第1話-5-

 のっそりと起き上がった〈シング〉は、瓦礫がれきと粉塵を散らしつつ、苦境に陥ったアラセを振り返った。


 一方、アラセは肩越しに〈シング〉の先端部分へ注目する。


 粘り気のある体液を引いて、そこが四つに割れたのだ。


 花の咲くようにめくれ上がり、すり鉢状に並んだ乱杭歯が陽ざしの下に晒される。


 それがどんな風に使われるのか、わざわざアラセに伝えてやる必要はあるまい。


「こいつ、さっき斬りまくってやったから、その意趣返しのつもりか!」


「恨みなどという概念が〈シング〉にあるかどうか、はなはだ謎だがな」


 アラセの言葉にそう切り返した吾輩は、どう事態を転がすか思案する。


 相棒の性格上、電車の人間を犠牲にして自分だけ助かろうとはしないだろう。


 しかし、だからといって〈シング〉の攻撃は絶対に無視できない。


 情を捨て去り、最も安易で安全確実な方法を取りたいのが吾輩の本音だが、まあ、仕方がない。


 ここは、吾輩が一肌脱ぐとしよう。


 アラセの嫌がることをするのは心苦しいが、追い詰められているこの状況で文句は言わせない。


 それに、こいつを補佐すること――それこそ、相棒である吾輩の使命でもあるのだ。


 すでに〈シング〉は攻撃態勢へ移行していた。


 アラセを噛み砕くため、乱れた歯列が凄まじい勢いで迫り来る。


 相棒の瞳に〈シング〉が大きく映り込んだ。


「ヤバ――」


 吾輩はアラセの身の内に宿る安全装置を除去しようとして――


「――――!」


 急激に膨れ上がった清らかな気配にハッとする。


 気づけば、電車の上に人影が佇んでいた。


 ――刹那、周囲を席巻したのは強烈な発砲音だ。


 耳を弄する大音響は、その人物が発したものである。


 銃口から飛び出した徹甲弾が〈シング〉の口腔内へ埋没したかと思えば、体内をメチャクチャに食い荒らしながら、胴の半ばから外へと貫通した。


 芋虫の先端は脆くも砕け、地鳴りを上げつつ〈シング〉がよろよろと後退していく。


「おまえは……」


 己の窮地を間一髪のところで救った人影に、アラセは驚きの視線を向けた。


 彼の瞳には、人物に対する既知の光がまたたいている。


 むろん、吾輩も彼女のことを知っている。


 知っているも何も、今朝知り合ったばかりだ。


 アラセの頭上から〈シング〉を狙撃したのは、一人の可憐な少女なのである。


 麗しい明眸、均整のとれた肢体、艶然と風に舞う黒髪――誰がどう見ても、掛け値なしの美少女だ。


 けれども、彼女が我々の目を引いた理由は、そんな些末なものではない。


 美少女の全身を覆う白銀の装甲――それは、紛れもない〈ヴァリアブル・フレーム〉の光輝だった。


 その両腕には、見事〈シング〉を突っぱね返した銃器が抱えられている。


 大砲もかくやと言わんばかりの、巨大で武骨な一丁だ。

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