第2話 狂言綺語
「昨日も『冥帝』出たらしいね」
放課後になり、帰宅部の弘人と光希は帰路につく。
「『冥帝』ねぇ......」
今ここら辺の地域一帯ではその名を知らないものは居ない。だが姿を知る者も居ない。そんな都市伝説染みた存在。
「正直『冥帝』のやってることよく分からないよね」
「やってること?」
弘人の言いたいことが分からず光希は聞き返す。
「だって罪を犯した能力者を倒して回ってるじゃん。でもそれって『AAC』でやればいいことだろ?」
対能力犯罪委員。略して『AAC』。今の日本にはどの地域にもある施設だ。名前の通り能力犯罪に特化した組織だ。
弘人の言いたいことは、能力者を倒しているのに何故『AAC』に入らないのか?入れば優遇されることもあるのに?わざわざ追われる立場になる理由が無くない?
っと、いった所だろう。
「能力者の考えることなんてわからねーよ」
「まぁ、確かにそうかもね」
俺はまた、嘘をついたと思う光希。だが知られない。少なくとも目の前の友達には。
しばらく間があってから弘人がそういえばと、話を続ける。
「隣のクラスの新しい能力者の人。『AAC』に入ったらしいよ」
「そーなのか。ま、自分の力を他人のために使いたいってことだろ」
「ホントに優しい人って尊敬するよ」
そうだなと、光希が返す。コンビニの前の交差点まで来た。
「んじゃ、また明日ね。化学の宿題教えてくれない?」
「まぁー、気が向いたらな」
そう言って、別れる。1人になるといろんな事を考えてしまう。
過去のこと、今のこと、これからのこと。帰宅してからもその思考が止まることはない。
誰も居ない家に向かって「ただいま」と言い、自室に入る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
物音ひとつない、静寂の空間で何時間経っただろうか。窓を見やれば辺りは暗く、月が幻想的な光を放ち夜空に浮かんでいる。
(夕方言われたな......)
何のために戦うのかと。それの答えは━━
(能力者を滅ぼすため......)
何故集団に属さないのかと。その答えは━━
(それだと俺のやりたいこと出来ないだろ......)
いつもの服装に変えて外を見やる。いつもそこにある、当たり前のように浮かぶ月を、殺意を込めた目で。
川口 光希━━否、冥帝はその背にある黒い羽を広げ星に彩られた空へ飛び立つ。
そして、冥帝の視界の端に見覚えのある能力者を見つける。犯罪者名簿で見た顔だった。
「
大島と言われた男はビクッと肩を跳ねさせた。誰も居ないはずの所から声をかけられたがためか。
だが冥帝に、光希にそんなことは関係ない。抜刀し、いつも通りに、ただ淡々と同じ言葉投げ掛ける。
「強盗、傷害、殺人未遂...その身に罪を背負い━━償え」
大島は厄介なやつに目をつけられたと思った。だが、所詮は噂の存在。逃げることぐらい可能だと、考えてしまった。要は見下してしまったのだ。
両の手の平を合わせ、魔力の水をためる。それを光希に向かって放った。
放たれた水は、合わせた手の平を抜け、水の刃となり光希を襲う。
光希は屈んで避け、『物理改竄』能力を使い重力の値は変えず、抗力の値を上げ、一蹴りで一気に距離を詰める。
「手の中で水を圧縮して刃にするのか。ならその腕、邪魔だな」
大島は距離を詰める冥帝に焦りもう一度水の刃を放とうとしたが、もうすでに冥帝は目の前に居た。そして、
「......ッ!!」
肩から先の腕が切り落とされていた。ポトリ、とでも擬音が聞こえそうなほど呆気なく。
冷静さを失ったか、大島は水の柱を乱れ打つ。水柱は不規則にうねりながらも光希に狙いを定め、襲いかかる。
刀で対応するのは少し面倒だった。
光希は、広範囲に炎の壁を作る。水柱は炎に当たったと同時、敢えなく蒸発した。
「クソッ!だが今の内に......!」
水煙に隠れるように移動しようとした大島はだが、
「何処へ行くつもりだ?」
掴まれた。
「魔力を感知する位は出来る。お前、俺を侮ったな?」
侮ってなどいなかった。ただ事実として魔力を感知出来る人間がごく僅かであると言うことだった。
目の前に迫る死の恐怖。肩を掴まれ逃げられない。月光に照らされ淡く光る刀身を視界に入れ、死を覚悟する。
だが光希は刀を逆さに持ち、刀の棟で首を叩いた。その瞬間、大島は意識を手放す。
「はぁ......アイツの所に行かねーと」
大島を片手で掴み上げ、飛び立つ。行き先は、この町の中でも大きめの施設だ。その施設の最上階のベランダに降り立ち、ブラインドのかかった中の見えない扉を軽く叩く。
しばらくすると、カチャッと鍵の外れる音がする。中に入ると、そこに頬に火傷の後が残る、なかなか逞しい体つきの男が居た。
「冥帝......今度は大島 日葵か。かなりの頻度で犯罪者を連れてくるよな。まぁいい、拘置所に送るよう報告しよう。」
「そうしてくれ」
「それはそうとして、いつまでベランダから入るつもりだ?いい加減正面から入れるようにしたらどうだ?」
「それはつまり、『AAC』に入れってことだろ?却下だ」
そう、目の前にいる男は『AAC』......『対能力犯罪委員』
つまりこの町のお偉いさんだ。
「冥帝、アンタの実力なら、第一区画委員長なんて容易いだろ?」
『AAC』は実力によって所属する区画が違う。実力があれば上の数字に、さらに実力があるなら委員長になれる。たしかに冥帝として入れば、その位は容易い。だが、
「追われる者を『AAC』に?冗談だろ。その場合、お前の立場も危ういぜ」
当然だ。今でこそ殺さず連行してくるものの、6年前は何人も殺していた......
「割りとどうにかして出来そうだけどな...」
「そんなんでよく『AAC』支部長になれたな」
享治はニヤリとし、歯を光らせ、筋肉をアピールするようにポーズをとってから、
「そりぁまぁ、男の魅力ってやつ?」
「新しい名簿を見してくれ」
冷たくスルー。名簿の確認は光希にとって当たり前の事だ。名前や罪状だけでなく、『AAC』が泳がせているやつをうっかり倒してしまうことが無いようにだ。
「今泳がせている能力者は第四区画と第二区画にいる連中だけだ」
仕事となると真面目な顔つきになる享治。
「また、能力者を倒してくるつもりか?」
「そうだな」
そう言ったとき、携帯の通知が鳴った。
『やっぱ化学分かんないから教えてくれない?』
弘人からのメッセージだった。そういえばそんなことを言っていたと思い出す。
「やっぱ帰る」
「クククッ......夜の支配者も昼はただの学生たぁ笑わせるぜ、なぁ光希くん」
可笑しくてしょうがないと言った風な享治。冥帝が何者なのか、光希が何故戦うのか。それを知る数少ない人物。
「......俺のことを知って見逃した上に協力してくれるのは素直に感謝する。だが、お前の立場が危うくなったなら隠す必要は無い。遠慮なく俺の情報を言ってくれ」
「そうならないよう5年以上、上手く立ち回ってんだ。まぁご忠告感謝するとしよう」
それを聞いて光希はベランダから飛び立つ。黒い羽を散らしながら。
月明かりに照らされた部屋で、享治はここに居ない光希を案じる。
「気を付けろよ。お前の正体を知りたいヤツなど山ほど居るんだからな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日━━
眩しい朝日と、激しい花粉に苦しむ人たちを避けるように光希は登校する。
「光希......ひとつ頼みがある......」
智也が深刻そうな表情でみてくる。
「化学の宿題なら見せねーぞ」
「何故わかった!?さては『未来視』能力者だな!?」
いや、未来視なくてもわかるわ。てか、持ってねーし。
「いや、真っ白な宿題広げてたら分かりやすすぎるよ」
よく言ったヒロ!全くその通りだ!
とまぁ、いつも通り、この三人組で過ごす学校生活の幕開けに━━
「光希、ちょっと来てくれない?」
━━ならなかった。香織に呼ばれ、智也に変な顔されたがそこまで気に食わねーのかよと思う。
「いいよ」
「良かった、少し話したいから」
何を話すことがあるのだろうか、完全に陰キャを決め込んで1年近く。女の子どころか、同級生の男数人としか話したことが無い俺に。
そこまで考えて光希は自分の胸に深い傷をいれたことに気づく。
正直、苦しい。
「光希、私ね『AAC』に入ったの」
「あぁ、聞いてるよ」
昨日、弘人から聞いたことだ。だが俺に言うことか?
「そうなの?まぁそれでね、私、第二区画の副委員長になったの」
どこか自信に満ちた表情で見てくる香織。
(なるほどな。俺は第二区画の辺りに住んでいるし、冥帝として動くのも第二区画が中心だ)
つまり、自分には実力があるから、能力者をどうにかしてみせる。今までみたく怯える必要は無い、主に冥帝について、と言いたいと推測。
(俺が冥帝だから怯えるもなにもないけどな。だがやはり、俺にわざわざ言うことか?)
それに、入ってすぐに第二区画まで上り詰めたのは早い。ここらは第七区画からスタートのはず━━何があったのか分からない。
素直に聞いてみるとしよう。
「第二区画の副委員長なんて凄いじゃん。でも早くないか?下の方から順々に上がっていくもんだろ?」
「何で知ってるの?」
おっと、ミスったぁ。よし、誤魔化そう。
「知り合いがいるんだよ。その位の情報は問題ないってな」
嘘じゃない、支部長と知り合いだからな。
「そうなんだ。それで、第二区画になったのはね、第二区画の委員長に推薦されたの」
『AAC』には実技試験があったからそこで目をかけてもらえたか。
「ま、何にせよ偉業じゃん。能力目覚めて数日で第二区画副委員長なんて」
「ふふ、ありがとう。だから安心して」
「?」
「『冥帝』。どうにかして見せるから。今日から頑張るよ」
光希は冥帝として動きづらくなったと理解した。だが香織はそんなことはつゆ知らず、花が咲く笑顔で言いきってみせた。
冥帝をどうにかする━━殺すか、捕まえるかすると言っているんだろうか。
だが、引っかかる。胸の奥に引っかかる塊を感じる。
嘘で蓋をした本当の気持ちが、暴れているような感覚に光希は襲われる。
「ああ、お願いな。それと......気を付けてな」
......嘘ばっかり。光希は自分に呟いた。「お願い」?なにを?「気を付けろ」?冥帝は自分自身なのに?
正直に言えよ。自分が冥帝だってこと、香織とは戦いたくないってことを......言えよ━━
━━言えるわけがない。そうすれば自分の望みは叶わない。周りを敵に回すことになる。また、友達が居なくなる。目の前の子の表情がどうなるのか。想像したくない。
嘘を吐け。表情を、感情を取り繕って。誰にも知られない仮面を被って。自分の顔を偽物で覆って。周りに、自分にも嘘を吐いていけ。
そして━━
「そろそろ授業かな?戻ろうぜ」
━━いつも通り、嘘を吐いて過ごす学校生活の幕開けだ。
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