第13話:黒髪ストレートは負けたくない
◇ ◆ ◇
授業が始まって数週間もすると、クラス内のグループみたいなものも自然と出来てくる。
厳密ではないものの、親の社会的地位が似たようなものが集まる傾向があった。
ざっくりと、
上位層──金融資産が豊富な資産家 or 大企業の役員以上
中位層──中規模な企業の経営者 or ちょっとした土地持ち
下位層──普通のサラリーマン or 小規模な企業の経営者
なんて感じだ。
もちろん、ここは名門校だし、表だっていじめのような事をすることはほとんどないが、見えない壁みたいなものは存在するものだ。
そしてうちのクラスの上位層の中で、一際目立っているのが、
親は有名なIT新興企業の経営者だった。
それだけでなく、雰囲気からして切れ者感をこれでもかと出している女子だ。
黒髪ストレートに切れ長の目で、クラスの男子の中で人気投票をしたら、一位二位を争うだろう。
……ちなみに、りーちゃんは見た目だけなら上位だろうが、性格的に恐れられ過ぎていて上位には入らないと思う。一部ドMな男子には抜群の人気があるらしいが。
それで、その黒沢なのだが……
「チラ……チラ……」
授業中に俺の方をみてくることが多い。
席は離れているのだが、ちょうどお互いに目に入る位置に座っているため、相手の視線が確認できてしまう。
残念ながら、好意……ではないと思う。
授業中に俺が手を上げると、必ずと言って良いほど黒沢も対抗して手を上げる。
……要は負けず嫌いなんだろうな。
もちろん、単に負けず嫌いではなく、実力もしっかりしていた。
まだ一学期の中間試験は先だが、クラス一位の最有力候補だ。
まぁ他人を気にしてもしょうがないので俺は俺で自分のペースでやっていくだけだ、と思っていたのだが……。
◇ ◆ ◇
「この問題が分かる者いるか?」
年配の数学教師が、確率の問題を出した。
・三つの扉A、B、Cのうち、一つの扉の後ろに当たりの景品がランダムにおかれる。
・あなたは適当に扉Aを選択したが、その扉を開く前に、答えを知っている人間が残りの扉Cを開いて見せてくれるとハズレだった。
・さて、あなたは扉Aをそのまま開くべきか、扉Bに変えるべきか。
……なんじゃこりゃ、高校一年の確率の問題というかクイズだな。
それも結構有名なひっかけ問題だ。
俺が手を上げようとすると……
「はい!」
黒沢が手を上げた。
「はい、黒沢さん」
「扉Aでも扉Bでも確率は二分の一で変わりません」
「……ざんね〜ん。違いま〜〜す」
数学教師が意地悪く笑った。
まぁ、引っかけようとして出している問題に、まんまと引っかかってくれたわけだから、向こうとしては小気味良いんだろう。
「──くっ──」
黒沢が悔しそうに奥歯を噛みしめている。
「それじゃ、竹中君」
「えっ?」
「さっき、手あげようとしてたでしょ?」
う〜ん……。別に黒沢にケンカを売るつもりもないんだけど、わざと間違えるのもしゃくだ。
「扉Aをそのまま開けた場合の当たり確率は三分の一、扉Bをそのまま開けた場合は三分の二。従って、扉Bに変えた方がいいです」
「ほう……もう少し詳しく説明できるかね?」
「……はい」
この問題は答えそのものよりも解説が難しい。
一番直感的な解説は、扉を三枚ではなくもっと多くの数……例えば百枚ぐらいにしてしまうことだ。
・百枚から一つの扉を選んだときに、扉Aに当たりがある確率は百分の一。
・百枚のうち、答えを知っている人間が残り九十八枚を空けてしまって、扉Aと扉Bだけ残ったとする。
・扉Aの確率は最初に選んでいるので、やはり当たりの確率は百分の一だ。
・扉Bは、「答えを知っている人間があえて開こうとしなかった扉」なので、そちらを選んだ方が当たりが入っている可能性が高い(百分の九十九)
(仮に扉Bがハズレならば、途中で開けられてしまっている確率のが高い)
こんな感じの事を説明すると、数学教師は
「うん……概ね良いでしょう」
と納得してくれた。
◇ ◆ ◇
放課後──
帰宅する前にりーちゃんがお手洗いに行くというので、廊下で待っていると黒沢に話しかけられた。
話すのは初めてだ。
「竹中くん」
「……なに?」
「あなた頭いいのね」
「数学のアレか? あれって結構有名なクイズだぞ」
「調べたらそうみたいね。私としたことが……」
「……別に落ち込む必要もないんじゃねーの? 雑学王を目指してるわけじゃあるまいし。成績と関係ない、単なる先生の気晴らしだって」
「……ふぅん……優しいんだね」
そういって、軽く微笑んだ。
……なんだろこの雰囲気。俺を過大評価してるのか?
「私ね……昔ながらのお金持ちってあんまり好きじゃないのよね。代々の資産よりも、一代の実力で成り上がった方がカッコイイじゃない?」
「……まぁ……そうかもな」
まさに黒沢の親がそんな感じだ。
「鬼塚さんみたいな人……あんまり好きじゃないの」
りーちゃんの家は、その反対という感じだもんな。
まぁ、家族と仲が悪いってのは黒沢は知らないだろうし、親の力で好き勝手やってるように見えているのかもしれない。
「ふぅん……別にいいんじゃないの? 勝手に嫌ってれば」
「ねぇ……竹中くんは、彼女のどこが好きなの?」
「……は?」
「なんか、あんま似合わないなって」
「……大きなお世話だ」
俺が気にしてることを言われて、ムカッとして顔を背ける。
と、視線を外した隙に黒沢が近づいてきて俺の胸に──
「お、おい!」
しなだれかかってきた。
そのまま、耳元でささやくように彼女が言う。
「わたしみたいな女は嫌いなのかしら?」
「あ、あのな! 好きとか嫌いとか──」
言いながら、なんとか彼女を引き剥がそうとしていると──
「な、なにしてんの!?」
りーちゃんが戻ってきた。
……おいおい、勘弁してよ……。
日本有数のお嬢様と幼なじみの俺は、すっかりヤンキー娘になった彼女から求婚されているが、純情チョロインなのでまんざらでもない 竹井アキ @Takei_Aki
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