京都・鶏の鳴き声

 新島と高田は京都・奈良に修学旅行で来ていた。二泊三日の旅だった。もちろん、二学年生だけだから土方はいない。

「なあ、新島」

「なんだよ」

「京都と言えばミステリーの本場だよな」

「そうだっけ?」

「そうだよ、バカか?」

「いつも謎を解いているのは俺なんだが?」

「そうだけど、京都でも謎はあるんじゃないのか?」

「まあ、あるだろ。謎なんてどこでも」

「だろ? でも、例えばどんなのだ?」

「そうだな...学校で鶏(にわとり)の鳴き声がするんだ」

「にわとり?」

「そうだ。ほら、今聞こえるような鳴き声だ」

 あるところから「コケコッコー」と聞こえた。

「な! にわとりの鳴き声だ!」

「な?」

「じゃねーよ。やっぱ新島はアホだ。何で京都でにわとりの鳴き声がするのか気にならないのか?」

「正直に言おう。ならない」

「まったく...怠惰(たいだ)だね、新島は」

「そうか?」

 新島と高田は自分たちが班から大幅に離れていることに気づいて、急いで走り出した。

「次は金閣寺(きんかくじ)か」

「ほら、高田もバカだぜ? 金閣寺の正式名称は『鹿苑寺(ろくおんじ)』だ。金箔が貼られた舎利殿(しゃりでん)が金閣で鹿苑寺の敷地内にある。その舎利殿は鹿苑寺金閣と呼ぶんだ」

「無駄な知識だな。新島は前日からちゃんと無駄な知識を頭に詰めて来たのか」

「いや、鹿苑寺は常識だろ?」

「そうか?」

 普通、鹿苑寺に入るには小・中学生は三百円か必要だが、学校側が事前に支払っているから並ばずに入った。

「うおぉー! 金閣の前の湖に金閣が映っていて映(は)えるな」

 高田はカメラのレンズを金閣に向けて、はしゃいでいた。

「いいか、高田。あの湖の名称は『鏡湖池(きょうこち)』だ」

「おっ! 何か岩が浮いてるな」

「あれは岩じゃなくて島って言うんだ」

「うおっ! すげー」

「無視かよ! おい、高田!」

「なんだよ、新島。集中させてくれ」

「いいだろ? 俺はお前しか話す相手がいないんだよ」

「惨(みじ)めだな、新島」

「お前、結構ひどいな」

「普通だろ?」

「全然、普通じゃない」

 新島はカバンからチェキを取りだして、一枚撮った。すぐに写真が出てきて、それをカバンにしまった。

「新島、お前チェキ持ってんのか?」

「今日のために買ったんだ」

「無駄に真面目だな」

「余計なお世話だ」

 新島はチェキを片手に班から離れた。そして、不動堂(ふどうどう)に向かった。不動堂とは、不動明王を祀(まつ)っているが、本尊(ほんぞん)としている石造の不動明王像は公開されていない。木造の不動明王立像は国指定重要文化財だが、こちらは目視することができる。

「格好いいな」

 新島は木造の不動明王立像をチェキで撮影した。

「賽銭(さいせん)でもしておくか」

 新島はチェキとフィルムをカバンにしまって、財布を取り出した。財布から五十円玉を出すと、賽銭箱に投げ入れて二礼二拍手一礼をした。丁寧に不動明王に二回お辞儀をして、胸の前で両手を合わせると手を二回叩いて、両手を合わせて胸の前でキープしたまた一回お辞儀をする。これを終えると、陸舟(りくしゅう)の松(まつ)まで向かった。

「この松が足利義満が育てて自ら植えた松か。しかも、京都三松だ!」

 新島は一人で興奮して、写真を撮りまくった。

 目的の場所に来れたから、急いで班を探した。まず、こっそり抜け出した鏡湖池に向かった。だが、そこに班はいなかった。それから探すこと十分。やっとの思いで班に合流した。

「新島、どこ行ってたんだ?」

「ちょっと行きたいところがあってね...不動堂と陸舟の松に行ってたんだ。高田は抜けないのか?」

「抜けねーよ。でも、よかったな。班じゃあんなところは寄らないからな」

「そうなんだよ」

「次は龍安寺(りゅうあんじ)だな」

「ルビが違う。龍安寺(りょうあんじ)だ」

「だから、細かいんだよ」

「悪かったなっ!」

 班は鹿苑寺を出て、近くの龍安寺に向かった。

「やっぱ、龍安寺といったら石庭(せきてい)だな」

「あれか。枯山水(こやまみず)」

「わざとだろ? 枯山水(かれさんすい)だ」

「あぁー! いちいち細けーんだよっ!」

「枯山水くらいは覚えろ! それに、正式名称は『方丈庭園(ほうじょうていえん)』だ」

「そうだな...新島、うるさい」

「泣くぞ、俺」

「んじゃ、方丈庭園の説明でもしてろ。少しは聞いてやるよ」

「わかった。...龍安寺は狭い寺院だ。だから、この方丈庭園も狭い。だが、奥に見える壁と右に見える壁の繋がっている部分にいくにつれて徐々に壁の高さを下げていき、遠近法により広く見せてるんだ。

 十五個の大小異なる岩が敷き詰められているが、全部の岩が見える部分を探してみろ」

「わかった」

 高田は場所を移って十五個の岩が見渡せる部分を探したがなかった。

「新島、どういうことだ?」

「方丈庭園の十五個の岩はどの位置から見ても、全部は視界におさめられない造りになってるんだ」

「なら、探させんなよな」

「ごめん、ごめん。つい、な」

「テメェ!」

「まあまあ」

 新島は笑いながら高田の肩を叩いた。高田はため息をつきながらも笑っていた。

「次は自由な休憩時間だな。新島はどこ行く?」

「行きたい団子屋があるんだ」

「なら、着いていくよ」

「そうか」

 新島と高田は龍安寺の近くにある団子屋に向かった。その時、またにわとりの鳴き声が聞こえた。

「なあ、新島。気にならないのか?」

「何が?」

「にわとりの鳴き声だよ」

「ああ、これか」

「ああ」

「...まあ、あんまり気になんないな」

「まじかよ!」

「それより、団子屋だ。うまいらしいよ」

「じゃあ、ちゃっちゃと食うぞ」

「だな!」

「旦那! 団子二つ!」

「おうよ!」

 店主は皿に串団子を二本乗せて二人に持って行った。

「うおっ! ましでうまいな、新島」

「だから言っただろ?」

「ああ。まじでうまい」

「これが一本百円」

「天国か、ここは」

「日本の京都だよ」

「当たり前のこと言うな」

 二人は団子を食べ終えると、店を出た。団子屋はある通りに面していた。その通りには飲食店が軒を連ねている。

「なあ、新島」

「ん?」

「にわとりの正体を探ってみないか?」

「にわとりの正体?」

「そうだ」

「何で?」

「気になるだろ?」

「全然」

「なら、いい。着いてこい」

「あ、ちょっと」

 高田の後に新島が続いた。高田は一軒一軒の回りをゆっくりと歩き回って、にわとりの声がしないか確かめた。だが、すでに声は聞こえない。

「高田! 休憩時間とっくに過ぎてるぞ」

 新島は腕時計を見ながら焦っていた。高田も時計を確認して、顔が真っ青になっていた。

 二人はその後、班と合流。それから、八坂中学校二学年生一行は本日泊まる宿に向かった。

 宿の名前は『望月荘(もちづきそう)』。名前の通り、夜になると星空が綺麗に見える。もちろん、満月の日には月がより近くに見えるのだ。

「新島! 広い部屋だな」

「まあ、どちらかというと広いな」

「だろ?」

「それより、高田」

「どうした?」

「トランプしよう」

「トランプ、か。ババ抜きか?」

「ああ」

 新島と高田は二人でババ抜きを始めた。

「なあ。にわとりの鳴き声はどうするんだ?」

「またその話しか。俺はにわとりの鳴き声が学校で聞こえるって言っただけだ」

「京都じゃにわとりはいないだろ?」

「いるんじゃないか?」

「わかんないなあ」

 それから、少しババ抜きをしていると新島が何かに気づいた。

「ん?」

「どうした? 窓の外何か見て...」

「いや、あれ! 燃えてないか?」

「!」

 二人のいる部屋の窓からは望月荘の名物・月見御殿(つきみごてん)と言われる小さい建物が見える。その月見御殿が赤い炎に包まれていた。と言っても、全体が燃えているわけではない。一部分が激しく燃えている程度だ。だが、それでも大問題だ。二人は急いで月見御殿に向かった。

 月見御殿の前には人影があった。新島が叫ぶ。

「待て!」

 その人影は急いで消火器で火を消して、逃げていった。

「どういうことなんだ!?」

 高田は月見御殿を見ながら絶句していた。

「どうした、高田...」

「月見御殿が...どこにも損傷がないんだ!」

「何だって!」

 新島は燃えていた部分を確認した。しかし、炭になっている部分もなければ灰にすらなっていない。つまり、月見御殿は燃えてはいなかったのだ。しかし、あれが幻覚な訳がなかった。

「なあ、俺たちの頭が狂ったのかな?」

「高田は元から狂ってるよ」

「じゃなくて、なんで月見御殿に損傷がないんだ?」

「さあな」

「あったな。ミステリーの本場・京都での謎...」

「にわとりよりよっぽど大きい謎だぞ」

「だから面白い」

 二人はゆっくりと部屋に戻っていった。

 朝、二人は六時に目が覚めた。高田は真っ先に外を見た。月見御殿は燃えてはいなかったが、昨日の場面がフラッシュバックしていた。

「高田」

「ん?」

「新聞ってあったけっ?」

「食堂にあるだろ?」

「なら、行こう」

 二人は一階の食堂に向かった。新島はそこで本日の新聞をもらった。

「見てみろ、高田」

「どうした?」

「京都では他にも放火事件があったらしい」

「本当だ! それに昨日だけで二件の空き巣泥棒。手口が同じだから同一犯か。大変だな」

「最近は京都で外国人のマナーも悪いからな」

「これが古都の現実、か」

 二人は新聞を棚に置いた。

「おっ! どうしたんだ、二人とも」

「あ、斉藤(さいとう)さん」

 斉藤さん、とは望月荘の職員で八坂中学校生徒担当だ。そして、修学旅行最終日に何かを行う予定らしい。

「早起きだな」

「ちょっといろいろあって...」

「そうか、そうか。まあ、今日も楽しんで来てね」

「はい」

「確か、今日は銀閣寺(ぎんかくじ)と哲学の道だね」

「はい」

 新島は銀閣寺を慈照寺(じしょうじ)と訂正したくてうずうずしていた。

 二人は二階の三組男子の部屋に戻った。

「こいつら、まだ寝てやがるぜ」

「まあ、落ち着け高田」

「また寝るか」

「起床は八時だからまだ眠れるな」

「寝よう」

 高田は布団に包(くる)まって寝た。新島は歯を磨いてから布団に潜り込んだ。


 二時間後の八時に全員が起床した。新島は起きてすぐに、『斉藤さん』のいる場所に向かった。高田は気になって後を追った。

「斉藤さん!」

「あ、やあ。新島君」

「六時頃に月見御殿に火を放ったのはあなたですよね?」

 高田は隠れて聞いていたが、驚いた。

「放火? なんのことだい? それに、月見御殿に損傷はなかったよ」

「アルコールと水」

「!」

「あなたはアルコールと水をうまい具合に混ぜた。そして、それを月見御殿にかけた」

「な、何のために?」

「月見御殿に損傷を残さず、かつ燃えるようにです」

「新島君は何を言っているんだ?」

「アルコールと水をうまい具合に混ぜて、何かにかけるか浸すかしてから、それを燃やしても実際には燃えません。アルコールだけが燃えている状態だからです。斉藤さんはそれを使って

月見御殿に火を着けた」

「な、なぜ?」

「それは、あなたが俺たちにお別れの時に行うサプライズのためです。おそらく、その実験で月見御殿を燃やしたんでしょうが、そのことが他の人にばれたら大変だから隠したんでしょう?」

「...そうだ。正解だ。目玉の月見御殿に燃えない細工をしたとしても放火したことがばれたらクビだ。だから、他の人には言わないでくれ」

「大丈夫です」

 新島はお辞儀をして、階段を上がると、高田が待っていた。

「なんだ、聞いてたのか?」

「もちろん」

「そうか」

「で? にわとりの鳴き声はわかったのか?」

「ああ。わかってはいるが、正体が危険なんだ」

「何で?」

「今日のうちににわとりの鳴き声がしたら捕まえるから」

「わかった」

「武器は持ってろ。それと、お前なんか武術出来たっけ?」

「空手を少々かじっている」

「なるほど。じゃあ、頼むぞ」

「ああ。わかってる」

 二人を含めた班は哲学の道に向かった。そこから慈照寺に向かうようだった。

「新島」

「どうした?」

「にわとりの正体は凶暴な奴なのか?」

「ああ。超凶暴だ」

「そうなのか」

「ああ」

「どうしたら、捕まえられる?」

「首をつかんで、地面に叩きつけるんだ」

「それから?」

「縛(しば)る」

「わかった。やってみる」

「頑張れ」

 それから少し哲学の道を歩いていると、独特の高い鳴き声。つまり、にわとりの鳴き声が聞こえてきた。

「高田!」

「わかった。行こう」

 二人はにわとりの鳴き声が聞こえた方向に走っていった。

「ここら辺で聞こえたよな?」

「ああ。高田は家の庭を確認しろ」

「わかった」

 二人は手分けして庭を覗き回った。すると、新島が高田に手招きした。

「にわとりがいたのか?」

「いたんだ。窓が割れてるあの家の中だ。割れた窓から入るから、お前は追撃しろ。俺が一番槍だ」

「わかった」

 二人は家に入り込んだ。すると、黒いニットを被った男が一人いた。新島は急いで股間を蹴っ飛ばした。

「高田! 追撃だ!」

「そいつ、にわとりじゃないぞ」

「いいから、追撃!」

「わ、わかった」

 高田は急いで男の上に乗って、縄で縛った。

「で、新島。こいつ、誰?」

「ほら、京都で空き巣被害が増えてるって新聞にあっただろ? それに、同じ手口で」

「あったな」

「その犯人がこいつ」

「まじか!」

「交番に行くぞ」

「わかった」

 二人は犯人を担いで交番まで行った。詰めていた警官が犯人に犯行を自白させて、後に逮捕された。そして、そのことは八坂中学校の修学旅行に同伴した職員にも伝えられた。

 それで現在。新島と高田は京都府警の刑事と雑談をしているところだった。

「ハッハ! まさか、中学二年の二人に先に犯人が逮捕されるとは実に我々は滑稽(こっけい)だ。ときに、なぜ犯人が忍び込んだ家がわかったんだい?」

「わかったのは、新島です。俺...僕は何もしていません」

「一人称は変えなくて良いよ。...それより、新島君。なんで、わかったんだい?」

「にわとりの鳴き声です。修学旅行初日から聞こえていて、高田とそのことについて話していました。それから新聞で空き巣を知って、被害に遭った家の場所とにわとりの鳴き声が聞こえた場所が近かったので、少し考えて見たんです。もしかすると、他の音を消すためににわとりの鳴き声を出したんじゃないかって。ですが、にわとりの鳴き声はそれほど大きい音ではありませんでした。そこで思い出したのがマスキング効果です」

「マスキング効果とは?」

「高い周波数の音に低い周波数の音を重ねて、音を消す方法です。なぜ犯人がにわとりの鳴き声を選んだのかは知りませんが、ガラスが割れる音が消える程度の周波数ににわとりの鳴き声を調整してスマホか何かで流します。その間にガラスを割れば、にわとりの鳴き声は誰かに聞こえてもガラスが割れる音は掻(か)き消されます。つまり、犯人はマスキング効果を利用してガラスを割っていたんです。

 なので、哲学の道でにわとりの鳴き声を聴いたので、急いでせの方向まで向かったんです」

「なるほど。だから、今回の犯人は捕まえられなかったのか。何か少しでも音が漏れるはずだと思っていたが、にわとりの鳴き声とは...」

「俺と高田もにわとりの鳴き声の正体がわかってよかったです」

「いや、礼を言うのは我々だ。ありがとう」

 刑事は深々と頭を下げた。


「──と言うことがあったから、俺と新島は表彰されたんすよ」

 高田の修学旅行の話しを土方は真剣に聞いていた。

「うん。私は納得した。だから、二人は表彰されたんだな。修学旅行でも大変だったんだな」

「まあ、そうだな」

 土方は四日ぶりの二人の顔を見ながら、微笑んだ。

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