第10話 衝動的行動の因果

 人間は感情がありますよね。でもこの感情がややこしくて、人と人とが理解しあえるツールになるし、逆に反発しあうツールにもなります。

 だからと言って、感情の無い人間がいいとも限りませんがね。感情の無い人間は、本文の無い物語と同じですよ。だから、感情ってのは面白いんです。


 さて、感情を押し殺して、平和を求める『冥帝』と、感情を表に出して、平和の手助けをしたい『氷槍』。一体どんな物語になるのでしょうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『AAC』波泊市支部支部長室━━

 ポニーテールに美しい顔の、制服を着た学生が支部長室へ呼び出される。


八色やいろ 香織かおり。休みはリラックスできたか?」

「はい、お蔭さまで」


 享二きょうじ光希こうきとの約束を果たすべく、香織へ話を持ち掛ける。


「そうか......そのわりには随分、仕事熱心だったようだがな」


 鎌をかけてる風に見せる。


「何せ、ノータッチとした『百聞』と接触。その後、冥帝との接触。昨日、今日と一緒に居たらしいじゃないか」

「............!?」


 何故知ってる?と、言いたげな香織。享二は内心苦笑する。冥帝本人から聞いたのだから、知っていて当然だ。

 だが、そのまま言うわけにはいかない。それっぽく装う。


「こんな御時世だ。何処に目があるか分からないのだよ。悪いが、君の評価が下がる前にひとつ、提案がしたい」


 さて、こんな話をされ、提案されたことを断れるだろうか?完全に追い詰められている。


「冥帝の情報を探れ。周辺人物、能力、行動の規則性...それを、。要はスパイをやれ」


 冥帝の情報が漏れないようにするためだ。光希ほどの推理力がある相手にこんなことを言えば、冥帝との繋がりがあるかと疑われそうだが、香織は勘違いをした。


 いや『AAC』に身をおく者としては当然の思考だ。

 おいそれと口外出来ないこと。それほどの情報なのだと。


「......分かりました」


 よーし、と安堵する享二。これで、了承してくれなかったらパワハラに近いことをしなきゃいけなかった。


「よし、下がっていいぞ」


 香織はそう言われて、退出する。

 スパイをやれ......それはつまり、冥帝を売るということで、


(やだなぁ......)


 香織にとってはかなり不本意である。自分の意思で冥帝のもとにいるのだから。


「八色さん」


 唐突に後ろから声を掛けられる。


「委員長、どうしたんです?」


 第二区画委員長、茨目いばらめ れん。風が吹く平原をイメージさせるような笑顔で香織に話しかけた。


「いやね、久しぶりに復帰できたわけだし、復帰祝いに食事でもと思ってね」


 食事か......活動終わりに行くのだろう。だが、冥帝に付いていく以上、そんなことをしてる暇はない。


「すいません、お誘い頂いてなんですけど、活動に時間が掛かるので......」

「......スパイをしろって言われたことかい?」


 立ち聞きで盗み聞きとは、いい趣味とは言えないな。香織は苦笑する。それをどうとったのか━━


「八色さん......冥帝のスパイだなんて反対だよ、危ないじゃないか」


 最初から聞いていた訳ではなかったのか、冥帝といる情報は知らないようだ。

 だが、何をそこまで心配するのか。活動上『AAC』委員が危険なのは今に始まったことでは無い。


「支部長もひどいと思う。何であんな血も涙も無いようなヤツのスパイなんてするんだ。冥帝が今年、人殺しをしたと言うのは、八色さんが一番分かっているだろう?何故受け入れ━━」

「お言葉ですが委員長。私には私の思いがあってのことです。心配して頂きありがとうございます。ですがスパイの件、やめるつもりはありません」


 それに、スパイという名目なら、冥帝と居たところで支部長の命令といえる。都合がいい。


「━━そう、気を付けてね」


 廉はがっかりした様子を浮かべる。香織は踵を返し、冥帝のもとを行く。


「......せっかく心配してあげたのに......あぁ、どうなっても知らないよ?」


 廉は悪い笑みを浮かべ、背中を向ける香織を見る。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「昨日久しぶりに体育して筋肉痛になったよ......」

「おいおい、部活入ってりゃんなことなんねーだろ?」


 弘人ひろとと、珍しく部活が休みの智也ともやと、帰宅する。


 にしても、筋肉痛な。普通にしんどいよな、特に━━


「腹筋が筋肉痛の時にさ、くしゃみすると悶え苦しむことになるくね?」

「なんだ光希、その微妙に分かりそうで分からないヤツ......」

「コウさん、俺は分かる。世界の終わりを感じる」


 部活やって鍛えてるヤツには分からないか......俺も体は鍛えないといけないけどな......


 少ない筋肉を魔力で補っていたらキリがないし。


「そんじゃ、またな!」

「じぁねー」

「おう、じゃな」


 コンビニ前の交差点で各々の帰路へつく。


 相変わらず誰もいない家。7年前のあの時からリビングには入らず、キッチンと自室しか使っていない家。


 今日も帰ってきたなと、自室の扉を開ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 月が昇るのを待ち、黒いフードのついた服を着る。


(......今日も輝いてやがる)


 夜になると、何よりも目立つ月。だが、太陽光がなければ輝くことも許されない。必ず太陽の支配下にある月。


(お前は不自由そうだな......それで、満足なのか?)


 月を羨むように見る。不自由なのに世界に認められる存在。それは自由なのに世界に認められない━━否、自由だからこそ認められない自分とは対照的だと。


「......飽きずによく来るものだ」


 誰も通らない道の側。背の高い草が生える空き地。そこへ降り立ち、そこにいる人物を見る。


「飽きるもなにも、付いていくって言ったじゃない」


 そっちの方がありがたい。光希としての気持ちは一緒にいてもらいたい。だが、冥帝としては一緒にいてほしくない。


 感情の裏表。守りたいとも思ってしまう。だが、いつでも一緒にいれる訳ではない。だから━━


「━━この先も付いていくと言うなら、魔力を感知出来るようになれ」


 そうすれば、最低限自分の命は守れるだろう。


「分かった」

「......素直だな。どんな物かも分かるまい」


 説明を乞うと思ったが、意外だ。


「冥帝だって、最初は分からなかったでしょう?」


 確かにそうだが......自ら見つけて見せるというのか。


「魔力の流れが分かればけるでしょ?」


 間違っていない。魔力の流れが分かることを「魔力を感知する」と、言うのだから。


「あてがあるのか?」

「......自分の中に意識を集中すると、なんか動いてる気がするの。これって魔力じゃないの?」


 驚いた。俺と同じような会得の仕方に。だがそれは、7年前、漠然と魔力が分かり、そこから2年経ってようやく魔力が感知できた。

 まぁ、その時は魔力が感知出来るものと知らなかったけどな。


「......意識してれば出来るようになるだろう」


 一体どれだけ掛かるか......目を閉じ体の中の魔力に集中する。案外早く会得するかもしれない。そんな期待を抱いてしまった。


 そして、また今夜も能力者を裁いて回る━━


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝日が眩しい。風が吹き、桜の花が宙を舞い、どこかでくしゃみをする声が聞こえる。花粉って辛いよな、よく分かる。

 そんなことを考えながら登校していると、


「......ん?」


 香織がいた。見通しの悪い曲がり角の先から、この道へ来ているのを感じた。魔力感知で分かったのだ。

 このまま歩けばばったり会う。曲がり角まで歩き......


「あ......」

「おはよう」


 光希は声を掛ける。だが、香織は目を反らし、足早に去ってしまった。

 理由が分かっているとはいえ、傷付くのでやめて欲しい。


(冥帝の仲間になり、俺とは会いにくいってか?気にすること無いと言いたいが、そうもいかないな)


 香織からしたら、光希に裏切ったも同然なことをしたのだ。気にするなという方が無理だ。


(俺が正体をばらすか......?)


 安直な思考に至ってしまう。だが、すぐに冷静になり、この案は却下した。


(てか、これ数日間続くの?今のだけで結構メンタルもってがれたけど?陰キャからしたら、声を掛けて失敗は人生の終わりだ。いや、ごめん言い過ぎたかもしれん。いや、言い過ぎた)


 取り敢えず、心を落ち着かせる。

 そんなことをしている間に学校へ着く。教室に来てる人はまだ少ない。静かな空間だ。


「コウさん、おはよう」

「おう、おはよう」


 弘人はかなり早い時間に来る。一体何をしてるんだか。

 コンビニで買った紅茶を飲んで一息。


「今日一限何?」

「古典じゃない?」

「やだ」

「やだって言われても......」


 光希は古典が苦手だ。いや、古典的文法って最早日本語に感じられない部分あるからね。

 今日もまた始まる。嘘吐きが学生をする一日が。

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