第4話 家族の正体

 不思議ですね。あれほど人を殺していた彼も、今となっては「殺すことはないだろ」と言いました。

 僕は彼女が居ることは彼の物語の障害になるかと思いましたが、どうやら違うみたいです。

 彼女がいた方がこの物語は進む。彼女のことは敬意をもって『氷槍』と呼びましょう。


 では、彼女に物語の登場人物となってもらうために、少し彼の昔話をしに行くとしましょうか♪


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「それで、逃げてきたと」

「そうだよ、あのまま戦ったら人にも周りにも被害がでるだろ」


『AAC』波泊市支部支部長室。第二区画委員との戦闘を避けた光希は享治の所へ来て今起こっていたことを報告していた。


「しばらくすればうちの委員から報告書が上がるだろう」

「じゃあ、まぁそんときはよろしくな」

「ふ、任せておけ」


 正直、こういう時は頼りになると光希は思っている。冥帝の情報が少ないのも彼のお陰だ。

 後のことは享治に任せておくことにした。


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『AAC』波泊市支部支部長室。

 第二区画委員委員長、副委員長とその先輩が呼び出される。


「『百聞』なる存在か...」


 さしもの享治もその事は知らなかった。


「八色さん、その話が事実ならいよいよ手に負えないよ」

「事実だと思います、私も聞きました」


 委員長と先輩が話す。「手に負えない」全くその通りだと思う。


「だが、冥帝に攻撃が効かなかったのも確かなのだろう?」

「はい」

「どんな能力だった?」

「分かりませんが、冥帝は『物理改竄』と、言ってました」


 享治は、本人から聞いたため、能力は知っていた。しかし、香織が圧倒的強者の前で、冷静にその事を聞けていたことに驚く。顔には出さないよう取り繕って。


「そうだな......八色 香織を助けたっていうのなら、こちらから手を出さなければ冥帝との衝突は避けられると判断する」


 言外に「手を出すな」と言われる。


「そして『百聞』......情報がない今、手出しの一切を禁ずる。以上だ。ご苦労だった、下がっていいぞ」


 礼をして部屋を出る一同。


「八色さん、昨日は大変だったから今日は帰って大丈夫だよ」

「えっ、でも、いいんですか?」


 独断な気がしたので、委員長に確認を取る。


「いいよ。入ってすぐだったし、学校帰りでしょ?今日はゆっくり休んで」

「ありがとうございます」


 委員長の厚意に甘え、明るいうちに帰宅することにした。久しぶりだった。


「ただいま」

「おかえり、どうしたの具合悪い?」


 どうしてそうなるのか。出迎えてかれた母親に苦笑した。


「違うよ。今日は早く帰っていいって言われたの」

「そう、じゃあ、久しぶりに夕飯はみんな一緒ね」


 そう言って、笑う。自室に荷物を置いてリビングに入ると、


「香織、今日は早いんだな」

「早く帰らせてもらったんですって」

「そうか。なら、夕飯は一緒だな」


 いつもは仕事と言い、夜遅い時間に帰る父親も帰っていた。

 家族で食卓を囲み、今日あったこと、面白かったことを話し、笑った。本当に久しぶりだった。


 あぁ、この場所を守りたい。そう思って香織は『AAC』に入ったのだから。


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「よう、光希!」

「おう、おは......何だ?ムロ、お前カレーの匂いが」


 教室に入ってくる智也から匂うそれ、


「ふ、今日の弁当はカレーだ!」

「午前中ずっと匂うのかよ!」


 突っ込まずにはいられなかった。いや、突っ込まねばならない。何故ならこの被害は教室中だからだ。


「また、斬新なことするね」


 感心するな、ヒロよ。せめてもうちょっと匂いを押さえられなかったのか。


「大丈夫だ、これは昨日の残りだからな!」

「だからどうしたッ!」


 もうダメだ、こいつ。そう半ば諦めかけたその時、


「いやまて、名案がある......」


 ヒロ!やっぱお前は最高だ!


「購買のパンと合わせれば昨日の残りのカレーも、飽きずに食べられるんじゃないか?」


 ......もう、エエわ。


 何かすごい裏切られた感を飲み込み、光希は机に突っ伏した。


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『AAC』波泊市支部支部長室━━

 夜になり光希はそこを訪れた。享治に呼び出されたためだ。


「ひとつ、頼みがある。私にも情があるのでね。手を出しかねている問題があるのだよ」


 そう冗談から言い始め、能力犯罪者名簿の1人を指差す。


「まるで俺には情が無いかのようないいかただな?」

「お前はかなぐり捨てることも出来るだろう」

「どうかな」


 軽口を交わしあいながら名簿を受け取り、詳細を見る。


「どうするつもりだ?」


 詳細をみて顔をしかめる。

 その犯罪者は、光術師こうじゅつしの男だ。数年にわたり薬物の違法所持、取引を行っている。現在は妻と子供が1人。妻は共犯とみられる。


(この名前は確か......)


 見覚えのある名前。それもそのはず、


「八色 俊久としひさと、その共犯者の身柄をここに連れてきて欲しい」


 香織の両親だった。だが、まて。そんなことをするような人には見えなかった━━と、自分の知ってる人たちを思い出す。しかし、


「人は見た目にはよらないということだろうな」


 享治は、思考を読んだかのように言う。


「八色 香織への説得も頼んでいいか?」

「無理だ。香織は冥帝を敵視している。光希で言ったとしたら、何故俺がそこにいるのかの説明が必要だ。それは出来ない」

「なら、こっちで何とかしよう」


 助かったと思う。今回はちょっといつもと雰囲気が違う気がすると、光希は感じた。


「それでは頼んだ」


 光希は宵闇の中に消えていく......


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 香織は夜の町を歩き、帰っていた。

 疲れた、早く休みたい......そう思って。


 家に着き扉を開ける。「ただいま」と言うが返事がない。何かに夢中になってるのかな?と、考えたが━━違和感。

 家がいつもより薄暗い。胸がざわつく。空気が重たく、香織の身に降りかかる。気分が悪い。焦燥を感じる。

 荷物を置くのも忘れ、リビングに入る。


「......ぁ」


 リビングは荒らされていた。それだけではない。

 鋭利な物で腕や腹を切り裂かれた母親、タンスの下敷きになった肘から先の腕が無くなっている父親。見ただけで分かるほど重症。いや、息などもうしていない。


 守りたかった場所。大好きだった物。大切だった人。だが、今ここには、どれもない。あるのは、死体と血に染められた家具。

 トラウマになりそうなほど衝撃的な光景。唐突に訪れたそれ。

 窓に一瞬映る黒い影。それの落とし物かと思われる黒い羽。羽を拾い思った。


 冥帝にやられた...!?


 その瞬間、荷物を放り、走り出していた━━


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「ひでぇな、これ」


 光希は香織の家に来ていた。八色夫妻の生きている身柄を捕らえるため。だが、そこにあるのは死体。

 これは香織には見せられないと思いながら部屋を見渡す。だが、


(......!遅かった!)


 投げられた香織のカバンがあった。どこに行ったのか分からない。魔力の反応も家のなかには無い。

 もう少し早く来れていれば。悔やんでも仕方の無いことを悔やむ。

 誰がやったか?推測しようにも情報が少ない。とりあえずこの件を、享治に報告しようとして、立ち止まる。


 八色 俊久━━香織の父親の手に光るものがあった。


(ペンダントか?家族写真......)


 両親と、まだ幼い香織が抱きかかえられ、笑顔でカメラを見ている写真。犯罪者とはいえ、家族を、娘を愛していたか。


(馬鹿め......!)


 犯罪などしていなければもっと違った結果が、幸せがあっただろうに。だが、今となってはどうにもならない。


(犯罪者に感情移入はするべきでは無いな......)


 光希は気持ちを落ち着かせ家をでる。羽を広げ、『AAC』支部に行こうと━━


「ずいぶん面白いことになってますね」


 笑顔の青年、『百聞』がいた。


「百聞か、まさかお前がやったのか?」


 何を?とは言わない。それでも伝わると分かっていた。


「まさか。僕は『氷槍』にあなたの昔話をしてあげようかと思ってたんですよ?あ、ご安心下さい。あくまで、冥帝の昔話をしようとしただけです」


 刀に手を添えたのをみて、慌てて捕捉する。光希と繋がるような話はしないと。そして、『氷槍』━━おそらく香織に知られる訳にはいかない。


「誰がやった?」

「さぁ?でも、あなたに復讐したいか、潰しておきたいか。そういう人たちの仕業ですかねぇ。ご存じでしたか?部屋にこれ見よがしと置いてあった。あと、走って逃げていく黒いコートを着た人をこっちに来るとき見ました」


 それでもここにいるのは、気付いたとき何処に行ったか分からなかったか。


「まぁいい、俺は支部長に報告を......」

「それ、やめた方がいいですよ」


 どういうことだ?


「『氷槍』の行方、恐らくは『AAC』かと」


 見つかる危険があるか。一理ある。携帯に連絡入れるぐらいにしておこう。


「それでは冥帝、僕は調べものに行くので。せいぜい気を付けてくださいねー。殺されないように♪」

「お前を殺すまで絶対に死んでやんねーからな」


 そして、夜も更け━━


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「冥帝が......か」

「......はい」


 香織は支部長に報告をしていた。家族を殺されていたと。


(冥帝がやってないのはわかるが、これは庇えないな)


 もし、庇ってしまえば俺が疑われる。そうなってしまうのは避けておきたい。


(光希、悪いなぁ。冥帝にはまた悪役になってもらうよ)


 死体処理に警察へ連絡する。この件が公にならないようにするが、冥帝がどう扱われるか分かりきったことだ。

 だが、人には口がある。その口を完全に封じることは出来ない。それは噂となり、一部の人へ風に乗って伝わっていく。


 そして、噂は音よりも早く広がっていくことになる━━

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