第3話 天は人の上に人を造る

 冥帝は、能力者でありながら能力者を恨んでいる。なにか矛盾していますね。

 ですが、その憎しみも力になっていると考えると何とも言えないのですが。


 さて、最近冥帝について調べている子がいるらしいですね。

 なんでも彼のお友達だとか。楽しくなりそうですね♪


 でも━━今彼についてバレるわけにはいかない、一端物語を書くのをやめて、僕も町にいきますか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『AAC』波泊市支部資料室━━

 そこに、長い黒髪を纏めた整った顔立ちの女の子がいた。

 ━━第二区画副委員長 八色やいろ 香織かおりだった。

 光希こうきと話をしてから数日、冥帝の情報を集めていた。だが、成果は上がらない。


「冥帝が現れる町の資料室なのに......情報が無さすぎる......」


 集まった情報といえば━━

 冥帝は噂の存在となっているが、『AAC』から目撃情報が上がることから実在はしている。

 だが、『AAC』委員に遭遇した途端姿を消すため捜査は困難。

 以下は、目撃されたときの情報とそこから推測されるものである。


 冥帝はフードのついた黒い服を着ている。フードを被り顔は分からない。

 黒い羽を広げていたことから鳥類の獣人である。

 炎の壁によって防御していたことから、炎術師えんじゅつしである。

 獣化していないにも関わらず、人間ではあり得ない身体能力をしていたこと。これについては、能力の見当がついていない。


 以上の情報から、能力を複数持つ『多重能力者』と呼ばれる力を持つ可能性あり。


 以上の情報を集め、香織は思う━━少なすぎると。


(他の能力者はもっと身元とか、生い立ちとか、他の情報もあるのに......!)


 何故、冥帝の情報が少ないのか。いっそ自分で集めるか。

 見当のつかない能力があるらしいが、多重能力者であると分かっていれば問題ない━━

 ━━と、判断してしまう。実戦経験のない香織は、敵を過小評価してしまうのが悪手だとは気づかない。

 後ろから資料室の扉が開く音がする。入ってきたのは爽やかという言葉が似合う美丈夫の男、茨目いばらめ れん。第二区画委員長━━香織を推薦したという男だ。


「八色さん、そろそろ時間だ。見回りにいってもらうよ」


 そろそろ日が落ちる。『AAC』に入るとき親には言ったが、やはり夜まで活動となるのは心配をかけさせてしまう気がした。


「分かりました。それで今日は何処へ?」

「北の方の住宅街から農道近くまでだよ」


 ちょうどいい。冥帝が現れると言われている辺りだ。


「八色さん、1つ忠告」

「は、はい」


 冥帝の足がかりを掴めると思っていた香織は、廉の言葉に思考を戻らせる。


「冥帝、ヤツに会ったら他の人に報告して、


 ━━言っている意味が分からない。せっかく冥帝の情報が手に入るのに?


「分かりました」


 これも、人間の性か。納得していなくても同意してしまうのは。


「うん、頼んだよ」


 そう言われて香織は見回りに出る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 見回りを始め、1時間弱。

 春になったとはいえ、夜は肌寒い。ここらの地域だと日の当たらない場所では少し雪が残っているくらいだ。


「まだ、寒いねー。八色さん大丈夫?」

「結構寒いですね。先輩みたいに羽織るものでもあれば良かったですよ」


 そう言って、香織の心配をしてくれる彼女は、『AAC』の先輩だ。

 このまま何もなく見回りは終わりを迎える。


 ━━直前。


「..........!!!」


 遠くから聞こえる声。地面を抉る音。夜に似つかわしくない明るい場所。

 近づけばその正体はすぐに分かった。すでに息が上がり、立ち上がることすら困難な土術師どじゅつしの犯罪者と━━冥帝。


「八色さん、報告を......八色さん?」


 目的の人物がいる。手を出すな。そう言われた意味も分かる。何故なら、戦った痕と思われる場所。

 地面が深く抉れ、岩とも思える物。恐らくは攻撃に使われた物。しかし、それは真っ二つに。美しいまでの断面が残る。


 それが出来る人物はここに一人しか居ない。刀を手に土術師を抱える冥帝だけだ。


 どうやって身長以上の岩を切ったのか。恐らくは、見当のつかない能力とやらだろう。

 逃げるべき。そう思えたのは、香織にとって幸運なこと。しかし、判断に至るまでが遅かった。後ろから突風が吹く音と、


「八色さん!避けて!」


 そう言われ咄嗟に横へ跳んだ。ついさっきまで自分の居たところは、刃物で傷つけられたような痕が残る地面があった。

 そして、それをやってのけた人物━━


「あなたですよね、最近冥帝のことを調べている人というのは」


 風術師ふうじゅつしの青年。


「八色さん、とにかくここから逃げるよ!」

「逃がすと思ってるんですか?」


 明らかな殺意を向けられる。だが、冥帝に比べれば......と香織は相手を過小評価してしまう。いや、冥帝の岩を切ったというデタラメを見れば当然だったのかもしれない。

 香織は魔力を編んで氷の槍を作り出し、青年に向かって構える。だが、不敵に笑みを浮かべる青年。


「それで、どうにかなると思ってるんですか?」


 事実どうにか出来ると思っていた。


「先程のは威嚇でしたから。次は無いと思った方がいいですよ?」


 何がきても対応出来るよう集中する。


「そうですか、残念ですね。あなたの物語はここで終わります。彼の物語の障害になりそうな要因は減らしておきたいのですよ」


 対応出来ると踏んでいた香織。だが、青年は手を前に出したかと思うと魔力を編む様子すら無く、魔力の風を飛ばしてきた。

 間一髪、回避行動をとれたが、氷の槍が風の刃に当たる。


「ッ!?」


 氷の槍はその先端がスッパリ切られていた。

 決して壊れやすい訳ではない。『AAC』の実技試験では、相手の武器の一切を弾いた槍だ。それが呆気なく切られた。

 驚くのも束の間、直ぐに次の刃が目の前に迫る。体勢は立て直せない。先輩は魔力の炎を放つのを中断して、こっちを助けようとしているが、この距離は間に合わない。


 人は死が迫ると走馬灯を見るという。それは、つまり思考速度が瞬間的に上がるということ。そして今の香織もそうであった。


(冥帝をどうにかするって約束しておいて、私は......ッ!)


『気を付けてな』と言われた。冥帝を追う危険を、光希は私よりも理解していた。


(思い上がったのかな......)


 唐突に神が現れ、人が出来ること以上の力をもらい、自分は一体何をしていたのだろうかと。光希との約束を守れず、ここで自分は━━


「『百聞ひゃくぶん』、お前何してんだ?」


 冥帝がいた。目の前に迫っていた風の刃は霧散し、青年━━『百聞』と呼ばれた青年から盾になるような位置に冥帝はいた。


「いやですねぇ、あなたの障害となりうる物を減らしておこうと思いまして」

「必要ないな」


 目の前で会話を交わす二人。発言からして、仲間?そう思ったが、


「殺すことはないだろ」

「甘えてますね。何がどう転ぶか、誰にも分かりませんよ?」

「なら、それが悪い方とは限らないだろ」

「良い方とも限りませんよね」


 確実に殺意を増していく二人。そして、冥帝が抜刀。百聞はさっき一切しなかったことを━━時間をかけ、魔力を編み始めた。


「ここで1つ死んでおくか?」

「いいんですか?僕にのに」


 驚愕。目の前で見なかったにしろ、あの戦いの痕を見れば分かるほど、冥帝はデタラメだ。それが一度も勝ったことない?


『百聞』は格上だった。


「『物理改竄』はお前の能力通さないのを忘れたらしいな」

「それでもなお、経験の差で負けたことをお忘れですか?」


 このまま、周りに被害が出ること待ったなしの戦いが始まるかと思ったその時。


「止まれ!『AAC』委員、第二区画委員長だ!大人しく降伏しろ!」


 茨目 廉が警告をだし、先輩が逃げる合図を出した。恐らく先輩が連絡してくれたのだろうか。

 直ぐにこの場を離れようとするが━━


「冥帝、悪い方に転びましたね」

「これは、お前のせいだろ」


 互いに責任を押し付けあう。そしてこちらが動く前に、二人は逃げる体勢を整える。


「僕はお暇させて頂きます」

「ぜってー覚えとけ」

「返り討ちにしてあげますよ♪」


 逃げられる。そう思った香織は咄嗟に魔力の氷を冥帝に放ち、足止めをしようとする。

 だが冥帝の向こう側、百聞が置き土産とばかりに自分を飛翔させる魔力の風を冥帝に向ける。

 図らずして同時に異なる能力が冥帝を襲う。それを理解した香織はチャンスと思い動こうとして、固まった。


 刀で一凪ぎ、切っ先の描いた軌跡に沿って魔力の炎が広がる。それは、香織の放つ氷の塊を溶かし蒸発させた。

 その反対、『百聞』の放つ魔力の風をさっきと同様、何らかの力━━いや、どんな力か分かった能力で霧散させる。


 だが、それを同時にやってのけた冥帝。驚愕するのはそこだ。

 この世界、能力を同時に2つ以上は使えない。だが、冥帝はやってみせた。

 デタラメだ。だが、そんな冥帝が勝てない『百聞』はもっとデタラメに違いない。


 嵐がさった後の様な脱力感。雲一つない青空の様な虚無感。


 だが同時に、香織はを越えたいと思った。

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