偽札事件

 新島と高田は二年三組の教室にいた。

「なあ、新島。最近、偽札とか増えたよな」

「まあ、製造元が捕まって偽札の記番号も全て新聞に出たけどな」

「記番号?」

「札のどこかに番号が並んでるだろ?」

 新島は財布から千円札を取りだした。

「この番号のとこだ。BB358127Eってあるだろ?」

「ああ、これか」

「はぁー。偽札があれば最高だけどな」

「といっても、出回ったのは千円札らしいぞ。なんか、製造元はせこいな」

「一万円欲しいな」

「一万円ね」

「そろそろ部室に行かないと部長怒るかな?」

「お前、先輩に怒られたいんだろ?」

「まあね」

「その為に文芸部に入ったのか...」

「ああ、もちろん」

「アホか」

「真面目だ」

 新島はため息をついてからカバンをつかんだ。

「高田、部室に行くぞ」

「あっ、ちょっと待ってよ!」

「急げ」

「わかってるよ」

 高田も後を追うようにカバンをつかんだ。新島が歩き出すと、高田は紙を一枚出して見せた。

「新島、お前は書いたか?」

「......今学期を振り返る奴か」

「そう。しかも、進路にも関わってくるぞ。何せ、ここに自分の持っている検定を記入する欄があるからな。漢検とか英検だ」

「確かにな。まあ、部室で書けばいいだろ?」

「まあ、それでもいいか」

「行くぞ」

 新島と高田は並んで歩き出した。A棟七階の一番奥から二番目の部屋が文芸部部室だ。そこの扉を開けると必ず部長の土方がいる。

「二人とも、遅い」

「ああ、すまん」

「はいっす」

 土方は読んでいた本を本棚に戻して、新島たちの方を向いた。

「うちの家は書店を営んでいる。それで、こんな手紙が届いた」

 土方はカバンから一枚の手紙を出して、机に置いた。

「手紙には『偽札を使ってしまった。しかし、良心の呵責(かしゃく)に苛まれて、こうして手紙を出した。使った偽札は千円札で、商品はお返しするから許してほしい。』とある。そして、手紙と付属してこの本が付いていた」

 土方はカバンから本を一冊取りだした。

「これが偽札で買われたらしい。レジの千円札の中から、記番号を見てみた。で、新聞に掲載されている偽札製造元が発行した偽札の記番号と照らし合わせてみたんだ。だが、偽札はなかった。捕まった偽札製造元とは違う偽札製造元がある可能性もあるが、現在は偽札は出回っていない。とすると、透かしまで入ったかなり精度の高い偽札があるというわけだ。父が知り合いの大学の研究室にこの手紙と偽札を出した。結果、偽札はなかったと言われた」

「つまり、なぜ犯人がこんな手紙を出したかを知りたいんだな?」

「もちろんだ」

「犯人のいたずら」

「なら、万引きして商品を返す方がいい。本物の千円札を使ったんなら損じゃないか」

「先輩。レジにあった千円札は持ってきているのか?」

「もちろん」

 土方はカバンから袋を取りだした。

「ついでに、学校に携帯電話は持ってきてはいけないから、偽札製造元の発行した偽札の記番号の書かれた部分の新聞の切り抜きを持ってきている」

 新島は千円札と偽千円札の記番号を見比べた。

「確かに、一致するものはない」

「そうなんだ。だから、謎なんだ」

「でも、何でこの話しを?」

「君らに解いてもらおうと思ってね」

「さいで」

「そうだ。さて、解決してもらおう」

「防犯カメラはないんすか?」

「うむ、良い質問だ。ない」

「高田はアホだな。防犯カメラがあったら即解決だぞ」

「それもそうか」

  新島は椅子に座って顎に手を当てた。

「これは犯人の勘違いか?」

「その答えでは私は納得しないな」

「つまり、間違っていても先輩が納得する答えなら大丈夫というわけだな」

「新島。聞こえてるぞ。......まあ、私が納得する答えなら仕方ないがな。たが、科学鑑定ですら本物と断定されたものが、見ただけでわかるとも思わないけどな」

 新島は新聞の切り抜きと千円札の束を見比べて、記番号を確認した。

「この千円札は、新聞の切り抜きにある偽札の記番号と数字の頭文字の8が違うだけだ」

「まあ、だからと言って頭文字を間違えたりはしないな」

「確かにな」

 新島は新聞の切り抜きを眺めた。


 十五分後、新島は立ち上がった。

「もし、犯人が勘違いしていたとしたら?」

「私がさっき否定したが、それは納得できない」

「俺も納得はしない」

「いや、納得する答えだ。細工が施されていたのは千円札本体じゃなく、新聞の方だったんだ」

「?」

「犯人の身内がいたずらで、新聞に書かれた記番号S304196Jの数字の頭文字『3』に付け足して書いて『8』にしたんだ。その新聞の紙面を犯人に見せて、この千円札S804196Jを偽札だと思い込ませたんだ」

「あ、そういうことか! だが、確かようがないじゃないか。部長は納得しないんじゃないか?」

「確かめようがないから、この答えが妥当だよ」

「うむ。私は納得した」

「......なら、俺もだ」

 新島は満足そうな顔で千円を束に戻した。

 一週間後。土方一家が手紙を送った人物を探し出し、新島の推理を掻い摘まんで話した。犯人は兄に騙されていたようだった。

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