日本有数のお嬢様と幼なじみの俺は、すっかりヤンキー娘になった彼女から求婚されているが、純情チョロインなのでまんざらでもない
竹井アキ
第1話:結婚の約束は計画的に
「りーちゃん、大きくなったら結婚しようね」
「うん! 約束だよ、たっくん!」
幼稚園児同士のたわいない約束。
マンガなんかでもよくある、まさに「お約束な約束」。
こども同士の可愛らしい約束だけど、そんなもの普通は大人になったら忘れてしまうだろ?
だけど俺たちの場合はちょっと違った……。
◇ ◆ ◇
「タクミ、いつになったら結婚してくれるの!?」
「うっせえ、リサ! 今そんな話をしてる場合じゃねえだろ。今日は入学式なんだぞ!」
今、俺の隣を一緒に駆けているのが「りーちゃん」だ。
さすがにそんな呼び方を高校生になってもしているのは恥ずかしいので、口に出すときはちゃんとリサと呼ぶようにしている。基本的には。
「だってだって、やっと一緒の学校に通えることになったんだよ!」
「だからって結婚とか、全然理屈になってねぇ!」
というか、俺たちの年齢ではそもそも法律的に結婚できないだろうが、というツッコミを入れたいところだが、それはやぶ蛇だ。
いつまで待てば良いのかという話になるのが目に見えているので、ここはスルーが吉。
着慣れないブレザーを着て、なんだか体が締め付けられるような感覚を味わいながら都会の大通りを駆け足で進む。
高校生にもなれば、変わるのは呼び方だけではなかった。
りーちゃんには、昔の可愛らしい幼女の面影はない。
高校の入学式当日だというのに、明るい茶髪のミディアムヘアに金色ピアス。
ワイシャツも少しだぶつかせて着ている。
そこらじゅうにガンを飛ばしてそうなキツイ目つきで、周りからみたら、どう考えても社会を舐め腐っているヤンキー娘だ。
まぁ、間違いなく美人ではあるのだが、言葉遣いからして男勝りもいいところである。
いや、変わりすぎだろお前。
対する俺は、短髪黒髪の真面目な高校生スタイル……が出来ているはずである、きっと。
「まったく……」
なんでこんなことになったんだか……。いや理由は分かっているが、こんなりーちゃんをみていると、昔の可愛らしい彼女が恋しくなってしまう。
嘆息しながら街並みに目を向けると、街頭にはオシャレなお店が建ち並んでいる。
しかし、そんなものに気を取られている暇はない。もともとそんな店に並ぶ高級品に興味もないしな。
「だいたいねぇ、電車に乗り遅れたのはアンタのせいじゃん!」
ちょうど信号待ちで足を止めるが、りーちゃんの話は止まらず、声を荒げてまくし立ててくる。
俺も負けじと応戦する。
「うっさい、お前が昨日寝かしてくれなかったからだろうが!」
「違うでしょ! タクミがもう一回、もう一回ってしつこかったからじゃん! わたしだって疲れてたのに、そんなに相手できないよ!」
周りの大人の目線が俺たちに集まっているのを感じる……。
「まぁ……最近の子は進んでるわねぇ」
「若いっていいなぁ……」
「……女の子の方はすっげえカワイイけど、男の方は地味だな……」
「俺なんて、もうずっとしてないよ……」
「夕べはお楽しみでしたね」
なんて言葉がひそひそと交わされているのを感じる。
俺と、りーちゃんは二人で目を合わせて、先ほどの自分たちの会話を振り返る。
「……」
少し間をおいて考えた後、なるほど、周りが何を想像したのか理解できた。
同じタイミングで、りーちゃんもそれを把握したらしい。
──カァァァァッ──
蒸気が噴き出しそうな勢いで恥ずかしがって、顔がりんごのように赤くなっている。
頬から始まって、ぽおっと耳まで真っ赤になっていく様が、なんだか愛おしい。
いや、そんな事、本人の前では絶対に口に出さないが。
調子に乗るからな。
とりあえず俺は周りに聞こえるように、わざとらしい大声で、
「いや〜、お前あのゲーム強いよなぁ!! 将来プロゲーマーになれるんじゃね!?」
なんて言って周囲の誤解を解こうとする。
それに合わせて、顔を隠すように俯いていたりーちゃんも、声を絞り出して俺のセリフに補足した。
「……ア、アンタがよわすぎんのよ! その上負けず嫌いだから、あんな夜までゲームさせられて──」
そんな俺たちの会話を確認した周りの人間達は、「な、な〜んだ、ゲームの話かぁ」なんて納得していた。
中には、
「……どっちにしろリア充じゃねえか。爆発しろ!」
なんて声も聞こえたが、スルーする。
そんな羨ましいもんじゃないよ、いやホント。
そうこうするうちに信号が青に変わった。
「──だいたいアンタね、コンボ精度が低すぎるのよ。まずはきっちり確定反撃を決められるところから──」
なんと、ゲームの話をし始めたとたんに熱が入ってきてしまったようだ。
この女、格闘ゲーム
昨日も入学式前日だというのに、俺の家にやって来て、
「親と喧嘩してイライラしたらから、ボコらせろ」
なんて、邪悪な目つきでのたまうので、相手をする事になっただけの話である。
俺だって男だから、負けが続いてちょっとムキになるのは仕方ないよね。
まぁ、こんな時の対応は慣れているつもりだ。
青信号に変わるタイミングで、りーちゃんの手をとって走り出した。
ヤンキー娘の手は温かい。いや、他の女の子の手がどんな感じか知らないんだけど……。
「行くぞ! 遅れちまう」
「え……ちょ、ちょっと……」
戸惑ったままのりーちゃんの手をひいたまま学校まで数分の道のりを急ぐ。
その間りーちゃんは、ぼそっと「恥ずかしいよぉ……」と発したのみで、おとなしく、俺の手をぎゅっと握り返していた。
高校生で結婚なんて言葉を口に出すヤンキー娘なのに不思議と純情、それがりーちゃん。
……とてもかわいい。絶対に本人には言わないけどな。
「やっぱリア充じゃねえか!」
俺らの後ろではそんな叫び声が聞こえたような気もするが、徹底的に無視した。
【りーちゃんをしおらしくする方法その一:優しく手を握る】
◇ ◆ ◇
「ふぅ……ここか……。なんとか間に合ったな」
ブランドショップが立ち並ぶ大通りから、少し外れた道を行くと数分で目的地が見えてきた。
青川(せいせん)学園高等部──俺たちが今日から通うことになる高校だ。
周りを見渡すと同じ方向に入学生とおぼしき生徒達が、保護者を伴って歩いていた。
「入試の時にも来たけど、土地代だけでどんだけかかってるんだよこれ…… ほんとにこんな所に俺が通っていいのだろーか……」
都内の一等地の中、徒歩では敷地を一周するのも苦労しそうな広大なスペースが確保されている。その周囲は木々に囲まれ、都会の雑踏からそんなに距離があるわけでもないのに、ここが特別な空間であることを演出していた。
正直言って、俺にはまったくもって場違いな学校に感じられた。
「……まったく……」
俺の隣で息を整え終わったりーちゃんが、ふっとつぶやいた。
「大丈夫か? 疲れたのか?」
運動神経抜群の彼女の体力を俺が心配するのは、おかしな話なのだけれど、一応そんな声をかけてみる。
俺は紳士なんだ。
「……うっさい……ボケぇ……」
りーちゃんの顔を覗き込んだら、顔を隠して背を向けながら罵倒された。
紳士に向かって失礼な。機嫌が悪いんだろうか。
「……気を遣ったつもりなのに……」
しかし、改めて学校の門を見ると、ここは都会の中にある城なのかと思ってしまう。
古めかしいレンガ造りの大きな二本の柱が、この学校の歴史を象徴していた。
入学式を示す立て看板もきらびやかに花で飾り付けられていた。
その傍らには案内係と思われる若い女教師の姿もある。
「……ん?」
その教師の目がりーちゃんの方に向くのを感じた。
「まずい……」
この青川学園高等部は、富裕層の子息が通う由緒正しき名門校。
生徒には高級官僚や財界人、著名人の子息も多い。
そんな学校に入学式当日から、茶髪ピアスで登校してくる奴なんてめったにいないだろう。
まぁ、いずれ何か言われるのは分かっているが、こんなところで時間を潰すのは馬鹿らしい。
「ほら……さっさといくぞ」
入学生達の人混みに紛れながら、俺はりーちゃんの肩を背中側からぐっと掴んで押していく。
「ちょ……ちょっとタクミ……。あ、焦りすぎだって! こんなところで…… ん、もっとムードを……」
「何を勘違いしとるんだお前は……」
「あ、ちょっと……そこは……んはぁっ……」
りーちゃんが、なぜか悩ましげな声を出している。
ヤンキーのくせになんかエロいじゃねーか……。
ふとそんな煩悩が脳をかすめたが、すぐに振り払いつつ、なんとか教師の目線をかいくぐるように歩いていった。
「な、なんだあれ……」
周りの入学生たちの目線が痛かった。
知ってるよ、目線が痛いのはもう知ってるよ!
【りーちゃんをしおらしくする方法その二:背中のとある部分に触れる】
◇ ◆ ◇
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