第2話-4-

 アラセはニッと笑い、両手足に力を込める。


 全身の筋肉を強ばらせ、瞬く間に近づく地面を抱き留めるように腕が広がった。


 その瞬間、吾輩の意識を通して彼の身体に形容しがたい暖かい力が注ぎ込まれる。


 それを言葉にするならば、神気とでも表すしかない。


〈ヴァリアブル・ダイヤ〉が、アラセの精神に呼応して真価を発揮しようとしているのだ。


 時を置かず、相棒の全身からうっすらと紅い輝きが放たれる。


 ――具現は唐突だった。


 軽やかだった紅の光が像を結び、堅く、重く、しかしながらしなやかな輪郭を形成していく。


 金属的な輝きを有する装甲が各所を覆い、あるいは突き出し、アラセの肉体に常人を超えた身体能力が付与された。


 背中より突き出た三本の鉤爪――その先端が熱く灯り、次の瞬間、アラセは弾けるように宙を舞う。


 彼の辿る軌跡は紅き曳光えいこうとして吾輩の目に映った。


〈ヴァリアブル・フレーム〉を装着したアラセが一直線にグラウンドへ到達すると、大地からは驚愕の大音声だいおんじょうが沸き上がる。


「ねえ、あれ誰!?」


「危ない!」


「避けてっ!」


 口々に奔騰ほんとうする疑惑と危惧の声。


 彼女たちの叫声を浴びつつ、アラセは急旋回する件の女生徒へ肉薄した。


 その左腕には、鋭利な大剣が切っ先をギラつかせている。


 相棒の接近に気づいた哀れな女生徒は、何か悲鳴を言い放った後、目を瞑って縮こまる。


 迫り来る衝突の痛みに怖れをなしたようだ。


 もっとも、それは杞憂というものだが。


 アラセの紅い身体が女生徒を受け止めた刹那、目にも止まらぬ速さで剣はひるがえった。


 後方へ跳ね飛んでいったのは、女生徒の背に形成されていた〈ヴァリアブル・フレーム〉――その推進器のみだ。


 鮮やかな切断面を残すそれは二、三度火を噴いたあと、塵よりも細かい粒子となって消滅する。


〈ヴァリアブル・フレーム〉の強制除去は使い手の意識を喪失させるか、装甲そのものを使い手から切り離すか、どちらかしかない。


 アラセは後者を選んだようだ。


「おい、大丈夫か、お前?」


 高速で飛び回る少女の身体を傷付けず、目標物だけ両断する――という荒技の結果を確かめもしないで、アラセは腕の中の女生徒に目をやった。


 抱き留められた少女は、半開いた口から呼気を漏らすものの答える気配はない。


 ハッと見上げた琥珀色の瞳に、アラセの横顔を凝然と納めるのみだ。


「やたらめったら火を噴かすんじゃねえよ。空中でジャンプするみたいに、ちょっとずつ出せばいいんだ。そういう風に意識してやれば、ちゃんと飛べる。――聞いてんのか?」


 平然とした口ぶりで〈ヴァリアブル・フレーム〉の使用法を教授するアラセだが、胸に抱いた少女の無反応さに少しばかり訝しげな目元になる。


 混乱する少女の心中をおもんぱかれば、絶句するのは当たり前だが、相棒にはそこまで気が回らないらしい。


 加えて、もう一つの驚きが、女生徒を唖然とさせていた。


 アラセは緩やかな機動でグラウンドの中央に降り立つと、少女の柔らかい身体を芝生に預ける。


 用済みの紅い装甲は霧となって消失し、そこで初めて、宝石のような瞳の少女は、


「あ、の――」


「男の〈ヴァリアブル・フレーム〉!」


 口を開こうとしたのだが、それは甲高い歓声に阻まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る