七不思議の六番目、幽霊の怪
「私が卒業生からちまちまと聞いて、やっと最後の六番目を突き止めた。六番目はなんか、七不思議っぽい。THE・七不思議って漢字だな。音楽室だ」
「音楽室?」
「そうだ。音楽室。B棟五階端に位置する辺境の部屋、音楽室だ。あそこは人もあまり通らないし、音もほとんどしない。静寂がうるさくなる耳鳴りが、あそこならしょっちゅう聞こえるわけだ。その音楽室で、幽霊が現れるらしいんだな」
「幽霊? 枯れ尾花じゃなくて?」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、か?」
「そう、それだ」
「残念! 枯れ尾花じゃなくて、話しを効いた限りではマジモンの幽霊っぽいぞ」
「マジモン?」
「音楽室から何かが倒れて落ちるような物音が聞こえて、確かめるために音楽室に入ったんだってさ。そしたら、本が床に散乱していた。音楽室には誰もいなかったそうだ。そして、ふと壁に掛けられた絵画に目を向ける。シューベルトの肖像画だ。そんでもって、眼球が動いたというテンプレ。音楽室から逃げだしたところで辺りは真っ暗になっていたらしい。急いで学校から出ようとすると、特別棟近くで青い何かを見たんだ」
「そんなの簡単な話しだ。音楽室のとごか、とりわけピアノの下にでも人が隠れていたのなら説明はつく」
「目撃者はちゃんと音楽室を歩いて見回った。だが、人はいなかった。それに、ベランダはなく隣りの部屋の窓までの距離は離れていて飛び移ることもできない。そもそも窓にはちゃんと鍵が掛かっていたことも確認したらしい。出入り口は目撃者が音楽室に入った扉以外にはなし。これは完璧な密室だった」
「密室......。ストーカー事件に次いで二度目の密室事件だぞ」
「で、シューベルトの肖像画の目が動いたことに納得のいく説明はつくのか?」
「音楽室と隣りの部屋の間には人が入れる広さの空間があったとする。その空間から、目の部分をくり抜いた肖像画を介して音楽室を見ていたとすれば首尾はいい」
「なるほど。目と絵画は別で、絵画の後ろに隠れていた奴が絵画を介して目を動かしたから、絵画の目が動いていると目撃者が誤認したということだな」
「そう。まずは明日学校に行って音楽室を確かめてみようか」
「待てよ。特別棟の幽霊はどうなるんだ?」
「先輩こそ待て。俺達は安楽椅子探偵じゃない。現場検証が一番だ。続きは明日にしよう」
「明日から? 新島、今日からだろ。八坂中学校に忍び込むぞ」
「えっ? マジ?」
「夜にでも忍び込もう。忍び込むのは慣れているはずだ。それが学校になっただけだ」
「やるか、侵入」
現在は午後三時。五人は八坂市中央図書館を飛び出して、バスに乗りこんだ。
──二時間後
八坂中学校正門にて、文芸部部員五人は正門横のフェンスをよじ登って校内に侵入した。自らの足で、B棟の前まで行くと新島は手に握ったガムテープを窓全体に貼っていった。そして、その窓を殴った。窓は割れるが破片は落ちないから、音は出ない。そのまま、ガムテープを剥がして校舎内に踏み入った。
四人はすんなりと窓から入れたが、新田は足の長さが足りずにあたふたしていた。新島は近くにあった脚立を取って、新田に渡した。
「ありがとうございます」
「おう。早く入れよ」
新田は脚立を使ってやっと入ることが出来た。
階段を、足音をたてずに勢いよく登っていった。午後五時だから、教職員もまだいるのだ。五階に着くと、奥まで歩いて音楽室の扉の前に立った。すると、『ガシャンッ!』という物音が音楽室から聞こえた。全員が一斉に音楽室に入った。
「誰もいない!」
高田が放った言葉に、一同が恐怖を覚えた。そう、音楽室には人影がない。新島はシューベルトの肖像画の前までつかつかと歩いて行き、目潰しをしてみた。
「ふむ。俺が言ったような細工はないようだ。それに、壁を叩いてみると奥に空間はなさそうだ」
「だろ? 私の言った通りだ。他のトリックを考えた方がいいな。だって、壁の中から絵画を介して見ているなんてコメディ色が強すぎる」
「結構いいトリックだと思ったんだがな......」
「全然良くない。コメディ色が強いんだよ」
「だよな。次は音楽室をどうやって荒らしたか。考えたら単純だろうな。事前に荒らしておいて、あとは物音を録音した物を流したか程度だろう」
「あの音が録音とは思えないけどな」
「問題は動く目だ。このトリックはすぐには思いつかないな。あとは実際に動く目を見てみたいな」
「無理だろ。そんな都合よくいったら面白くない」
「っていうか、加湿器がうざいな。顔に当たって濡れる!」
「仕方ない。四月といえどまだ寒いからな」
そんな話しをしていると、三島が驚いたような顔をしてシューベルトの肖像画を指差した。新島、土方、高田、新田も絵画を見た。黒目が下に下がっていった。そう、まさに目が動いたのだ。先に音楽室を出たのは高田だ。鳥肌をたてて、体を震えさせていたのだ。その後、芋づる式に他四人も音楽室を逃げだした。
五人が正門に辿り着くまえに特別棟近くの幽霊を見たのはくわしく説明しなくてもいいだろう。
何はともあれ、五人は無事に正門を飛び越えて校内から脱出した。
「目が」高田は口を大きく開けて、B棟の方向を見つめた。「動いた! 動いた! 絶対動いた!」
新島は唖然として立ちすくんでいた。土方も三島も新田も、恐怖におびえていた。今まで解決してきた七不思議のなかでも、断トツでインパクトが強い。これを目の当たりにして怖がらない者はいないだろう。二次元であるはずの絵画の黒目が下に動いたのだ。七不思議の最後の謎にして、テンプレなのに最恐のインパクトを兼ね備えている。数分、一同は沈黙した。
「新島」高田はうつむきながら、新島に語りかけた。「あの絵画は生きているんじゃないか?」
「絵画は生き物じゃない」
「早く推理してくれ」
「簡単に言うな。かなりの難問だ」
「俺達は推理は出来ない」
「俺も考えがまとまってないんだよ」
「そっか......」
新島は頭を掻いた。「どうする? 今日のところは解散? 現場解散?」
「そういうことにするか?」
五人は足をガクガクさせながら、それぞれ帰路についた。
次の日、新島はあくびをしながら登校した。彼は夜更かしをして、絵画の目が動いた仕掛けを考えていたのだ。しかし、結局答えは出なかったらしい。そんなことは知らず、高田は元気よく新島に話しかけた。
「よう!」
「ああ、おはよー」
「どうした、新島。眠そうだな」
「ああ、ちょっと徹夜しててな......。ものすごく眠いんだ」
新島の目はほとんど閉じている状態だ。
「目といえば、絵画の目が動いたじゃん」
「動いたな」
「わかったんだよ、仕掛けが」
「マジ? 期待はしないから話してみろ」
「あれじゃないか? 目の部分だけ液晶パネルになっていて、黒目が動いたのは映像だったんだ」
「ちょっと、それには無理があるんじゃないかな......。昨日、俺はちゃんと目の部分にどんな細工がしてあるか確認した。だが、至って普通の絵画だった。目の部分には細工がないように思えた」
「だったらどこに細工を施していたというんだよ?」
「そうだな......例えば、幻覚を見させる薬を音楽室にちりばめていたとか?」
「幻覚、ね。それこそ無理があるだろ」
少し話したあとで、教室に入ってそれぞれ席に座った。
チャイムが鳴り響くと、教室に八代が入ってきた。教卓に資料を置くと、黒板の前に立った。
「ホームルームを始めるぞ。読んでいる本を机に置け」
今日の予定や重要事項などについて話すと、またもチャイムが轟いた。一限目と朝のホームルームの間の休み時間に入ったのだ。新島は立ち上がって教室の隅まで歩いて行き、腕を組んだ。高田もそれに気づき、新島の元まで駆け寄った。
「どうした。教室の隅にわざわざ行ったりして......。具合悪いのか?」
「眠いのは具合悪いに入るのか? それに、教室の隅に来たのは考えるためだ。絵画の目を動かすためにはどのようなトリックを使ったか、一応真剣に考えてんだよ。夜更かしをしたのも、七不思議の六番目を調べるためだったんだ」
「俺なんか、ほとんどゲームしてたよ」
「......あのさ、俺達は中学三年生だぞ? 高校受験があるんだぞ? 俺も勉強していないから偉そうには言えないが、さすがに勉強したほうがいいぞ」
「今、何か現実に引き戻された感覚がある」
「お前、今まで現実逃避していたのか」
「だって、親も教師も進路進路進路進路進路進路ってうるさいんだもん」
「『だもん』じゃねぇよ。その語尾は可愛い女の子が言ってこそ効果を発揮するんだ」
「語尾か」
「前みたいにゴビ砂漠とは言うなよ。同じことを言ったら、ただでさえつまらない高田の洒落がもっとつまらなくなるから」
「そうか? 面白い洒落だと思うのだが」
「ちっとも面白く感じないな。売れない芸人でも、もっとましな洒落を言えるはずだ」
「確かに......」
新島は、認めるんだな、という言葉を飲み込んだ。すると、チャイムが鳴る。やがて、一限が始まる。
同日の放課後、三年三組教室。
「新島! 絵画の目を動かすトリックはわかったか?」
「あの絵画の目は、かなりリアルに動いていただろ?」
「ああ。だから、全員が音楽室から逃げだしたんだ。目はリアルに動いた」
「絵画は生きてました、で解決だ」
「駄目だろ」
「難しいんだから仕方ない。それより、今夜も音楽室行くぞ」
高田は何回かうなずいて同意した。「明るいうちに音楽室を見ておかないか?」
「いいけど、部室寄るか?」
「一度、寄ってみよう」
二人は部室に行くために階段を上がっていった。その途中の踊り場には、数枚絵画が飾られている部分がある。『モナ・リザ』などの有名な絵画も混ざっているが、見るからに偽物だ。その中の一枚の絵画を、新島は凝視した。何か、惹きつけられる魅力があるようだった。
「どうした、新島?」
「この絵画、綺麗だよな」
「ヨハネス・フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』か」
「くわしいな」
「美術科は得意なんだ」
二人で『真珠の耳飾りの少女』を眺めていると、七不思議の六番目同様のことが起こった。目が、黒目が二人を見るように少し下に動いた。高田は目が合ってしまい、階段を駆け上がっていった。
新島も高田を追いかけるように、階段を猛スピードで上がっていく。高田は屋上まで逃げていた。新島はため息をもらして高田を呼び止める。
「高田! 絵画は追いかけてこないから安心しろ」
「ほ、本当か?」
「本当だ。たが、まさか音楽室以外の絵画の目も動くとは。まあ、八坂中学校が俺達を脅すためにやったことだろうな」
「何でだ?」
「昨日、俺達が忍びこんだことはすでにバレている。割った窓ガラスも元通りになってるし、音楽室で七不思議の六番目が起こった時点でこういうことは予想していた」
「文芸部は八坂中学校のブラックリストに入ったのか」
「まあ、だからと言って以前はホワイトリストだったわけでもないんだけど......」
高田が落ち着いてきたところで、新島は部室に向かって歩き始めた。
部室には三島一人しかいなかった。新島は三島に、新田がどこにいるか尋ねた。
「私が来たときには、すでに新田はいませんでした」
「そうか......。音楽室に行きたかったんだが、新田が来るまで待つか」
新島は本棚から本を取り出して読み始めた。高田は本棚から漫画本を抜き出した。
「高田、小説読めよ」
「漫画の方がサクサク読めるんだよ」
「別に、読んでも読まなくても好きにしていい。だが、教職員に見つからないようにしろ。文芸部が存続出来なくなる。気をつけろ」
「へいへい。わかってるって......」
数十分待っていると、新田が部室に顔を出した。
「どうした、新田。今日は遅かったな」
「ごめんなさい、部長。少し補習を受けていました」
「それくらいで謝らなくてもいい。文芸部の活動は今の時期はないから、俺達は非公式活動をしているようなもんだ。一応、公式ではあるが」
「はい」
「新田も来たし、音楽室に行くぞ」
新島と高田は元気いっぱいという感じだったが、三島と新田はお互いにくっついて身震いしていた。彼女らは、そういうホラー的なことは苦手らしい。しかし、新島は何とか説得して四人で音楽まで歩き出した。
まだ午後三時なのだが、これから音楽室に行くとなると辺りが暗く感じられる。どこから幽霊が出てもおかしくない状況だ。生徒のほとんどは帰宅していて、静かすぎる校舎。微かな物音にすら反応してしまう。ゆっくりと四人でまとまって歩き、やっと音楽室に到着した。新島が代表して扉を開き、足を踏み入れた。
「大丈夫だ。絵画の目はまだ動いてない」
他の三人も、おそるおそる音楽室に入った。物は散乱してなく、絵画の目はまだ動いていない。新島は絵画に近づいて、目の部分を観察した。
「やっぱり、目の部分に何か細工されているようには見えないんだよな......」
「本物の幽霊の仕業なんじゃないか?」
「幽霊は存在しない。少なくとも、おれは信じていない」
新島は次に窓へと歩み寄り、しっかりと施錠されていることを確かめた。窓から離れると、一度、音楽室を歩いて回った。
「現段階では幻覚としか結論がつかないな。高田はどう思う?」
「織れに聞かれてもなぁ。プロジェクションマッピングとか? くらいしか思いつかない」
「プロジェクションマッピングか。地味だし、おそらく間違いだろう。あの夜は暗かったし、プロジェクションマッピングだったらすぐに光線に気づくはずだ」
「もっともだな」
新島はまた絵画に目を向けた。眼鏡が邪魔だなあ、と思いつつ黒目と目を合わせた。指で黒目を潰したり、デコピンもしてみた。反応はなかった。
「帰るか」
「もう帰るのか?」
「まだトリックはわからないが、特別棟の青い幽霊の方も調べてみたいんだ」
階段を降りると外履きを履いて、外から特別棟に行った。特別棟周辺は太陽光が当たっていて明るい。幽霊が出るとは思えない。新島はある近くにある看板に目をつけた。
「見ろ、高田。おそらく、青い幽霊はこの看板だ」
「まさか、そんなことはないな。その看板は目立たないから幽霊とは見間違えないよ」
その看板の主な色は青色で、形は長方形だ。危険ドラッグを取り締まる看板だ。
「そのまさかだと俺は考えている。『プルキンエ現象』というものがある」
「プルキンエ現象?」
「そう、プルキンエ現象。別名は『プルキニェ現象』とか『プルキニエ現象』とか言うらしい。
プルキンエ現象とは、人の眼球で認識しやすい色は明暗によって変わるという奴なんだ。簡単に言うと、周囲が明るいと赤色が明るく見えて青色が暗く見えるが周囲が暗いと赤色が暗く見えて青色が明るく見えるんだ。つまり、昼間はこの看板は目立たないが暗くなると目立って、絵画の目が動いたことによる動揺もあったために幽霊と見間違えたんだろう」
「ということは、特別棟の青い幽霊は偶然生まれたってことか?」
「そういうことだ」
「まさか、そんな看板だったとは......」
「これで残るは絵画の目だけだな」
新島は手で持った青い看板を、元の位置に戻した。長く外に置かれていたから、色あせて青いというか青白くなっている。この青白いことも、幽霊と見間違えた原因の一つかもしれない。
ちなみに、と新島は続けた。「音楽室から物音がして中に入ったら部屋が荒れていた。そのことを、俺は事前に部屋を荒らしてから物音を録音したものを流したと言った。だが、あれはリアルタイムで部屋が荒らされていた物音だったんだ」
「どこに人が隠れていたんだ?」
「隠れていた? まったく違う。アガサ・クリスティーが生みだしたエルキュール・ポアロシリーズの『ポアロのクリスマス』だ」
「『ポアロのクリスマス』は密室殺人だろ? 根本的に全然違うだろ」
「密室殺人? 『ポアロのクリスマス』は密室トリックよりアリバイトリックが肝なんだよ」
「はぁ?」
「ジョン・ディクスン・カーの作品で超有名な『密室講義』でも知られる『三つの棺』、お前は読んだよな?」
「一応、読んだ」
「宝石店の時計が大幅に狂ったから、死亡推定時刻が変わったという部分があっただろ? あれも偶然に起こったことだがアリバイトリックと呼んで差し支えない。『ポアロのクリスマス』もアリバイトリックがあるが、それを使用したと俺は思っている」
「どんなアリバイトリックだ?」
「ターゲットを殺してから家具や本などを積んでロープと繋げて、ロープのもう片端を部屋のすき間から事前に外に出す。それから時間をおき、すき間から少し出しておいたロープを引いて積んでいた物を倒して物音を出して、今犯人と被害者が争っていると誤認させたんだ。それから皆で部屋に入っても、被害者はほんの数分前に殺されたのだと思う。そんなアリバイトリックなんだ」
「じゃあ、物を積んで紐で引いて、音楽室で物音をたてたということか?」
「そういうことだ。さっき音楽室の窓の外を確認したら、上の階から紐を引ける仕掛けが外壁に施されていた。紐を使って物音をたてたというトリックで決まりだ」
「絵画の目は?」
「まだわからない。もう一度だけ、目の前で目が動いてくれればいいんだが、お前らはホラーが嫌いだろ?」
新島は青色の看板を触った際に汚れた手をはらった。
「じゃあ、ゲームしようか。新島がゲームに勝ったら、俺は夜の音楽室に着いていってやるよ」
「俺が負けたら?」
「今度、夕食を文芸部の部員分奢れ」
「わかった。どんなゲームだ?」
高田はポケットからサイコロを一個取り出して、新島に投げた。新島は焦ったが、脳が指令を出す前に脊髄が右手を動かしてサイコロをキャッチした。脊髄反射である。
「サイコロ?」
「サイコロを二回ずつ交互に振って、ゾロ目が先に出た方が勝ちだ」
「なんでゾロ目なんだ?」
「ゾロ目だと出る確率低いだろ」
「それは違う。高田は間違えにもほどがある。二回サイコロを振るなら出る目は6×6で36通りある。ゾロ目だったら36通りの内に6通り。まあ、簡単に言うとゾロ目の出る確率は他と変わらないというわけだ。ゾロ目なら36分の6だな。もし、出る目を予想するなら確実に運次第だ。確率は全て、二回振るなら36分の1だからな。ゾロ目が出るのは珍しいが、『5』と『4』でも同じく珍しいと言える」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。で、サイコロゲームどうする?」
「......ルールは変えずにやろう」
二十分攻防が続いたが、結果は新島の勝ちだった。今日の夜も、学校に侵入することになった。
今回の計画では、侵入に裏門を使う。裏門は正門より目立つ場所にはなく、高さもあまり高くないから侵入しやすい。それに、裏門から入ってすぐに非常階段があり、A棟六階の非常階段出入り口の扉の鍵は壊れているから窓を割らずに入れる。前回に次いで首尾よく、校舎には容易く忍び込めた。
「B棟行くぞ」
連絡通路の一階まで降りると、ダッシュでB棟に入る。新島は高田の手からライトを奪取すると、ボタンを押して目の前を照らした。
「音楽室まではすぐだ。絵画の目が動く可能性は低いが気をつけろ」
「なんで動く可能性が低いんだ?」
「八坂中学校はトリックがバレないようにして七不思議の六番目を実行した。実行出来たのは、窓を割ったことがすぐにバレたからだ。だが、今回は悟られないように侵入した。起こってくれると嬉しいが、期待はできない」
音楽室の扉を開く。シューベルトの肖像画だけでなく、他の偉人の絵画たちに見つめられる気分になるほど音楽室には壁一面に絵画が飾られている。新島は率先してシューベルトの肖像画に近づいた。ライトを照らして、じっくりと見極める。目は動かない。目以外の部分も観察し、細かい違いも見逃さないようにした。そして、新島はあるヒントを手にしたようだ。
「もしかしたら、トリックがわかったかもしれない」
「マジか? 教えろ!」
「まだ駄目だ。少し考えたいことがある」
「やっぱり、シューベルトの肖像画は生きていたのか?」
「そんなわけないだろ」
新島はシューベルトの肖像画近くにある机の下に顔を突っ込んで、何かを確かめた。それからベランダに出て、辺りをキョロキョロと見回す。
「今回は絵画の目は動かない。安心しろ」
「何で断言出来るんだ?」
「学校は俺達が音楽室に入ったことに気づいてない。ゆっくりと、七不思議の六番目を起こした動機を調べよう」
そう言ってから、つかつかとベランダから室内に戻ってシューベルトの肖像画を持ちあげて、壁から外した。
壁にはノートが貼られてある。新島はそのノートを剥がして、一ページ目を開いた。
「『60BPMのテンポの曲を聴くことによる心拍数の上昇』......。このノートは七不思議のギミックの研究記録だ。『聴覚サブリミナル効果の実験結果』の頁によると、かなり有用性は高いらしい。リラックスしている状態だと効果が見られている。聴覚を無意識のうちに刺激するサブリミナル音源を忍ばせた曲だと効果がはっきりとわかるな」
「七不思議の六番目の研究記録はあるか?」
「ちょっと待て」新島はノートをパラパラとめくって確かめた。「絵画の目が動くことについて触れているページはなかった」
「それは残念」
「ただ、七不思議の六番目はこの研究記録を守るためのものだったのか」
「なら、研究記録を持ってさっさとずらかるぞ」
四人は研究記録を持つと、音楽室を飛び出して校内を離脱した。
「その研究記録はどうする?」
「この世から抹消すべきものだ」
「だから、どうやる?」
「よし、燃やそう」
高田はどこからか100円ライターを取りだした。
「お前、何でライターをっ!」
「煙草吸うからだよ」
彼はライターを取りだしたポケットから煙草を取りだすと、ライターをカチカチとやって煙草を口にくわえた。ちゃんと煙も出ている。
「高田! 喫煙はやばいって......」
高田は大笑いを始めた。
「焦りすぎだって。これはフェイクシガレットって言って、何の害もないおもちゃの煙草だ」
「煙は?」
「害のないパウダーだ。煙草の先をよく見てみろ。火が着いてないだろ?」
新島は煙草の先端を確認した。
「本当だ。これは偽物だぞ」
「お前を驚かすために購入したものだ」
「そうか。そりゃ良かったな」
新島は研究記録のノートを地面に放り出すと、高田は火を焚いた。たちまちノートに着火され、炎の柱は勢いよく天を昇り始めた。
「あとは新島が七不思議の六番目の絵画の目が動いたトリックを明かしてくれれば万事解決なんだがな」
「一応、わかったと言えばわかってはいる」
「だったら話せ!」
「今はまだ駄目だ。少し考えをまとめたい。今日の烏合の衆の会議で一緒に話す」
「マジかよ......。さっさと新島の家に行くぞ」
土方には学校に忍び込むから会議に遅れると伝えてあった。おそらく、先に新島宅にいると思われる。
缶コーヒーをごくごくと飲みながら、土方は新島の家でくつろいでいた。やがて扉が開いて、新島らが戻ってきた。
五人で床を囲むと、珍しく新島が話し始めた。
「七不思議の六番目を解明した。絵画の目が動く奴だ。シューベルトの肖像画の目をよく観察して気がついたことは、黒目が薄いんだ」
「薄い?」
「半透明のような黒目だった。その点で推理したのは、黒目は水彩絵の具で描かれているんじゃないかということだ。水彩絵の具とわかれば話は早い。加湿器を使用したのだと考えている。あの加湿器はシューベルトの肖像画の近くにあるテーブルの上に乗っていた。遠隔で動かせそうな加湿器だった。あとは噴射する方向も変えられる。加湿器の霧がシューベルトの肖像画の黒目に付着して、溶けた水彩絵の具が下にずれ落ちたんだよ。そんな面白くもないトリックだろ?」
「『真珠の耳飾りの少女』の黒目が動いたのはどう説明する?」
「あれは七不思議を探っている文芸部の俺達を脅すためにやったことだ。つまり、黒目だけ液晶パネルでも大丈夫だということだ」
「そんなにくだらないトリックだったのか?」
「そういうことなんだよ。で、どうする? 八坂中学校にどう言及する?」
「言及するにしても、どうやるんだよ」
「確かにそうだな。......でも、鈴木先輩に言及するって言っちまったからな」
「だが、言及したとしたら八坂中学校は罵倒されるだろうよ」
「そいつは困るな。俺の通う学校なのに」
「まあ、俺達が卒業するまでは八坂中学校にいるんだから気長にいこうぜ」
その後、七不思議の対処について討論を一時間続けた。討論の結果、新島と高田が八坂中学校を卒業するまでに何らかの言及するというものだった。
全員は七不思議を全て解明したことに大はしゃぎ、遊び疲れて寝てしまった。起きていたのは新島と三島だけだ。
「ったく......。こいつら、人の家でグーグー寝やがって」
新島は毛布を眠ってしまった土方、高田、新田にかけた。
「三島は毛布いるか?」
「私は大丈夫です」
「そうか。寒くなったら言ってくれよ。毛布はあるから」
「はい......。──あのぅ!」
三島が急に声を大きくしたから、新島は驚いて目を点にした。
「な、何だ? ビックリした」
「私、いじめられていました」
「ああ、知ってる」
「でも、義父も母も理解してくれません」
「わかる。義父は本当にうざい。大嫌いだ」
「けど、今年、この八坂中学校に転入して私より辛い目にあっている人に会いました。その人は私を理解してくれました」
「なるほどなるほど」
「それが、あなたです」
「まあな。伊達にクローンはやってない」
三島は唇を噛んだ。「好きなんです! あなたのことが......」
新島は驚きを隠すように前髪を触り、表情が三島にバレないようにした。彼の顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。頬は熱を発している。
日常探偵団 髙橋朔也 @takahasisakuya
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