第9話:ねこ大好き 後編

「あ、はい」


返事をして声をかけてくれた人を確認すると、俺たちと同じ制服を着た女子だった。

いかにも育ちの良いおっとりとしたお嬢様の雰囲気がある。

制服を着慣れている様子からして上級生だろう。

軽くパーマのかかった髪に、少しふっくりとした顔、そして大きな胸──ついつい目が行ってしまう。


「──じろ」


りーちゃんの目線を感じる。男の本能だ、許せ。

話しかけてきたおっとりとした女子は、俺たちの雰囲気に少しためらっている節があったが、猫の方を見て話を切り出した。


「……え〜と、猫の飼い主を探しているんですか?」


「はい。実は────」


事情を説明する。おっとり女子は「ふん、ふん」と頻繁に頷きながら話を聞いてくれる。

良い人のようだ。


「なるほど……。それでしたら私の家で飼えるかもしれません」


「ホントですか?」


「ええ……家のものに聞いて見ないと分からないですが……。その猫ちゃんと一緒に、私の家まで来ていただくことってできますか? ここから歩いて数分ですので」


「もちろん! ……あ、ちなみにお名前聞いてもいいですか? 同じ学校ですよね? 俺は今日入学したばかりの竹中タクミです。こいつは……」


そう言ってりーちゃんに自己紹介を促す。


「……鬼塚リサ」


りーちゃんは、むすっとしながら一応の挨拶をした。


「私は、東堂アカネと申します。二年生になったところです。よろしくね、後輩さん」


そうやって彼女は柔和に微笑んだ。

なんか癒やされるなぁ……と思っているとりーちゃんが余計にムスっとして、


「決まったなら早く行こうよ」


と俺たちを急かす。


「ふふふ……そうですね」


東堂さんは、りーちゃんの態度にも動じずに、自分の家へと先導してくれた。

かかえている段ボールの中にいる子猫は、いつの間にか、すやすやと眠っていた。


 ◇ ◆ ◇


東堂さんの家は、駅からほど近い高級マンションだった。

マンションの玄関を入るところで、


「ひえ〜、良いところ住んでますね」


と俺が言うと


「いえいえ……そんなこともないですよ。もっと良いところに住んでいる人もたくさんいますから」


と謙遜する。まぁ、確かに青川学園の生徒であれば、友人知人の家はもっと凄いのかもしれない。

それに、いくら高級マンションでも、りーちゃんの家みたいな豪邸なんかと比べてしまえば、質素とは言える。

……それでも一般人からしたら、このマンションも有り得ないほど高級なわけだが。


「ここです」


と、東堂さんが自分の家の鍵を開ける。

ご両親がいるのを予想して、若干襟を正した。


「ふふ……気楽にしていいですよ。親もいませんし」


「……え、いないの?」


意外な事実にびっくりして、タメ口になってしまう。


「ええ。さ、中にどうぞ」


俺とりーちゃんは、東堂さんに続いて家に入った。


「……でも、さっき家の人に聞くって言ってましたよね?」


「? そんな事いったかしら? 私が言ったのは──」


と彼女が言いかけたときに──


「ニャア」


と猫の鳴き声が聞こえた。


(……あ、猫飼ってるんだ)


と俺が思ったのもつかぬま──


「「「「ニャア、ニャア、ニャア」」」


他にも猫がぞろぞろと出てきた。全部で四匹。


「この子たちに聞かないと……って意味だったんですけど……」


……なるほど……。


 ◇ ◆ ◇


「家のもの」ってのは「家の猫」って意味だったのか。

確かに、家に猫を飼っているのであれば、新しい猫を迎えるに当たって先住の猫との相性は重要だろう。

ただ、そんなにスグ相性なんて分かるのかな……? という疑問もあるけど。


東堂さんは、お出迎えをする猫たちの相手をして撫でてやっている。

猫たちは東堂さんのことが好きでたまらないと言った様子で、体を東堂さんになすりつけていた。

俺たちにもあまり警戒していないようだ。


「さてと……とりあえず……」


家の猫との挨拶が終わった東堂さんは、子猫の様子をじろじろと見ていた。

その時、子猫が体をかすかにぶるっと震わせた。


「あ、いけない。ちょっと待ってて」


そういうと、自分の部屋らしき場所に入って、すぐ戻ってきた。

持ってきたのは、猫用トイレだった。


ちょうど子猫が目を覚ましそうなタイミングで、トイレに入れてあげると、タイミング良く、猫がおしっことウンチをした。


終わると、シャッシャとトイレの砂をかけている。

トイレが終わった後の子猫はなぜかドヤ顔にみえた。

そしてまたすぐ、眠りについた。


「凄いですね。良くトイレのタイミングなんて分かりますね」


「ふふ……まぁ、慣れてますからねぇ」


そういいながら、子猫を段ボールの中に戻すと、どこから持ち出したのか、ピンセットで子猫のウンチを砂から掘り返した。


「な、なにしてるんです?」


おっとりお嬢様には似つかわしくない光景だった。


「ほら、寄生虫がいたら大変じゃないですか」


とおっとりしたまま言いながら、やはりどこから持ち出したのかシャーレにウンチを乗せた。

それを持って行ったまま、トトトと駆けて部屋に戻っていき──すぐにトトトと駆けて戻ってきた。


「うん、問題なしでした!」


「ええっ、まじすか!?」


「うん、顕微鏡でも確認しました」


「いやいや、なんでそんなもん持ってるんですか!?」


東堂さんの意外と変な一面だった。

ま、いずれにしろ……この人に任せておけば安心そうだ、なんて俺が考えていると、いつのまにか猫用のケージをてきぱきと準備していた。


「この毛布、頂いていいかしら?」


と言うので、毛布を預けるとケージの中に子猫と一緒に入れて居場所を作ってあげていた。


そうして、部屋の一角にケージをおくと、他の猫たちが興味津々と子猫の様子を見にきた。

特に敵対心はなさそうだ。


「うん……大丈夫そうね。うちで飼いましょう」


おっとりしてる割に、かなり決断が早い人だ。


「あの……ほんと、すいません」


「いえいえ、あなたが謝るようなことじゃないわ。それに私も猫が、あと一匹欲しいと思っていたんです」


「へぇ……何でですか?」


「四匹だと、数字的に演技がわるいかな〜ってね」


有名な漫画のイタリアのマフィアかな?


「ジョ○ですね」


俺の心を読みつつ、ツッコミを入れてくる東堂さん。

ほわほわしてるのに、なかなかミステリアスである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る