第2話:幼なじみってサイッキョ!

入学式が行われる体育館が見えてきた。


「お、あそこか」


「はぁ……はぁ……。 お、あそこか……じゃないでしょ!」


りーちゃんが、顔を蒸気させて怒っている。


「まったく! なんでアンタは、こういう事ナチュラルにしちゃうのかね! スケコマシか? スケコマシなのか?」


怒鳴りながら地団駄を踏んで暴れていた。


「何を言ってるのか、わけが分からないよ」


俺は、可愛らしい謎生物のような大きな丸い目をしてみた。


「……はぁ……まぁいいや……」


りーちゃんは大きな溜息ためいきをつくと、体育館とは別の方向に目を向けた。

教職員棟のすぐ近く──学園の駐車場兼ロータリーとなっている場所だ。


そこに高級車が次々に到着していた。少しでも待ち時間を短縮するためだろう、恐らく若手の教員と思われる人間十名ほどが車の誘導を慌ただしく行っている。


俺たちと同じ方向から歩いてきた新入生たちは、距離をおいてその様子を眺めていた。


そのうちに、一際目を引く大きな黒塗りのリムジンが到着し、出迎え役の年配の教師の一人が扉をあけると、中から一人の女の子が現れた。

黒髪ロングヘアーが風になびき、光を反射してぱぁっときらめいている。


「ごきげんよう」


などと出迎えの教師たちと軽く挨拶を交わしているのが見て取れた。

そのまま、体育館へ続く道──つまり俺たちのいる方向へ足取りを向ける。

既に到着していた何人かの生徒達は彼女が来るのを待っていたのだろうか、自然と彼女に続いて歩いてくる。


明らかに高貴な匂いのする彼女たちの存在感に他の新入生達が、体育館への道を自然と空け、花道のようなものができあがった。

俺たちと同じ「一般人」の雰囲気をもった生徒達が、ひそひそと話しているのが聞こえる。


「……あれは?……」


「ほら……南条家の……」


一般人とは言っても、世間の平均から言えば圧倒的に恵まれた環境の奴らがほとんどだ。

そんな奴らからしても「天上人」のまとう空気は別のものだという事だろう。


花道の真ん中、先頭を歩く黒髪ロングの女子は、大衆には目をくれず歩いて行く……ように見えたが、ふと俺たちの方を向く。

というよりも、僕の隣のりーちゃんに目がいったようだ。


「あら……あなたは……」


りーちゃんは、その女の方をキッと睨んで──


「あぁん? ……ガンつけてんじゃーねぇよ!」


予想通りのヤンキー口調が飛び出した。


「ひえっ」っと周りの新入生たちがびくついている事が分かる。

そりゃそうだ、こんな状況で古典マンガに出てきそうな不良女子がいるなんて誰も想像しないだろう。


そんな空気を意に介さず、


「? それは、どういう意味でしょうか……?」


屈託のない瞳で問い返す黒髪ロング。


恐らく本当に意味が分かっていない。


本当の「お嬢様」って言うのはこういうもんなんだ。下界人とは住んでいる世界が違う。

使っている言葉も違うのが当たり前だ。


「あん? ケンカ売ってんのか? このアバズレが!」


いや、どうみてもアバズレは君の方だぞ、りーちゃんよ。

もう少し口調をだな。


「ちなみに、ガンをつけるは漢字で書くと眼を付けると書く!」


ドヤァと、どうでも良いうんちくを語りながら、胸を張る。


いつの間にか上着を脱いでいたらしい。

ボリュームはそこそこの胸が、ワイシャツの上から、それなりに強調された。

でもカタチが良いんだよな……。何というか、手のひらサイズで──。


って、見るな見るな、周囲の男ども。


りーちゃんは両方の手のひらをぴらぴらと上に向けて振って、ふふんと鼻息を慣らす。


「ま、お嬢様には分からないだろうね」


「……そんな威張るほどのことじゃないぞ……」


この女、お嬢様という存在に複雑な感情を持っているのだ。


「……ずいぶんと変わってしまったのですね、リサ様」


「ん?」


どうも、黒髪ロングはりーちゃんの事を知っているような口ぶりで話を始めた。


「お父様とお母様も泣いているのではないかしら? 世界に名立たる鬼塚グループの一人娘がこんな格好で、わけもわからない下品な言葉をお遣いになられているなんて……。 鬼塚リサ様」


鬼塚リサ──それがりーちゃんのフルネームだ。

黒髪ロングが言ったように、戦後日本で製造業を中心に大成功を納めた大企業複合体のトップに位置するのが鬼塚グループ。


つまり、俺の隣のこのヤンキー娘自身が紛うとことなき「お嬢様」なのである。


「ん?…… わたしの事を知っているのか? もしかして……アンタ……」


「ふふっ、やっと気付いたようね」


「か、かーちゃん!」


「そう……わたしは……って、母親みたいに呼ばないでください!」


「ひさしぶりだな、かーちゃん!」


「人の話を聞きなさい!」


黒髪ロングが凜とした雰囲気を崩し、ぜぇっと息を吐いた。

だが、すぐに元通りにぴんと背筋を伸ばし、天上人のオーラが復活した。


「おい、リサ。誰なんだこいつ?」


俺はりーちゃんに耳打ちする。


「ちょ、息が……。 ふぁぁっ……!」


りーちゃんの口から艶っぽい声が漏れた。


「要らないから、今、そういうリアクション要らないから!」


「う、うるさい! アンタのせいでしょーが!」


【りーちゃんをしおらしくする方法その三:耳に息を吹きかける】


◇ ◆ ◇

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