You lied to me

 夏休みである。夏休みゆえ、朝から部室に行くことが可能だ。

 新島は朝十時に目を覚ました。歯を磨き、制服を着て、カバンをつかんで家を出ると、すぐ目の前が八坂中学校だ。目の前、といっても徒歩五分だが、玄関を出ると校舎が見えるところに位置している。ぼさっと歩きながら七階に上がると、職員室がある。そこを通り過ぎて、職員室の隣りの部屋に入ると土方と高田がいた。

「遅いよ、新島」

「遅いじゃないか。まったく、私達はこれから図書館に行くが、新島も来るか?」

「あ、ああ」

 八坂市中央図書館は千葉県内有数の大きさの敷地面積を誇る図書館だ。一階から五階まであり、一階から二階は本が置いてある。一階にはサービスカウンターが存在する。三階は休憩兼飲食スペースとパソコン室があり、四階から五階は自習室と蔵書検索室がある。蔵書検索室とは、一階から二階にある本の中で気になる本がどの棚にあるかを調べられる部屋だ。

「二階のJ-7の本棚に目当ての本があるのよ」

 土方が先頭を歩いていた。後に新島と高田が続いていた。

「先輩は、どんな本を探してんだ?」

「J-7の本棚には主に『江戸川乱歩(えどがわらんぽ)』、『横溝正史(よこみぞせいし)』、『夢野久作(ゆめのきゅうさく)』、『黒岩涙香(くろいわるいこう)』、『小酒井不木(こさかいふぼく)』の作品を並べている。グロテスクな描写の本は図書室には置いていないから、図書館に来るしかなくてな。文芸部が文集を発行するにあたって参考にする本が欲しくて」

「不健全派が軒を連ねているな......」

「そうだ。新島はこの作家の中で好きな作品はあるか?」

「日本三大奇書(にほんさんだいきしょ)のひとつである本『ドグラマグラ』は夢野久作の本だ。横溝正史はドグラマグラを読むと精神異常をきたすとか言っていたが、俺は好きだ」

「夢野久作の一家は三代に渡って偉業をなしている。いいじゃないか」

「いや、駄目っすよ、先輩」

「そうか?」

「その文集。テーマはなんだ?」

「密室殺人」

「なるほど......。その密室殺人のシナリオ、書かせてもらってもいいか?」

「いいのか!」

「そういうのは得意なんだ」

 新島はJ-7の本棚から江戸川乱歩の『D坂(ディーざか)の殺人事件』(角川書店)のを取りだした。

「密室殺人のトリックなら、いろいろとあるからな」

「ならっすよ! つまめるものを買って図書館の飲食スペースで休もうぜ。ほら、新島も本を棚に戻して......」

「ああ、すまん。......つまめる物なら、近くのコンビニにでも行くか」

 高田を先頭にして図書館を出て、近くのコンビニエンスストアに向かった。

「新島、ドリンクは何にするんだ?」

「そうだな......スポーツドリンクにでもするか」

「俺はコーラだ。部長は?」

「うん、どうしようかな。......お茶にしようか」

 次に土方はスナック菓子、高田は板チョコレート、新島はチップスを手に取ってレジに出した。代金はそれぞれが払い、それぞれが手に取って図書館に戻った。

「先輩、見取り図は持っているか?」

「図書館のか?」

「ああ」

「これだ」

「ありがと」

 新島は図書館の見取り図を土方から受け取り、三階の部分を見た。階段を上がって右に曲がり、左に曲がると飲食スペースが出現するらしい。

「じゃあ、行くか」

 新島を先頭として三階まで進むと、英語で呼び止められた。新島が振り返ると、その人物はまず一礼して、話し始めた。

「I'm Lawrence Beaupre. I have something to ask,is that okay? (私はローレンス・ボープレ。ちょっと聞きたいことがあるのだが、よろしいかね?)」

 新島はすぐに「Yes,of course. (ええ、もちろん)」と返した。

「What floor is the serivicecounter on? (サービスカウンターは何階にあるんだね?)」

「It's on the first floor. (一階にありますよ)」

「Thank you. (ありがとう)」

 その外国人はもう一度礼をして、階段を降りていった。

「新島......。英語まで出来るのか?」

「いや、二年生の英語の教科書にあっただろ?」

「俺は英語が苦手だからな」

 すぐにまた歩き始めて、飲食スペースに到着した。飲食スペースの端の席にカバンを置いて席に座って、ドリンクと各自の購入したお菓子を広げた。

「私が思うに、七不思議の七番目の真相を掲載して目玉にするんだ」

「いいな。そうするか」

 新島は口にチップスを放りこんだ。そして、ペットボトルの蓋(ふた)を外してスポーツドリンクを口に注いだ。

「でも、まずは夏休みが終わってすぐに体育祭があるぞ」

「そうだな。そういえば、お前達は何組だ? 私は黄色組だ」

「俺も黄色組だ」

「俺も黄色組っす」

「おお! なら、一緒に総合優勝を目指そうじゃない」

「おう」

 そんな話しをしていると、サービスカウンターの場所を尋ねてきた外国人・ボープレが新島たちの前に現れた。

「You lied to me! (貴様、私に嘘をついたな!)」

 土方と高田は呆然とした。だが、新島はすかさず返事をした。

「What happened? (どうしたんですか?)」

「You said there was a service counter on the first floor,but there was no service counter on the first floor! (貴様、一階にサービスカウンターがあると言ったが、一階にはサービスカウンターはなかったぞ!)」

 新島は周囲を見回した。「It's noisy here,so le'ts go out and talk.(ここではうるさいので、外に出て話しましょう)」

 新島はローレンス・ボープレとともに図書館を出て行った。

「部長、今の英語理解できたっすか?」

「少しはな。ボープレとかいう奴が、新島に嘘をついたと怒った。一階にサービスカウンターはなかったぞ! と言っていた。そして、新島が外で話そう、と言って出て行った。

 さっきボープレが新島に場所を聞いたとき、新島は一階だと答えた。実際、一階にサービスカウンターはある。それも、探せばすぐにわかる場所にだ。なぜ、ボープレは一階と言われたのにサービスカウンターを探し出せなかったのか。新島なしでは謎は解けそうにないな」

「でも、俺は新島が帰ってくる前に謎を解きたいっす」

「まあ......良い暇つぶしくらいにはなるな」

「ああ......。んじゃ、状況整理っすが、ボープレは一階と聞いた。だけど、一階にはなかったとボープレは言い張った。......部長、一階は英語でなんて言うんすか?」

「first(ファースト) floor(フロア)だ」

「ファーストフロアを、他の階のと間違える可能性はあるんすか?」

「いや、ないだろ。二階はsecond(セカンド) floor(フロア)、三階はthird(サード) floor(フロア)だから......間違えんな」

「なるほど。まずはボープレが一階でどこからどこを調べたかを知ろう。部長はお菓子、食べ終わったっすよね?」

「もちろん」

「じゃあ、一階に降りていろいろな人に聞こうっす」

 土方と高田はお菓子の袋を捨てて一階に降り、まずはサービスカウンターにいる人に話しを聞いた。

「あの、すんません。ボープレと名乗る外国人がここに来ませんでしたか? それとも、この前を通ったとか」

「いえ、そのようなことはございませんでした」

「......ありがとうございます」

 高田はサービスカウンターから離れた。

「部長、ボープレはここには来なかったらしいっすね。次は誰に聞くっすか?」

「そうだな......。本を読んでいる人にでも聞けばいいんじゃない?」

「わかったっす」

 高田は読書をしている人に聞いて回ったが、本に熱中していて周囲は見ていない人がほとんどだった。

「部長、駄目だったっす」

「じゃあ、他の階でのボープレの目撃情報くらいは調べておきましょう」

 土方は階段を上がっていった。高田は急いで追いかけた。

 二階、三階でのボープレの目撃情報は多々あった。その情報を元にすると、ボープレは四階五階でサービスカウンターを探して、三階に降りたときに新島に尋ねたが、一階での目撃情報は皆無で、二階に降りて探していたらしかった。

 二人は一度、三階の飲食スペースに戻って考えをまとめていた。

「目撃情報を信じると、ボープレは新島に尋ねた後で二階を調べた。つまり、ボープレは一階と二階を聞き間違えたことになるっすが、そんなことは本当にないんすか?」

「他人は知らんが、私はそんな聞き間違いはしない。いくら英語が出来なくてもファーストフロアとセカンドフロアを聞き分けるくらいは可能だ」

「となると、もうお手上げだな」

 高田はため息をついて椅子にもたれかかった。その時、新島が階段から上がってきたのが見えた。新島の近くにはボープレはいない。

「待たせた。この一件は解決した」

 高田は最後の力を振り絞って口を開いた。

「新島! なぜボープレが怒ったかこちらでも調べて見たが、一階と二階を聞き間違えたことくらいしかわからなかった。答えを教えてくれ」

 新島は椅子に座った。

「高田。そこまでわかったら、もう答えは出ているようなものじゃないか」

「茶化すな」

「茶化してはないんだがな......。ボープレはファーストフロアを二階と認識していたんだ」

「茶化すな」

「茶化してはないんだがな......。ボープレはアメリカ人ではなく、イギリス人だったんだ。つまり、ボープレが使う言語はクイーンズイングリッシュ。

 英語と米語では数え方が異なる。アメリカの場合は一階がfirst(ファースト) floor(フロア)で二階がsecond(セカンド) floor(フロア)。三階はthird(サード) floor(フロア)だが、イギリスの場合だと一階がground(グランド) floor(フロア)で二階がfirst(ファースト) floor(フロア)、三階がsecond(セカンド) floor(フロア)になっている。な? 単純なことだろ?

 ボープレは俺が一階(ファーストフロア)といったのを二階(ファーストフロア)と勘違いした」

「つまり、アメリカンイングリッシュとクイーンズイングリッシュの違いが今回の事件を生んだ、ということか?」

「そういうことだ」

 土方と高田は納得して、大笑いした。

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