21.結末




 僕らは日が傾くまで働いて、獣毛や羽根、灰、こびりついた赤黒いものなどを採取した。

 そして、暗くなる前に館を引き上げて、大学前で解散した。


 一週間後、採取したサンプルの簡易検査結果が出たということで、梶原からメールがあった。

 壁などに付着していた赤黒いものは血液だったが、骨になっていた動物のものと断定された。

 灰に関しても同様。


 つまり、ラザロ教授があそこで謎の動物相手に血まみれの乱闘をした末に灰になるまで焼かれた、というわけではなかった、ということらしい。


 骨になっていた動物については、シカ科の動物だろうとされたが、詳細は不明とされた。

 翼と思しき骨や羽根についてはイヌワシの一種だろうとされたが、詳細は不明。


 あとは、隠し部屋にあった獣毛と地下室の獣毛を比較したところ、DNAがほぼ一致したということで、詳細は分からないが、隠し部屋で毛をまき散らしていた動物が、どういうわけか地下室に行って死んだらしい、ということだった。


 また、地下室の獣毛からは、2匹分のDNAが検出されたらしい。

 つまり、あの地下室には、少なくとも2匹のシカ科がいたらしい、ということになる。



 結局のところ、僕らが一日かけてごちゃごちゃ調べた結果は、まあ、館の秘められた一側面を暴くという成果はあったものの、肝心の教授の消息についてはさっぱりわからないまま、というものだった。


 まあ、素人探偵のやることなんか、こんな程度だろうと言える。

 僕はしおしおと日常に戻り、長家もフロリダへと帰っていった。



 ただ、この件が全くの無意味だった、ということもなかった。

 僕は、長家の言っていたボルヘスとかいう名前に興味を惹かれ、休日に図書館に行って彼の作品を読んでみた。もちろん日本語訳で、であるが。

 すると、なかなか僕と波長の合う作風だったようで、気に入って何冊もAmazonで取り寄せてしまった。


 中でもピエール・メナール版「ドン・キホーテ」の評論はお気に入りで、何度も読んでは笑わせてもらっている。ウソを書くのがうまい人、という長家の評はなかなか当を得ている。


 ちょっと面白かったのは、彼の著作に『幻獣辞典』というのがあって、これがまた、本当に神話に登場する幻獣なんだか、それともボルヘスによる創作なんだかわからないウソくさい内容なわけだが、その中でペリュトンという幻獣が紹介されていた。

 アトランティス大陸に住んでいたとされる幻獣で、旅先で死んだ旅人が幻獣となった姿だそうなのだが、これが、鹿と鳥を合わせたような姿だそうなのである。


 地下室の骨は、イギリスからはるばるやってきて客死したアダムス一家の誰かの化身だったのだろうか。

 それとも、ラザロ教授がペリュトンに変化した姿だったのだろうか。


 そうやって想像を膨らませると、なかなか興味深いが、それが真相かと言われたら、卑しくも史学の学士の称号を持つ者としては、その証拠はない、と言うしかない。



 この件で、ひとつ気になることがあるとすれば、ラザロ教授の消息……ではない。

 それはそれで問題だが、それ以上に僕が気にかかっているのは、地下室での長家の表情だった。

 彼女は地下室で何かを見たのだろうか。それとも、それは僕の思い違いで、本当に何もなかったのか。


 あのとき、重ねて尋ねなかったことには少々心残りがあったが、後悔まではしていない。もし、彼女が何かを見て、それを言わなかったなら、それは僕らが知らないほうがいいことだったからだ。


 結局、あの館はなんだったのか。なぜあんな平凡な館で、誰が妙な儀式を行っていたのか。何のために?

 それはもちろん、気にならないわけではない。ただ、神とか悪魔とか外なる神とか、よくわからないものには、あまり関わるべきではないだろう。たとえ、その存在を信じていないにしても、である。

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鹿翁館のミステリー 涼格朱銀 @ryokaku

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