第11話 check (王手)

 チェスや将棋ってありますよね。あれってかなり頭を使います。

 戦局を見て、相手の行動を予測、誘導して、敵の頭を追い詰め、討ち取る。

 これって超小型の戦場じゃありません?でも、おかしいですよね。戦場でお互いの手番を待つ必要ありませんよ。一方的に蹂躙するのだって立派な戦術ですし?蹂躙されるのも致し方ありませんからね。



ーーーーー



「なぁ、光希こうき。ジュースにさ、果汁1%とか書いてあるじゃん」

「うん」

「1%って意味あんの?」


 おっとぉ?智也ともやが、また良からぬことを言いそうだ。


「そうだね、500mlペットボトルに果汁1%だと5ml。丁度小さじ一杯って所だね」


 ヒロ、情報を補足するな。これじゃ、果汁の味が絶望的なまでに無いことの説明じゃないか。


「......気分ってことにしてやれ」


 少なくとも学生にはわからん。


「そういや、光希。八色さんは?」

「ん?何が?」


 何で智也にそんなことを聞かれるんだ?


「いや、お前分かれよ。新学期に能力を開花した女の子と、中学からの知り合い......これは学園ラブコメの始まりだろ!!」


 分からない、ってか分かりたくないな。陰キャにラブコメとか無理難題突きつけてくるなよ。今朝もう既に辛かったしな。


「何でそんなことしなきゃいけねーんだよ」

「俺らが面白いから」


 ほほーう、俺今、絶賛メンタル抉られ中なんだが?


「もしかしてコウさん、フラれた?」


 このクソメガネ......ッ!


「そういうことか!」

「オメーら揃いも揃って俺をどうしたいんだよッ!」


 ラブコメにしたいのか、玉砕したことにしたいのか、全く分からん。

 昼休みが終わり、午後の授業が始まる。なんか、疲れたな......



ーーーーー



 ━━夜、月が昇る。


 光希は冥帝となり、香織と落ち合う。今夜もまた、能力犯罪者を裁いて回る━━




 ━━筈だった。


「誰だ?」


 目の前の二人に問う。だが、返答はない。

 一人は中世ヨーロッパ風な青いローブを着て、フードを目深に被っている。体つきや肩幅から、恐らく男だ。

 一人は色違いの赤いローブを着て、同じく顔の見えない者。細い体やフードから見える長い髪は、恐らく女。


 二人は、一言も声を発することなく、こちらをみる。


「冥帝......怪しすぎる」

「同意件だな、だが......」


 言葉を切る冥帝に、香織は首を傾げる。そして、冥帝から出た言葉は━━


「お前の両親を殺し、俺に罪を着せようとした連中かもしれない。もしそうなら、親玉の足も掴めるかもしれない」


 そう言われ、香織の目付きが変わる。どれだけ前を向こうと、そればっかりはどうにもなら無いな。


「奴らは俺の邪魔をしたいらしいからな。いつか、現れるとは思ったが━━お前らで間違い無いよな?」


 再び問う。だが、やはり返答は無い。なら捕縛してから聞けばいい。冥帝は静かに抜刀。刀を中段に構える。

 香織は魔力を編み、氷の槍を作る。


「殺人容疑っていったところか?大人しく捕まってくれれば助かるが......そうもいかぬのだろう?」


 ローブの男女は腰から小太刀を抜く。戦闘の意思ありとみる。だが、どんな手練れなのだろうか。

 小太刀の長さはおよそ60cm。香織の槍には遠く及ばず、光希の刀には約10cm弱届かない。長く戦い続ける者を相手に10cmはかなりのアドバンテージだ。


 だがそれは、同じ人が、同じ条件下で、戦った場合の話だ。

 今回、この二人は......


(......!?はやっ!)


 影が揺らいだかと思うと、一瞬で距離を詰める男。女の方は動いていない。


 男は小太刀を振り下ろす。光希はそれを打ち払うが、払われた力を流し、半回転したまま半身で、袈裟切りのように切り下ろす。

 払った刀がまだ戻ってこない。光希はバックステップを踏んでかわす。

 だが、男は逃がすまいとまた一歩踏み出し、切り上げる。

 それを光希は右肩を引き、顔を傾げてかわす。だが、どうみても防戦一方。勝機は薄い。


 男は、避けた光希の顎へ向かって、小太刀を突き上げる。光希は無理やり体をひねり、頬を少し裂かれながら、一歩踏み出す。

 だが、刀を振るには近すぎる。持ち方を変え、柄で鳩尾をつく。

 流石に効いたか、男は後退る。


「冥帝!加勢するよ!」

「待て!赤いヤツが動かねぇんだ!何するか分からねぇ!!だから、赤を頼む!」


 まだ、一度も動いていない赤いローブの女。能力に至ってはどちらも見当がつかない。久しぶりの苦戦。


(何なんだコイツら......!)


 香織にはもう一方を対応してもらう。

 光希は男の対応をしようと......


「はぁ、随分手こずられるんだなぁ。やめてくれよぉ、めんどくせぇ」


 男が喋る。光希は驚いたが、現状を変えるべく時間を稼ぐ。常に使っている『並列思考』能力で作戦を考えるために。


「はッ!あんまり喋らねーから、コミュ障の人見知りかと思ったぜ」


 相手が話に乗るよう挑発する。


「やだねぇ、そういうのぉ。俺はなぁ、仕事なんだよぉ。」


 かかった!そう思って笑みを浮かべた矢先。


「だからさぁ、さっさと死んでくれねぇ?したら、帰れっからさぁ。あ、そうかぁ。俺がさっさと殺してやれば良いのかぁ。じゃぁ、お前死ね」


 影が二手に別れたように見えた。右から小太刀が光るのが見え、刀で受け止めようとして、


「ばーか」


 左から切りつけられる。だが寸前、鞘の下緒の近くを叩き、鐺で小太刀を払う。


「思ったよりやるねぇ、めんどくさぁ」


 お互い致命傷になる攻撃は一切無い。これを拮抗してるとみるかどうか。


「は、開き直りか?馬鹿がどっちか......決めるべきじゃね?」


 男が接近してくる。その進路を妨害するように炎の壁を作り出す。


(はぁ?こんなのでぇ、俺はとまらねぇよぉ)


 迷い無く炎の壁に突っ込む。予想外なことをしてやったと思った。


(馬鹿がどっちかぁ?決まってらぁ。こんなのでぇ、俺をどうにか出来ると思ったぁ、お前が馬鹿なんだなぁ)


 つまり━━


「馬鹿なお前は死ねってこったぁ!!」


 自信に満ちた様子で、光希が立っているであろう場所を睨み、動揺する。


 そこに光希の━━冥帝の姿はない。すると、横から━━


「そうだな、馬鹿にはご退場願おうか」


 刀を振り下ろす。小太刀でいなそうとするが、腕を少し切られてしまう。


(避けられたか......だが、能力の見当はついた......)


 ぶれる影、分身する影、炎の前では突っ込む他無かった選択肢。


「さて、ここからは俺の手番な」


 そう言って、光希は刀を構え直す。



ーーーーー



 ━━目の前の赤いローブの人物を見る。

 冥帝と仲間の戦闘に一切見向きもせずにただ見ている。あるいは、観察をしているか。

 香織は思考を巡らし、中断させられた。何故なら、


「ねぇ、何であんな時間掛かってるの?ねぇ、冥帝なんて余裕って言っていたのに。ねぇ、そんなに強いのかしら」


 突然喋り出す。独特な喋り方をしている。だが、喋れるなら━━と、光希と同じく情報を集めようとする。

 戦いにおいて『情報』は何よりも強い武器になるから。


「あなたたちは何者なの?」


 果たして答えてくれるかどうか......そんな不安は的中する。


「ねぇ、どうでもいいわ、そんなこと。ねぇ、私は強い人と戦いたいの。ねぇ、冥帝は強そうで羨ましいわ。ねぇ━━お前は私を楽しませられるの?」


 そう言って小太刀をだらりと構え、悠々と歩いてくる。


(一体何を......?)


 香織の槍は小太刀の4倍程の長さだ。持ち手から先に限定しても2倍以上あるだろう。それでも尚、対応できると踏んでいるのか。

 槍の攻撃範囲に入ったと同時、女に突きを放つ━━が、しかし。


「ねぇ、つまらないわ」


 香織の突きに対して、ゆっくりと遅れながら小太刀を振り上げる。ガードするには遅すぎるタイミング。呆気なく貫かれる。そんな予想を抱いた香織はしかし、


「............ッ!?」


 槍を弾かれ、左腕を少し切らた。何が起こったのか分からない。一度距離を取り、もう一度観察をしようとするが、しかし━━


「ねぇ、逃がさないわよ」


 付いてきた。いや、そんなはずは無い。さっきと全く同じ距離のまま目の前にいるのだ。そんなことがあり得るか?

 とにかく一端距離を取ることを優先する。槍を横凪ぎに払い、当たれば軽い怪我では済まない、強力な打撃を放つ。

 だが、やはり直前で打ち払われる。無防備になった脇腹を切られた。だが、ひとつわかったことがある。


(払われる直前、不思議な力に邪魔された。それが、この人の能力によるものなら......?)


 能力について、算段をつけ始める香織。だが、その思考を邪魔するように、女が走り小太刀を払った。

 香織は避けることしか出来ない。もっと情報が欲しい。


 槍の穂先で地面をなぞり、氷の膜を作る。足止めにでもなれば、そう思ったが、女は氷を飛び越え、走り抜ける。

 そして小太刀を香織へ突き出す。香織は槍を地面に差し、地面を蹴って体を浮かし、攻撃を避ける。

 そしてその勢いのまま、女の顔面へ回し蹴りを放つ。

 女は右腕でガードし、小太刀で香織の足を切ろうとする。それを香織は残った足で蹴り、少し切られたが直撃を避ける。同時に、初めて女を後退させた。


(......もしかして、あの人の能力は恐らく......)


 突きも凪ぎ払いも打ち返された。どっちも直前に体が動かなくなった。だが、今放った蹴りは後退せざるを得なかった。体が動かなくなる感覚もなかった。

 分かった情報は、地面に立っていたかどうかだ。そして、それを証明すべく、氷の柱を作り出す。

 それを、女に向かって放つ。それを避け接近しようとする女はしかし、二発目の氷の柱によって、経路の変更を余儀なくさせられる。


 氷を避け、香織に再び接近を試みる━━が、しかし。そこに香織はいなかった。氷の柱の上から槍を突き出される。

 女は地面を蹴って避けようとするが、先ほど凍らされた地面。上手く避けれず、肩から血を流す。


「ねぇ......お前、思ったよりもやるわ......ねぇ......もっと、楽しませろ!」


 性格が変わったかのように目付きが鋭く━━いや、フードで見えないため、鋭くなったように思わせる程の気迫に満ちた━━と、言うのが正しいか。

 だが、一方的にやられるのはもう終わりだ。


(ここから勝たせてもらうよ......!)


 さっき与えた一撃。香織は相手の能力を把握する。

 光希と香織は、それぞれの攻略法を見いだし、勝負に出る。

 香織は思う、光希ならこう言うと。


 そして、時同じくして光希は思う。


((世間はこの状況をこう言う。 check王手 ってな)ってね)


 二人の反撃が始まる━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る