七不思議の五番目、物欲の怪

 目は合っているが何も言ってこない三島にしびれを切らした新島は、声をかけた。

「どうしたんだ、三島? 何か用事か?」

「あ、いえ。何でもないです......」

「そうか。わかった」

 その後、特筆することは部室では起きなかった。一行はまず、新島の家に向かった。そこには土方がいて、土方を加えた五人は近くのファミリーレストランを探す。駅前に行くと、かなり空いているファミリーレストランがあったので入店した。

「お客様、何名様でしょうか?」

 という店員の問いに三島が答えていると、高田が小声で新島に話しかけた。

「何名様って、見ればわかるだろ?」

「あとから来る奴がいるかもしれないから、一応尋ねているんだろ。店の決まりなんじゃないか?」

「でもさ、女の子の前だとオラつきたいじゃん。だから、店員さんに『見りゃわかんだろ? あぁん?』って言いたいじゃん」

「語尾『じゃん』って言われても、わからん。それに、お前はそんな趣味があったのか?」

「ゴビ砂漠?」

「それは、モンゴルだ」

「サハラ砂漠?」

「確か......モロッコ、西サハラ、モーリタニア、アルジェリア、マリ共和国、ニジェール、チュニジア、リビア、チャド、エジプト、スーダンだったと思う」

「カイロ?」

「エジプトの首都だよ。三つとも熱そうだな」

「そうそう。さっき部長が言ってたけど、七不思議の五番目がわかったってよ」

「マジ?」

「マジらしい」

「どんなの?」

「食ってるときに話すってさ」

「お前も、ちゃんと解決したって言えよ」

「何度も聞いたよ。はいはい......」

 高田はうんざりしたような顔で、苦笑した。

 やがて店員が空いている席まで案内した。なぜか、店員のお辞儀をする時の笑みが、薄っぺらく感じられる。

「学校外で、卒業生に聞いて回っていたら七不思議の五番目が判明した」

「ちょうど、俺達も七不思議の四番目を解決したところだ。説明は高田がする」

「聞かせてくれ」

「......っと」高田はポケットから手帳を落とした。それを拾って、読み上げた。「犯人は理科教員の榊原と他少人数。動機はヤゴの回収。栓を抜いて排水口に流れないように、テニスコートに流してヤゴを回収したっす」

「どうやってテニスコートに流したんだ?」

「サイフォンの原理というものを利用して、エアコンのスリーブでプールから水を抜いてたっす」

 高田は土方に、サイフォンの原理の細かい説明をした。

「そんなトリックで水を抜いていたのか」

「で、先輩が知り得た七不思議の五番目の概要を教えてもらおうか」

「ふむ、よかろう。七不思議の五番目は、今までで一番くだらないものだった」

「くだらない?」

「そう。非常にくだらない。ある特定の日に、八坂中学校のひとつのクラスの生徒の大半が腹を下した」

「それは、くだらない」

「しかも、次に大勢が腹を下したクラスは前回の隣り。その次に大勢が腹を下したクラスは前回の隣り。みたいに、どんどん大勢が腹を下すクラスが移動していたんだ。そして、腹を下した生徒は必ず給食の牛乳を二本以上飲んでいる」

「本当にくだらないな。今回のは特に」

「私が思うに、牛乳に何か混ぜられていたんじゃないか?」

「何かって、何?」

「牛乳を飲みたくなる薬みたいな、単純に物欲が強くなったとかかな?」

「どちらにしろ、先に動機から調べてみよう。だが、今日は七不思議残り二つのお祝いだ。楽しもう」

 料理を注文し、雑談を始めた。


 次の日、新島は学校で上の空だった。授業中もぼーっとしていて、窓の外ばかり見ていた。

 休み時間に、高田は気になって新島の肩を叩いた。

「元気ないな、新島!」

「七不思議の五番目のことを考えていたんだ」

「あんなくだらない話しをずっと考えていたのか?」

「くだらないが、そのトリックが気になってるんだ」

「最近、お前謎解きに積極的になったな」

「......興味が湧いただけだ」

「本当か?」

「本当だよ」

「ずっと考えていたが、何かわかった?」

「全然まったくわからん」

「そいつは面白いな」

「喧嘩売ってんのか?」

「それ以外に何を売っているように見えるんだ?」

「媚び?」

「お前こそ喧嘩売ってんのか?」

「それ以外に何を売っているように見えるんだ?」

「俺のこと、完全に馬鹿にしてるな?」

「ああ。当然」新島は腕を組んだ。「で、動機として考えられる事柄がひとつある」

「何だ?」

「毎日の給食の時の牛乳の残本数を減らすことだ。一日で牛乳二本以上飲む奴は限られていて、牛乳ってかなり残ってるからな。残っていた牛乳は廃棄される。それが嫌だから、牛乳二本以上飲ませるためにやったのかもしれない」

「ちょっとインパクトが弱いな。そんな動機で、普通はやるか?」

「だろ? 多分そんな甘い動機ではないと思う。だから、悩んでいるんだ」

「おっ! もう休み時間終わりだ。失礼」

 高田は時計を見て、新島から離れていった。新島はそんな彼を見て、冷やかしにきたのか、とつぶやいた。

 チャイムが鳴り、教室に教員が入ってきた。その教員は教卓に教科書を置いて、右手で白色のチョークを持つ。そして、そのチョークを、黒板の上に走らせて文字を書いていった。

 新島は黒板に板書された文字を、机の上のノートに写していく。ただ、彼は常人より筆圧が強い。シャープペンシルの芯が筆圧により折れるたびに舌打ちをし、ノックして芯を押し出した。

 不意に窓の外の鳥に目がとまった。しばらく見つめていると、飛び立つ。授業のことを忘れ、新島は物思いにふけり始めた。牛乳を生徒に欲しがらせるためには、どのような方法を行えばいいのか。

 牛乳用の調味料としてチョコレートが給食に出た時は、牛乳を欲しがる生徒が倍増する。だが、土方によれば、牛乳を欲しがる生徒がクラスに大勢出現した際は給食にそのようなものはないようだ。

 推理に行き詰まり、シャープペンシルをカチカチと強引にノックする。音が響き、新島は教員に注意された。仕方ないから、シャープペンシルを机に置いて腕を組む。

 給食を食べ始めるのは午後12時30分。食べ終わりは、その25分後。その間に行われることと言えば、残った給食のおかわり争奪戦(言うほど白熱していないし、おかわりをする生徒は普段は少ない)と放送委員会による給食放送。もう少し細かく、食事中にすることを言うならば、担任教師による残飯給食の押し売りだろう。

 そこまで思い出したところで、授業終了のチャイムが万人の耳に入ってきた。


 放課後になると、いつもながら高田は新島の席まで歩み寄った。彼は、端から見ると薄気味悪いほどの笑顔だった。

「どうした? 気持ちの悪い顔をして......」

「そんなに気持ち悪いか?」

「鏡って知ってるか? 水に景色が反射するみたいに、その鏡という板に自分の顔が反射して見える」

「鏡を知らない現代人なんているのか?」

「生まれたてのクソガキは知らないだろ」

「前世の記憶が残っているかもしれない」

「輪廻転生は存在しない。残念だったな。お前は地獄行きだ」

「死んだ者の魂が向かう場所は、地平線の彼方。『無』だ」

「そいつはすごいなぁ(棒)」

 新島は教科書を閉じて、カバンに突っ込む。

「準備できたから、行くぞ」

「おー。早いな」

「ある程度の教科書は、お前が来るまえにカバンに詰めていたからな」そう言うと、また考える。例えば牛乳を欲する時は、新島の場合だと食べていると口が乾燥してくるパンだ。だが、給食にパンが出ていたら牛乳二本以上飲みたい生徒がいても不思議ではない。つまり、七不思議にはならないだろう。「高田が牛乳を飲みたくなる時って、どんな時だ?」

「俺が牛乳を飲みたくなる時? そうだな......。俺、牛乳嫌いなんだよね」

「そういえば、牛乳嫌いの生徒も牛乳をおかわりしていたのか?」

「それは聞いてなかったな」

「次の会議はいつだっけ?」

「今日だ」

「なら、今日先輩に聞こう」

「よし。早速、部室に向かうぞ」

「急過ぎる!」

「新田と三島にも意見を求めればいいじゃん。お前はいつも、一人で解決しようとしてるだろ?」

「ま、まあな」

「いいことを教えてやる。五人全員で考えた方が簡単に解決できる」

「協力するということか?」

「そういうこと」

「俺からもいいことを教えてやろう。アリは群れて行動する。弱いからだ。アリ同様、弱い生物は群れて生活する。

 一方でトラ、ヒョウ、ジャガー、ピューマ、クマ、オランウータンなどの動物は一匹で行動する。つまり、群れない。それはなぜか。一匹でも強い動物だからだ。人間は群れる。それは弱いからだ。手先の器用なだけが取り柄だろう。手先が器用だから石器も作れたんだ」

「お前は、自分が強いと思っているのか?」

「......まさか。冗談だよ」

 新島は微笑んで、下を向く。それから部室に歩いて行った。部室にはすでに三島と新田がいた。トランプでババ抜きをしているようだ。

「俺もババ抜きする!」

「高田。女子だけでやらせてやろうじゃないか」

「いえ。四人の方が盛り上がるので、全員でやりましょう」

 三島がそう言うと、高田は椅子を運んできた。新島はため息をついて、高田の後に続いた。

 新島はトランプを渡されてから、首をかしげた。

「ババ抜きは『ウノ』って叫ぶゲームだっけ?」

「全然違う」

 高田は新島に、細かくババ抜きのルールを説明した。

「そんなルールだったのか。どこにババァを抜く要素があるんだ?」

「そこまでは知らんよ」

「使えないな」

「酷ぇこと言うな。家に帰って、勝ってに調べてろ。それより、ババ抜きを始めるぞ」

 四人は一斉に、カードを捨てていった。数十分後、新島の敗北が決定した。

「俺が負けるだと......」

「どうする? もう一戦やる?」

「やる!」

 ババ抜き第二回戦がスタートしたが、またも新島が負けた。彼は眉間に親指を当てて、うなった。

「言い忘れていましたが」三島はトランプをシャッフルしながら言った。「私のクラスの人達が、今日の給食の時に牛乳をすごく飲んでいました」

 新島は顔を上げて、立ち上がった。「本当か!」

「はい。私のクラスの残本数を確認していただければわかりますが、もしかして七不思議の五番目でしょうか?」

「絶対に、それは七不思議の五番目だ」元気よくそうに言った。

 新島に促されるまま、三島は自分のクラスの給食の状況を話し始めた。

「今日の給食はスープ、白いご飯にカレー。ヨーグルトと牛乳でした。別に牛乳はおかわりするほど必要になるメニューでもありません。ですが、12時45分から牛乳をおかわりし始めた生徒が増えていき、残本数はゼロになります。最後には生徒同士での奪い合いも起こりました」

「三島。給食を食べている間に何か起こらなかったか? 普段とは違う何かが......」

「普段とは違う何かですか? 給食の味が少し薄く感じました」

「おっ!」高田は大きく口を開けた。「俺も薄く感じたぜ! 特にスープが」

「そうです。私もスープが薄いなって思いました」

「高田は黙ってろ!」

「酷ぇ奴だな」

「俺のクラスの奴も薄く感じたってことは、少なからずそれが原因で牛乳をおかわりしたわけではなさそうだな」

「ええ。私もそう思います」

「だとすると難しくなってくるな。三島のクラスの牛乳が一本でも余っていれば調べてられるんだが......」

「確か牛乳嫌いな子が、もったいないからと言ってカバンに牛乳を詰めていました」

「汚いな。だけど、そいつなら三島のクラスの今日出された給食の牛乳を持っているということか。その野郎の名前は?」

「神崎明(かんざきあきら)という人です」

「所属している部活は?」

「科学部だったと思います」

「科学部か」新島はため息をついて、頭を抱えた。「文化部のくせに部員数が多いんだよな。俺はあんな部活動は嫌いだ」

「行くのか?」

「仕方がないだろ。七不思議の五番目を解決するには、まずは牛乳を手に入れることが大事なんだ。行こうか、科学部に」


 科学部。授業での理科の実験ではやらないような調合や爆発の実験、不思議な現象の調査などを行う部活動である。七不思議研究部も、科学部と似た活動をしている。危険な活動内容だが、人気度は高い。文化部でNO.1の部員数で、運動部の部員数と同格程度だ。その人気度から、A棟の四階に部室を構える。A棟四階はかなりの優良物件で、人気度の低い部室などはB棟の上の方の階に部室を置く。

 また、科学部と対なす文化部の部活動がひとつだけ存在する。ルビが同じだから非常に間違えやすい。名は化学部。ルビが同じな故に、化学部は化学(ばけがく)部と呼ばれる場合もある。こちらの化学部は主に、複数の物質の調合を行う。七不思議の七番目で扱ったテルミット反応は、化学部の行うべき分野だ。

 新島は科学部の扉を拳で殴った。勢いよくスライドした扉の奥から、人が出てきた。

「科学部部長の貝澤半二(かいざわはんじ)だ。何か用かな? 扉を殴っていたが」

「文芸部部長の新島だ。神崎明はいるか?」

「神崎なら、実験中だ。実験が終わったら呼んでやるよ」

「どうも」

 二十数分して、神崎は文芸部部室の扉を叩いた。新島が開けると、無愛想で低身長の男が立っていた。名札には『神崎明』とある。

「あんたが神崎か?」

「そうだ。で、用事はあるのか?」

「ある。今日の牛乳を一本持っているだろ?」

「ああ、持っているが......」

「よこせ」

 新島の口調に驚いた三島は、丁寧に牛乳が欲しい理由を神崎に説明した。

「そんなことなら、やるよ」

 神崎はカバンから牛乳を出して、それを三島が受け取った。それから、無愛想な顔をもっと無愛想にして部室を出ていった。口が『へ』の字に曲がっていた。

「さて。牛乳をゲットした。早速、実験するぞ!」

 新島は牛乳をコップに少し注いだ。そして、高田に渡した。

「俺が飲んで確かめるのか?」

「そういうこと」

「マジ?」

「マジだ」

 高田は苦い顔をして、コップに入った牛乳を一気に口に放り込んだ。

「普通のぬるい牛乳だな」

「牛乳をもう一杯飲みたくなるか?」

「全然なんない」

「嘘だぁ!」

「本当だよ」

「なら、俺も飲む」

 新島は再度牛乳をコップに注いだ。それを、今度は自分の口に注ぎ込む。

「うん。ただの牛乳だ」

「だろ?」

 新島はこの後、どうしようか考えてみた。少しうなってから、机の引き出しを開けて文芸部活動記録を取り出した。シャープペンシルでその活動記録に今日の内容を書き込んだ。


『2021年4月28日 (水曜日) 文芸部活動記録


 七不思議の五番目に挑むも進展なし。科学部神崎から件の牛乳を受け取る。普通の牛乳だったなり。牛乳に細工なし。牛乳をおかわりする要因は他にあるだろう。少なからず、やはり八坂中学校の仕業であることは明々白々である。

 明日、4月29日は昭和の日だから休みだ。


 記録:新島真』


「おい、新島!」

「なんだよ」

「これからどうする?」

「七不思議の五番目では、牛乳に何の細工もされていないことがわかった。それだけでも収穫じゃないか。今日はこれくらいで終わりにして、烏合の衆の会議をしよう。明日は昭和の日だし、今日中に解決したかったが仕方ない」

「オーケー。帰り支度を始めよう」

 帰り支度といっても、戸締まりと使用した道具を片付ける程度だ。ほんの数分で帰り支度は終わり、一行は部室を出ていつも通り新島の家に向かった。高田は右手で牛乳を握っていた。

 新島の家のあるマンションの前に到着するとちょうど土方も着いたばかりのようで、入り口でばったりと会った。

「よお!」

「先輩、今日はビニール袋の中身が多い気がするんだが?」

「今日はコーヒー十本買ってきたんだ。一人二本飲めるぞ」

「二本......」

 五人で新島の家に入ると、やっぱりリビングの床に座る。新島は気を利かせたのか、リビングの床だけにマットを敷いていた。

 烏合の衆の会議で、高田は今日の部室で起こったことを土方に説明した。土方は何度かうなずいて、そんなことがあったのか、と言ってため息をもらした。

「で、これが高田の話した牛乳だ」

 新島は冷蔵庫から牛乳を取りだした。土方はそれを受け取る。新島は家に帰宅してすぐに、例の牛乳を冷蔵庫に入れていたのだ。そして、彼は土方にコップを一個渡す。

「まあ、先輩も飲んでみろ」

「......マジ?」

「俺と高田は飲んだぞ」

 土方は躊躇ったが、飲むと決断して勢いよくコップに牛乳を注いだ。そのコップを右手でつかみ、左手は腰に添えた。コップのふちを唇につけ、底を持ちあげて斜めに傾けた。途端、コップ内の牛乳が口に流れ出した。土方は牛乳を飲み干して、コップを新島に返す。

「普通の牛乳だな」

「だろ? 牛乳には細工がしていないということだ」

「だったら何に細工が施されていたと言うんだ」

「それがわかっていたら牛乳の話しは省かせてもらっていたよ」

「明日は昭和の日で休みだ。どうする?」

「明日は俺一人で調べてみる。お前らは好きにしてろ」

「こんなのはどうだ?」土方は咳払いをしてから、顔を新島の方に向ける。「久々に八坂市中央図書館に行こう。あそこなら明日でも自由に使えるはずだ」

「懐かしいな。ボープレさんと会った場所だな」

「もうあれから一年くらい経ったということか」

「よし。明日は五人全員で八坂市中央図書館に行こうか」

 ということがあり、次の日の午前十一時、新島宅にて。

「なぜお前らが俺の家に来てんだ!」

 土方、高田、三島、新田は見事に新島の家を訪問していた。

「ほら、だってさ......」

「高田! だってじゃねぇ! 昨日の話しでは中央図書館前で待ち合わせだったはずだぞ!」

「そうなんだけどさ、部長から電話がきたんだ」

「先輩が?」

「そう。私が高田に電話した。新島の家にサプライズで行ったら面白そうじゃないかって言ったら、高田も大賛成したから三島と新田も連れて朝に押しかけてみた。朝っていうか、十一時は昼に近いけどな」

「ってか、お前らが来るまで俺は寝ていたんだ」

「私は今日は午前七時に起きた。お前が起きるのが遅いんだ」

「中央図書館前での待ち合わせ時刻は午後一時だっただろ?」

「なのに、その二時間前に起きていないのか?」

 新島は言い返せなくて、黙って視線を下に落とした。

「じゃ、中央図書館に行くぞ! 準備しろよ」

 無言でうなずき、カバンをつかんだ。


 五人は八坂市中央図書館に着いた。現在の時間は午後一時十分。新島は懐中時計を懐にしまった。

「確か」高田は八坂市中央図書館の地図を見ながら首をひねった。「三階が休憩兼飲食スペースだったっけ?」

「そうだった記憶があるな......。俺もくわしくは覚えていないが」

 前回同様、コンビニでドリンクを買った。それから階段で三階まで上がり、休憩兼飲食スペースの椅子に着席した。すると、新田が口を開いた。

「先輩たちがさっきから言っている、ボープレさんとは誰ですか?」

 新田の質問に、土方はニヤリと口元を緩めた。

「去年のことだ。私が文芸部の部長だった時に夏休みの頃、三人で八坂市中央図書館に行った。そこで、Lawrence(ローレンス) Beaupre(ボープレ)なる外国人に会った。そいつは新島に英語でサービスカウンターのある階を尋ねた。新島は『first(ファースト) floor(フロア)』にあると答えたが、その後でボープレが新島を怒鳴ったんだ。ボープレはイギリス人で、クイーンズイングリッシュだとground(グランド) floor(フロア)が一階でfirst(ファースト) floor(フロア)が二階なんだ。つまり、新島の言った一階(ファーストフロア)をボープレは二階(ファーストフロア)と勘違いしたんだ。

 ということがあったということを話していたんだよ。すまんすまん。君たちがボープレのことを知らないことを完全に忘れていた」

「そうなんですね。ローレンス・ボープレさん......」

「ボープレはかなり背が低いぞ。言われてみると、見た目はイギリスっぽいんだよ。まあ、背が低いからイギリス人ってのは偏見だけどな」

 土方の話しに興味がなさそうに、新島は八坂中学校の給食の時間に行うことをまとめたリストと八坂中学校の見取り図を眺めていた。すると、見取り図とまとめたリストを持つ手とはもう一方の手で、鉛筆を取りだした。その鉛筆で、怪しい部分に印しをつけた。

 高田は、新島の作業が気になって横目でチラチラと見ていた。

「何だよ、新島。気になるのか?」

「気になる」

「お前にも仕事をやるよ」

「何?」

「七不思議の五番目に結論をつけろ」

「無理だ」

「仮定の上での結論でもかまわない」

「それなら出来るな」

「やってみろ」

「わかった」

 高田は腕を組んで、頭を悩ませた。目を閉じて、顔を下に向ける。手は背中に回し、足を震えさせて貧乏揺すりをする。高田いわく、このような状態だと、うまく考えがまとまるらしい。

「なあ、高田。何で貧乏揺すりしてんの?」

「お前が考えろって言ったからだ」

「いや、だって高田がやりたそうにこっち見てたから......」

「そうなんだけどさ」

 新島と高田が睨みあっていると、土方がそれを遮った。

「あそこに座っている外国人のことだが」

 土方が指差した人物を新島と高田が見た。髪を切って、髭を生やしてはいるが紛れもなくローレンス・ボープレ本人だ。休憩兼飲食スペースの椅子に腰掛けて、この図書館の本を読書していた。

「どうする? 声かけるか?」

「何で? ボープレさんが覚えてないかもしれない」

 新島と土方でごちゃごちゃ話し、新島は結局ボープレの元に歩いて行った。

「Long time, no see. do you remember me?(久しぶりですね。私を覚えていますか?)」

 ボープレは驚いたが、彼を新島だと認識すると立ち上がった。

「ニイヅマ! ニイヅマじゃないかい?」

「日本語が話せるようになったんですね」

「昨年に日本に来て、一年間日本語を勉強したのサ!」

「一つだけ訂正です。私の名前は『ニイヅマ』ではなく『新島(ニイジマ)』です」

「オォー! そうだったのカ! だが、懐かしいな。一年ぶりくらいかな」

「そうですね。一年は経ちますね」

「久々にあったのも何かの縁だ。何か手伝えることはないかネ?」

「なら、聞きたいことがあります。物を飲みたくてたまらなくさせる方法はわかるでしょうか?」

「物欲を湧かせるMethod(方法)か......。確か前にアメリカで話題になった宣伝広告法があった気がするぞ」

「! それは何ですか?」

「サ......」

「サ?」

「サブリミナル効果だ!」

 その後、ボープレは八坂市中央図書館を出て行った。新島はボープレの言った結論を他の四人に伝えた。

「なるほど」土方はドリンクのペットボトルのキャップを回して外した。「サブリミナル効果を使ったとなると、納得はいくな。だが、給食の前に映像など見ないはずだぞ」

「実は聴覚のサブリミナル効果はあるらしい」新島はスマートフォンを取りだして、検索エンジンを使って検索を始めた。「まあ、聴覚のサブリミナル効果と言っても明確にあるとは断言出来ないレベルだ。

 視覚のサブリミナル効果の場合は、状況が限定的なものの物欲を生むことは可能。例えば、『アイスティー』という単語を映像に視覚で感知できない程度の短さで忍ばせても効果はないが、アイスティーの銘柄『Lipton(リプトン) Ice(アイス)』を忍ばせるとリプトンアイスのアイスティーを選択させることが出来たらしい。それを聴覚のサブリミナル効果に応用させた。おそらく、給食の牛乳の銘柄の名前を感知できないレベルの音の大きさで給食放送で流す曲に忍ばせて、聴覚のサブリミナル効果の実用性を学校側が実験していたはずだ」

「給食放送はどの教室でも聞こえるはずだ。新島の仮説だと無理がある。全ての教室で牛乳を欲しがる生徒が大量発生しただろう」

「やっぱり、そうだよな。そこが難点なんだ。サブリミナル効果じゃない可能性もあるし、放送にサブリミナル効果のある音声を忍ばせていない可能性もある。矛盾が多すぎるんだ」

 新島は眉毛を『ハ』の字にして、前のめりの体勢になった。

「そういえばさ、新島」

「何だよ。高田にしては改まった口調で」

「七不思議の二番目はどんなトリックだったっけ?」

「ポルターガイストか。あれは、屋上で演劇部が人混みの劇の練習をしたからだよ」

「違う違う。原理を聞いてるんだよ。プレミアム橋のことだ」

「プレミアム橋じゃない。ミレニアム・ブリッジだ。あれが揺れた原理は、人は人混みを歩くときに他の人との衝突を避けるために無意識に他人の歩調に合わせる心理があるらしく、歩行による荷重は分散せずに周期的なものとなり、橋の固有振動周期が荷重の周期に近かったから、共振により揺れ始めた。そんで、ひとたび橋が揺れ始めると、多くの歩行者が揺れに対応しようとして橋の振動に歩調を合わせるようになり、ますます橋の揺れが激しくなった。

 人間の心理上、多くの人の行動と会わせると安心できる。だから、橋の動きに会わせてしまった、というわけだ」

「それだ!」

「どれだ?」

「人は多くの人の行動と会わせるってところだ」

「それが、どうかしたか?」

「牛乳を欲しがる人物がいて、生徒はそれに流されて、聴覚のサブリミナル効果もそれを助長をしたから牛乳を欲しがる生徒が大勢出現したんじゃないかってことだよ!」

「なるほど。そういうことか。それなら、一理あるぞ」

「だろ?」

「だけど、誰が牛乳を欲しがったかが重要だ」

 その会話を聞いた三島は、思い出したように両手をポンと叩いた。

「確か、給食中に縄坂(なわさか)教頭と検見川(けみがわ)校長が来て牛乳をそれぞれ二本もらっていってから生徒の人達も牛乳を欲しがるようになったんです」

 新島は持っていたスマートフォンを置いた。「七不思議には学校の幹部クラスしか関わっていないと、俺は考えている。学校の教職員が全員知っていたなら裏切りもあるだろうからだ。校長と教頭が五番目に関与していたなら、全てに納得がいく結論が出るぞ」

「じゃあ、七不思議の五番目は解決ってことでいいのか?」

「高田......。そういうことになるぞっ!」

「七不思議は、残り一つか!」

「で、七不思議の六番目は判明しているのか?」

「その件か」土方か白い歯を剥き出しにした。「当然、判明している」

 新島はうなずいて、スマートフォンをポケットに入れた。頬を掻くと、背筋を伸ばして腕を机の上に置いた。「七不思議の六番目について話してくれ」

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