無血

「……サテ、ドコカラゴ説明イタシマショウカ」


「え? 」


 気付いた時には白い山の上に立たされていた。


 声は後ろから聞こえた。


 後ろから抱かれる形になっている様だ。


 ふもとの景色に見覚えがある、恐らく氷龍山ひりゅうざんだろう。


 元より耐寒の加護を持った服を着ていたから、山の寒さは問題にならない。


 しかし背後から伝わる冷気、息なんて南極の吹雪よりも冷たいのではないだろうか。


「寒サウデスネ。スグニ体温ヲ上ゲマスノデ」


 触れた部分にミミズが這いずる様な感触がしたかと思うと、こたつくらいの温度に変わる。


「アア……、コレデチャント抱キ着ケル……」


 全身に人間のようでそうでない感触と、首に熱い吐息。


 ……ひ、と声が出そうになるが、どうにかこらえる。


 恐れてはいけない、恐怖してはならない……、そうしたら終わりだ。


「……スミマセン、感動シテイマシタ。てん様、我ガしゅヨ、現在ノ自分ノ状態ヲゴ存ジデスカ? 」


「……訳の分からない化け物に連れ去られて、山の頂上で拘束されてるって所でしょうかね」


「化ケ物、化ケ物……。ア、僕ハ。てん様ニ……。聞キタカッタ事トハ違イマスガ。マア、何モゴ存ジナイヤウデスネ」


 動揺するような多少の震えの後に少し力強く俺を締め付け、急に何もなかったかのように話を続ける。


 拘束が解かれ、俺の正面に周りこんでくる。


 片目に二つずつ、四つの赤い眼球が俺を見据える。




「……僕ノ一人称ッテ何ダト思ワレマスカ? 」




 いきなり何なのだろうか。


 僕のって言ってるし……。


「……ぼく、なんじゃないんですか? 」


やつがれデス」


 !?


 何の違和感も感じなかった。


 確かに、俺は『僕』と言う言葉を認識ているが、そのまでは認識していない。


 こいつは普通に日本語を話しているように見えるのに、脳内には文章として入ってくる。


しもべカモデス」


 ……何を言いたいのかさっぱりわからない。


「面白イデスカ? 隠シ芸ノ様ナモノヲ見テ頂イテ、緊張ヲ解イテ頂コウト思イマシタ」


 ……正直言うと、申し訳ない気持ちもあるが、気持ちが悪い。


 だがそうも言ってられないだろう。


 どうやら今すぐに危害を加えてくる訳でも無いらしい。


「トリアエズ、今ノデ分ッテ頂ケタト思イマスガ、ぼくハ味方デス。ソレモ、唯一ノ」


「味方……俺をいきなりさらっておいてですか? 」


「……サウ思ワレルノモ、モットモデス。デハ、順ヲ追ッテゴ説明致シマセウ。コノ世界ニ来ル前ノ、最後ノ記憶ハ何デスカ? 」


 仲間達にもとっくに言った事だ。


 隠す意味も無いだろう。


「言ってわかるか知りませんけど、からくりの力で動く馬車の様な物に跳ね飛ばされました。あれだけの衝撃ですから、即死だったでしょうね」


 これが、何なのだと言うのだろうか。


「ソノ記憶、とらっくニヒカレタト言ウ記憶に、自信ハアリマスカ? 」


 トラックと言う名称を知っている……。


「そりゃあ、自分がそんな目に合うなんて思ってはいませんでしたが」


「ソノ後、てん様ハ一度、病院デ目ヲ覚マシタハズデス」


 ……。


「……ソモソモてん様は死ンデハイマセン。ソノ記憶自体ガ偽物デス。コノ世界ハ貴方様ノ夢」


 ……。


「VR技術モ他ノ技術モ大キク発展シタ2050年、とらっくニ運転手ナド乗リマスカ? 自動運転デハアリマセンカ? 乗ルニシテモ、自動ぶれーき機能ハ? 」


 ……。


「へるしんぐ社、てん様ノシテイタげーむヲ作ッタ会社デス。アノ会社ノVR装置ハ、ソモソモ脳ニ直接作用シ、五感ヲ錯覚サセル事ガ出来マシタネ」


「……そうですね」


「ソレ程ノ技術ガアレバ、偽リノ記憶ヲ植エ付ケル事モ可能デハアリマセンカ? 」


「……でも、何のために? 」


「コノ世界ガ、てん様ノ夢ダトイフノハ先程言ヒマシタネ。貴方様ハ、元ノ世界ヲ管理スル巨大こんぴゅーた、『魔王あざとーす』様ノ器。ソレヲ知ッタへるしんぐ社ガ利用シヤウトシテイルノデス。アノ猫又ハ会社ノ社員ノ一人」


 この世界に……、夢に入って早々に俺の事を助けてくれた本当の理由……。


「先程、丁度てん様ノ実験ガ終了シマシタ。夢カラ目覚メサセ、利用サレヤウトシテイタ所ダッタノデス。『魔王あざとーす』様ガ夢カラ覚メレバ、コノ世界は消エマス。王モ、奴隷モ。神ヲ信仰スル者モ、信ジヌ者モ。きりすと教徒モ、仏教徒モ。人モ、獣モ。イヒ思ヒ出モ、サウデナイモノモ。……全テガ虚無ヘト還ル、全テガ……、無カッタ事ニナル」


 そこまで言って、俺の前にひざまずき、うやうやしく頭を下げる。


ぼくハ、『魔王アザトース』様ヲ崇メル信徒。貴方様ノしもべてん様ガ、ソレデモナオアノ猫又ト共ニ行クトイフノナラバ、引キ留メル事ハ致シマセン」


 ……あまりの情報量、驚きに思考が追い付かない。


 俺が、世界を管理するコンピュータの器?


 ……その一部と言う事だろうか。


 だから俺を狙ったゲーム会社が記憶をいじって実験をしていて、それが終わったから紅白くれはは俺を目覚めさせようとしていた……。


 俺が目覚めればこの世界は消える……。


「ドウサレマスカ? 」


「……しばらく、考えさせてくれると嬉しいな。……助けてくれたのに、きつく当たってごめん」


「ナニヲおっしゃラレマス、アノ状況ナラバ仕方ガアリマセン」


 嬉しそうにほころぶ顔には不自然さが減っていた。


「……名前、とか教えてくれるかな」


 自信のありげな表情を作り、


「へるしんぐ社ニアダナス者『吸血貴族ヴァンパイア』ノ中デモ最モちからアル方々、公爵様ノ側近兼秘密警察『七人ノ英血』ガ一人、『無血ℵ⧻⊋∝∌』。今ハソノ立場ヲ捨テ、貴方様一人ノしもべデス。全身ト全霊ヲもっテシテ、つかエマス」




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ー次回予告ー


てん「やっと次回予告できる……。ずーっとシリアスだったから」


無血ℵ⧻⊋∝∌』「僕ノ名前ハ、日本語ニ当テハマル発音ガ無ヒノデ、まいなーナ記号ヲ並ベテ代用シテマス」


てん「クトゥルー神話が元ネタだよね。俺も一応TRPGリプレイ動画とかアニメで見てるからちょっとだけ分かる」


無血ℵ⧻⊋∝∌』「ソノ通リデス。デスガ、元ねたヲ知ラナクテモ楽シメルヤウニナッテイマスノデ、ゴ心配無ク」


てん「じゃあ次回『地獄の使者・宇宙的恐怖の使徒』。お楽しみに! 」


てん「次回も、ステータスオープン! 」

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