初詣に行こう! (pcで読まれる方向け)

 馬車の揺れと言うのは中々しんどいものだ。


 三半規管さんはんきかんがどうかしてしまいそうになる。


あめでも舐めておきなさい。唾液の分泌は酔いに効果的だ。そして酔い以外の事に意識を向ける事だ。意識する程に気持ちが悪くなる」


 医者の方がそう言って塩飴をくれる。


「すみません、ありがとうございます……」


 そろそろ外も白い色が増えてきた。


 馬車のほろに魔除けの力あるらしく、それに包まれた物を妖物は襲わないらしい。


 旅行のパンフレットは無いので、どこかよく知らない旅人の旅行記を買って代用している。


 どうやら神道を元ネタとした宗教のようで、氷龍の神殿は神社みたいな見た目だそう。


 危険すぎて誰も登れないから実際はどうなのかわからないが、山の上には氷で出来た神殿があるのだそう。


 絇鎖理くさり(どうにか呼び捨てに慣れてきた)の武器は麓の小さい神殿で龍の加護を施されているのだとか。


 と言うか、俺ばかり酔っているのって旅行記読んでるからじゃん。


 行儀は悪いが、本を顔に被せて目を閉じる。




                    *




「寒っむ……」


 肺が凍る様な空気で目を覚ます。


 いつの間にか馬車の中は全方向に毛布を敷き詰め、大型の布団の中に火鉢ひばちを入れた昭和のこたつが置かれた、何とも秘密基地然とした様相に衣替えされていた。


 紅白くれはや医者の方、その他大会参加者数人はこたつで暖を取り、絇鎖理くさりはこたつに挟んだ毛布を伸ばして被り、御者役の方の背中と雪景色を見ている。


「ごめんなさい、寝てて手伝えなませんでした……」


「数分で終わったし、お前は怪我治したばかりだろ。気にすんな」


 第一回戦で戦った人が剣を手入れしながら言う。


 その後もしりとりや山手線ゲームの様な物をして目を覚ましつつ、たまに木から落ちる雪の音に怯えながら馬車は進んでいった。




                   *




 ギンギンに冴えた目で迎えた翌朝、俺達は重い門を抜けて町に入る。


 ひとまずは旅の疲れをいやすために宿を兼用する孤児院にチェックイン(?)し、絇鎖理くさりの武器を受け取るのと戦勝祈願を、後なんだかんだ行ってなかった初詣はつもうでも兼ねて俺達三人は神殿に向かった。


 前テレビで見た伊勢神宮と比べるとそこまでのものではないが、それでも家から最寄りの神社と比べるとたいそう立派な神殿だ。


 にらみ合う様に設置された狛犬こまいぬの様な氷像はなぜか雪のひとかけらも付かずに冷たい輝きを放ち、間を通り抜ける参拝者に〈ここからは神の領域だ、くれぐれも悪さをするなよ〉とでも言う様な視線を投げかけてくる。


「さっきの氷像達は、魔の物を見極めるために両側から通る物を見つめて、実際に結界の様な効果を持つのだそうよ」


 急こう配の階段を上りながら絇鎖理くさりが言う。


「猫又はセーフなんだね」


「どうやらその様ね」


「それは勿論、あの閻魔えんま大王様も地蔵菩薩じぞうぼさつ様と同一の存在だ。地獄の使いだからと言って吾輩は悪しきものではない」


 仲間にすることじゃないと思うし、心が痛むが、鎌を掛けさせてもらった。


 ……セーフと言う言葉は英語だ。


 昔の世界を題材としたこのゲームで、各地を旅するハンターたる紅白くれははともかく、そうでない絇鎖理くさりが英語を理解出来ると言うのは少々おかしい。


 やはり、俺と同じような異世界からの出身者なのだろうか。


 ……でも、そうなら何故俺にその事を言わない?


 俺は異世界出身者だと言う事を二人には言っているから、そのことを知られることによって彼女に不利益があるとは思えない。


 なら、記憶がほとんど消えた状態での転生?


 そもそも異世界の出身者ではない可能性も十分にある。


 考えすぎか……。


「あ、そうだわ。この会談の真ん中の石だけは踏んでは駄目よ。これは神様だけ通っていい様に色が違う石材を使っていて、そうじゃない者が踏んだらばちがあたるそうよ」


「やっぱり神殿とかって詳しい人がいると色んな事が知れて楽しさが違うよ。ありがとう」


「それは良かったわ。助けてもらったんだから、何か役に立てて」


「そんなに気にしないで。紅白くれはやあのお医者さんの方が頑張ってくれたから」


 ……こんな風に笑う子が、何かを隠しているとは思いたくないものだ。




                   *




 神殿の中も中々に綺麗だ。


 上を見上げると大理石や瑪瑙めのうに龍が彫り込まれていて、尻尾が丁度入口に、いろんな場所を胴体が通って頭が神殿の奥にある。


 実際の氷龍も非常に長いらしく、彫られている物など本物に比べると短い物なのだと​絇鎖理くさりが教えてくれた。


 どうやらこの辺りについては武器の制作を頼むだけあって結構詳しいらしい。




「コンニチハ、皆サン観光デスカ? 」




「ッ!? 」


 突然声を掛けられて驚いた。


 横で飛びのく音が聞こえる。


 二人も全く気付かなかった様だ。


「ア、スミマセン。驚カセテシマイマシタネ」


 声を掛けてきた存在は、一目でこの神殿の関係者でないと分かる姿をしている。


 そもそも宗教が違うのだ。


 顔立ちからすると女性……だと思うが、シスターさんの着ているアレではない、神父さんの物を着ている。




 なぜ性別の断定に至らないかと言うと……、一つのひとみの中に眼球が二つある事、そして染めたとは思えない程自然なピンクの毛色だ。


 話し方も片言と言うよりかは人間でない生物に無理やり人語を話させた様な違和感がある。


 目鼻立ちは整っていて、テレビでも見たことが無いくらい可愛らしい様に見えるが……、それが気味の悪さを助長する。


 人間とは明らかに違う存在が、人間の様に振舞っている。


 ……人間でない生物に、そもそもの姿ではないだろうものの性別なぞ分からないと言うのが性別を断定できない理由だ。


 そして極めつけには首筋に空いた二つの穴、口を開くたびに口元に見える牙。




「……いえ、この辺りでもうすぐ戦争があるので、そのためです」


「戦争! ソレハソレハ、危険ハ良クアリマセン……。僕ハココニハ来タバカリナノデ良ク知リマセンデシタ。テン様は参加ナサラナイデ下サイネ。ア、呼ビ止メテスミマセン、モウ行キマス」


 作ったかのように(いや、実際そうなのだろうが)表情豊かにそう言って、彼女は俺達の横を通り過ぎて行く。


 神殿を出たところで、


「足跡ガ無イ、ココヲ通ルベキナノニ」


 と言い、そのまま階段の中央の少し横を通って降りて行った。




 その姿が消えるまで見送った後、絇鎖理くさりが尻もちをついた音で空気が解けた。


「あ、あれ、何なのよ……。あの……うあ……」


 その怯えようは神殿に来る前にトイレを済ませて置かなかったら確実に失禁していたと言える程のものだ。


 全身が震え、目の焦点もはっきりとしない。


 しばらく彼女の歯の音が神殿内をむなしく響き渡る。


「何故、あんな……、吾輩に……、奴を……? 無理だ……絶対に……。」


 普段、冷静な方な紅白くれはですらかなりうろたえている。


 俺には感じ取れなかった異常さやオーラの様な物を感じてしまったのかもしてない。


 このままここで怯えていても風邪を引いてしまう。


「……とりあえず、武器だけでも取りに行こう」


 どうにか声は出たが、少し裏返ってかすれてしまった。




                    *




 神殿の人から絇鎖理くさりの武器を受け取り、その日はそのまま眠りにつき、翌朝。


 絇鎖理くさり紅白くれはが空き地で戦闘練習をしている。


 俺はまだ動くには早いと見学だ。


 そう言えばだが、絇鎖理くさりは大分高いステータスだった。




⎾ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⏋

姫廻ひめぐり 絇鎖理くさり巫女みこ) Lv167             |

|体:0                         |

|魔:601                        |

|力:532                        |

|守:176                        |

|速:581                        |

|                           |

|スキル:八岐顎ヤマタノアギト                    |

|                           |

|装備品                        |

|武器 無し                      |

|防具 無し                     |

⎿__________________________⏌




 紅白くれはがLv124だから、レベルだけで言うと俺たちの中で最強となる。


 ニタニタ動画を思い出すと、確かこのかっけー名前のスキルはむち系の武器の精度や威力を上げるものだったか。


 彼女の今の装備を見ると、それをフル活用したように見える。


 全身に奴隷の枷の様な金具を付け、そこから細い鎖が伸びる。


 その先端にはの様に二つでセットになった鎌が付いている。


 はさみ鎌は合計で八つあり、風の魔術とスキルを併用へいようして一つ一つを操って戦う。


 レベルはともかく、紅白くれはは戦い方が上手く、風に掻き消されない様に上手く蜃気楼や炎色反応の幻影で攻撃をかわし、近距離から炎をまとった拳で攻撃する。


 俺がコーヒーを一口飲む時間で攻防が二転三転。


 一応今の俺はLv25になったが、まだまだ彼女等の戦いには付いてけない。


 最終戦では良く勝てたものだ。


 少し戦いから目をそらして、そびえ立つ白い巨峰に目をやる。


 紙を切って貼った様に一面白しかないそれの横の山に違う色がさした。


 竜あたりが飛んでいるのだろうか、恐ろしい妖物達だが、今はオークの引きいる軍勢から俺達を守ってくれる頼れる仲間だ。


 温かかったコーヒーももう冷めた、凍らないうちに一気に飲み干す。


 ……違う、あれは……。


「二人とも、あれって……」




                   *




「……お前達が、この戦いに参加させられたという哀れな者達か……」


 オーク王、城程もある体格を持つ、剛毛とうろこに覆われた化け物。


 飛角がまだいない状態で……。


 まだ戦争開始の日ではないはずだ。


「……私は弱い者に興味は無い……。……この私に傷を付けられぬであろう、貴様等は引け、命は取らぬ……」




「俺が行く。片腕落としてやる」


 ここは俺が行くべきだろう。


 二次元の刃を持ってすれば、装甲は意味を失くす。


 上手い事行けば、降伏させることも出来るかもしれない。




                  *




「ステータスオープンッ!!!! 」


 全身に回転をかけ、片手の平全面でウィンドウをスワイプ、全身の体重と全速力を掛けた二次元の刃を振るう。


 ……一瞬後、ウィンドウから手が滑り、転倒する。


 こける途中でウィンドウが見えた。




 オークの鱗に傷一つ与えずに、停止した状態で。




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次回、『神話』

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