第1話-6-

「おい、お前! そんなところでぼさっとしてないで、俺に手を貸せ!」


 驚きから立ち直ったアラセは、馴れ馴れしい口調で要求した。


 美少女はちらりと冷ややかな目つきで相棒を見下ろす。


 なにやら軽蔑の眼差しである。


「そんなところで何をしているの。変態男」


 刺々しいのは視線だけではない。


 吐き出す言葉も、鋭い怒気にまみれていた。


 アラセは、どことなく引け目を感じさせる口ぶりで、


「見りゃ分かるだろ。人命救助だよ」


「…………」


 口をつぐんだ少女は、相棒の発言にまったく反応しなかった。


 実験動物でもじっと観察するように、藍色の瞳を注いでいる。


 彼女の眼が釘付けになっているのは、やはり常識はずれの紅い〈ヴァリアブル・フレーム〉だ。


 信じられないものでも目の当たりにしているように、少女の双眸は揺れ動いていた。


「男なのに――〈ヴァリアブル・フレーム〉……?」


 独りごち、それから少女は鎌首をもたげ始めた様々な疑惑を一旦頭の隅に追いやる。


 白銀の身体がふわりと静かに浮かび上がり、目前の問題を解消しようと行動を開始した。


「あ、おい、待て! こいつを持ち上げるの、手伝ってくんねーのかよ!」


 こちらを一顧だにせず通り過ぎた少女。


 アラセは戸惑いの滲んだ声で訴える。


「同じ〈ヴァリアブル・フレーム〉使いなんだから、助けてくれ!」


「――自分でなんとかすればいいじゃない、痴漢」


 けんもほろろに言い放ち、少女は一対のスラスターへ火を灯した。


 あっさりとアラセを見捨て、傷だらけの〈シング〉に向ってその身を撃ち出していく。


「嫌われたものだな」


 吾輩の冷静な分析にアラセは口の端を歪ませた。


「あそこまでキレるなんて、どうかしてるぜ。痴漢だの、変態だの、言い過ぎだろ。ちょっと手が胸に当っただけじゃねえか。事故だよ、事故。不孝な事故」


 少女の露骨な嫌悪には真っ当すぎる理由がある。


 かいつまんで言えば、アラセは〈シング〉と遭遇する直前、電車内で彼女に対し痴漢行為を働いてしまったのだ。


 相棒のあるかなきかの尊厳に誓って弁明させてもらえば、もちろん、わざとではない。


 わざとではないが――


「年頃の少女の胸をわし掴んでおいて、ちょっとというのはいただけないな」


「…………」


 ぴしゃり、と吾輩が諫めると、アラセはむっつり黙り込んだ。


 吾輩は溜息を挟み、


「自分でも悪かったと思ってるなら、さっさと加勢に向かったらどうなんだ?」


「分かってるよ! うるさい奴だな。こちとら、重労働なんだよ」


 ようやく車両を鉄橋に上げ戻したアラセは、眼下で繰り広げられる少女と〈シング〉の攻防へ目を移す。


 少女の機動は華麗にして洗練されたものだった。


 戦線での落ち着いた物腰といい、〈シング〉に対して物怖じしない胆力といい、まず手練れと見て間違いないだろう。


 が、やはり街中で銃火器の乱用ははばかれるのか、思うように手出しできないようだ。


 さらに、暴れ回って〈瘴気〉を垂れ流す〈シング〉は、すでに瀕死の態だが、だからこそその抵抗は苛烈なものだった。


 たった今も、跳ね飛ばされたワンボックスカーが無人のカフェテリアに突っこみ爆炎を上げたところだ。


 叩き潰された街路は無惨にも割れ、大きく隆起している。


 長期戦になればなるほど、街への被害は甚大になるばかりだ。


「せっかくお膳立てしてやったってのに、何をまごついてやがる。とっとと決めちまえよ」


「武装の威力が大きすぎておいそれと使えんのだ。お前のような弱小フレームと一緒にしてやるな」


 白銀の〈ヴァリアブル・フレーム〉には、遠目からでも多種多彩な武器が搭載されていることが分かる。


 その全てを一度に活用したならば、〈シング〉の図体を粉微塵にすることもあるいは簡単かもしれない。


 代償として街の一部が焦土と化すだろうが。


 かたや、アラセの紅きフレームが形作る武器は、左腕から伸びる大剣一振りのみ。


「弱小って言うな! これしかねえんだから、しょうがねえだろ」


 言うが早いか、相棒は戦線に戻るため、弾けるように疾駆した。


 紅い軌跡は白銀の傍らを駆け抜け、一直線に〈シング〉の元へ到達する。


 頭の先から尾の端まで、切傷と銃創にあふれた敵に、もはや遅れを取ることなどない。


 苦も無く懐にもぐり込んだアラセは、必殺の大剣を振りかぶり――


「――ぬおっ!?」


 しかし、そのままの体勢で芋虫の胴体へ顔面から突っ込んでしまう。


 なんらかの強い衝撃によって身体を突き飛ばされたかのように。


 なにを遊んでいるのか、この愚か者は。


 ……とは、思うが、その原因を吾輩はすでに察知していた。


 轟く一発の銃声が、またも相棒の鼓膜を震わしている。


 少女の銃が響かせたものだ。


 弾丸は、〈シング〉の重体を撃ち抜かず、かわりに相棒の剣を狙撃していた。


 アラセは、銃撃の勢いに体勢を崩されてしまったのだ。


「マジかよ……っ!」


 歯噛みするアラセは、さすがに狼狽の色を隠せない。


 狙い所があと数ミリ違っていれば、爆砕されていたのは相棒の身体なのだから。


 アラセは、その場でくるりと前転すると、〈シング〉の巨体を蹴りつけ、水泳選手のような挙動で間合いを取った。


 素早い動きで少女の足元まで引き返し、


「おい、コラ、てンめえ! 何しやがる! オレを殺す気か!」


 憤激をそのまま言葉にして吐き出した。


 吊り上がるまなじりと裏返る声には、剣呑なものが多分に含まれている。


 今にも大剣が突き出されそうだ。

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