第5話 善意と熱意は悪意と殺意に変わる
秘密の話って本当に秘密に出来ているのでしょうか?
「これ、秘密なんだけど...」そう言って話して、次の人が「これ、秘密なんだけど...」と言って話して...。果たして何処に秘密があるのでしょうか?
本当に信頼できる人間にしか秘密は喋ってはいけないですよね。
でも本当は、広げてほしくて喋るのかもしれません。
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『AAC』仮眠室のベッドで横になる
支部長から聞いた、親が犯罪者だったこと。
親を亡くし、警察が入るため家にも帰れず。馴れないベッドでは眠りも浅く、夢を見ていた。高校に入る前の夢。
それは、香織にとって心の支えであり、今まで自分の歩みを進めたもの。自分しか知らない言葉。家族のいない今、ただ1人の守りたい人、彼から貰った言葉。
『平凡も非凡も、大差は無いだろ。要は見方の問題だろ?』
特別に憧れた時、普通な自分に悩んでいた時。
世界が理と決めつけた事、自分の中で非常に不条理で合理的と決めつけた事。
その理を、理解と言葉によってひっくり返した平凡で非凡な人。
「
ここにいない人の名前を呟く。助けを求めるように......。
彼ならまた、自分を助けてくれるのではないかと信じて......。
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━━翌日、光希は登校していた。
今日は春が始まってはじめての雨だ。花粉が飛び散らないから喜ぶ人もいるだろう。
━━だが、昨日あったことを思うと香織が心配だ。もしかすれば、この雨模様は彼女の心境の表れでは......そう思えてしまう。
ふと、前を歩く2人の女生徒の会話が耳に入る。
「ねぇ、聞いた?」
「何を?」
「昨日ね、冥帝が人殺しをしたって」
心当りがないな。まぁ、香織が勘違いしたのなら仕方がないか。また「冥帝が人殺しをした」という情報を広げるのが、偽物の目的か?
「それで殺された人ってさ、うちらの高校の人の両親だって話」
何故そこまで伝わっているのか、果たして伝わって良い話なのか?
(享治がミスをした?いや、どう伝わったかなんて考えるだけ無駄か......)
「所詮は噂」と、噂の存在は考える。
「でも、冥帝って犯罪者しか殺さないんじゃないの?」
「そう、だからその両親も犯罪者だったんでしょ」
「へ~、かわいそー」
......他人事だな。「かわいそう」だなんて、人を見下してる証拠だ。「私にはあるものあなたには無いでしょ?憐れんであげる」と。
ひねくれすぎか。だが、この世界はひねくれてる。言葉にしなければ、ひねくれようが何だろうが同じだ。
1人で校門をくぐる。始業までしばらく時間がある。
下駄箱から自分のくつを取り出し、履き替えた。ふと、棚の上を見ると、
(靴...?)
片方だけ出された知らない靴が上がっていた。すると、後ろから
「コウさん、おはよう」
「おう、おはよう......えっ、なんでスリッパ?」
そこには学校の指定靴ではなく、スリッパを履いた弘人がいた。
「いやー、朝来たら靴が片方だけ知らない人の靴だったんだよねー」
笑いながら答える弘人。どうゆう状況かイマイチ把握出来ない光希。靴を隠すでもなく、移動させるでもなく、片方だけ違う人の靴にするって。
「なんか.....アレだね......、新しい......嫌がらせだね」
光希はなんとか、言葉を絞り出す。そこへ二人に声をかけてくる生徒がいた。
「すいません、7組の桐原さんですか?」
「そうだけど?」
誰?二人して思った。
「友達が靴を片方だけ変える悪戯をして、迷惑をかけたようで......すいません」
手に持った靴を差し出す。なるほど靴の持ち主だったか。
「いやいや、気にしなくていいよー」
弘人は気に病まないよう声をかける。てか、誰だよそんな斬新な悪戯思い付くヤツ。
あんな事件見た後だと、可愛らしくてしょうがねーよ。
これが、男子高校生の日常か......。
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「八色 香織。しばらく活動はしなくていいぞ」
香織は享治に言われた。精神的な疲労から回復させるためだろう。
「......分かりました、ありがとうございます」
黒い羽と、遺体や壁等についた刀のものと思われる裂傷が決め手となり、犯人は冥帝で断定された。高校生ともなれば1人でも生きていける。そのため、何もない家へ帰宅する。
正式に働きに出るまでは、学生でどうにもなりそうにない金銭面を『AAC』から出してくれるそうだ。これが、『AAC』に入って優遇されることなのだろう。正直ありがたい。
何もないのは分かっている。でも、少しでも近くにいるようにしたい。犯罪者だったとしても、それは親だったのだから。
誰もいない道を歩いていると、声をかけられる。
「今日はずいぶんとお早い帰りなんですね」
風術師の青年、百聞がいた。笑顔を崩さずこちらを見てくる。
「何の用?」
百聞がどれだけ強者だろうと今は関係ない。冥帝を殺す。ただ、それだけ。
「良い目をしてますね~。殺意に満ちた良い目だ!あの頃の冥帝を見ているようですよ!」
百聞は嬉しそうに叫ぶ。だけど、気に入らない。冥帝と一緒にされたことが。
「まぁまぁ、そんな怒らないでください。僕は物語をお話しようとして来たんですから」
くだらない。帰ろうとする香織に話を始める。
「これは、そう。今あなたが憎む、冥帝の昔話です」
.......。
香織は立ち止まり、静かに振り替える。百聞はそれを嬉しそうに確認してから、
「それでは、始めましょう。それはある日のこと━━」
そして、語られる。この物語の始まりが━━
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7年前の話。少年は悩んでいた。
学校には友達がいる。だが、家に帰れば家族がいる。普通ならそれは幸せなこと。だが、小学生であった彼は世の中を知らない。
「宿題終わった?」「宿題はさっさとやっておけ」「この位のテストで点とれねーのかよ」「勉強できてる?」「お、今日はちゃんと勉強しているな」「珍しい」
......うんざりしていた。至って当たり前な意見の羅列。だが、少年にとっては理不尽で不服な意見の羅列。
梅雨が明け、誕生日まであと数日。だが、誰が祝ってくれるのか?
少年は反抗期だった。親が、兄が、憎たらしく、嫌悪を感じていた。
だが、同時に理解はしていた。1人では無力で、この世界は生き辛い。
学校の帰り道。毎日同じ事を考えて帰宅する。今日もまた、同じように......
「ははっ!遅いおかえりだなぁ!ガキがまだ1人いたとは!!」
荒らされた部屋。家具は倒れ、壁は抉れている。床には穴が空き、障子は破れ、割れた窓もある。そして、それを行ったとみられる男。
頭から血を流し、倒れる兄。レイピア風の剣に串刺しにされる母親。落ちた天井に潰された父親。もう、生きていないだろう。
心が痛む。どうして?いや、答えは分かっている。
あぁ、そうだ。心の底から憎む訳が無いじゃないか。生まれてから1日も見なかったことは無い顔。本当に恨んでたら、とっくにここを離れていただろう。
だが、違った。離れていってしまった。俺からではなく、あいつらから。家族のほうから。
だが、それは自分の意思ではない。殺されたのだ。やはり、大事なものは失くしてから......亡くしてから、気付くものだ。
怨憎。嫌悪。憎悪━━居場所を、帰るべき場所を、奪った目の前の男。感情の制御など、子供の彼には出来ない。
胸の奥に渦巻く得たいの知れないもの。身体中を巡る粒状の何か。外に溢れ出さんと体を内側から打ち叩く。ひどい頭痛だ。情報が一気に頭へ流れてくるようだ。
それら全てを無視して男に問う。
「お前、何なんだよ。答えろ、何なんだよ!」
声には怒気がこもっていた。それを可笑しくてしょうがないといった様子の男。微妙に甲高い、癪に触る声で、
「能力者だよ!はは、ははは!そう、実験だ!実験だよ!!神のみが力を自覚させる...本当にそうだろうか!?」
何を言っているのか分からない。実験?まさか、こいつ......
「感情の昂りで能力は目覚める...可能性はある!!ならばこの人たちは世紀の実験の道具となった!光栄なことではないか!!」
何と言った?家族を道具と言ったか?世紀の実験?関係ないな。こいつだけは━━
━━━━許せない
━━気付いたときには体が動いていた。魔力の炎を拳に纏わせ、殴りかかる。だが、少し届かなかった。
「ふ、ははははは!!実験は成功だな!!!」
嬉しそうにする男の声は、少年には届かなかった。否、聞こうとしなかった。
男は反撃とばかりに光の矢を乱れ打つ。
不思議と加速していく思考。戦闘経験のないはずの少年はそれの一つ一つを恐ろしい速度で認識し、着弾位置を予測、回避した。
最後の槍を屈んで避ける。その体勢から体をひねり、回し蹴りを放つ。一度もやったことがないこと。それでも、両手足、頭から爪先まで、自分の体の全てを把握していた。
放った回し蹴りは男の鳩尾へ入る。子供の一撃とはいえ、本気で放たれたそれに一瞬怯む。
その隙を見逃さない。少年は自分の影から伸びた槍で、男を縫い止める。動けない男に容赦のない冷気が襲う。笑みを浮かべたまま凍る男を中心に炎が渦巻き、溶けていく。
倒した━━。少年は使ったことのない力を使ったがためか。全身から力が抜け、倒れそうになる。
「はぁ......はぁ......」
頭が痛い。ガンガンする。世界が反転したかのような気分だ。体が熱い。火傷しそうなほど。
自分の体をも蝕む熱は、鳥よりも美しい━━燃え盛る紅い羽になる。
だが、家族を殺した能力者が憎い。その憎悪によって、紅い羽は黒く染まっていく。それと同時、少年は自分を苦しめた熱から解放されたと感じた。
「これが自分のするべきこと」と、能力者を殺す決意をする。ただ一言、家族に伝えたかった言葉を飲み込み、殺意を漲らせる。
そして、もう1人の観察者は━━
「実験は成功どころか、大成功ですね。複数の能力を扱う『多重能力者』と呼ばれる存在。こんな形で生まれるとは、面白い物語が始まりますね♪」
そう言って、事の全てを見ていた青年は踵を返した。
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