愛のメッセージ
僕の人生はかなり充実していると思う。中学三年生にして彼女もいる。今、ちょうど彼女とメッセージを送りあっているところだ。
僕はスマホは持っていない。だから、最近中古で購入したパソコンを使って彼女と話している。
『ねぇ、啓太(けいた)』
啓太とは、僕のことだ。
『どうしたの?』
『私のこと、どう思ってる?』
彼女である金木美海(かねきみう)はよく、このようなことを聞いてくる。僕はキーボードの『S』と『U』と『K』と『I』のボタンを順番に押した。
『は?』
彼女からこのようなメッセージが帰ってきた。予想外なところもいつも通りだ。
『?』
『マジでありえない!』
彼女はそう言い残すと、チャットを退出した。
「はぁ!? ちょっと、美海!」
「おい、啓太! うるさい」
彼はおにいちゃんだ。自分もうるさいくせに、僕には偉そうにしている。
今日、彼女からフラれた。理由もわからずに...。
「さて。帰りのホームルームを始める」
三組の教室で、八代(やしろ)が帰りのホームルームを始めた。やがてホームルームも終わり、生徒は下校する。そんな中、高田は新島の席に近づいた。
「よう、新島! 部活行くか?」
「ああ、行くつもりだ」
「じゃあ、一緒に行こうぜ」
「ちょっと待ってろ」
新島はカバンをつかんで席から立ち上がった。
「なあ、新島」
「何だ?」
「七不思議の二番目が判明したぞ」
「本当か?」
新島は驚きつつも教室を出た。高田も新島を追って教室出る。
「どんな七不思議だ?」
「二番目か?」
「それ以外に何があるってんだ」
「いわゆる、ポルターガイスト現象。騒ぐ霊だ」
「地震だろ?」
「それが、全然違うんだ。回りの建物は揺れてないが、学校だけ激しく揺れるらしい」
「まあ、作り話の可能性もある」
「だが、以前にも、つまり平成十数年そこらでもポルターガイストがあった」
「どうせ共振現象か何かだろ?」
「学校の近くにそんなものはない」
「だったら、お前...地下だ。俺が読んだことがある本では東野圭吾(ひがしのけいご)の『予知夢(よちむ)』の一編。探偵ガリレオシリーズで、タイトルは『騒霊(さわ)ぐ』。ポルターガイストが作中で出てくるが、トリックは地下の古いトンネルに水が流されて、その振動が家の固有振動数とあったから家が揺れたんだ。
『湯川はまず市役所に行き、高野家周辺の地下がどうなっているかを調査した。その結果、高野家のちょうど真下に古いマンホールがあったらしいことを発見した。彼はポルターガイストの原因はこれに違いないと断言した。
「物体にはそれぞれ固有振動数というものがある。ある物体に加えられる力の振動数がそれに一致した場合、その物体は激しく振動する。それが共振現象だ。何らかの原因で、このマンホールをとりまく環境が変化し、そのため共振を起こしているんだろう」
その原因を、地面に対して何らかの力を加えたせいと湯川は推理した。たとえばそれは穴を掘ったとかだ、と彼はいった。
(中略)
また、調べてみたところ、高野家の近くにある部品工場が、その古いマンホールに繫がる下水管を利用していたことがわかった。毎日午後八時になると、その工場から、処理された熱水が放出されていたのだ。その熱水が下水管中に空気の流れを作り、高野家の真下にあるマンホールを振動させていたらしい。』
と『騒霊ぐ』には書かれている。つまり、学校の地下で何かあったんだろ?」
「地下か...。あるかもしれない」
「まあ、どっちにしろ二番目も解決するからいつかはわかる」
「なあ」
「どうした?」
「俺たちが卒業するまでに七不思議の残り五個を解決できるかな?」
「出来なかったら、託そう。文芸部の後輩に」
「文芸部に後輩が出来るかな?」
「来年に期待、だな」
「ああ」
二人は文芸部部室に入った。すると、土方とある男が話していた。
「ちょうどよかった、二人とも。珍事件の解決依頼が来た」
「珍事件っすか?」
「ああ。彼女にフラれた理由が知りたいらしい」
「どうも。僕は八坂中学校三年一組の山中啓太(やまなかけいた)です。文芸部ならこの謎を解いてくれるって聞いたので」
「誰に?」
「七不思議研究部と鈴木さんにです」
おそらく、鈴木真美だろう。
「では、山中先輩。話してください」
「わ、わかった」
山中は深呼吸をしてから話し始めた。
「パソコンで彼女とチャットをしていて、『好き』って送信したら急に『マジでありえない!』と返信されて、それから話も聞いてもらえなくて...」
「なるほど」
新島はカバンを置くと、淡々と話し始めた。
「多分、『SHINE(シャイン)』と送って、間違えて『SHINE(シネ)』と彼女さんが勘違いしたんですよ」
「いや。ちゃんと『好き』と送ったよ」
「履歴は見れますか?」
「いや、見れない。メッセージを送信して十秒したら消えるんだ。そういう形式のチャットなんだ」
「なんていうチャット何ですか?」
「『簡単操作 チャットチャット』というものだよ」
新島は嘘くさいという顔をした。
「というわけだよ。新島、高田。ちょっと来てくれ」
「はいっす」
「うん」
「私は十分も話を聞かされた。私は奥で寝るから、二人でちゃちゃっと片付けてくれ」
「わかったっす」
「頼むよ」
土方はカーテンの奥に入って、寝たようだ。新島は椅子を持ってきて、座った。
新島は椅子に座るとすぐに「まず、もう少しくわしく話してください」と言った。
「わかった」
山中は涙をこらえながら、話し始めた。
「おにいちゃんが中古で安く買ってくれたパソコンを使って、チャットチャットで美海と話していたんだ。パソコンは中古なのに綺麗で傷一つないものだったよ。だから、あんまりお金を使わずに美海とメールが出来た。まあ、スマホを買えば良いんだが、親は反対なんだよ。僕に言わせれば、スマホとパソコンの違いなんてないけどね。だって、電子機器としては同じだからな」
話しがどんどん違う方向に脱線していく。これではまずいと思った新島は話しを遮(さえぎ)って、気になることを聞いた。
「ちょっと待ってください」
「?」
「パソコンは中古なんですか?」
「ああ、そうだ。高いのは駄目だって怒られたからね」
「それと、家にはお兄さんがいた...」
「いたね」
「なるほど」
新島は足と腕を同時に組んで、目を閉じた。高田は唖然として、その光景を見つめていた。
少しして、新島は目を開くと椅子から立ち上がった。
「二人とも、着いてきてください」
山中と高田は言われるままに新島の後に続いた。新島は階段を降りて一階に行くと、左に曲がってまっすぐコンピューター室に向かった。
「ここの中の一つのパソコンを使って実験をします」
新島はキーボードを少しいじって、それから山中をそのキーボードの前にある椅子に座らせた。キーボードはパソコン本体に繫がっている。
「先輩」
「なんだ?」
「そのキーボードを使ってパソコンで『好き』と打ってください」
「わ、わかった」
パソコンを起動して、ワードを開いた。それから、『S』『U』『K』『I』のそれぞれのボタンを押した。
「何だ!?」
山中はパソコンの画面を見た。ワードには『しね』と打ち込まれていた。
「学校のパソコンは古いです。このキーボードも古い...。つまり、個々のボタンが外れるんです」
新島はボタンを外して見せた。
「先輩のパソコンのキーボードも外れるなら、『S』『U』『K』『I』がアルファベット四文字で相手を貶(けな)す単語に変えられていたはずです。さっきみたいに、『S』『I』『N』『E』と変えられていたかもしれない」
「だが、誰がやったんだ?」
「お兄さん、でしょう。ちょっとした悪戯(イタズラ)のはずです」
「でも、僕が『好き』とメッセージを送ることはわからないじゃないか」
「山中先輩はメッセージの返事が淡泊のはずです。お兄さんもそれを知っていたから『好き』と送信すると読んでいたのでしょう」
「な、なるほど」
「家に帰って、お兄さんに確かめるのが一番いいですよ」
「わかった! ありがとう。助かった」
山中は急いでコンピューター室を飛び出した。高田は山中が行くのを見送ってから、口を開いた。
「よくわかったな」
「キーボードのボタンが外れることは知っていたからな」
「だが、履歴が残らないチャットなんか使うからややこしくなるんだ。履歴さえあったらキーボードのボタンが変えられていたことは簡単にわかるはずだ」
「だな」
「じゃあ、部室戻って七不思議の二番目の話しをしよう」
「さっきの続きか」
「ああ、その通りだ」
二人は部室に戻った。
「やけに解決が早かったわね」
「まあ、一応...」
「それより、七不思議の二番目の話の方が重要っすよ」
「二番目?」
「そうっす! 七不思議の二番目、ポルターガイスト!」
「ポルターガイスト?」
高田は土方に二番目のことを話した。
「そんな七不思議があったのか」
「そうなんすよ」
「いや、だから東野圭吾の『騒霊(さわ)ぐ』では──」
「新島。その話しは廊下で聞いた」
「言ったけど──」
「聞いた」
「あぁん?」
「んだあ? こらぁ!?」
新島と高田は頭を打ちつけ合った。
「やめろ、二人とも。それより、高田。ポルターガイストの話しをしてくれ」
「はいっす!」
高田は椅子に座った。
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