新参者

 新島は八坂中学校三年三組、文芸部部長になった。文芸部の部員は現在二人。なんとしてでも、今日の入学式後の新入生を勧誘する必要があった。だが、二人には手がなかった。そうしているうちに入学式は終わり、部室で意気消沈していた。

「新入部員、どうすんだよー」

「俺が頭から流血してから、まともにその話しはしてこなかったな」

「烏合の衆発足した後も、ふざけてたら会議終わったしな」

「いや、あれは高田がつまんない洒落を言わなければ良かったんだよ」

「そうだけど──」

「俺のモスキート音の案を採用していれば、新入部員がもっと集まったぞ」

「その案こそ、クズの極みだね」

「いや、真っ当な案だろ?」

「全然違う」

「そうか?」

「ああ」

 すると、ガラッと扉が開き、いかにも新品そうな制服を来た女生徒が入ってきた。おそらく、一年生だ。髪が長く、黒色。黒縁眼鏡をかけていて、目鼻立ちは整っている。美人というほどでもないが、それなりの顔だろう。

「あのう、文芸部はここで合っていますか?」

 高田はすかさず、ここが文芸部だと答えた。

「部長の新島真です」

「平部員の高田弘だ」

「平部員? 何だ、それ?」

「平社員的な何かだろ? なんとなく言ってみた」

「なんとなく言うな」

 新島と高田の会話を聞いていた女生徒は、クスッと笑った。

「面白そうな部活ですね」

「そうですか?」

「おい、新島! 敬語気持ち悪い」

「俺は部長なんだ! 敬語を使わないと──」

「私は敬語でなくても大丈夫です。一年二組の新田薫(にったかおり)と言います」

「この部に入ってくれますか?」

「入りたいです」

「なら、まずは秘密保持契約書にサインしてください」

「秘密保持契約書?」

「文芸部でのことを外部に漏らさないためのものです。なぜ秘密保持契約書にサインをするかは、サインをした後で話します」

 新田は新田が出した秘密保持契約書にサインをした。

「では、文芸部の活動内容を説明します。おととしまでは稲穂祭に文集を売るだけだったんですが、去年から活動内容が一新されました。......七不思議はご存じですか?」

「な、七不思議......?」

「そうです。我が校の七不思議の一番目は、稲穂祭の行われる三日の間に前の大通りで事故が多発する、というものです。こういう七不思議を解明もするんです。文芸部は俗に、日常探偵団と呼ばれる場合があります」

「日常探偵団?」

「七不思議の他にも、些細な謎を解決しているんです」

「色々聞きたいですね」

「まずは七不思議のことを話します。先程話した一番目のトリックは軽音楽部のライブによりものだったんです」新島は、文芸部がこれまでに調べてきた内容を話した。

「八坂中学校の私利私欲......」

「なんとしてでも、文芸部が七不思議を解決する必要があるんです。それは、八坂中学校自体を守るためです」

「些細な謎を解決する以外にも、活動はあるんですか?」

「ないです。依頼がないときや、七不思議の実態がまだ不明な場合は本を読んでいます」と言って、新島は本棚を指差した。

 すると、新田は本棚の一部に釘付けになった。

「あのう......。ここに並んでいる本は読んでもいいんですか?」

「本棚に返すことを前提なら、家に持って帰ることも出来ます」

「ならっ! この『マスカレード・ナイト』を読みたいです!」

「ああ、まだ読んでないんですか?」

「はい。部長は読んだんですか?」

「もちろん、読みましたよ。最後、理解するのが大変でしたが、面白かったです。犯人はほとんど序盤から登場しているんですが、今回の犯人は実に巧妙でした。容疑者から除外されるように計算した上での行動を取っていましたから。新田も完全に騙されて──。あなたも新田でしたね」

「はい。私も新田なので、マスカレードシリーズは好きになったんです」

「なるほど。では、今日にでも持って帰っていいですよ」

「ありがとうございます」

「では、明日入部届を書いて持ってきてください」

「わかりました!」

 新島は本棚に歩み寄った。「グロテスクな殺人の小説は好きですか?」

「いや、苦手です」

「つまり、不健全派は駄目ですか......。なら」新島は本棚から北村薫の『空飛ぶ馬』を取り出した。「『空飛ぶ馬』は人が死なないミステリーだから、安心して読めます。それに、円紫さんシリーズの第一作品目だ」

「あ、読んでみます」

「ですが、まあ人間の闇は感じますよ」

「な、なるほど」

 新田は本を受け取った。

「新島」

「どうした?」

「新田を烏合の衆に参加させるか?」

「烏合の衆にか......。先輩に今日、話してみよう」

「わかった」

「あのう、烏合の衆って何ですか?」

「ああ、烏合の衆ですね。烏合の衆は俺と高田、そして卒業した去年の文芸部部長の土方波という人が参加しているチームです。一応、七不思議を解明しています。といっても、発足したのはごく最近ですが......」

「その土方さんに、会ってみたいです」

「なら、今日も会議を開きましょうか」

 ということで、新田を含めた三人で新島の家に向かった。

 土方は新島の家の合鍵を持っているから、すでに新島の家に入っていた。

「先輩、新入部員の新田さん」

「......。新島、なんで敬語なんだ?」

「あ、いや、上級生としての自覚を──」

「私、ため口の方がいいです」

「ほら。新田もそう言っているぞ」

「う~ん」新島は悩んだすえに、ため口にした。

「よし」土方は立ち上がった。「じゃあ、烏合の衆の会議始めよー」

「俺、いい情報があるっす」

「いってみろ」

 今回の司会進行は土方だった。

「はいっす」高田は手帳を取りだした。「まず、文芸部に入ってくれそうか人物を発見。名前は三島紗綾(みしまさや)。当然女生徒。三年生で、今年の転入生だ。本が好きらしい。それと、いつも一人でいる」

「なら、明日その三島の偵察、新島行け」

「俺?」

「秘密を探ってこい」

「しょうがないか。......わかった」

「で」高田は続けた。「まだ、他にも情報はある。七不思議の四番目が判明した。プールだ」

 プール? と、高田以外の三人が口をそろえて言った。

「プールに入るシーズンは夏。それ以外の時は、プールに雨水が溜まっている。その溜まった雨水が外に漏れ出すらしい。プールの水は大量だから、漏れ出したら水浸しだ。最近の事例だと四年前の四月にも一度、四番目が実行されていた」

「何でだろう?」

「それを考えるのは新島、お前の仕事だろ?」

「えー、マジかよ」

「マジだよ」

 土方は少し考えてから「では、三島紗綾を文芸部部員に迎えてから七不思議の四番目の捜査に取りかかるとしよう」と言って、一端座った。


 次の日の休み時間、三年三組教室。新島は三島の元に行くか行かないかで自問自答していた。だが、高田に後押しされるかたちで教室を出ると、三年六組教室まで向かった。三島は六組なのだ。

「あのう」新島は、六組の生徒に話しかけた。「三島さんを呼んでくれる?」

「ああ、わかった。──三島さん!」

 立ち上がったのは、長身で美形の女生徒だ。目はくりっとしているが、愛らしさを感じさせないほどの禍々しさを持つ。だが、愛嬌がないわけではないらしい。まあ、ほとんど笑わないんだけどね。

「何?」

 三島は冷徹な目差しで新島を見た。新島は早速本題に入ろうとしたが、三島に話しかけた時点でかなり注目されている。会話の内容が聞かれてはまずいから、新島は三島の右手をつかんだ。

「こっち、来て」

 三島の右手を引っ張りながら、小走りに五階の理科室に入った。

「何で、理科室に?」

「二人きりで話しがしたかった。本、好き?」

「ああ、一応好きだ」

「文芸部入らない?」

「文芸部?」

「そう、文芸部」

「?」

「部員を探してたんだ」

「そういうことか」

「文芸部に入る?」

「ちょっとまて。急すぎる。......お前も本は好きなのか?」

「好きだ」

「なら、私の秘密を解明してみろ。文芸部には日常探偵団という通り名があると聞いた」

「!?」

 三島はそのまま理科室を出て行った。


 新島は三島勧誘の成果を、放課後に文芸部部室で話した。高田は大笑いをした。

「三島、面白い問題を投げてきたな。ハハハハハハハハハハッ!」

「高田、笑いすぎだ。......それより、そもそも三島の秘密って何だ?」

「それなら、大体予想はつく。三島は豆と父親、人が嫌いだ。多分、そこら辺だろう」

「父親が嫌い?」

「それ、部長の『クローン』と同じで、父親に殺されそうになったんじゃないんですか?」

「俺と同じなら、他人にホイホイ秘密を探るようには言わないと思うよ」

「確かに、そうですね」

 三人は頭を悩ませた。

「なあ」高田は椅子に深く座りながら言った。「豆が嫌いなのは、名前が紗綾だからじゃないか? さやえんどうってあるだろ?」

「紗綾なんて名前を持つ人は腐るほどいるだろ」

「それもそうか」

「父親が嫌いな理由、俺が調べてやるよ」

「新島が? 大丈夫」

「ああ。自信がある。今日、家まで尾行する」

 新島は正門で三島を、茂みに隠れて待っていた。やがて、三島が一人で出てくると、茂みからこっそり抜け出した。そして、距離を保ちつつ尾行を開始した。

 三島の歩みは早く、足が長いためと思われる。一歩が新島の二歩と同じだ。新島は見失わないために大股で歩き始めた。

 正門を左に曲がってしばらくすると、分かれ道に着いた。そこを右に曲がり、突き当たりの八坂駅の前まで進んだ。

 駅の裏に回ると、大きな古本屋がある。三島は躊躇(ちゅうちょ)せずに、その古本屋に入っていった。新島は裏口から古本屋に入り、三島がどんな本を見ているのか観察していた。

 三島が手に取ったのは、ホラーやミステリーの類い。つまり、推理小説と呼んで差し支えないだろう。その本をパラパラとめくると、左手に持ち替えた。右手で他に数冊パラパラめくって、それも左手でつかんだ。その本を全てレジに持って行った。財布から五千円札を二枚出すと、本とおつりを受け取った。

 三島は本をカバンに詰め込むと、そのまま古本屋を出た。新島が尾行を続けると、三島はマンションに入っていった。ポストを確認すると、『三島』という表札を掲げているのは309号室だけだ。

 新島はポストの中を覗いた。ネットで注文したであろう書籍が一冊入っている。新島は他に郵便局から三島宛ての手紙があることを発見し、宛名を見て新島は目を疑った。そして、ポストに入っている全ての郵便物の宛名も見た。

 走って文芸部部室に戻れたのは二十分後だ。新島は息を切らせていた。

「姓が違う?」新島から、ことの顛末(てんまつ)を聞いた高田は、そう尋ね返した。

「そう、姓が違う。三島宛ての郵便物の宛名は、○○様方 三島紗綾様、だった。

 様方を使うの時は、世帯主と届けたい人の姓が違う場合だ。つまり、世帯主である父親と三島は姓が違う。まあ、様方の前に書いてあった名前は滲(にじ)んでいたが『遠』という漢字は識別できた」

「だったら、なんで表札に三島って書いてあるんだ?」

「さあ。ただ、世帯主と三島は姓が違う」

「これで」高田は頭の裏に両手を回した。「三島が父親を嫌いな理由が判明したな」

「姓が違うことか?」

「そうだ。姓が違う、つまり、父親と血のつながりはなく、母親と再婚したんだろ? 本当の親子じゃないから、父親のことが気に食わないというわけだ」

「本当にそんなくだらない理由なのか?」

「わ、私も違うと思います」

「おっ! 新田も俺と同じ意見か。高田、二対一でその説は却下」

「マジかよ......」

「マジだよ」

「じゃあ、新島も何か推理してみろ」

「さあな」

「なら、新田はどうだ?」

「私ですか? えっと......」新田は言葉に詰まった。新島が、無理をしなくてもいいよ、と言ったから新田はお辞儀をした。新田は引っ込み思案なのだ。

「新島は何か閃いたか?」

「いや、まったく閃かない。ってか、別に三島じゃなくても文芸部に入る奴探したはいいんじゃん?」

「いや、三島はすでに誘っちゃったし......」

「それもそうか」

 新島はため息をついた。まずは遠目から調べるべきだったと後悔した。

「新島、どうする?」

「調べるのは高田が得意だよな」

「俺に二次被害が?」

「そゆことだ。明日、ちゃんと調べろよ」

「明日、ね」

「あ、今思い出した。新田、入部届書いたか?」

「は、はい。書いてきました」

 新田はカバンを開けて、紙を一枚取りだした。そして、それを新島の前まで持ってきた。

「部長、入部届です」

「預かっておくよ」

 新島は入部届を受け取って、テーブルに乗せた。

「高田、七不思議の件については進展はあったか?」

「四番目か?」

「四番目じゃなく、七不思議全体の進展だ」

「全て引っくるめても進展はないよ」

「そうか......。それは残念だ」

「本当に残念か?」

「当たり前だ。嘘をついてもしょうがないだろ」

「それもそうだな。......進展かどうか知らんが、一つだけ七不思議についての情報がある」

「何だ? 言ってみろ」

「七不思議の二番目のポルターガイスト現象の原因だった演劇部の屋上での練習な、演劇部が他に練習する場所を見つけたらしい」

「それはよかったじゃないか。まあ、七不思議について進展はしていないが」

「まあ、そういう情報があったことは伝えたからな」

「ああ、わかってる......。ちゃんと聞いてやったから安心しろ」

「じゃあ、明日頑張って三島のことを調べてみる」

「張り切ってるな」


 高田は三島の行動を細かく調べた。好きなものや嫌いなもの。得意な教科や苦手な教科。事細かに調査し、その結果を放課後の部室で披露した。

「得意な科目は数学。苦手な科目は理科だった。そして、三島本人は『寡黙(かもく)』だ」

「またくだらない洒落を言ったな......」

「面白いだろ?」

「つまんないよ」

「悪かったな」

 すると、急に新田が目を輝かせた。

「高田先輩、面白いです!」

「だろ?」

「新田、こいつの洒落は無視していいから!」

「なんでですか?」

「えっと......?」

「新田、今の洒落は面白いだろ?」

「まあいい」新島はため息をつきながら、両手で顔を覆った。「高田は調査結果の報告を続けろ」

「わかってるよ。──これは眉唾かもしれんが、やはり父親が義理かもしれないな」

「つまり、義父か?」

「そうだ。その点は新島と同じだ。だが、なぜその義父を嫌うのか。正確な答えは得られなかった。

 あと、面白いこともわかった。三島は筆圧が強かったんだ。シャープペンシルの芯を、結構折っていた。それで、自然と文字も太くなる」

「筆圧が強いことがわかっても、あまり捜査が進展することはないだろうな」

「そもそも、三島の言うところの『秘密』とは何なのかわからないから、調査も難しいぞ」

「その秘密は俺も教えてもらってないんだ」

「まあ、俺が一日頑張って調べた結果がこれだよ」

「高田に限界はある、か。......このまま三島の推論会を続けるか?」

「無意味だろ。新島が閃けば手っ取り早いが」

「それが、なかなか閃かないぞ」

「ついに晩年を迎えたか」

「今年の誕生日がまだだから、十四歳だが?」

「ああ、晩年だな」

「太宰治?」

「そりゃ、本の名前だ」

「よくわかったな」

「当然だ」

 その後、部室は一時沈黙した。新島は目の下を掻きながら窓の外を見た。陸上部が走っているところだ。

「新島」高田は新島と同じように、窓の外に視線を向けた。「そんなに陸上部が気になるのか? もしかして、女子の運動着を見てるのか? ありゃ、ブルマじゃないぞ」

「勝手に人を変態みたいに言うな。今、真剣に考えているところなんだよ」

「おぉ、そうだったか」

 新島はうつむいて、指を鳴らした。それから部室を歩き回り、三周を回り終えてから高田を見て、白い歯を覗かせた。

「どうした? まさか、閃いたのか?」

「高田の言う通り、完璧に閃いたぞ」

「よくやった、新島!」

 高田と新田は、新島に向けて拍手した。

「で、その閃いた内容を教えてくれ」

「これは、一個人のプライバシーに関わる問題だ。まずは本人に許可を取らなきゃいけない」

「そんな酷い内容だったのか? それとも、内容が無いような感じか?」

「その洒落は無視していいか?」

「ああ、無視していい。その内容は新島が生まれてきた理由より酷いのか?」

「それほど酷いわけではない。だが、常人なら酷いと思う内容だ。まあ、俺の推理が正しければだがな」

「新島が的外れな推理をするわけがないから、多分それが正しい答えだ」

「そう言われると嬉しいよ。俺は、三島が帰宅する前に推理をぶつけてみることにする」

「三島の自宅は北区だったっけ?」

「その洒落も無視していいか?」

「......」

 新島は部室を出ると、六組教室に向かった。彼女がいつも通りの行動をしているなら、現在教室で本を読んでいるはずだ。新島は足を速めた。

 案の定、彼女は一人教室で本を読んでいた。

「三島さん!」

「......! 新島か。私のことは三島でいい。で、私の秘密は解けたのかな?」

「解けたといえば解けた」

「ほお? なら、話してみろ」

 新島は周りに誰もいないことを確認したうえで、腕を組んだ。「遠藤(えんどう)という男の人と、三島の姓のお母さんが再婚したはずだ。すると、三島は遠藤に変わるはずだが、あなたの場合はそれはできなかった。遠藤紗綾(えんどうさや)になってしまうからだ。つまり、さやえんどう。だから、父親と三島は姓が違うし、豆と父親が嫌いなんだ。

 だが、別に名前がさやえんどうになるからってわざわざ三島の姓を名乗ったのは、お母さんが再婚した当時、あなたはいじめられていた、ということだろ? いじめの真っ最中に遠藤紗綾になったら、いじめるネタにされてしまう。だから、より一層父親を憎んだ。そして、三島の姓を名乗った。

 その後、八坂中学校に転入して来たというわけだ」

 三島は少し黙ったが、口を開いた。

「よくわかったね。その通り。私は前の学校でいじめられていた。それが、私の秘密。だが、君は絶対にいじめの辛さも、親の再婚で屈辱的名前になりかけたことも理解できないはずよ」

 新島は腕組みを崩すと、頭を掻いた。「一応、理解できる」

「なぜだ? 理解出来るはずがない」

「いや、それが理解出来るんだ。俺の死んだ兄貴は心臓に持病を持っていて、いつ死んでもおかしくなかったんだ。生きるためには心臓移植をしなきゃいけない。だけど、そう都合良く適合する心臓を持った脳死のドナーは見つからなかった。そこで、母と再婚した義父は体外受精を行って、兄貴の心臓に適合する心臓を持った人間を生みだした。それが俺だ。俺は兄貴を生かすために創られたクローンなんだ。そして、両親に生きたまま心臓を取られる寸前で兄貴は死んだ。で、俺は生きている。

 こういう人生を歩んできた俺だからわかる。いじめの辛さも理解できるはずだ」

「く、クローン?」三島の顔は蒼白になった。

「クローンの件は口外禁止だ」

 三島は思い直して、右手を新島の方向に突き出した。「私を文芸部に入れてくれるかしら?」

 新島は驚きつつも、三島の手を握った。「部室に、今部員がいる。まずは部室に行こう」

 その後、新島と三島は部室に向かった。

「三島が、今日から文芸部部員になってくれるそうだ」

「よろしくお願いします」

「敬語、になったな?」新島は苦笑して、眉間を掻いた。「えっと、過去の秘密に関しては、本人から聞いた方がいいな」

「私は過去にいじめられていた。そんな時にお母さんが再婚した。その再婚相手の姓が遠藤だった。それで、私はさやえんどうになるところだった。そんな名前になったらいじめのネタになるだけだ。だから、私はお母さんと義父とは違って三島の姓を名乗ったんだ」

 高田と新田は、三島の話しを真剣に聞いていた。

「まさか、そんな過去があるとは。新島もよく、名前のからくりからそこまで推理できたもんだ。俺なんて、まったくわからなかったよ」

「うぅ。酷い話しですね」新田は泣き出していた。新島が生まれてきた真実を聞いた時は涙一滴流していないのが不思議なくらいである。

「これから、三島が文芸部の部員になる。今日の放課後、土方先輩が俺の家に来るから、烏合の衆会議に三島も参加させようか」

「俺は賛成だぜ」

「私も賛成です」

「烏合の衆? 雑魚の集まり? 秩序が存在しない集団?」

「三島、以外と酷いこと言うもんだな......」


 土方は缶コーヒーが五つ入ったビニール袋を持って、新島の家に向かった。すると、扉が開いていた。鍵が掛かっていないようだった。扉を開けて中に入ると、すでに烏合の衆のメンバーはそろっており、ニューフェイスが一人いた。

「あ、土方先輩。新しく文芸部に入った三島。烏合の衆にも今日から参加だ」

「ああ、よろしく。私が烏合の衆の長である土方波。君の一つ年上で、八坂高等学校一年だ」

「よろしくお願いします」

 土方と三島は握手をした。三島は土方にも過去にいじめがあったことを話した。

「ほお? それは、新島が不躾(ぶしつけ)だったな。過去を勝手に調べるとは」

 土方は指を鳴らした。

「いえ、私が調べて見ろ、と言ったので......。気にはしていません」

「そうか? なら、いいか。それより、三島は文芸部の本当の活動目的を知っているのか?」

「新島から聞きました。七不思議を調べる、とか?」

「その通りだ。で、今は七不思議の四番目を調べている最中なんだ。四番目は四月くらいにプールから水が漏れ出す、ということが判明している」

「四月は今月ですね」

「そう。だから、新入部員が欲しかったんだ。まあ、ちょうど缶コーヒーを余分に買ってきたから一人一杯で飲めるな」

 五人で缶コーヒーのプルタブを手前に引くと、乾杯をして飲み始めた。

「じゃあ、会議を始めるぞ。高田は何か新しい情報はつかめたか?」

「それがっすね、まったく新しい情報はないっす」

「そうか。そいつは残念だな」

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