金、経験値、鎮魂歌。

「はい、ハンター登録でしたら登録料に……今の時価なら一千百八十七万……、二千二百五十六ゴールド必要になりますね」


「……だって、紅白くれは


 取り合えずは近くのハンター協会で登録を済ませておこうと言われて来たのだが、これはあんまりだ。


 ひど過ぎる。


 それを紅白に伝えると、心底面倒くさそうに受付まで歩いて行った。


「受付嬢、吾輩のコネで付けて置く事は出来ないか? ハンターのランク分けにおける上から二番目『混獣狩りキマイラ・ハンター』と言ったらこの程度の無理を通す力があって良いだろう」


「誠に申し訳ございません……。紅白様が誠実な方だと言う事は分かっているのですが、踏み倒しをなされるハンターの方がいられると困りますので……」


「……そう、であるか」


「……申し訳ございません」


 交渉は終わった様だし、こっちに戻ってくるかな?


 ん? なんか取り出した。


「ならばこの、家柄も才能も持たぬ浪人が大成功を収めた理由となる札を代わりにさせてくれ」


「……いえ、結構です」


「いや、遠慮する事はない。受け取ってくれ」


 受付嬢の手を取って黒くくすんだ紙を掴ませる。


「……いえ、多分これって負の力を吸い込んだものですよね!? 持ってたら不幸が漏れ出てくるタイプの奴ですよね!? 」


「良く分かった、合格だ。記念としてそれをやろう」


「流されませんから! 」


「そうか……」


 お札をしまう。


 呪術師とはああいう風なものなのだろうか?


 流石に冗談で言ってるのだろうが……。


「……では手っ取り早く金を稼ぐ方法でも教えてくれ。ゴールド安の直前で両替してしまってな……、先程の彼と二人合わせて二千五百万ぽっちなのだ」


 受付嬢がこちらを見たので軽く会釈する。


「……それは、大変ですね。確か、『オーク』の眷属達が武術大会を開くそうで、賞金が中々の額だったと思われます。賞金は彼等の通貨で支払われますので、ゴールドの様に不安定ではありません。後、優勝者にはとても良い奴隷が渡されるそうで、を売るとするとかなりの額になるはずですよ」


「それはありがたい。何時いつ開催される? 」


 紅白が懐から和紙を束ねたメモ帳の様なものを取り出す。


 この世界では当たり前の事なのだろうが、奴隷の無い世界を生きた俺には彼女らの会話はとても大きな違和感がある。


 しかし、人類の発展の過程には奴隷制度が必要だったとも聞くから、この世界はその段階なのだろう。


 俺がとやかく言う話ではない。


「……ええと、今日からちょうど十日後ですね。それまでならば害ある小人ゴブリンの討伐をお勧めします。食料を持っている事も多く、稀に宝石を持っていますので。先程の方の戦闘の練習にも良いかと思われます」


「感謝する」


 軽く会釈して戻ってくる。


「早速小人ゴブリンを狩りに行こう。生き物を狩る事と戦闘の練習だ。……どうした? 何かあったか? 」


「……いや、なんでもない」


 奴隷にも、今からすることになるだろう生き物を殺す事にも、早く慣れていかないと駄目だろう。








「ギヤァァーーッ!! 」


「テキストチャット! 」


 位置を調節してテキストチャットで攻撃を防ぐ。


 大量の〈あ〉の並んだ吹き出しで小人ゴブリンの攻撃を防ぐ様ははたから見れば滑稽かもしれないが、俺は大マジだ。


 足元からの攻撃は蹴り技でゴリ押し、飛び上がりからの攻撃はテキストチャットで防いで攻撃と教わった。


 簡単なように思えるが、これが中々に難しい。


「うん、そろそろ慣れてきた所か。一匹素手で殺せ」


 炎で自分を囲んだ紅白くれはから指示が飛ぶ。


 生き物を殺すと言うのはとても勇気のいる事なのだと思い知った。


 やゴキブリなら殺したりするが、哺乳類、ましてや人型生物である小人ゴブリンなんてのはとてもつらい。


「情は捨てろ。最上位ハンター達の様に楽しめとは言わんが、幸いてん君が狩る対象は考えずにも悪と断言できる害獣のみだ。容赦なく素手で殺せ。命を砕く感覚を体に覚えさせ、慣れさせろ」


 この世界は俺のいた世界とは違って、風が吹けば飛ぶほどに命が軽い様だ。


 ゴブリン程度殺せないとだめだ。


「はい! 」


 蹴って姿勢を崩し、踏み倒す。


「らあああッ!! 」


 ばき、と言う頭蓋を割る感触とぐちゅ、と言う脳を潰す感触を味わう。


「素晴らしいぞ、最強の矛ステータスウィンドウ最強の盾テキストチャットを持ったとして、爆薬や銃を持ち出されてはどうしようもない。本人の強さも必要であるからな。流石はてん君だ」


 紅白くれはは誉めてくれるが、喜ぶべきなのか分からない。


 脳を破壊した感触と共に何か自分の中の物も壊れてしまった感覚だ。


 そんな俺を察してか、


「……まあ、なんだ、心配する事はない。吾輩も最初のころはそんな感じだった訳であるし……」


 上位ハンター達も意外と最初はこうなのかも知れない。


 そう思うと少し安心した。




 それからはステータスウィンドウやテキストチャット、防御等の基本的技術の練習で、あの一匹以来俺が小人ゴブリンを殺す事はさせられなかった。


 キャンプを作れと言う事と、食料や宝石を持った小人ゴブリンを探してくると言う事を言われたから、俺は準備をしながら待っている。


 血抜きされ、さばかれた小人ゴブリンの肉を天秤てんびんで測って、紅白くれはが食べるらしい量は金網の上に載せ、残りは何か液体の入ったつぼの中に入れる。


 肉屋で売っている物とさして変わらないこの肉だが、元は人の形をしていたのだと考えると逆に気持ちが悪くなってくる。


 遺伝子的に近しい人間が食べるとクールー病というものになるらしいから俺が食べる事は流石にないが、それでも何か倫理的なものが拒絶するのだ。


てん君にも食べられる物を見つけてきたぞ。……随分と暗い顔だな。」


 帰って来た紅白くれは小人ゴブリンの山をどさりと降ろす。


「ゲームの敵としての小人ゴブリンなら何度も殺したけど、実際にするのは感触も罪悪感も全然違うんだって……」


「まだ悩んでいたのか。てん君は普通よりも殺しに対する抵抗が強いのだな。平和な世界の出身というから仕方がないのだろうが……」


 そうだなと考えこみ、何か思いついたような表情を浮かべる。


「そうだ、祈ってやれば良い。南無阿弥陀仏なむあみだぶつでも南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょうでも、あるいはAmenエイメンでも。鎮魂歌レクイエムと言うのだったか、してやると良い。少しは気が晴れるだろう」


 鎮魂歌レクイエム……少し違うが、それが良い。


 区切りを付けよう。


 小人ゴブリン達の死体ではなく、魂たちに向かって手を合わせる。


 曾祖母の葬式を思い出しながら一言一句言い間違えないよう祈った。


 途中でもう一人の声が混じる。


 きっと彼女も口には出さないものの気にしていたのだろう。


「……」


 最後の言葉を言い終え、少しの間を置いてから俺は口を開く。


「面倒な事に付き合わせてごめん、晩御飯作ろう」


「……いや、そんな事は無いぞ。して、炭は出来るだけ敷き詰めたか? そうすれば後から足す必要が無いくなる」




「……え? 」


 実は俺は結構なアウトドア好き(ゲーム内で)だったからバーベキューの仕方は結構知っているつもりだ。


 炭の置き方は空気の入る隙間を開けて入れ、さらに高く積むところと低く積むところを作る……と言うのは正しい知識のはずだ。


「味、悪くならない? その焼き方」


 炎使いだから火力に問題は無いのだろうが、絶対に味は落ちるだろう。


「……食べられれば良いと思って……」


 あ、この人馬鹿舌だ。





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 ー次回予告ー


 てん「教えて紅白くれは先生ー! 小人ゴブリンってなあに? 」


 紅白「……急に変なノリだな、うん。……ええと、小人ゴブリンだったな。尖った耳、醜い容姿、人間の半分程度の背丈である以外は人間とほとんど変わらない存在だ。知能が普通にある者の多くは人語を理解し、基本的に人間と友好的な関係を持つ。我々の狩った彼等は人間でいうところの山賊の様なものだ」


 十「緑色で知能が低いってわけじゃないんだな」


 紅白「それはそっちの世界で最近のファンタジー作品で追加された設定だからね」


 十(そういえばゲーム発売の告知でも、出来る限り神話や伝承に忠実に作ったって言ってたからな。そういう事なんだろう)


 紅白「では、次回『妖物グルメ』」


 十「ステータスオープン! 」

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