第13話 第二区画委員長

『AAC』波泊市支部支部長室━━


 享二きょうじは一人、外を見ながら考え事をする。


(冥帝を消しておきたい輩がいるか......)


 光希こうき香織かおり、二人から報告を受け考える。水面下でこそこそと行動するような奴らの情報はなかなか入らない。

 それに、犯罪者を片っ端から裁き回る冥帝を消しておきたいヤツは、ごまんといる。自分に危害を加える可能性のある冥帝は、潰しておきたいという考えだろう。


 だが、同時に仲間に引き入れたいと、情報を集めようとするヤツもいる筈だ。

 情報に関してはここで止まるが、殺しに来るヤツはどうにもならない。今回こそ無事でいたものの、上の組織連中がとんでも強いヤツを刺客に差し向けたら......


(八色 香織がいたことで今回の件を切り抜けられた。だが、八色 香織も川口 光希も傷を負っていた......)


 冥帝━━光希が危ないのは今に始まったことではない。だが、香織は光希といることで危険に晒されている。

 彼女のことを思えばここで、退かせるべきだ。だが、今回よりも多い人数だ襲われた場合......


(俺は俺の正義を貫けぬまま、光希が、冥帝がいなくなる......)


 久しぶりに感じるモヤモヤしたもの。焦れったくて仕様がない。

 信じるしかない。空に浮かぶ三日月を見ながら、行く末を案じる。


ーーーーーーーー


「コウさん、おはよう」

「おはよう」


 登校してきて、弘人ひろとと話す。まだ、長袖を着ているため、傷がバレることは無い。

 こういう時何が大変って、水泳授業休まなきゃいけないんだよね。

 それの何が大変って、夏休みに補修として、昼に呼び出されるからな。課題が終わらなくなる。


 ......課題ねぇ。世間を恐怖させる冥帝も、昼間は課題に追われる学生。この差が何ともまぁ、お笑い草だよね。


(何度聞かれたかな......)


 なんで、冥帝になった?なんで、人を殺す?今からでも遅くない、普通の学生として過ごさないのか?

 はぁ、何にも知らなければ、どうとでも言えるよね。

 人の覚悟を知らない。知ったところで自分の主観を押し付け、さも当然であるように、自分の正義についてご高閲を垂れ流してくれるに違いない。


 冥帝は━━俺は俺なりの正義を真実とし、生きるだけだ。


 それにしても、昨日はひどい目にあった。香織を巻き込むことにもなった。向こうがこっちの情報をいくら持ってるか分からない以上下手な行動は出来ない。

 何者なのか、せめて青ローブを守れていれば......情報を掴めたかもしれない。だが、悔やんでも仕方ないことか。だが......


「光希!炭酸ジュース落っことしちまった!」

「............ペットボトルの横を軽く叩いとけ」


 智也ともやに思考をぶったぎられる。


「トモ、貸した漫画持ってきた?」

「え、何それ」

「メッセージ送ったよ?」


 弘人が優しい笑顔で智也を見る。心当たりがない智也は携帯のアプリを立ち上げ、メッセージを確認する。メッセージは送信され、既読も付いている。

 そして、言い訳ができなくなる。てへっ☆とでも言ってそうな顔をする智也。うん、弘人は凄いな。俺なら軽く殴ってるかもしれない。


「メモしておきな?」

「はい、スミマセン」


 今日も平和だなぁ、この男子高校生三人組は。


 ......いいことだ。


ーーーーーーーーーーー



『AAC』波泊市支部支部長室。

 享二はある男を呼び出す。


「失礼します」

「あぁ、入れ」


 爽やかな印象を抱かせる笑顔を携えてやって来たのは、第二区画委員長 茨目いばらめ れんだった。


 廉は整然とした佇まいのまま、呼び出された理由を待つ。


「茨目 廉。第二区画の見回りを強化してもらいたい」

「強化......ですか?」

「あぁ、そうだ」


 享二がここを離れるわけにはいかない。だが、情報が欲しい。

 仮に冥帝の行動を知っていて、襲いに来たのなら、それほどの強者か、規模のでかい組織だということ。

 そうでもなければ、記録上無敗の相手と衝突を避けず、一戦交えようなどと思わない筈だ。


 そこで、享二は1つの可能性が脳裏を過る。


『百聞』なる存在。自称冥帝にすら負けない男。あるいは、ヤツの擁する組織......

 何にせよ情報が欲しい。だから、取り敢えず第二区画を中心に諜報活動をしていきたい。


「新たな犯罪者集団と思われる存在が確認された。第二区画委員では、目撃したという情報のある、赤いローブを着た、隻腕の女について。見かけたら報告して欲しい。くれぐれも注意してくれ」

「分かりました」


 ......何故か廉は部屋を出ていこうとしない。


「話は終わりだ。下がっていいぞ」

「はい」


 ━━尚、廉は出ていかない。


「どうした?何か聞きたいことでもあるのか?」

「━━はい」


 享二━━支部長に聞きたいこと。一体何を聞くのか。だが、何を聞かれようと関係ない。支部長として、理路整然とした受け答えをするだけだ。


 廉の問を待つ。そして、


「支部長。支部長は『冥帝』についてどこまで知っていますか?」


 どこまで......か。一体何を知りたいか......それとも俺を相手に鎌掛けたつもりか?なら、浅い。ここで聞いたところで返ってくる答えなど決まっているだろう。


「どこまでも何も、この施設の資料室にある情報だけだ」

「では、冥帝の水魔術についてどうお思いで?」


 冥帝が水魔術を使う記述は無かった筈だ。なら、


「冥帝が水魔術を使うのは知らなかったな。しっかり報告書を作って出してくれ」

「はい、分かりました」


 そう言って今度こそ、部屋を出ていく。

 本当に何だったんだ?今ので鎌を掛けたつもりなら、本当に分からない。全く掛けられた気がしない。


 だが、享二はふと違和感を覚える。


(光希が水魔術を使う?光希の話では全属性魔法を使えると言っていた。なら、水魔術を使えてもおかしくはない。だが、文書には書かれて無い筈だ)


 そこまで考えて、違和感の正体が分かる。


(水魔術を使うことは滅多に無い。なのに茨目 廉は知っていた......これを諜報活動が上手いで済ませられる訳がない)


 裏で冥帝と繋がっている自分が言えたことではない。だが、茨目 廉。あいつには裏がありそうだ。

 現状は分からない。ここで、あからさまに委員長を辞めさせたら、どんな行動に出るか分からない。いや、今ですら冥帝に手を出すかもしれない。


 なら、仕方ない。なるべく近くで見張る他あるまい。

 不安の種を潰すつもりが、増やすことになるとは。まだ、目に見えない敵。さながら幽霊を相手に情報戦をすることになるとはな。これは非常に大変だと、享二は思う。


 立場上、見張りしか出来ないことにもどかしさを感じた。


ーーーーーーー


 月光が照らす夜道。


 部屋にいても仕様がない。そう思って、外に出るが、何をするでも無い。ただぶらついていた。冥帝ではなく、光希として。


 今日は風が少し強めだ。だが、今は丁度いい気さえしてくる。

 別に冥帝は毎日出勤な訳じゃないからな。今日はゆったり、情報整理もいいだろうと思って、光希として家を出てきた。


 だが、まぁ整理しようにも情報がない。何の情報かと言えば、昨日襲ってきた連中だ。

 ひとつ分かっているとすれば、去り際、赤ローブの女がいった言葉。


『命令を全うできないクソ男』『余計なことを喋られたら大変じゃない』


 ━━あいつらに命令を出すやつがいる。そして、余計なことを喋られると不利になること。

 おそらく、組織だった連中なのだろう。

 この先、もう一度衝突をすることは必至。果たして、その時までに情報を集められるか。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか、背の高い草の生える空き地にやって来ていた。


 なんだかんだここに来てしまうのか。嘆息して、引き返そうと━━


「......光希!?なんでここに!?」


 香織がいた。そうだった、冥帝が出なくても、香織はくるのか。


「そうだな、散歩かな」


 適当に返す。大丈夫だ、長袖を着ているから傷はバレない。


「?......その頬の傷なに?」


 あ、やべ。そういや、頬切られてたんだった。


 なんて、言い訳をしようか。怪しまれないように、尚且つ、俺っぽく。


「......包丁でちょっと切った」

「何を調理したらそうなるのよ......」


 失敗したかも知れない。いや、話を変えていけば言及できないのでは?


「香織は何でここに?『AAC』の活動?」

「うんまぁ、そうだね......」


 嘘は言ってないって感じだな。それはそうか、享二からスパイ活動をしろって言われたからな。『AAC』の活動と言っても間違いはあるまい。


「大変だな、夜遅くまで。頑張ってな、体に気を付けてさ」

「......光希、それわざと?」


 少し怒気が籠ってる気がした。やめてよ、ここまで頑張って抑えてた陰キャが出てきちまうぜ。陰キャは丸く納めたいから、角が立つのは全力で避けるからな。


「私......冥帝の仲間になるって言ったじゃない」


 なるほど、俺の言葉を無下にするような行動をしてしまったと言いたいのか?その上で普通に接するのはおかしいと。


「何で、突き放してくれないの......?もう友達じゃないって......犯罪者に加担する人は友達じゃないって......何で、突き放してくれないの?」


 疑問か自責か。だが、変わらない。光希として接することは確かに少なくなった。だが、冥帝として、接することになった。

 香織が何を思って冥帝と行動するか。光希であり冥帝である自分には分かる。

 だが、香織からしたら光希と、冥帝は別人。光希は今、裏切った相手といつも通り話している優しい人。


 果たしてそうだそうか。疑心暗鬼に陥り、光希が表面上取り繕って自分と接しているのではないか。内心は嫌悪の情を抱いているのではないか。そう思ってしまっている。

 だから光希として一言告げる。


「......香織が悩んでいるのは知っている。だけどその悩みがどれ程のものか、聞かされてもきっと同じ気持ちになってあげられない」


 事実だ。どれだけ知った気になろうと、全く同じ人間など存在しない。なら、同じ気持ちになれる人間もいない。


 いっそう表情が暗くなる香織に続ける。


「......だからこそ、香織が選んだ道を否定したりはしない。全部受け入れる。香織の判断はきっと正しい。なんせ、人から強要された道なんてつまらないし、いつかしんどくなるしな」


 同じ人間が存在しないのなら、偉人や先人と同じ道を辿ったところで、上手くいかないし、必ず躓く。その時に言い訳が出来るのは、自分に合ってなかった証拠だ。なら━━


「自分の心に正直になって決めた。言い訳はもう出来ない。ならこの先、香織が辛くなったら言ってよ、出来る限り助けるから」


 言い訳が出来ないのは正直者の証拠。俺の友達はそういうやつだからな。だから、もう一度言おう。


「香織は友達なんだからな。嫌うなんてことは絶対ありえねぇ」


 友達は大事にしなきゃだからね━━

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