密室への侵入
夏休みというものはすぐに終わった。夏休みが終わると訪れる体育祭もあっという間に終わった。すると、次に訪れるのは稲穂祭である。稲穂祭は文芸部が唯一活躍出来るイベントなのだ。なぜかと言うと、文集を発売するからだ。しかし、それが文芸部内を騒がせていた。
九月上旬。平日の放課後、文芸部部員の三人は部室で会議を開いていた。
「まずいことになってしまった。私が新島からシナリオをもらって書き上げた密室殺人ミステリーと高田の短編で合計三個の作品を掲載するとして、これといって目玉がない。それに最果ての七階が部室であるから、売れる見込みがない。だが、これは私のミスだ」
「俺も確認ミスしたんで、文芸部全員のミスっすよ」
「高田。なぜ俺までミスしたように言うんだ」
「新島は小説書いてないじゃん」
「部長の書いた密室殺人ミステリーのトリックは俺が考えたんだが?」
部長の土方のミスとは、文集『文芸部』の発行部数を間違えて七十部にしてしまったんだ。対して、去年売れた部数は二十四部。絶望的だ。
「俺に良い考えがある」
「言ってみろ、新島」
「いや、いい。元々は私のミスだ」
「部長は気にしなくていい......。それより、俺の考えだが、七不思議の七番目の真相を載せる」
「新島......覚えているのか? 俺たちは無理矢理にでも榊原に話させた。ただ、公表しないという条件付きだ」
「だよな。なら、他の七不思議ならどうだ?」
「馬鹿野郎! 我が八坂中学校に伝わる七不思議の話しを七つ知ったら呪われるって話しだ。それに、七つの内に知られているのは一番と七番。二番から六番は有名じゃない」
「一番は平成十八年の稲穂祭での出来事だったな。部長なら知っていると思うが、あれだ。三日間行われた稲穂祭のうちに学校の前の道路で車の交通事故が多発したんだ。ただ、稲穂祭が終わるとばったりとおさまったんだな」
「なら、新島は今回の稲穂祭でもし一番が起こったら解決するってか?」
「当たり前だ」
部室で机と椅子を並べて向かい合い、三人で話し合っていると、部室の扉が開く音がした。三人とも振り向くと、男一人と女が二人立っていた。
「失礼します。私は将棋部部長の中島一葉(なかじまかずは)です。うちの部員の件で相談があるのですが、話しを聞いてくれますか?」
「私は文芸部部長の土方波だ。それで、なんで文芸部に相談を?」
「七不思議研究部から聞きましたが、この部は日常のあらゆる謎を解決できる『日常探偵団』何ですよね?」
「日常探偵団!?」
文芸部の三人は口をそろえて繰り返した。
「将棋部部員の田原玲香(たわられいか)ちゃんがストーカー被害に遭っていて......そして、今朝に閉ざされた部室に入ってみると床に包丁が垂直に刺さっていたんです。そして、包丁は何かを突き抜いていて、それが手紙でした」
中島はカバンから手紙を出して、開いた。
「手紙の内容は『田原ちゃん。愛しているよ♡ 僕はいつも君のそばにいる。』とワープロで書かれています。この子が、田原ちゃんです」
確かに、田原は身長が高くてスラッとしていて高校生と言ってもわからないほど大人びていて土方と良い勝負だった。中島も童顔で可愛い顔だが、田原とは違う可愛さだった。
「なるほど。では、田原さんに話しを聞きたい」
しかし、田原は中島の背中に隠れてもじもじしていた。どうやら、コミュニケーションベタなようだ。
「ほら、田原ちゃん。土方さんに話して......」
「う、うん」
田原はゆっくりと中島の後ろから出てきて、口を開いた。
「わ、私は......最近、学校から家に帰るときに......う、後ろから着いてくる足音がして......。そ、それに、ポストを見ると、私を......隠し撮りした写真の束が入ってて......」
田原は話していると、途中で泣き出して中島に抱きついた。
「というわけだ」
初めて横にいた男が口を開いた。
「僕は高山拓也(たかやまたくや)。将棋部部員で、エースだ」
「なるほど。まずは将棋部の部室に行きたいな」
中島に案内されて、一同は将棋部の部室に入った。
「あそこの床に包丁が刺さっていました」
新島は包丁が刺さっていた床を慎重に見て、中島に尋ねた。
「第一発見者は?」
「皆で一斉に入ったんで、急いで来て刺せる人はいませんね」
「鍵はいつもどこで管理をしてあるんだ?」
「鍵を掛けてから、鍵は職員室に......。鍵をケースに入れていくんですが、職員が帰るときにケースにも鍵を掛けているらしいです。あと、昨日私達が鍵を戻してから取りに来た人はいないか職員さんに尋ねてみましたがいないそうです」
「昨日、最後に部室を出たのは?」
「皆で一斉に出ました」
「なるほど」
新島は顎に手を当てて、天井を見た。
「天井に風船がいっぱい付いてる......」
「ああ、それは田原ちゃんの誕生日を祝う誕生会を昨日したんですが......そのままにしていたので」
「なるほど」
新島は風船をじっと見ていた。
「なあ、新島。犯人はどうやって密室に侵入したんだろうな」
「さあ。今はまだわからない」
「それより、日差しがすごいよな」
「東向きだからだろ?」
「ん?」
高田は窓の外のベランダを見た。そして、近づいた。
「ベランダにカメラとレンズ、日光カメラがある。......ほら、台に置かれている」
一同がベランダを見ると、中島があっと叫んだ。
「それ、私のです。野鳥を撮影するのが趣味で、日光カメラを......」
中島はベランダに出て、カメラを回収した。
「ふむ」
新島は窓に近づいて、外を見た。それから、円を描くようにして歩き回り、頭を掻(か)きむしった。そして、椅子に座ると、腕を組んだ。
少しして、新島は立ち上がった。
「包丁を取り除いた後で掃除とかしたのか?」
「ええ」
新島の質問に、中島が答えた。
「なぜか部室が綺麗だったかは......」
新島は次に天井を見てから、高田に話しかけた。
「高田! ちょっとこい」
「何だよ?」
「お前に頼みがある」
「......言ってみな」
「今回はお前が探偵役だ。俺の指示をちゃんと聞いて、探偵として動いて欲しい」
「今回の事件、何かあるんだね?」
「非常にまずい動機だ」
「聞こう」
「動機はトリックを話したらわかると思う。だが、お前には嫌な役目をさせなくてはならない」
「嫌な役目?」
「間違った推理を披露してもらう」
「ほお?」
十分後、高田は新島から正しい推理と間違った推理を話し終えた。
「わかったな? それと、実験用にいろいろ買っておきたい」
「なら、部長も誘ってこれからショッピングモールに行こう」
「わかった」
三人は五時を過ぎて、学校を出て、ショッピングモールに向かった。
「まず、包丁を買いに行こうっす!」
「高田。明日は探偵役を頼むよ」
「わかってるよ」
「私もあれは驚いた」
校門を出て右に曲がり、坂道を登っていくと林に出る。そこをまた進むと、一方通行の道路が現れ、左を行くと駅前のショッピングモールに到着する。三人は現在、林の中だった。
「おいっ! 雨降ってきたぞ!」
新島の声に反応して、二人は空を見上げた。
「本当に降ってきたっすよ」
「ショッピングモールに急ぐぞ」
三人は走ってショッピングモールに駆け込んだ。
「ふう」
三人は濡れた服を拭(ぬぐ)うためにタオルを三枚出した。
「ありがと」
「すまんね」
高田と土方は新島からタオルを受け取って、服を拭(ぬぐ)った。
「じゃあ、二階に行こう」
三人はエレベーターに向かう途中で、食品コーナーに目を向けた。すると、困っている店員を見つけた。
「あ、あれ?」
店員は自分のズボンや上着、エプロンのポケットを探っていた。どうやら、何かを無くしたようだ。見かねた新島はその店員に尋ねた。
「どうしたんですか?」
「は、はい! あっ、ごめんなさい......。いえ、お客様に迷惑をかけることは出来ません」
「大丈夫ですよ。俺たちは別に急いでるわけではないですし、そういうのを解決するのは得意ですから」
「えっと......」
「ほら、言ってみてください」
「さ、財布を無くしちゃって......」
「なるほど。いつぐらいからなくなっていたんですか?」
「バックヤードにいたぐらいからです」
「何時から店員は詰めているんですか?」
「この時間帯にいる店員は五時から詰めていますね」
「なるほど」
「な、何かわかりましたか?」
「......約束しましょう。三十分後にここに犯人と財布を持って来ます」
「そ、そんなことが出来るんですか?」
「ええ、可能です」
新島は二人に合流した。
「どうするんだよ」
「簡単だ。さっき、犯人は見つけているんだ」
新島は急いで元来た道を引き返して、さっき見つけたという犯人を捜していた。
「おっ! あいつだ。高田! 行くぞ」
「あいつだな?」
「ああ、その通りだぞ」
新島の後から高田が続き、犯人の後ろから話しかけた。
「あなた、財布を盗みましたよね?」
「なっ!」
高田は新島の指示で犯人を後ろから押さえた。新島は手首をつかんでねじり、相手の身動きを封じた。そして、犯人のポケットをいじくり、財布を出した。
「財布が二つありますね。なぜですか?」
「俺の勝手だ」
「まあ、いい。さっきの店員さんの前に連れて行こう」
高田と新島が協力して、犯人を運んだ。土方はきょとん、として見ていた。
「店員さん! どちらがあなたの財布ですか?」
「こ、こっちです」
「こいつが犯人です」
「くそっ!」犯人は目を鋭くして悔しがっていた。
「この犯人、どうします?」
「か、解放して良いですよ。財布が帰ってくれば......」
「本当にいいんですか?」
「は、はい」
「わかりました」
新島は犯人を解放した。しかし、店員は腑に落ちない感じだった。
「どうして、あの人が犯人だと分かったんですか?」
「靴の泥です。あの人は靴に泥が付いていました。雨で地面が濡れないと泥は付きません。最近は日照りですし。そして、入り口に泥があるのはこのショッピングモールではバックヤードだけ。雨が降ったのは五時半。
これらをまとめるとこうなります。五時から詰めていたショッピングモールの店員は雨が降る前にバックヤードにいたから泥は靴に付きません。雨が降ってからバックヤードに入った人は店員ではないですから犯人の可能性があります。そして、さっき靴に泥を付けた人を見ていたので、そいつが犯人だと思ったんです」
「な、なるほど。すごい洞察力ですね」
「いえ、それほどでも......」
「僕はこのショッピングモールを運営する『株式会社 三ツ巴(みつどもえ)ホールディングス』社長の息子の三ツ巴和人(みつどもえかずと)です。欲しいものがあるなら、無料で差し上げます」
「それは、悪いです」
「大丈夫ですよ」
「......なら、風船と包丁を探しに来たんですが、お願い出来ますか?」
「分かりました」
三ツ巴は電話をして、十分後には風船と包丁が届いた。
「ありがとうございます」
「いえ」
新島は風船と包丁を受け取って、二人と合流した。
「なんか、味気ないっすね」
「まあ、そうね」
「なら、これからファミレス行こうか?」
「いいね」
三人が賛成し、近くのファミレスに向かった。新島は風船と包丁をカバンに入れた。
三人は近くのファミリーレストランに寄った。
「注文、どうするっすか?」
「私はドリンクバーだけにしておくよ」
「俺もドリンクバーだけだ」
「じゃあ、俺もドリンクバーだけにするっすか」
店員にドリンクバーを注文し、話し始めた。
「まさか、犯人があの優しそうな中島部長だったとはな」
「それは私も驚いたよ」
「女って怖いからな」
「私まで怖いみたいなことは言うな」
「いや、先輩も十分(じゅうぶん)怖い──」
「ああ!? 何か言ったか? 聞こえないな」
土方は右手を握って、突き出した。
「い、いえ。何も言ってないです......」
新島は下を向いた。
「間違ったトリックを披露するのは明日か?」
「ああ。その後で事前に仕掛けたトリックを発動させるんだ」
高田はドリンクを飲みながら、新島の話しを聞いていた。土方はカバンからノートとペンを取り出した。
「文芸部日誌を作成しようと思う」
「文芸部日誌? どこからその話しが......」
「ああ。私が一年の頃は日誌を書いていたんだ。活動報告みたいなものだ。なぜ、いまその話しをするのかというと我が校に起こった事件を詳細にまとめるのにぴったりだからだ」
「活動報告......」
「そうだ。ちまちまと毎日、書いていくんだ。私が卒業したら君たちは三年生だ。それから一年で二人も卒業。新入部員がいないなら文芸部は存続できない。だから、文芸部の活動を後世に伝えるんだよ。そう! 文芸部があったという証しさ。なんたって、七不思議研究部が解けなかった七不思議の七番目をいとも簡単に解決したのが我が文芸部だからな」
「細々とした作業だな......」
「そうだよ。だが、これがきっと役に立つよ。来年、文芸部を頼むよ新島」
「部長......俺はどうっすか?」
「そうだね......可愛い後輩さ」
「後輩、ね」
「部長は新島に任せる。新入部員によろしく。いなかったらそこまでだ」
「悲しいこと言うな」
「現実とは時に......凶器にすらなり得るんだ。改め、気をつけたまえ」
「わかっている。だが、まだ今年は続くぞ。文芸部が一番忙しい三日間。稲穂祭だ」
「多めに発注した分は売り切ろうじゃないか」
「だな」
「まあ、あれくらいならすぐに売れるっすよ」
「頑張ろう!」
「私から提案だが、日誌を書く順番はじゃんけんで日替わりにしよう。当番制だ」
「いいね」
三人がじゃんけんをした結果、当番制で日誌を書く順番は高田⇒土方⇒新島となった。
ファミレスで食べてから、三人はそれぞれ家に帰った。そして、次の日の放課後、三人は文芸部部室に顔を出した。
「新島......昨日の計画通り、俺がやるで良いんだな?」
「かまわないよ。高田が探偵役だ」
「事前に仕掛けたのか?」
「ああ」
「ほら、部長も急いでくださいっすよ!」
「ま、まあな。少し待ってくれ」
土方は靴紐を結ぶと、カバンをつかんだ。
「行こう」
将棋部部室にはすでに部員全十八人を集めてあった。三人が部室に入ると、歓声が上がった。
「ストーカー事件を解決してくれる文芸部だぞ!」
「バカだな。あれは日常探偵団だ」
「日常探偵団っ!」
拍手喝采だ。そろそろ職員が叱りにくるんじゃないかと思うくらい、周囲に拍手の音が響いた。
「将棋部部長から文芸部部長にお願いです。どうか、この謎を解いてください」
「わかっている。今回は高田が推理を披露する」
「どうも。文芸部部員の高田弘です」
高田は挨拶を終えると、新島から風船と包丁、紙切れを受け取った。
「まずは、包丁の先に紙切れを刺す。これを手紙としましょう。そして、天井に紐でこの包丁を吊すとしよう。これをどうやって外部から切ればいいと思うかね?」
将棋部部員の一人が答えた。
「外部からなら、火薬を仕掛けて時限式に燃やせばいいんじゃないか?」
「少し賢いが、まだ甘いぞ一年坊。火薬を使ったら跡が残って証拠になってしまう」
「なら、吊した紐も残りますよ」
「もちろんだ。一歩進んだ。だが、まだだ」
「ボンドで包丁を天井に付けた」
「アホか? 天井を見てみろ」
「......風船か!」
「そうだ。よくできたな。褒めてやろう」
高田は風船に息を吹き込んで風船をつくった。その風船の上に包丁を乗せて天井に吊した。
「さて。次にどうやって風船を外部から割ったか、だな」
高田は新島からカメラのレンズを受け取った。
「知ってるか? 野鳥を撮影するカメラのレンズは焦点(しょうてん)が高いんだ」
「焦点だぁ?」
「知らないのか? 一年坊......。焦点とは、レンズに平行に入射して反射・屈折した光線が集まる点だ。つまり、焦点が高い方が光線を一点に集められるから遠くを焼けるんだ。小学校の実験で虫眼鏡使って紙を焼いただろ? あれと同じだ。そして、ベランダに野鳥を撮影するレンズを置いていたのは......将棋部部長の中島一葉、あんただろ?」
高田は不敵な笑みをうかべて中島を指さした。
「ぶ、部長が!」
「な、何のことかしら? そもそも、そんな仕掛けじゃ無理よ」
中島は腕を組みながら高田を見下ろした。
「どうかな? やってみなきゃ分からないからな」
「なら、やってみてくださいよ」
「もちろんだよ」
高田は爪楊枝を吹き矢の要領で目的の風船に刺した。すると、驚くべきことになった。
なんと、包丁は床に刺さらずに落ちてしまったのだ。
「ほら、違うじゃない」
そう言うと、中島は将棋の駒を持った。高田は後ずさりをして、新島を見た。新島は笑顔でうなずいた。
「それで? 私に濡れ衣を着せておいて、どうするの?」
中島は歩兵の駒を裏返して、と金にした。
新島は高田と入れ替わりで前に出て、口を開いた。
「よく言うよな、犯人中島一葉さん」
芝居がかった演技に、新島自身が笑いそうになるのを一所懸命にこらえた。いや、この表現は鎌倉時代の武士を連想させてしまうな。これからは、あまり使わないようにしよう。
「!」
「言いかえさないのか? 実は、あのトリックはわざと間違えさせた。実際のトリックは少しだけ手を加えていた。まあ、犯人が中島先輩ってのは変わらないけどな。で、なんで間違ったトリックを披露させたと思う?」
将棋部の部員の一人が反論した。
「部長が犯人な訳がないだろ!」
「黙ってろよ......。間違ったトリックを披露した理由は部長の表情を確認するため。今から部長が犯人だという理由を説明してやる。高田が話したトリックは大体の大筋は合っているんだ。だが、ほんの少しだけ違った。そのほんの少しが今回のトリックにとっては重要だった」
「じゃあ、なんだよ」
「モブは黙って聞いてろ。正しいトリックはこれなんだ!」
新島は高田と同様に爪楊枝を吹き矢の要領で目的の風船に刺した。すると、今度は包丁が床に垂直に刺さった。そして、包丁の先には紙が刺さっていた。
「まず、風船自体に細工がされていたんだ。風船で唯一、刺しても破れない部分がある。さぁて、どこでしょうか?」新島を風船を口の前に持ってきて、息を吹き込んで膨らませた。「床に刺さった包丁を風船の口とは反対の端に刺す。だが、割れないだろ? ここにはゴム膜が伸びていないから破れないんだ。
包丁を風船の中に入れて、中からこの破れない部分に包丁を刺した。もちろん、手紙を包丁の先に刺してね。それから風船を膨らませた。包丁を抜かなければ空気は漏れないから大丈夫だ。
あとは風船を割る方法だ。これはもちろん、野鳥を撮影するための焦点の高いレンズだ。これで太陽光が包丁の入った風船に当たるようにすれば、割れて包丁が手紙を突き抜いて床に垂直に刺さる。中島先輩は部員が包丁に目が釘付けになっているときに床に散らばっていた風船の割れた破片を拾い集めて隠した。これが、密室内で包丁を床に刺す方法だ。
ストーカー事件をでっち上げたのは田原先輩への嫉妬か何かだろうな。まあ、くわしく動機を調べるつもりはない。中島先輩が自白したらすむことだからな」
新島は実験に使った道具を回収した。田原は中島から離れてから口を開いた。
「なんで......」
「あなたが悪いのよ! あなたは私より先に高山君と付き合った!」
「つ、付き合ってなんかないよ......?」
「そうだぞ。俺は田原とは付き合ってはない」
「嘘よ! 一緒に帰っているじゃない!」
「それは......」
これは女の戦いだ。文芸部の三人はそっと将棋部部室を出た。
「中島があんなに怖いとは私は思わなかったよ」
その時、後方から中島の金切り声が聞こえた。三人は歩くペースを速くした。
「部長とある意味でいい勝負だな」
「あぁ?」
「な、何でもないです」
「だよな」
新島は心底、女は怖い生き物だと思った。
「それにしても、もうすぐ稲穂祭っすね。来週の水曜日から金曜日っす」
「そうだな。私達も今日から準備を始めようか」
「そうしようっす」
「それにしても、嫌な役をやらせてしまったな」
「大丈夫だよ。新島の方が嫌な役だった気がするけどな」
「俺はスカッとしたよ」
「そうか?」
三人は文芸部の部室に入り、椅子に座った。新島は本を本棚から取り出した。コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』第八作品目の短編『まだらの紐』。新島はそのページを開いた。
「実際の密室殺人でまだらの紐みたいな事件はないのかね。蛇が死体の横にでもいたら面白いんだが」
「なら、来年の稲穂祭でお前が書けば?」
「いいじゃん!」
文芸部部室は将棋部部室と違う意味で賑やかだった。将棋部は現在、波乱と呼ぶべきだ。
「今、将棋部はどんだけ修羅場になってるかな?」
「高田、やめておけ」
「何でだよ、新島」
「だって、あれは女の嫉妬だ。女は怖いぞ」
「だろうな。嫉妬したからって包丁使って脅すんだもんな。だが、よくあのトリックを思いついたもんだ」
「中島はちょっと凶暴だよな」
そこで土方が、口をはなんだ。
「女なんて、そんなもんだよ」
「部長もそうなんすか?」
「いや、考えてみろ高田。先輩が女のことを知っていると思うか?」
「新島、何か言ったかな?」
「い、いや、何でも......」
本日二度目の土方の鉄拳である。
その後、三人は話題に花を咲かせて話し続けた。
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