アザトースの夢

 『無血』の攻撃は俺の脳と心臓を破壊した。


 しかし彼女同様、俺も人間の姿によって戦闘能力が抑制されていた様だ。


 彼女の攻撃はしかし、俺を完全体にする引き金を引いたに過ぎなかった。


白痴の魔王アザトース


 『無血』がいかに強い力を持とうとも、もう完全にこの世界の神、この世界そのものとなった俺の前には情報の集まりに過ぎない。


 いわばパソコンにおけるテキストの打ち間違えを消すようなもの。


 造作もなくそれは行われる。


 また向こうで会おう、今度は皆、仲間として。


「……流石はアザトース様、十様。僕をこれほど早く超えるとは。これならきっと大丈夫です。貴方様が絶対ではない元の世界でも、運命を押し曲げて幸せになってください。僕もお供します」




                    *




 吹雪の様に灰が舞った。


 蛆の雨が止み、星が見えそうなほどに澄んだ空が広がる。


 しかし人間の姿と言う物は、力のみならず精神をも抑制していた。


 今の彼は完全に世界と同化し、夢を見続ける装置と化したのだ。


 これまでは無意識の内に行われていた管理が意識の内に入った。


 その分、脳の機能全てを使って世界を管理する事になる。


 人間としての意識は、あったとしても人間に足る知能は無い。


 『白痴の魔王アザトース』が白痴たる所以ゆえんだ。


 脳のほぼ全てを世界の管理に費やすために、人間として最低限の自意識すら保てないのだ。


 広い宇宙の中に自分の姿を見つけられなくなるのだ。


 先程の戦闘の際より、開いたままになっていたウィンドウがある。


 その一つには、彼の仲間のステータスを記したものがあった。


 それが書き換わって行く。


 レベルやステータスと言ったもの全てが消え、何やら奇怪きっかいな文字でより精密な事が記される。


 そして虚しい電子音と共に次々閉じて行く。


 世界はより精密に、元の世界の人間が見ている、彼の好きなゲームが元になった夢から、本物の世界へ変わって行く。


 見よ、この空の色、草の色を。


 聴け、あの鳥のさえずり、風の音を。


 もうそれは、コンピュータが作り上げた偽装でも、夢の中の虚像でもない。




 感受性の高い者は、この変化に驚きを禁じ得なかった。


 仕事を終え帰路に就いた農夫は、垂れ下がるべき稲穂が風になびく様に涙を流した。


 海沿いを行く馬車の御者は、波の音に聞き惚れた。


 相も変らぬ日々に嫌気がさした貴族は、テラスからの夕日に明日の希望を見出した。


 そしてこのエルフと人の混血は口が空きぱなしになった。


絇鎖理くさり、まだ終わっていないぞ。彼を連れ戻すまでは」


 丁度一秒の間隔を置き、


「……そうね。……で、どうするの? 」


「彼は、さっきの戦闘の際、我々の火災旋風を目印にしていただろう。全力で風を起こしてくれ。宇宙に溶け込んだ意識でも、きっと気付いてくれるはずだ。なんといっても彼はこのゲームの主人公だからな」


「……なんの関係も無い私を助けようと思う様な人間だものね。主人公だってのも、私達に気付くってのも納得出来るわ」


 何処に持っていたのか知れぬ無数の呪符が、何処から吹いてきたか知れぬ風に舞い、中心の抜けた円形に並んだ。


 地面に張り付いたところで、絇鎖理くさりが中央に立つ。


「大酒飲みの龍神様、大酒呑まれの龍神様、日の弟は今いずこ? 八つ首もたげて火を噴いて、地も日も血ごとに喰らいませ。……八岐顎ヤマタノアギト……」


 そして手首を切って血を流す。


 地面が少し赤に塗れたところで金属と金属のこすれ合う音が響き、光る龍の首と化した八本の鎖鎌が上空へ上がった。


「焦熱地獄」


 円を描きながら登る龍に地獄の業火が合わさった。


 龍の回転速度は加速度的に増し、遂にはあの少年が先ほど追い求めた姿、火災旋風を作る。


 雲を吹き飛ばし、オゾンの層も越え、龍は宇宙そらへたどり着いた。


 一つの惑星から出るには中々の高エネルギーだが、この程度ではアザトースが意識を向けるには足りない。


 途中から燃える呪符が混じったが、それでもまだ足りない様だ。


 疲労で息が荒くなる二人の元に足音が聞こえた。


「誰!? 」


 絇鎖理くさりが振り返る。


「どうやら恩返しができる時が来たみたいじゃあねえか。何をすればいい? 」


 火蜥蜴サラマンドラの装飾をされた剣を持った男だ。


「……誰!? 」


「誰だ? 」


 疑問の声が一人増える。


「え、闘技場の一回戦でてんと戦った、戦争参加メンバーにも入ってた奴だよ! ほら、恩を返すって言ってただろ? 」


「……あー! 」


 どうやら伝わったらしい。


「では、その剣を天高く投げてくれ」


「まあ普通覚えてないよな、よし来た! 」


 満身の力を込めて投じられた剣が渦巻く炎の中心に入る。


 渦の回転速度が上がり、細く、しかし力強くなる。


 剣に秘められた火蜥蜴の力がなす物だろう。


 技を出すにも核があるか否かでまとまりが違う。


 二人の入れる力が目に見えて増した。


 最後に強い光を放って渦がかき消える。


 その光は、宇宙の遥かまで届く事だろう。




 この、俺の感知出来る程の広さまで。













                 ありがとう、ただいま。












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ー次回予告ー


 次回『俺にとっての異世界、皆にとっての元の世界』

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