第3話:りーちゃんは裏表のない素敵な人です

そんな俺たちの様子をじっと見つめる黒髪ロングとその取り巻き。

そんな取り巻きのうちの一人──ショートヘアの勝ち気そうな女子が口を開いた。


「ちょっと、そこの下品な男、どうせ裏口組なんでしょうけど、わたしたちの会話に入ってこないで頂けないかしら」


「あ? 裏口組だぁ?」


勝ち気ショートの、明らかに俺をさげすむような口調に反応して、俺の言葉も荒くなった。


「そ、この『正門』から入ってこないで、裏口から登校してくるような人間の事よ。ま、そんな方々、そもそも裏口入学って事もあり得るから、ぴったりのネーミングでしょ」


「ふぅん……」


確かに、このロータリーがある入り口がこの学園の正門にあたるとされている。

つまり俺たちが入ってきた入り口は裏門にあたる。

それでも俺にとっては十分に立派ではあったが、正門側の飾り付けはそれ以上だ。

そこらじゅうに、入学生個人に宛てたお祝いの花束も立っている。


駅から近いのは裏門にあたる。だから、電車で通学するような人間は裏門から通学し、家のお迎え付きの生徒は正門から入ることになる。

そもそも、こういう身分の奴らは、どこに行くにも送り迎え付き、この年になるまで電車になんて乗ったことないような奴らばかりだ。


「なるほど、お前らは正門組ってわけか、まぁ寄付金たっぷり積んで、入試も受けずに入学してる奴らの方が俺に言わせりゃ裏口組だが……」


青川学園には中等部からのエスカレーター進学も存在している。

この場所にも何度か来ている雰囲気から察するに、こいつらもおそらく内部進学組だろう。

ただ、外部進学にしろ、内部進学にしろ、金があればなんとでもなるのが、この学園……いや、ここに限らず社会って奴なんだ。


「失礼な事を言うな!」


勝ち気ショートが言い返してきて、俺たちの間にバチバチッと火花が生じた。

隣に並んだりーちゃんも、俺の側から火花を飛ばして、「ふんぬっー」っとも言いそうな勢いで、俺たちは相手の気迫を押し返した。


「ちょっと……わたしの事を無視しないで頂けるかしら」


そんな俺たちの間に割って入る黒髪ロング。


「も、申し訳ありません! カオリ様」


勝ち気ショートが、ぱっと一歩下がって、黒髪ロング──カオリと呼ばれた女生徒の横に控えた。


「……なるほど。カオリだから、『かーちゃん』ってわけか!」


俺は、ぽんっと手を打って納得する。


「……変なところで納得しないでくれますか?」


ジト目で俺をにらむカオリ。


「そ、南条カオリ。古くから芸能の世界で財をなして、今では古典芸能だけでなく、テレビタレントやミュージシャン、その他多くの芸能関係者にも多大な影響力を持つとされる南条家の一人娘」


改めて、りーちゃんが横から説明をしてくれた。


「それで、お前ら知り合いなの?」


「ま、ちっちゃい頃に社交パーティで知り合って、その後もたまに遊んでたりの記憶はあるかな。最近は私もそういうのに顔を出さなくなってたから大分久しぶりではあるけど」


「ふ~ん」


まぁ金持ちのお嬢様同士、色々な付き合いがあるんだろう。


「まったく……社交の場にも顔を見せないと思っていたら、リサ様ったらこんな不良娘になってしまわれたのですね」


「うっさいな~。ほっといてよ」


りーちゃんは、若干気まずそうにカオリから顔をそらした。


「しっかし芸能関係の総元締め? って事は親戚とか芸能人だらけだったり?」


「……最近は、わたし達が表の世界に出ることはほとんどありません。無論、知り合いや友人には芸能人も多いですが」


「なるほどね~。そういう輪の中で、生まれ育ってきたから、ずば抜けて垢抜けてるってわけか。良く見るととんでもない美人だもんなお前」


──ピキィィ──


何かが割れる音がした。どうやらりーちゃんが鞄の持ち手を砕いた音のようだ。


「そうだ、カオリ様の美しさを理解するとは、下賎の者にしては見所がある」


なぜか勝ち気ショートが威張っていた。


「ふふふ……」


恐らく『褒め慣れている』のだろう。カオリの方は軽く微笑んでいる。


「ありがとうございます。でも、恋人の前で他の女を褒めるのは、よした方が良いかと……ふふふ」


う~む、割と敵対していたはずなのに、こうも上品に笑われると敵意が削がれるな……。


「いや、別に俺は、こいつの恋人ってわけじゃ……」


──グシャァ──


何かが潰れる音がした。新品だったはずのりーちゃんの鞄が、ひしゃげてしなしなになっている。それこそ、その辺のワルぶってる高校生がもってそうな感じだ。

さらに、ぶるぶると空気が振動するのも感じる。


「おい、リサ。みんな怯えてるだろ。何をそんなにイライラしてるんだ」


りーちゃんの肩を掴んで、落ち着けようとする。


「……言ってよ」


わなわなと震えるりーちゃんが、か細い声を絞り出すが聞こえない。


「ん?」


「……ちゃんと彼氏だって言いなさいよ!」


突然、怒鳴り始めるりーちゃん。


「はぁ……お前なぁ……。こんなところで、そんな宣言したら、色々と問題になるだろ」


こう見えて、りーちゃんはお嬢様だし、相手も高名な家の者だ。


「周りにいる人間も多いし、こんなところで平民の俺と噂になるのは、リサにとってもデメリットが多いだろ」


「……気にしないもん、そんなこと」


ヤンキー娘が、だだをこねるような少女の口調になっている。


「こりゃダメだな……」


正直言うと、俺とりーちゃんの関係は世間一般的に言えば恋人と言ってもいいと思う。

俺にも事情があって、安易にその言葉を使いたくないが、そこは間違いない。

そんじょそこらの鈍感ラノベ主人公とは違うんだ。


今までは、他人の前でそんな宣言をする必要がなかっただけだが、りーちゃんと同じ高校に通うことが決まった時点で、ある程度腹をくくっていた部分もある。


「しゃーないな……」


こういうのは勢いが大事だ。すぅーっと息を整える。


「?」


カオリたち正門組の連中が、不思議そうな目で俺を見た。


「ご紹介が遅れてすいません。俺は竹中タクミ。鬼塚リサの彼氏やってます! 今後ともよろしく!」


あえて、周囲にも聞こえるぐらいの大声で自己紹介した。


「あ、ちなみにカオリさんも美人ですが、俺の中でも一番はりーちゃんなんで、誤解しないようお願いしますね!」


──っ──


しまった!

舞い上がって、要らんことまで口走ってしまった。


ざわざわと周りの新入生たちがうるさくなる。


「入学式早々に、何やってんだあいつら……」


「……鬼塚って、あの鬼塚グループの?」


「一体なんなんだあの男? 裏口組の一般人だろ?」


「うわ~、なんかきも~い」


「そう? いきなりそんなこと言えるなんてカッコイイじゃん」


「俺たちにはできない事を平然と……そこにシビれる! あこがれる!」


まったく……今日は何回視線を集めれば良いんだ……。

いや、今回のは自分のせいだが。

あと俺だって平然としてるわけじゃないぞ。


──ぎゅっ──


そんな中、なんかブレザーの裾を掴まれた。

りーちゃんが、ぷるぷると震えながら顔を下に向けている。

ま、どうみても照れているよなこれ。


勝ち気ショートを含めた、正門組の奴らは「ぐぬぬ」という顔をしている。

いや、どういう気持ちなのかイマイチ理解できないが……。


「なんなんですか、これ……」


南条カオリが、呆れたように呟いて俺たちの前を去って、体育館の方向へ向かう。

取り巻き達もぞろぞろとそちらへ着いていった。


うん、まぁ俺も「なんなんだろう、これ」と思わないこともないぞ。


周囲の生徒たちは、しばらくざわついていたが、体育館の方から


「入学式を始めま~す。新入生は早く入場するように!」


という案内があったので、ぞろぞろとそちらへ移動していった。


「さ……いくぞ」


まだ、ぼぉっとしているりーちゃんを促す。


「は……初めてだね。人前でちゃんと恋人だって言ったの」


「ん……そうだな」


「それに……『世界中の誰よりも愛してる』って……」


「そんなこと言ってねぇ! 数分前の記憶が壮大に美化されてやがる」


調子に乗るりーちゃんにツッコミを入れながら、俺たちも体育館へ向かった。


【りーちゃんをしおらしくする方法その四:ストレートに好意を伝える。なお、その後は調子に乗るので要注意。】


◇ ◆ ◇

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