第7話 Only One (特別な存在)

 この世界において正義とは何か?━━なんて、曖昧な質問なのでしょうか。

 正義は星の数ほどあって、一番強い人━━最強が掲げる正義が答えなんじゃないですかね?

 というわけで、答えは無し!この世界で最強とか、あるわけ無いじゃないですか。いつだって最強は越えられるためにあるし、その瞬間があるなら明確に最強なんて決められませよ。


 最後の最強が誰かなんて、誰が分かるんです?


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「以上です♪」

「......何処までが本当なの?」


 香織は冥帝の生い立ち━━どれだけ調べても出てこなかったものをあっさりと聞かされる。


「全て本当です」

「なら聞かせて」

「どうぞ」


 事実なら聞きたいことがいくつかある。まず1つ━━


「青年は『百聞』、あなたのこと?」

「はい♪そうですよ」


 なら、百聞は冥帝が生まれる瞬間、その場にいたことになる。それだけじゃない。冥帝を生んだ張本人のようなものだ。

 次に2つ━━


「冥帝が助けた男は誰?『AAC』職員なんでしょ?」


 それが本当なら問題だ。『AAC』の職員が冥帝と繋がっているなんて、最悪の事態だ。冥帝の情報が少ないのも、冥帝が捕まらないのも、ソイツのアシストがあるからに他ならない。


「それは━━彼の保身に関わるので言えません」


 ダメか......ならその職員は百聞とも繋がっているのか?

 そして、3つ━━


「冥帝は誰?」

「そんなこと、言うと思ってるんですか?」


 確信をつくような質問。香織にとって重要な情報がそこにある。だが、百聞は答えない。


「教えて貰えると助かるんだけど?」

「ダメですよ、そんなことしたら冥帝に殺されるじゃないですか」


 そう言って、首を切る仕草をする。嘘をつけ、一度も負けたこと無いくせに。

 ここからは完全に私情の質問をする。


「冥帝は何故『AAC』に入らないの?」


 能力犯罪者を裁き回るなら『AAC』の方が情報が入るのに。


「僕の話聞いてました?彼はこれ以上失いたくないのですよ。あなたは『AAC』に入って、守りたいもの守れましたかぁ?」


 うざい、だけど反論できない。『AAC』は町に寄り添うが、それが仇となり肝心なとき、守りたいものに寄り添えなかった。

 でも、間違ってると思えない。子供の頃から知ってる正義を......正義?正義って何だっけ?親から教えられた正義。でも、それは犯罪者から教えられた正義。犯罪者は悪。じゃあ、私の正義は?何?何処にあるの?


「良いですねぇ、悩んでますねぇ、良い物語じゃありませんか!?」


 そう言われ、戸惑いが表情に出たことに気付く。それを見て少しテンションの上がる百聞。


 ダメだ、考えるな。


「百聞、あなたは何者?」


 話を変えなければ━━そう思い、咄嗟に質問する。


「僕?僕は小説家ですよ。特別な物語を描く人♪」


 嘘なのだと思った。本当のことを言ってるように見えない。


「冥帝は人を殺してないの?私のお母さんとお父さんを、殺してないの?」

「はい☆」


 即答だった。事実なら冥帝は自分なりの正義を貫くため、人殺しをやめていた。間違いだと思っていたものは限りなく「正しさ」に近いところにいた。


「思想も力も及ばない相手を知って、あなたはこれからどうするつもりです?冥帝に勝負を挑みますか?」


 無理だ。産まれた瞬間から何かに選ばれた天才。それが冥帝で、百聞で、世の中の上に立てる人で。

 天才......非才な自分には分からないこと。あぁ、もう、助けて。


光希こうき......!」


 消えそうなほどか細い声。百聞にもそれは聞こえなかった。


「さて、じゃあ僕はこれでお暇します。たくさん悩んでくださいね♪」


 そう言って、百聞はいなくなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ヒロ、掃除遅いな」


 放課後、掃除当番の弘人を待つ光希。この待ち時間は異常に長く感じる。携帯を開きメッセージを確認してから━━


「光希」

「香織?どうした?」

「ん、一緒に帰らないかなって」


 突然香織に声を掛けられる。だが、知っている。もう、こういう時に話題になるのは能力者の話だ。


「光希に聞きたいことがあるの」


 まぁ、そうだろうな。だが、女の子に誘われ断るわけがないだろ!?ということだ、ヒロ。許せ。


 弘人にメッセージを入れ、一人で帰ってもらう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日は活動無いのか?」

「うん、しばらく休み貰ってるの......」


 何度も沈黙が訪れる。その度に光希から話題を振るが、話を広げるのがままならない。香織の雰囲気から下手なこと言えないからだ。何を聞きたいのか、推測しながら、探りながら、話を振る。


「活動は順調なのか?」

「それなりかなぁ......」


 これもダメ、『AAC』に関わることじゃないのか?


「ねぇ、光希」


 ふいに香織が言葉を発する。


「私ね、正しいと思ってたことが間違ってたの」


 恐らくは家族のことか?香織にとって親は絶対普遍の正義だったはず。それは香織に限った話ではなく、全ての人がそうだろう。


「それでね、間違ってると思ってたことは正しさを求めていたの」


 何のことだ?心当たりが無い。


「だから、私はそれが正しいと思った。今の私に必要なもの。でも、それは天才が成し遂げようとしてること」


 俺に何を求めようとしているのか。困惑する光希。


「光希は覚えている?私に、平凡も非凡も無いって言ってくれたこと」


 ......覚えてない。嘘を吐き続けてきた。その内の1つかもしれないもの。覚えてない。


「覚えてないかなぁ、光希はたくさんやることあるもんね」


 残念そうにする香織。おい、待てよ、いつの話だ?


 光希の様子にポツポツと、自分の胸に刻んだ言葉を、思い出を、語り始める━━


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『━━━......ッ!学生能力者の頂点!優勝者は■■■■!!』


 テレビに映る特別な人。何者にも負けない力を持つ特別な人。

 香織は特別に憧れた。憧れは自分に無いものをねだっている証拠。それを手に入れられる人は特別な人。それ以外は普通の人。


 自分は普通な人間だ。平凡に生き、無難に学生生活を送り、人並みな成績をとり、平均的な運動能力で、特筆することの無い毎日を送る、一般的な人間である。

 だから、自分には無い特別に憧れた。そして、特別になれないことに俯いた。

 回りは特別な人ばかりだ。


 勉強が出来ない人━━━でも、運動能力で誰より上に立つ人。


 運動が出来ない人━━━でも、カッコよくギターを弾ける人。


 何も上手く出来ない人━━━でも、努力して上に立てる人。


 みんな特別だ。輝いている。だから、関われなかった。

 香織は、普通であることを嫌った。でも、どうやれば特別になれるか分からなかった。


 だから、聞いた━━特別なのに、特別を出さず、普通に生きる人に━━同じクラスの男の子に、川口 光希に聞いた。


 平凡な自分は嫌いだと━━どうすれば非凡な力を手に入れられるのかと。

 彼は一瞬悲しそうな顔をした。その真意は今も分からない。だけど、そのあとの言葉の方が強く胸に残っている。


『平凡も非凡も、大差は無いだろ。要は見方の問題だろ?』


 見方?どう言うこと?


『じゃあさ、非凡なヤツばかりが集まれば、そいつらにとっては非凡こそ平凡だろ?』


 そうなのかなぁ?


『そういうもん。多数決とって多い方が平凡だよ。隣の芝生は青い。非凡なやつらからしたら、平凡こそ非凡で、羨ましく思っているかもしれない』


 でも、それは何も持たない人の気持ちが分かってないんじゃない。


『そうかもな。でも、持ってる人の気持ちも分からないだろ?』


 .......。


『だからさ、香織。お前はお前だ。誰も分からないお前は、香織という特別な物持って産まれた、誰にもなれない自分だけの特別だろ』


 ............そう......なの、かなぁ。


『そうだよ。世間ではそれを Only One唯一無二な人 と言う。香織だけのものだ』


 ......うん、ありがと。


『......我ながら青臭いことを言ってしまった......恥ずかしい、死にたい』


 ふふ、そんなこと無いよ。


 だって、こんなに救われた━━


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「━━ずっと、忘れなかった」


 香織は俯き、濡れた声で語った。


「光希なら、また私を救ってくれるかもって」


 分からない、確かにあの時、そう言った。


 だがそれは俺にとって逃げの選択をした結果だ。


 非凡な力━━望まずして能力者になった自分はそれが大嫌いだった。だから、今一度、力と向き合う。


「教えて......天才は......誰も真似できないような天才はいるの?」


 香織は否定して欲しかった。天才などいないと、天才と非才に差はないと。理解と言葉だけで世論をひっくり返そうとする、非凡な力を持つ平凡な人の言葉を待っていた。だが返って来た言葉は━━


「......いるよ、天才は」


 裏切られた。絶望で目の前が染まる。世界がぶれて見えた。泣いてる?期待した言葉がなかったから?


 もうダメかな......そう思ったとき━━


「だけどそれは、非才がいつか辿り着けるものだ」


 .......。


「いるよ、確かに天才は。めっちゃ飲み込みの早いヤツ。明確なイメージを持って、想像したものから創造出来るヤツ。一度経験したことは完璧に覚えられるヤツ。どれも天才だよ」


 天才を羅列される。どれも自分にはないものだ。


「だけど、それは非才なヤツより上達するまでが早いだけだ。非才だろーと、何度も繰り返せば天才のような力が手に入る。それを職人技って言うんだ」


 確かにそうかもしれない。だけどそれは━━


「だけどそれは、気の遠くなるぐらい数をこなさなければいけない」


 知っていた。だからこそ、天才に追い付けない。


「だから、天才は無敵じゃない」


 ......?......なんで?何度もやらないと追い付けないのに?


「それは経験の差だ。どれだけ早く武道が上達しようが、自分より何年も長く武道に励む者には勝てない。予想外のことに対応しきれないからな」


 じゃあ、非才で経験も無い私は負けるだけ?


「そして天才や、経験豊富な者に勝てるのは、閃きのある非才に他ならない」


 非才が勝つ?どうして?


「力も経験も無いからな。予想外な閃きで勝負するしかない」


閃きでどうするって......


「つまり天才が、経験豊富なヤツが、経験したことのない予想外なことをしてやるんだ。そうすりゃ未知の戦略に、謀略に、計略に、策略に対応して、非才にすら手こずる」


 ......あぁ、まただ。この人はまた、言葉だけで「当たり前」をひっくり返そうとしてる。


「世間ではそれを An upset下克上 って言うんだ」


 笑みを浮かべ、光希は言い切る。

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