第17話 工房 其の二
ダイダロスは家にいた。
昨日、テーブルの上に載っていたガラクタは全て床に払い落とされ、その代わりに、何かの機械らしいものの絵図面が広げてあった。ダイダロスは難しい顔をして絵図面を睨んでいて、俺が声をかけて入っていっても、初めは気がつきもしなかった。俺が目の前に回りこんで、ようやく、驚いたように顔を上げた。
「おお、お前さんか」
「これを預かってきました」
俺は王女から預かった革の袋を渡した。ダイダロスは袋の口を開けて、中身をさらさらと手の平にこぼした。砂金だった。初めて見る豊かな金色の山から、俺は目をそらすことができなかった。
そんな俺の視線に気がついたのだろう。ダイダロスは素早く砂金を袋に戻し、懐に押し込んだ。優しい声で、ご苦労だった、とねぎらいの言葉をかけてくれた。
「姫様に、ありがたく頂戴した、と伝えてくれ」
俺は頭を下げて出ていこうとして、ふっと思いついた。ダイダロスは知恵者だ。もしかしたら、息子の命を救う方法を知っているかもしれない。
「あの、ダイダロス殿」
おずおずと切り出すと、ん? とダイダロスが図面から顔を上げた。まだいたのか、という不審そうな表情だった。
「何かな、耳役殿」
俺は必死で、息子のことを話した。頭のいい子であること、幼い頃から身体が弱いこと、競走の後で倒れたこと、そして、医者の言ったこと。
ダイダロスはじっと聞いていた。俺が話し終わると、深いため息をついた。
「心臓か。まだ幼いのにむごいことよ」
「何とかならないものでしょうか」
「わしは医者ではないのでなあ」
俺は目の前が真っ暗になるような気がした。
「しかし……ダイダロス殿は人形にさえ、命を与えることがおできになるではありませんか」
俺はすがりつくように言った。木偶人形は、部屋の隅に放り出されて、壁によりかかったような姿勢ですわっている。
「ああ、これか」
ダイダロスは人形を取り上げた。人形は手足をだらりと垂らし、頭を深くうなだれて、糸の切れたあやつり人形と何も変わりがないように見えた。昨日、自分で立ち上がり、歩き、口をきいたのと同じ人形とは思えない。
「こいつは手足と胴体は榎の木で作ってある。顔はシナの職人に頼んで陶製だ。このままだとただの木偶だが、ここを見てみろ」
ダイダロスは人形の胸の部分を指差した。俺が覗きこむと、布に細い切れ目が入っていた。ダイダロスは切れ目を広げて、人形の胴体をむき出しにする。木製の胴体にも切れ目が入っていた。ダイダロスはテーブルからナイフを取ると、その切れ目に差し込んだ。ぐっと力を入れると、胴体の一部が切れ目に沿って蓋のように外れた。親指の先ほどの大きさの四角い穴が開いた。
「ここに、これを入れる」
ダイダロスはぐみの実ほどの大きさと形をした金属の塊を穴に入れて、ぱちん、と音をたてて蓋を閉めた。
じーという奇妙な音。
人形は突然に生き返った。頭をしゃっきりと持ち上げ、二本の足で立った。赤く塗られた唇の隙間から、声が洩れた。
「ミノタウロス……大事に……」
ぎりぎりぎり、とネジの巻かれる音。人形は両手を前に伸ばし、歩き出そうとして、前につんのめるように転んだ。
「長い間放っておいたから、蝶番の油が切れておる」
ダイダロスは人形を抱き起こすと、胸を探って金属を取り出した。人形は命を失い、木と陶器と布の合体したモノに戻った。
ダイダロスが取り出した塊を親指と人差し指の間でつまみ、日の光に透かすようにすると、金属のぐみの実は淡い虹色に輝いた。
「それは、なんでございますか?」
俺はなんともいえない畏れのようなものを感じて言った。
「オリハルコンよ」
ダイダロスはぐみの実をころころと手の平でころがした。
「昔、アトランティスという都があった。たいそう栄えた都だったが、神の怒りを買う行為があって、住民もろとも海底に沈んだ。オリハルコンはアトランティスで作られた金属でな、その内部に無限のエネルギーを秘めている、と言われる。こんな小さな塊一つで、オートマトンを動かすことができる。わしがアテネにおった時、幸い、伝手があって手に入れた」
ダイダロスは大事そうに、ぐみの実を懐にしまった。
「だがな、耳役殿。オリハルコンはオートマトンに生命を与えることはできても、人間に命を与えることはできん。人間は機械ではないのでな」
絶望の黒雲が胸いっぱいにひろがり、俺は頭を垂れた。さっきの、生命の源である虹色のぐみの実を失ったオートマトンそっくりに。
「いつかは、誰かが、人間に命を与える方法を見つけるだろう。だが、今は…。すまんな、耳役殿」
俺は頭を下げて、ダイダロスの家を出た。
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