第1話-8-

 吾輩たちの会話を側で耳にしていた少女は、まっとうな提案をする。


 白状すれば、吾輩もそれが最良の案だと思っていた。


 頼もしいことに、彼女はすでに愛銃へ装填を済ませているようだ。


 それを良しとしないワガママ野郎がいなければ、もっと事は円滑に運ぶのだが。


「問題だらけだ。あいつを倒すのは俺だ」


 駄々をこねるアラセに、少女は不快げな視線を向け、押し黙る。


 こんな時に、個人的な感情を優先するのが相棒の悪いところである。


 手柄を取られるとでも思っているのだろうか、こいつは。


 吾輩は内心から湧き出てくる苛立ちを綺麗に折りたたんで、


「どうしてもお前がその手で奴を仕留めたいというなら、吾輩を使うしかないぞ」


 切り札を切る。


 思惑通り、アラセははっきりと渋い顔をした。


 こいつのこういう顔を見ると、吾輩の気分もいくらか晴れやかになる。


「…………」


 しばしの逡巡の後、アラセはちらりと少女を横目にする。


 吾輩の力は借りたくないが、かといって少女に任せるのもプライドが許さないのだろう。


 なんと安いプライドか。


 相棒が思い悩む間、少女は銃にマウントされた大振りなスコープへ目を寄せている。


 彼女がアラセの判断を待つ筋合いはないのだから、ある意味当然の振舞いだ。


「しょうがねえな」


 やがて、ポツリと呟くアラセ。


 彼は持ち上がった銃身を手で抑え、少女の身体を押しやった。


「お前、ちょっと下がってろ。……リオン!」


「いったいなにを……」


 抗議の声を上げようとした少女だが、その言葉は喉の奥へとかき消えた。


 アラセの全身に絡みつくおびただしい蒸気を目の当たりにしたためだ。


 今、相棒の肉体では急激な体温の上昇が始まっている。


 発散される大量の汗が、流れ出すそばから凄まじい勢いで蒸発しているのだ。


 太く浮き上がった血管は尋常ならぬ熱い血潮の影響でビクビクと脈拍し、心肺機能の増強を物語っている。


 次いで、相棒の異変に応えるように、〈ヴァリアブル・フレーム〉がうごめき出した。


 紅い装甲はアラセの熱を受け止めたように、ドロドロと融け出す。


「……あなた――なんなの?」


 少女は唖然とした表情で後ずさった。


 アラセは、自信に満ちた猛々しい面ざしで、


「お前と同じ、〈ヴァリアブル・フレーム〉だよ」


 ――次の瞬間である。


 アラセの首筋に、何かが突き刺さった。


 それは、銃弾のようにも見えたが、もっと小さい。


 よくよく見れば注射器に似た構造を持つ針だった。


 その一撃が、いかなる作用を及ぼしたのか吾輩には分らない。


 だが、相棒の身体は一度大きく痙攣し、すぐにぐったりと動かなくなる。


 気を失ったのだ。


 使い手の意志から解放された〈ヴァリアブル・フレーム〉が、瞬く間に光の粒子となって空へ消失し、相棒は意識もないまま重力の虜となった。


 反射的に少女の手がアラセの腕を掴む。


 そうでなければ落下死という最悪の事態に陥っていただろう。


 しかしながら、安心はできなかった。


 吾輩たちの前に、色とりどりの装甲を纏った一団が姿を現したからだ。


 その全てが女性で構成されている。


 彼女たちはビルの影や上空からこちらを油断のない目で窺っていた。


 ――〈ヴァリアブル・フレーム〉の小隊とは大げさな。


 不甲斐ない相棒の胸元で、吾輩は吐息をついた。


 これだから、吾輩の気苦労は減らないのである。

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