第2話-5-

 口を開こうとしたのだが、それは甲高い歓声に阻まれた。


 雪崩を打って相棒を取り囲んだのは、鼻孔をくすぐる甘い香りだ。


 少女の救出劇を固唾を飲んで見守っていた女生徒たちが、息巻いて駆け寄ってきたのである。


「あなたミナ先生の言ってた人でしょ! 男なのに、どうやってフレームを使ってるの?」


「そんなことより、ギューンって飛んで、ザシュッて斬った! あれ、見た? すごい!」


「君はどこから来た人? 男の子って学園城にいたっけ?」


 矢継ぎ早に繰り出される疑問の数々。


 アラセは目をパチパチさせて閉口する。


 悪い意味で場を騒然とさせることの多い相棒だが、こんな風に賞賛まじりの質問を受けるのは珍しい。


 しかも、周りにいるのが全て少女となれば、助平なアラセにとってはむしろ苦手な状況だろう。


 まあ、内心デレデレとしているのは自明のことであるが。


「おい男、動くなっ!」


 ――そこに突き刺さったのは、剣呑けんのんな声色だった。


 恫喝の響きさえ感じさせる一声に、たちまち女生徒たちは静まり返り、アラセは背後を振り返る。


 何よりもまず彼が最初に目にしたのは、自分を照準する〈ヴァリアブル・フレーム〉の砲口だった。


 黒光りする歪な大穴が、アラセへの敵愾心てきがいしんをありありと漲らせている。


「……お前が、近衛の言っていた奴か」


 腰だめに保持した銃器を微動だにさせず、彼女は呟いた。


 えらの張った、少しばかり顔の大きい女だ。


 歳の頃は分らないが、少なくとも成人に達しているだろう。


 アラセにも、もちろん吾輩にも見覚えのある顔ではない。


 にも関わらず、目前の女は険悪としか受け止められない面差しで、相棒をねめつけていた。


「聞いていたよりも弱そうだな。まあ、男の〈ヴァリアブル・フレーム〉だから、当然か」


 こちらの素性をどこまで把握しているのかは判然としないが、妙に挑発的な物言いをする人物である。


 アラセは眉根を寄せ、


「何モンだ、お前は?」


「礼儀も、言葉遣いもなってない。教養のない男ね」


 質問にわざと答えず、女はやれやれと肩をすくめた。


 小馬鹿にしたように口角を上げ、おまけにこれ見よがしな溜息。


 すると、アラセの全身に危険な力が集約する。


 理由も分らず邪険にされれば、老若男女の区別なく噛みつくのがアラセの性格的傾向だ。


 かつ、相手は〈ヴァリアブル・フレーム〉で武装している。


 対抗するためには、こちらもフレームを纏うしかない。


 アラセが遅れを取るとは吾輩には思えないから、暴力沙汰になれば怪我をするのは女の方だ。


 最悪、怪我だけでは済まないかもしれない。


 膨れあがっていく険悪な雰囲気。


 それを割った仲裁の声は、幼い。


「お待ちよ、アラセ。彼女は品田ルリア。我が学園城の研究者だよ。教師と、それから警備統括者も兼任してもらってる、優秀な人材だから殴りつけるのは勘弁してあげてほしいなぁ。気持ちは分からんでもないがね」


 お得意の弁舌を振りまくミナは、傍らにカナエを伴って現れた。


 カナエの気品溢れる藍色の眼に、品田ルリアという女は不気味なものとして映っている――吾輩には、そう思えた。


「〈ヴァリアブル・フレーム〉まで持ち出して、いったい全体、なんなんだい? 品田君、説明を頼むよ」

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