第12話 暗闇

 戦場においては情報は最重要です。情報があれば計画も策略も組める。

 では、情報を持ってなかったら?その場で集めるしかありません。でも、それは非常に不利で、集めきれなかった場合、一方的に押さえつけられ敗北です。


 より多くの情報を持てる人が、戦場では強いです。



ーーーーー



「お前よぉ、何を見てたんだぁ?それっぽい傷を一度でも与えたかぁ?」

「それはお互い様だろ」

「おいおいぃ、お前は防戦一方だったろぉ。ここからどうするってぇ?」

「話しても仕方あるまい......見してやる。それが、証明になる」


 青いローブの男は、姿勢を低くして接近する。その進路を邪魔するように炎の柱をいくつか立てる。

 男は、小太刀を顔の前に構えたまま、減速すること無く踏み込んでくる。恐らく、目眩ましをして、また横から攻撃すると思っているのだろう。


(分かってねえな......)


 手品と同じだ。タネの分かった手品を連続でやるマジシャンはいない。やるとしても、それは絶対にタネを明らかにされない自信があってこそだ。

 なら、この場合どうするか?決まっている━━


 男は、柱を抜けると同時、小太刀を体の横から払う。何処にいても光希こうきを攻撃できると、そう思っているだろう。

 だが、そこに光希はいない。視界から消えているのだ。男は、焦りを感じる。

 さて、先ほどの質問の回答。この場合どうするか?答えは......


「......!?」

「まんまと引っ掛かってくれたな」


 答えは同じ種類の手品を、手順と結果を変えて行う。柱に隠れて獣化した光希は、男の真上を取る。


 空中から体重を乗せた一撃。男は回避を試みるが、脇腹を深く切られた。

 一度距離を取り、小太刀を構え直す。そのまま、動かずに待ち構える。何を狙っているのか、分からない。


(刀よりも振り回し安い小太刀が有利とでも?)


 確かにそうかもしれない。だが、小太刀で光希の刀と切り結ぶのは無理がある。小太刀が有利になるのは、相手の懐に入ってからだ。待ちはあり得ない。

 だが、他に策があるなら?待ちに徹することが懐に入る条件なら、間違いなく能力を使う。


(いいぜ、乗ってやる)


 光希は少し悩んだ後、距離を詰めて刀の間合いに入ると同時、切り払う。

 男は小太刀で受け止めるような構えをし、そして━━


「............」


 刀は男をすり抜ける。だが、予測はしていた。そして、後ろから頭上を小太刀が抜ける。

 男は間違いなく光術師だ。光によって目の錯覚を起こす、トリックアートとも呼ぶべき力の使い方をしていた。

 炎の壁を突っ切ったのも、トリックアートをするにも、他からの光━━炎の明かりが邪魔で上手くいかないからだろう。


 何の能力者か、判断材料を与えないための策だろう。だが、残念だった。もし、判断材料を与えないようにしたいならば、素直に後退すべきだった。

 明るい物の中では使えない......そういう判断材料を与えてしまったのだ。


 さて、そんな光術師がこの場合どうするか?


 男は魔力で自分の偽物を置き、攻撃させる。その攻撃が入らず、動揺したところを後ろから刈り取る。という作戦にする。

 そうするだろうと踏んだ光希は、予想通り後ろから攻撃された。

 だから偽物に攻撃をすると同時、正面を見たまま屈み、小太刀を避けていた。

 光希は屈んだ姿勢から、手を後ろに突き、体をそらして足を引き寄せる。そして、攻撃を読まれ、唖然とする男の顎へ蹴りを放つ。

 男は、避けられず直撃。一瞬頭が白くなる。光希はその瞬間を逃さない。


 蹴られた勢いで反る上半身に、火球を放つ。男は、背中から地面に倒れる。だが男は諦めず、一矢報いんとし、光の矢を飛ばす。

 それを光希は、矢に対して水の壁を斜めに作り出し、『物理改竄』能力によって屈折率を変える。

 すると光の矢は、水の壁を貫こうとした瞬間、大きく経路を変え、光希には全く当たらなかった。

 男はすぐに鞘を取り出し、光希の顔に投げ目眩ましをしようとした━━その時、


「............ッ!?」


 辺りが暗くなった。さっきまで無かった雲が月を隠し、世界に光が届かなくなる。

 光希の場所が分からなくなり、投げた鞘は外れてしまう。だが、見えないのは向こうも同じ。体勢を立て直そうと、起き上がり━━


「ガッ............!」


 光希に後頭部を思い切り蹴られる。男の意識は難なく刈り取られた。

 魔力を感知できる光希からしたら、闇など関係なかった。

 そして世界を闇に包んだ現象。それを行ったのは、光希では無かった。そのため、


(さっきまで晴天だったのに、ここだけ雲ができるとは......)


 光希も驚いていた。突然目の前が暗くなり、何が起こったのか分からなかった。だが雲が突然ここの真上に出来たと考えれば、何が起こったか━━見当がついた。


「やるじゃねーか。その発想があって、凡人とは言わせねーぞ?」


 それを行った人物の魔力がある方を見て光希は思った。今尚響く戦いの音が善戦を意味していると━━


ーーーーー


 ━━時を戻して、光希の炎の柱を男が回避している頃。


 香織かおりは氷の柱の上から、赤いローブの女を見下ろしていた。


「ねぇ、どうするつもりかしら?ねぇ、もっと戦いなさい。ねぇ、盛り下げないように━━足掻けよ」


 女は香織が足場にしている氷を、小太刀で罅を入れ、その罅を思い切り蹴った。


「............!ちょっと.........!」


 足場が崩れる。香織は跳んで女と距離を取り、安全な場所に着地した━━筈だった。


「ねぇ、残念だったわね」


 さっきまで離れていた女が、香織の背後にいる。槍で払うことは出来ない。前方に転がり避けようとするが、女はさっき切りつけた脇腹を蹴る。

 香織は痛みで目の前が真っ赤になる。だが、少し距離が開いたため槍の間合いになった。香織は立ち上がりながら、槍を振り上げ、女を攻撃する。


 それを女は不敵に笑い、一歩後ろに下がる。立ち上がった香織は足元を凍らせ、槍で女を突く。だが、最小限の動きでかわし、槍を捕まれる。

 掴んだ場所から滑らせるように、槍を抑え接近する。

 香織は槍を手放し、地面から氷柱を突き出す。女は足を切ったがそれだけ。持っていた槍を香織に投げつける。


 香織は新しく作った槍でそれを払った。


(やっぱりそうだ......)


 ここまでの戦いで香織は相手の能力が何か、見当がついた。

 香織が地面に立っているとき、攻撃しようとすると、動きを止められた。それだけではなく、瞬間移動のようなことすらして見せた。

 だが、空中で回し蹴りをしたとき、氷柱の上から突いたとき、そして今。動きは止められず、瞬間移動もしない。何より攻撃を食らった。


 なら、相手の能力は影を使う、影術師ようじゅつしだ。


 下がっても影のように離れず付いてきたのは影を移動していた。体が動かなかったのは、体を影に縫い止められたから。

 だが、能力を使う条件は、対象と地面が触れている時だけ。

 だから足元を凍らせて、自分と地面の間に魔力の氷を挟んだ。

 しかし、この状態では香織自身も身動きが取れない。なら、影術師の絶対条件を潰す━━


(ちょっと思い付いたこと......自然現象を使う戦い方......やってみよう)


 香織は上空の空気を冷やす。水蒸気が冷やされ水滴となり、集まって、雲となる。雲は増え続けていき、月の光を隠す。辺りは暗くなり、影すら出来ない。

 影術師が能力を使う絶対条件、それは影があること。なら、影すら出来ない暗闇にすればいい。


「ねぇ、いいわぁ。ねぇ、私の能力を使えなくしたつもり?ねぇ、なかなか頭いいじゃない。ねぇでも、あなたも見えないでしょ?」


 たしかに香織も女を視認できない。だが、目を閉じ、集中する。自分の中で流れる力。辺りを流れる力。離れた所にいる、人に流れる力。朧気に感じる力を頼りに槍を突きだす。


「......!?ははっ!ねぇ、あなた面白いわぁ!!」


 腕をかすったか。この状況で限りなく正確に女を狙った。光希程ではないが、これを人は『魔力感知』と呼ぶ。


 香織はもう一度、修正して突きを放つ。

 すると━━


(............!?嘘ッ!)


 槍を払われた。


「ねぇ、いいわぁ。ねぇ、あなたの冷気を感じる。ねぇ、冷たい冷たい力を感じるわぁ!」


 香織の槍から漂う冷気を頼りに戦っている。常軌を逸しているとしか言えない。

 突いて払われ、懐に入った女を氷柱で後退させる。膠着していくかと思われたが、


(仕方ない......どうにかしないと......)


 香織は足元を凍らせる。


「ねぇ、足元を凍らせて冷気で悟らせないようにした?ねぇ、でもあなた動けるの?」


 もう動く必要は無い。香織は氷の塊を放つ。


「............ねぇ......これは?」


 体に当たらず左腕に当たったか。だが、氷の塊に突き飛ばされた女は、そのまま岩に打ち付けられた。左腕が岩から離れない。冷たい。恐らく、氷の塊によって動きを縛られたか。


 香織は安堵する。勝った......と。だが、


(しまった......!)


 雲が流れ、月が顔を出す。即ち影が戻るわけで、女は小太刀で切りつけた━━自分の左腕を。

 辺りに血が飛び散る。香織が急いで意識を奪おうとするが、もう遅い。

 女は姿を消し、影を移動していく。

 遠くで見ていた光希は逃げたかと思ったが、気づくのが遅かった。


(違う!逃げたんじゃねぇ!恐らくヤツは......!)


 後ろを振り返り、男が倒れているところを見る。そこには首の離れた青いローブの男の死体があった。


「......随分容赦が無いんだな」

「ねぇ、それは当たり前でしょう。ねぇ、余計なこと喋られたら大変じゃない。ねぇ、次会うときは━━お前ら殺してやる」


 女は殺意を滾らせる。


「ねぇ、命令を全うできないクソ男、私の腕を奪ったクソ女、そして邪魔なお前。ねぇ、どれもイラつくわぁ。ねぇ、だからまた殺しにくる。それまで精々楽しく生きることね」


 そう言って、消えた。『魔力感知』にも引っ掛からない。今度こそ逃げたか。


「これじゃあ、収穫無しだな」

「ごめんなさい......」

「香織、お前は悪くねぇ。むしろ、良くやったよ。強かったからな、あいつら」


 誰が香織のことを責められるか。光希はここまで苦戦するとは思わなかった。そして、同等と思われる強さの女を相手に、香織は撃退に成功した。

 それに香織は『魔力感知』のコツを掴みつつある。充分な戦果だ。


「取り敢えず今日は休もう。敵対する輩が居るのが分かっただけでも収穫になるだろ」

「分かった............冥帝」

「何だ?」


 香織が呼び止める。


「これからどうするの?」


 あいつらの対策か?どうもこうも無いがな。


「情報が少ない。こっちから攻めるような馬鹿はしない」


 光希は翼を広げ、享二きょうじの元へ報告をしに行く。そして、香織は━━


「......これは、支部長に報告した方が良いのかな......」


 今回の件を報告するべきとする。

 享二はこの後、同じ内容の報告を受けることになった。

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