第6話 悪の正義

 反抗期って結構誰にでも訪れるものだと思います。

 これって愚かな人間が1人でも生きぬけられるって勘違い正すためのものです。そして、少年少女たちは誰かの力を借りないと生きていけないことを知ることになります。


 何事も実際に経験するのは良いことです。それで痛い目を見れば記憶にも体にも刻まれる......実に合理的です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あれから何日経っただろう。

 警察の捜査は難航しているようだ。それはそうだろう、跡形もなく溶かしたのだから。

 だが、それを警察に言うつもりはない。それでは俺が裁けないから。


「お前、能力犯罪者だな?」


 声をかけられた男は肩を跳ねさせる。

 少年の目の前に空き巣をした男がいる。少年は男を射抜くような眼差しで見る。


 だが、男は相手が子供と分かった途端強気に出る。


「おいおい、俺は光術師だぜ?ガキは帰っておねんねしてな」


 自分から能力を晒すとは馬鹿なのかな?少年は黙って魔力を練る。


「はぁ、子供の分際で大人に楯突こうなんて救いようが無いな」


 大人の癖に犯罪に手を染めるなど吐き気がする。

 炎の剣を作り出し、男に切りかかる。子供が能力者だったことに男は一瞬驚くが、すぐにバックステップを踏み距離をとる。

 だが、


「な......!?」


 少年は目の前から消え、男の後ろに回り込んでいた。

 少年は炎の力を体にも纏っていた。体を温めることで運動能力をあげていたのだ。

 男は回避行動をとる。だが、遅かった。


 少年は炎の剣を振り上げ、男の腕を肩から切り放す。

 切られた痛みと、肉を、骨を直接焼かれる痛みに悶絶しそうになりながらも体勢を整える。


 だが、少年はすぐに追い付き炎の剣で男の腹部を貫く。

 溢れ出そうとする血は蒸発していく。内臓を直接焼かれ、全身の血が沸騰する。男は血を吐き、苦痛に顔を歪めながら、少年を睨む。


「.....クソガキが......ッ!」


 怒りに染まる。ガキと罵った相手に翻弄されているがためだ。


「.......クソガキがああああぁぁぁぁ!!」


 男の回りに光輪が複数浮かぶ。それは回転しながら少年を襲う。

 その程度、と思い回避する。だが、


「?」


 脇腹を切られていた。少年が避けた光輪は弧を描き、背後から少年を切りつける。


「!?......はっ!これが、大人の力だッ!」


 普通に食らったことに若干驚いたが、大人ぶる。やはり、少年はまだ戦闘経験が浅く、予想外のことに対応できない。

 だが、少年に躊躇いはない。傷を焼いて塞ぎ、更に魔力を練り、辺りを火の海へと変え始めた。

 黒い羽を広げて男の上に位置取る。


(冗談だろ!?ガキがこんなことできんのかよ!?)


 全身が焼かれ、体の水分が奪われていく感覚に囚われる男は、今更気付く。複数の能力を同時に使うことに。

 手を出してはいけなかった。子供の見た目に騙され、とんでもない相手を敵に回していた。


 そう理解した男の先は短かった。


 降下してくる少年をその瞳に捉え、カウンターしようと魔力を練るが━━出来なかった。


 頭が働かない。暑さにより、思考力が低下していたのだ。少年の行動は有利な位置に移動しただけではなく、熱を回避するためでもあった。

 そして、降下する少年は剣を振りかぶり━━男の首を刎ねた。


 火傷の痛みが今になって襲ってくる。息を荒くしながら、収まるのを待つ。戦っているときに痛みなど感じないのに。

 そこに少年へ盛大な拍手を送る青年が現れた。


「ブラボーです!三川みかわ しょうはけして弱くは無いのですが、中々良い戦いでしたよ!」

「誰だ?」


 警戒心剥き出しで問いかける。


「やだなぁ、そんな警戒しなくてもいいじゃないですか。プレゼントしに来たんですよ?誕生日プレゼント♪」


 そう言って、差し出すのは一本の刀。


「それと、これに手を翳してください」

「これは?」


 石の塊のようにも見えるそれは魔方陣が刻まれていた。


「これは『能力検知スキルチェッカー』といって、僕の開発した魔法具なのですよ!」


 テンションの高くなる青年を他所に『能力検知スキルチェッカー』に手を触れる。そこから情報が浮かび上がる。


「おぉー、これは!全属性魔法、『物理改竄』能力に『並列思考』能力!獣化は対象の生物が分かりませんね......。ですが!これほどの能力を操って見せたあなたの力!!疑いようがありません。......ここで消しておきますか」


 一瞬で笑みを消す。


 やはり、敵だったか。刀を構える少年。だが、青年は再度笑みを浮かべ、


「あはは!冗談ですよ。だけど、脅威になるのは事実。それはそれで面白い物語になりますかね」


 何かを思うような顔で踵を返す。


「あなたは僕とそっくりです。ですから1つ言わせてもらいますよ。自分の正しいと思うことを信じて貫くことをオススメします」


 正しいこと?そんなの決まっている。能力者を、家族を殺したそれを、全て滅ぼす。最後は自分が死んで、完成だ。紛うことなき平和が訪れる。

 それを信じて突き進みはや、一年。

 少年は『冥帝』と恐れられ、能力犯罪者たちの間でその名を知らぬ者はいなくなった。


 少年は自分が正しいと思い突き進んできた。だが、最近は変だ。

 自分を悪と罵る正義がいる。正義?正しいことが正義じゃないのか?でも、あいつらは違う。訳の分からないことを言う。


「大衆のために戦うのが正義」「社会のルールに沿って歩くのが正義」「人を生かすのが正義」「全ての人が憧れる存在が正義」「社会の見本となる大人が正義」


 正義、正義、正義、正義、正義、正義、正義、正義━━果たしてどれが正しいのか分からない。


「『冥帝』がいたぞ!」


 まただ。また、追いかけてくる。正義大人たちおれを捕まえようとして。


 分からない。正義とは何か。


 だからとりあえず、人を救ってみる。炎術師に襲われる男を助けた。炎術師は呆気なかった。目の前の男に集中するあまり、上から降ってくる氷に気づけなかったのだ。

 あっという間に氷漬けにされた能力者を男にまかせ、飛び立とうとする。


「まて、お前は冥帝ではないのか?」


 ......炎術師の攻撃で焼けたか、頬に火傷を負った男。


「何故殺さぬ、噂のお前は慈悲など無いはずだ」


 失礼だよね、人のこと好き勝手いってさ。俺にだって心はある。今、悩んでるんだよ......!


「好きに思えば良い。俺は正義を求めている。その能力者は正義だと思ってる連中に突き出せば良い」

「ふっ......正義だと思ってる連中ってのは『AAC』のことか?ならあいにく、俺も俺の正義を貫いている。そして、その正義のためにお前にこれをくれてやる」


 投げられた紙を受けとる。そこには名前が書かれていた。


「正義など、生きている人の数だけあるものだ。自分の知らない正義に板挟みにあってしまう。だから正義を貫くのは難しい。......お前の正義は何だ?答えてみろ」


 ━━俺の正義?たった今分からなくて困っているもの。だが、戦い始めたとき、確かにあったもの。そして今、少しだけ形を変え、この胸にあるもの。


「平和のために戦う。能力犯罪者は全員倒す。それが外道と言われようと、罵られようと、蔑まれようと、汚く、汚れたものであっても、それが俺の正義だ」


 嘘じゃない。二度とあんな思いはしたくない。大事だと気付いたもの。もう、手遅れになったもの。伝えられなかったもの。その全てを繰り返さないためには、平和になるしか無いじゃないか。


「平和ねぇ......道行きが違うだけでゴールは同じってか。いいぜ、お前の正義。一緒には行かねーが手助けはする、困ったら『AAC』にこい」


 だが━━と続ける。


「もし、お前がその道踏み外したと思ったら、俺の正義を振りかざしながらお前を捕まえる。いいな」


 そう言って笑みを浮かべる男。

 あり得ない。そう思った冥帝は何も言わず飛び立つ。


「随分と変わりましたねぇ『冥帝』」


 空を飛ぶ冥帝に並走してくる笑顔の青年。


「平和のため?それ、本心ですか?本当は憎しみのまま能力者を殺していたんじゃないんですか?」


 冥帝は視線を合わすことなく答える。


「最初はそうかもな。だけど、今は違う。憎しみこそ忘れないが、八つ当たりに近いことを続けたところで何も変わらないと思っただけだ」


 確信をもって言う。八つ当たり━━今までの行いはその言葉がよく当てはまる。だが、青年は気にくわなかったようで、


「そうですか、今変わられるのは物語としての旨味がありませんね」

「お前の勝手な物語に付き合う気は無いね」


 その言葉が開戦の合図となったか、青年は風の刃を冥帝に放つ。

 だが、この一年戦い続けた冥帝はそれを予測し、回避した。そして、カウンターとばかりに魔力の炎を放つ。


 だが、横から風が吹き、炎は青年に当たらず流されてしまう。青年は魔力を編み、まわりに風が吹きすさぶ。

 不規則な風の動きを見切って冥帝は体をねじ込み、刀を振るう。


 青年は魔力を編むのを中断し、回避する。それを追いかけようと冥帝は羽を羽ばたかせる━━が、バランスを崩した。

 魔力の風が気流を乱していたのだ。思いがけず隙を作れた青年は、風を自分の足元から出し、跳躍する。そして、冥帝を叩き落とすように魔力の風を塊にし、気弾を打つ。


 気弾に落とされる冥帝は、さっき編まれていた、気流を見出し続ける風の刃に気付く。


「さよならですね☆」


 勝ったと思う青年。しかし、冥帝は体をひねり、思い切り刀を振り、魔力の風の切り口を中心に魔力の炎を広げて穴を作る。

 それでもまだ、穴は小さかった。羽を折りたたみ、体を小さくする。


「さすがに一年も戦い続けてきただけありますね。一筋縄ではいかない」


 冥帝は体を切り刻まれたが、致命傷は避けた。体勢を立て直して、青年の方へ向き直す。


「だから、本気を見せましょう」


 青年は中断した魔力の風をまた、編み始めた。その魔力の風は、ついに辺りの気流を乱した。静止しているのがやっと。だが、冥帝は『並列思考』能力を使い、青年を観察すること、体を静止させること。そして、魔力の炎を編むこと、それぞれに思考を割いていく。


 冥帝の編む魔力の炎は辺りの気温を一気に上げていく。


「そろそろ終わりです!」

「あぁ、終わりだ!」


 風と炎がぶつかる。熱気を帯びた風が互いの体を焼き、切りつけていく。激しい魔力と魔力のぶつかり合い。

 魔力のぶつかり合いで互いの姿が見えない。冥帝はぶつかり合う魔法を回り込み、青年へ奇襲をしかける━━


「いらっしゃいませー♪」


 目の前に青年がいた。

 読まれていた。途中で魔力のぶつかり合いをやめることを、奇襲を仕掛けることを。


 青年は先ほどより強く気弾を打ち込む。冥帝は回避したくても気流が乱れ、上手く飛べない。

 気弾を当てられ、そのまま地面まで落とされる。


「多重能力者の弱点は━━」


 冥帝の近くに降り立つ青年は、敗因を告げるように言う。


「1つの能力に特化出来ないことですよねー♪ま、なかなか強かったですし?面白いので見逃します。せいぜい捕まらないよう気を付けてください」


 冥帝が生まれてから初黒星。ここから冥帝は進化していく━━

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