第2話-2-


「知らないだなんて、このご時世あり得ないでしょ。仮にそれが本当なら、あなた非常識よ」


 きっぱり断言され、アラセは憮然と押し黙る。


 なにか言い返そうとしているらしいが、舌戦ではこいつに勝ち目はあるまい。


 そもそも、悪いのは相棒の方だ。


 吾輩は鼻を鳴らして、


「してやられたな、アラセ」


「うるさい、黙ってろ」


 アラセは不快感を隠そうともしなかった。


 しかし、吾輩の揶揄に反応したのは、彼だけではない。


「また、この声……あなたなの?」


 カナエが、眉をひそめてアラセをねめつけている。


 どこからともなく声が聞こえれば、大抵の人間は不審がるだろう。


 その出所が、眼前の憎き男にあるのだから、厳しい眼光になるのも致し方ない。


 まずは、その疑惑を払拭してやることが先決だ。


 吾輩は、一つ咳払いをもらし、落ち着いた口調で、


「君の当惑は分っているつもりだ。吾輩は、すぐ君の前にいる。こいつの――アラセのネックレスが吾輩だ。名をリオンという。どうぞ、よろしく」


 丁重に語りかけた。


「……なんなの」


 その返答がこれなのだから、堪らない。


 まあ、突然首飾りに喋りかけられて平静でいろというのも無理な話か。


 そんな奇特な人間はアラセぐらいである。


「吾輩の詳細を知りたいなら、そこのミナに尋ねればいい。吾輩を開発したのは、彼女だ」


 戸惑うカナエにそう助け船を出すと、ミナは口角を持ち上げつつ、


「リオンの言う通りさ。ボクが創り、アラセに与えた。〈ヴァリアブル・ダイヤ〉に人工人格プログラム付き発声器を組み込んだものだよ。ま、アラセの保護者ってところかな」


「保護者……変態の相棒?」


「その通りだ。人間にしてはなかなかの明察だな」


「――変態じゃねえから!」


「相棒なら、その性犯罪者をしっかりコントロールしておくべきね。とりあえず、手足を切り落とすところから始めなさい」


「まったくその通りだ。相棒として、こいつの非道は詫びよう。済まなかったな」


「シカトこいてんじゃねえ!」


 怒鳴り散らすアラセ。


 応じるつもりのないカナエは、我々を胡乱な眼差しで観察していた。


 吾輩は、相棒に好きに騒がせながら、


「して、改めて君の名を伺ってもいいかな? ……ちなみにこの男は向井アラセという。まあ、どこにでもいる、さして特徴のないチャランポランだ」


 そう言うと、アラセは苛立たしげに吾輩を握り締める。


 円柱状のクリスタルが吾輩の姿であり、〈ヴァリアブル・ダイヤ〉そのものだが、人間の握力で沈黙するほどヤワではない。


「…………」


 カナエはだんまりを決め込んでいた。


 挨拶には挨拶で応えるのが礼儀だが、第一印象はお互いよろしくない。


 しかめっつらの美貌に張りつめているのは根深い不信感だけだ。


 吾輩は諦めの嘆息をこぼそうとしたが、傍らから勝手に口出ししたのはミナだった。


「彼女は不動寺カナエ。我らが学園城の二年生で、最高の〈ヴァリアブル・フレーム〉使いさ。趣味は料理作り。好きなものは猫。苦手なものは辛いものと幽霊。身長は一六〇。上から八四、六〇、八五の素晴らしきモデル体型で――」


「ミナ、殺すわよ」


 ペラペラと個人情報を漏出させる幼女に、カナエは激しく燃え上がる視線で威圧した。


 ミナは肩をすくめ、楽しそうにニタニタと目尻を下げている。

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