纏い切るヴァリアブル・フレーム
新井雀吉
第1話 -1-
まったくこの世はままならん。吾輩は嘆息した。
例えば、こやつ――我が相棒、向井アラセのことについてだ。
こいつという奴は、どうしていつもいつも行き当たりばったりな行動をしでかしてしまうのだろうか。
猫の額程度でも分別ある思考回路が頭に組み込まれていれば、吾輩の気苦労はぐんと減って済むというのに。
今も。
アラセはおよそ分別とはもっとも遠い所にある、乱暴で雄々しい、本能的かつ直情的な行動に勤しんでいた。
すなわち、闘争である。
――屹立するビル群の谷間を轟音と熱波が駆け抜けていく。
スラスターが生む雄叫びと排熱は、朝陽の中で陽炎となって吾輩の視界を揺らめかせていた。
「日差しがきつ過ぎる! 何とかしろ! おい、聞いてんのか、リオン!」
鋭い呼気と共に吾輩の名を怒鳴るアラセ。
彼は、右に左に――時には上下に――次々と摩天楼を避けながら、凄まじい速度で空を飛翔していた。
その軌跡を赤白いスラスター光が鮮やかに彩る。
「吾輩の機能に遮光はない。眩しいなら、バイザーでも付けろ。もしくはさっさと地上に戻るんだな」
「冷てえ言い様だな! この状況で降りられるわけないだろ!」
吾輩は内心で肩をすくめた。まあ、アラセの言う通りだ。今は、降りられるわけがない。
この状況――アラセのほんの数十メートル後ろから、異形の怪物が息せき切って迫り来る今の様相では。
手足も頭も顔も無く、うねうねと捩れる太く長い身体。
その背には、無数の小さな翼が機械の如き正確さではばたいている。
芋虫に天使の羽を取っ付けたとしか言いようのない姿形をしたそれは、およそこの地球上のどんな生物とも合致しない。
むろん、異常なのは、醜悪極まる風貌だけではない。
大きさだ。吾輩の卓越した視覚機能は、その体高が六メートルを超えることに気づいている。
常軌を逸した化け物。
どこに出自を持ち、どこで育まれ、どこを拠点にしているのか、多くの謎を抱えた相容れぬ存在。
人類は、この生命体に〈シング〉という総称を与えた。
〈シング〉は現在のところ四〇種以上が確認されている。
が、吾輩のデータベースに照らし合わせても、背後の芋虫を示す名称は認められない。
それはつまり、新種が発見されたという事実に他ならなかった。
それを喜ぶべきかどうかは、人それぞれだろう。
もっとも、大半の人間は、嫌悪するはずだが。
なにせ〈シング〉はそのほとんどが人類に対して攻撃的で、なおかつ人体など易々と粉砕するほどの身体能力を秘めているのだから。
だが、人々が〈シング〉を憎むのは、なにも巨悪な怪物だから、という理由だけではない。
奴らを憎悪する最たる所以。それは、〈シング〉の体表から振りまかれる黒い気体だ。
〈瘴気〉――そう呼ばれている。
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