神話

 あの後、オークは俺や仲間達を馬鹿にして、地響きを立てながら去って行った。


 他の皆と話したが、ありがたいことに俺を責める声はさほど多く無く、何人かは慰めてくれたりもした。


 でもあの鱗をどうするか、今はそれを考えるべきだ。


 戦争参加メンバー中では絇鎖理くさりが最も強い。


 彼女の操る鎖鎌は象くらいある大岩をどうにか切ったが、俺のウィンドウは一切の抵抗無く両断した。


 単純な火力で言ったら俺のウィンドウを超える技は無いと多くの人が認めてくれた。


 その後の投げやりな作戦会議では、そもそも減った戦争参加者が俺達と医者の四人になってしまう。


「神話によるとオークは斬撃が効かないとされた」


 と言う紅白くれはの言葉によるものだ。


 俺のウィンドウは無限の切れ味を持つが、なんでも切れるスキルを持つわけでは無い。


 つまりは斬撃無効のスキルを持つオークには効かないと理解した。




 その後、自室で見様見真似の太極拳の練習をする俺の元に医者の方が訪れた。




                    *




 随分と血相を変えている。


 ……嫌な予感だ。


 しばらく息を切らしていた医者は、俺が手渡した水を飲み、切り出した。




「……飛角様が、亡くなられた……」




 ……え?


 この戦争の主力であり、かなめたる彼の死は俺達の敗北、そして国の敗北を意味する。


 いまいち思考のまとまらない俺に対し、医者は続けた。


「……さっき、馬車が到着した。そこには、飛角様が一人乗っていた。御者役はいない。馬が誰の指示も受けずにここまで来たのだ。……なあ、あの方が何と言ったと思う? あの体だけでなく、心まで鋼の様に強靭に鍛えられた、武人たる彼が? 」




「あの方は、この私に、医者である私に、殺してくれと、そう言ったのだ……。あの筋肉の鎧に覆われた体を恐怖に震わせて、あのいつも豪快に笑う顔を涙で濡らしてだ。あの方をあそこまでに圧倒し、怯えさせる存在などあっていい物か? なあ、教えてくれよ……。そのように恐ろしい者がいて良いのか!? 」


 俺には何も言う事が出来ない。


 この恐怖は伝播でんぱする。


 飛角からこの医者に、この医者から俺に。


 彼の怯えようはそれ程のものだ。


「私は聞いたよ。症状を教えて下さいと、今すぐ手当てしますと。だが彼には私の声は届かない。〈オレはとんでもない相手に喧嘩を売っちまった。何ていう化物を飼ってやがったんだ……〉そう言うばかり」


「そして、次の瞬間にはあの方の目が取れた……。医者の私にはわかる。あの異常さを。血管の中に何かがいた。私は、何も出来なかった。苦しんで、死んで行くあの方を救おうとする事すら……出来なかった……。己の恐怖に打ち勝てなかった……」


「もう、この先は話せない。恐ろしすぎる。ああ、やめてくれ! 」


 頭を抱えて走り去る。


 ……俺にはしばらく呆然とする事しか出来なかった。


 駄目だ!


 放っておいてはいけない!


 急いで彼を追って走り出す。


 彼は自分の部屋で精神安定剤を大量に口に入れていた。


 薬の大量摂取がいかに危険かは素人の俺でも分かる。


「落ち着いてください! 」


 無理矢理に押さえつけて薬を吐かせる。


「……はあ、はあ、私を拘束してくれ! このままでは自殺してしまう! 」


 両手を後ろで拘束してひもを探す。


「何かあったの!? 」


 絇鎖理くさりが部屋に入ってくる。


「説明は後で! とりあえずひも持ってきて! 」




                  *




 あの後、情報を全員に共有した。


 これはもう負け戦だ。


 医者も俺達に逃げろと言う。


 結果的にオークの言う通りになってしまい、非常にしゃくだが、俺も絇鎖理くさりも斬撃系の攻撃を得意とするし、紅白くれは一人で勝てる相手でもない。

 

 ……逃げるしか、無いのだろうか。


 別に大して思い入れのある国でも無ければ、オークの方にも何らかの事情があって侵略をしているのかもしれない。


 でも……。


 食事の間も悩みは晴れない。


 絶対に勝てないとは分かっている。


 だがそれでもやって見なければわからない。


 戦うと決めたのにそれを変えるというのは正しいのだろうか。


 ……食事の途中で、急に眠気が襲って来た。


 俺だけではない、紅白くれは以外の皆が机に突っ伏す。


「皆、すまない」


 彼女の声が薄れゆく意識の中にかすかに聞こえた。




                 *




「……そりゃあそうよ。異世界から来たなんてわけのわからない事を言う人間をただのハンターが助ける訳無いじゃないの。そもそも死んだはずの人間が地獄の沙汰を素通りして、天国にも行かずに輪廻の輪に乗るなんておかしいじゃない。猫又は地獄の使者、分かるはずなのに……、だって良い人だと思うじゃないの。死ぬよりひどい事をされるかもしれなかった私の事を助けてくれた、てんの仲間なんだから。私もまとめて始末するつもりなんだわ……。うう……」


 先程から横の檻で絇鎖理くさりが似たようなことを繰り返している。


 場所は移動中の馬車の中、さらに個別にわけられた檻の中だ。


 気温からすると山は下り、すでにどこか別の場所なのだと推測される。


 手足は拘束され動けず、ウィンドウも意味をなさない。


 その他状況は……わからない。


 地獄の使者……。


 絇鎖理くさりはああいうが、二人を消しに来たと言うのなら別にもっとタイミングはあっただろう。


 眠らせて、そのまま殺してしまう事も出来るし、眠らせるにしても絇鎖理くさりの治療後に買ってきてくれた寿司に混ぜる事も出来るはずだ。


 ……だからと言って、確かに彼女が俺を助けてくれる理由として考えられるのは、正義感などと言った利益とは関係のないものばかり。


 そして正義感を理由にするにしても、俺以外に誰一人として仲間がいなかった。


 決して俺の様な珍しい理由が無いにしても、放っておいては死んでしまう様な人間はいくらでもいただろう。


 ……これらの事を総合的に考えた結果、理論的には彼女は信用出来ないだろうと……、しかし感情は彼女を信じたいと言っている。




「助ケニ来マシタ」




 俺の横にピンクの髪をした、神父の服を着た生物が忽然こつぜんと立っていた。


 絇鎖理くさりいまだうつむいたまま、御者をする紅白くれはも気付く事は無い。


 馬車の中には俺と絇鎖理くさりの二人分の息遣い、そして不規則的な揺れの音だけが響く。


 この生物のものは何もない。




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次回『無血』

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