだから。


僕を気に入ってくれている女の人や女の子がいるお家相手に、僕自身が商売できるようになったんだから。


やっぱりマスコットよりはひとりの人間として労働をしている方がいい。


生きているっていう感じがする。


なんていうか、マスコットしていると……女性相手はともかく、男相手だと、…………えっと、なにか、こう、僕の中のアイデンティティというか自尊心的なものが崩れていく気がするから。


それに、お金稼ぎは性に合っている気がする。


前世もニート選ぶよか、キツいけど稼げる系のお仕事をしていたんだろーか?


まったく思い出せる気配もないし、もう諦めているけど。


とにかく今の僕は嬉しい。


お金稼げるんだし。


しかもわりと簡単に、単純に。


……忘れちゃいけないのは、僕には、時代的にずいぶんと進んだ先の前世……矛盾してる気がするけど事実なんだからしょうがない……があるっていうことで。


前世の知識があるっていうこと、つまりはこの世界で行われているお金儲けなんて……その、ぶっちゃけレベルがすごーく低いもので。


だから僕は……確か転生チートって言ったっけ、そんな感じでお金ころころを始めた。


女の人同士、女の子同士のネットワークを駆使しながら……甘えさえすればころっと教えてくれるあたり、かわいいって正義だよなぁ……僕自身だからどーとも思わんけど……なるべくお金がありそうな人の所に紹介してもらって、さらに愛想振りまいて。


けど完全にお子さま扱いでも父さんたちのお使いってしか見てもらえないから、時々頭いいとこチラッと見せたりして肝心なとこはしっかりシメて、販路広げて。


そんなことしているうちに、今まで家の相手先じゃなかった貴族の人とか王族とか、他の国のそういう人たちとかそういうところとかと取引できるようになって1年くらいで……家の資産は倍増した。


いやー、マジでびっくりした。


これで転生チートな知識の半分も使っていないんだぞ?


いくら家の信用があって、奥さま繋がりを存分に使えて、ご令嬢たちのおねだりをそそのかせて、あと知識があるっては言っても……元手はぽんと渡された、1年分のおこづかいくらいの金額だったんだけどなぁ……。


お金って指数関数的に増えていくんだな。


もちろんけっこうな元手と、なによりも家の、お父さん……いや、おじいさんの上の世代からの信用とツテあってこそだけど。


こうすればあなたも大金持ち的な本が本物だって、初めて実感した。


いや、前世がどんな感じだったのかはほんっとーに思い出せんけども。


とりあえずはそんな本を読んでいたからこそできたんだろう。


ありがとう、うさんくさいタイトルな本たち。


で、ともかくグラフ……当然にしてこの概念も、少なくとも一般の商人にさえない……にしてみると、ここ半年の急上昇っぷりがやばい。


……半分くらいは僕の将来のためにこっそり王家御用達なヒミツの口座な金庫に隠してるからほんとは家の資産、もう半分増えちゃったんだけどそれはヒミツとして……それでも半分は父さん達に報告するわけで。


せっかくだしってそこそこうまく行ってますよー的なことしか言わないでおいて、キリのいいタイミングでぶっちゃけたら。


最初はびっくりで、疑って、帳簿渡してあげて。


で、めっちゃ喜んで……今はこうして、僕をフリーハンドにさせてくれている。


いやー、ほっっんと嬉しいもんだな。


ふりふりの服を着るのは商売先に出向くときだけ。


しかも普段着はどんなのでもいいって言うもんだから、もー楽でしょうがない。


……まースカートっていうかワンピース的な服装なのと、なによりも髪の毛を切らせてはくれないんだけどな!


なんでもズボンは男のカッコだとか、髪の毛は女の命なんだとか。


僕は男だぞ男。


心だけだけどな!


だがしかし、肉体的には女の子な訳で。


……世間の常識っていうものには、逆らえまい。


………………………………………………………………あー。


これで、男にさえ生まれてりゃあな――……。





というわけで今日の食事も豪華だった。


おなかいっぱい。


けど、あんま食べられないのが悲しい。


体に比例して、胃が小さいんだもん。


けど、それはしょうがないとして、お金あるよ?ってぶっちゃけて隠してるの以外渡してからは、もはやちょっと裕福ところじゃない暮らしができるようになったし……なにより、お酒解禁だ。


今までマスコット扱い……家の中でも……だったのが、(商人として……まだまだこどもとして、だけども)成長してきたって感じで思ってもらえるようになって、お酒も好きなようにしていいよ?って言われたから、それはもう嬉しいに決まってる。


だって夜ってさ、することないわけだから……つまりはお酒は夜の友ってわけで。


で、娯楽だって増えた。


この時代この世界、おもしろい本っていうのほんっとーに手に入りづらい。


というか、そもそも流れてこない、そもそも数が少ない。


活版印刷、まだまだ先なんだろーな――……。


けどそこはそこ、お金さえあればなんとかなるっていうのを初めて知った。


写本っていう、手書きで写されるっていう、どー考えても効率悪すぎて……そりゃー字の読み書きできるレベルの人を雇って、時間単価で計算したらそうなるよなー……って値段の物体なら、けっこう手に入るもんだと。


そこそこにおもしろい物語とか、なによりも貴重なローカライズされた知識とか、そういうものを手に入れられるようになったもんだから、僕の夜は楽しいものになっている。


こうしてかりかりと書きながら使っている文房具だって、全部高級なものになって感激するほどには使いやすくなったんだしな。


書いてるときにペン先が紙に引っかかってザリっていうのとかびりってするのとか、そういうのがだいぶ減ったし、ほんとに嬉しい。


ここまで生活が上向いてくると、死んでみるもんだなっても思えるほど。


まあ、なんで死んだかのかは覚えてないけど。


覚えてたら嫌だけどな。


トラックか?


トラックなのか?


何トンだったんだ?


……いや、覚えてないから少なくともトラック系統ではあるまい。


あれも所詮は流行りの創作ネタだったはずだしな。


現実だったら、あっちこっちでトラックが暴走する事故多発っていう悪夢だ。


……けどまぁ、欲を言うなら……前世でどんな生活をしてたのかとか、せめて家族とかその顔とかくらいは思い出したかったけど、いくら経ってもそういう兆候はないし、素直に諦めよう。


まあ結構に満足できる暮らしができるようになったんだ、文句は言うまい。


………………………………………………………………。


……けど、懸念があるとすればひとつ。


今の僕は女の子っていうわけで、ここは中世な世界で。


つまりは成人年齢が低いってわけで、さらにさらに、女の扱いはわりと低いわけで、こども産まにゃ話にならんわけで。


そう遠くないうちに男と結婚させられるっていうのが、破滅的に嫌なんだ。


あーもー、なんとかならないもんかなー、男との結婚。


いや、どうしようもないって言うんだったらするしかないんだけどなぁ。


嫌ではあっても、どうしようもないくらいには嫌だけど、しかたないってことはよーく分かってるんだし。


……これからさらにお金稼いで権力者に媚び売っていけば、父さんたちだってそこまで強くは言わなくなるだろう。


だけどやっぱり、結婚できる身分で……しかもたぶんなんとなく察してはいるけど、今世の僕はちんちくりんからそう成長はできないだろうってことで、いつまでも「もうそろそろ結婚する……ちょい前くらいのお年ごろ(この世界基準)」な外見のままで。


結婚してないっていうのはなにかと不便だし、少なくとも今僕が会うような人たちはみーんな結婚しているしな、男も女も関係なく。


なんか特別なワケがあるとかだったらまた別だけど、基本女は結婚してさっさとこどもを最低4、5人は産んでから1人前っていうとんでもな風潮だしなぁ。


僕と同い年の女の子なんて、わりともう結婚しててこども抱えてるのは普通だし。


………………………………………………………………やばいな中世。


いや、僕の前世でも数十年前まで似たよーなもんだった気もするけど。


……JC、JK(ヘタすりゃJSも)が何人ものこどもの母だぞ。


けどまあ数は正義ってことで、こどもの数は重要だしな。


なによりも、特に幼いうちはばんばん死ぬんだからしょうがないのか。


ほんとこの世界、衛生観念ってものがないし、なによりも医療水準が低いもんだから、病気にだけは気をつけなきゃならない。


手洗いうがい。


とりあえずで家族と使用人の人たちと、仲のいいお家の人たちには勧めてはいるけど……はたしてみんなマジメにやるかは疑問。


幸いなことに国際情勢はここ数十年安定しているらしく、戦争とかは遠いところでしか聞かないから、いきなり攻められてーっていうのは考えなくていいけど。


病気疫病っていうのは定期的に流行るもんだし、冬は、ただの風邪がわりと命取りだしな。


……まさかマジで、友だちが急にいなくなって、理由聞いたら体調崩して……ってのを聞いたときにはほんと……なんていうか、心が痛かったし。


だから結婚っていうのはそういうものと比べると、大したことはないものなんだ。


大したことはないんだけど……やっぱり中身男なんだ、できることなら回避したい、さらに言えば女の子といちゃいちゃしたい。


けど、それは叶わない夢だ。


ならばせめて独身で貫きたい。


そのためにはやっぱりお金を稼がないとな。


じゃなきゃ教会に入るか、あるいは。


こほっ、て言う咳の音が窓の外から……下から聞こえて、僕は一瞬だけ手を止める。


………………………………………………………………。


……………………………………………………また、か。


ここのところ、やっぱり冬だからかタチの悪い風邪が流行っていて、家族もみんな軽い咳をしている。


だからお医者さんの勧めに従って、こうして小さめの町の別荘に避難させて、なるべくあったかい環境でゆっくりしてるわけだけど。


でも、やっぱり警戒はしちゃうよなぁ……僕はともかく、家族とか知り合いは。


だって病気っていうものは、あっという間に移って広まるもんなんだから。


……………………腕がいいお医者さんに来てくれるよう、お手紙書こうっと。

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