第1話-7-

「ちょっと狙いが逸れただけ。不幸な事故だわ」


 白銀の少女は悪びれもせず切り返した。


 これには、アラセも言葉に詰まる。


 引きつった頬が、彼の憤りと当惑に満ちた内心を表していた。


「ヤロウ……!」


「あなた、目障りよ。そこをどいて。あいつは私が倒す」


「それはこっちのセリフだ! お前は民間人でも助けに行ってろ」


「あなたに任す。これ以上、被害を広げるわけにはいかない」


「抜かすな! 俺が追い詰めてやったってのに――」


「言い争っている場合でないぞ、二人とも」


 吾輩が口を挟むと少女の双眸が僅かに見開かれる。


「――誰?」


 残念ながら、いぶかしげに首を巡らす彼女へ長々と自己紹介をしている暇はない。


 実際のところ、吾輩は彼女のすぐ目の前にいるのだが、まあ、現状どうでもいいことだ。


 吾輩の関心は、地上の〈シング〉へ釘付けになっていた。


 度重なる負傷に息も絶え絶えといった有り様だが、吾輩は奴の体表から立ち上る薄黒いもやを視認している。


 死の間際、〈瘴気〉を多量に発する〈シング〉がいないわけではない。


 が、そういった荒技に走る〈シング〉は小柄で、戦闘力の低い個体に限られている。


 もしもこの芋虫がそれに準ずる何らかの秘技を隠し持っているとすれば、迅速な行動が求めれる。


 つまり、いち早く撤退することだ。


 遅まきながらアラセも少女も敵の異変に感づいたか、二人揃って身構えた。


〈シング〉の一挙手一投足に反応できるよう、全身の筋肉が収縮していく。


 ……だが、我々の予想は大きく外された。


 色味を濃くしていた〈瘴気〉だが、出し抜けにその流出がぴたりと停止したのだ。


 それと同時に〈シング〉の長い身体は倒れ伏し、赤子が丸くなって眠るように動かなくなる。


 傷口から滴り落ちていた鮮血が見る見るうちに硬質化して、芋虫の身体を黒光りさせていった。


 あれほどの混迷を巻き起こしていた〈シング〉は、たった数秒で自分勝手に活動を停止させてしまった。


「なんだってんだ……?」


 アラセは目を眇め、敵の様子を凝視している。


 けれども、すぐに硬い表情を取り戻し、


「やっぱり、わけ分かんねーな、連中は。とっとと、斬り飛ばしてやるぜ」


「待て、アラセ。うかつに近づくな。吾輩のデータを参照しても、あんな行動に出る〈シング〉はいない。異常事態といって差しつかえない」


 追撃に打って出ようとする相棒を、吾輩は制止した。


 アラセは鼻を鳴らし、


「さっきから、十分異常事態だよ。このチャンスを逃すつもりか?」


「致し方あるまい。接近するのは悪手だ。返り討ちにあう可能性がある」


「じゃあ、どうするってんだ? このまま、おめおめ引き下がんのか」


「遠距離から攻撃するならばまだ安全性は保たれる。しかし、お前ではな……」


 吾輩は、アラセの単純明快すぎる装備に嘆息する。


 彼は馬鹿にされたとでも感じたか、ムッと眉根を寄せ、


「この期におよんでイヤミは止めろ。げんなりするだろ」


「嫌みではない。事実だ」


 我輩の返答にアラセは何か詮無いことでもほざこうとでもしたのか、口を開きかける。


 それより早かったのは、白銀の美声だ。


「私がここから決める。それなら問題はないはずよ」

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