20.地下室 その2

 はしごを伝って穴の中に下りてみると、そこは、コンクリートで塗り固められた、地下壕のようなところだった。実物を見たことはないが、テレビ番組か何かで見たナチスの地下壕と雰囲気が似ている。

 天井の高さは十分にあるし、下りた先にあった通路も、人がすれ違える程度には広い。


 降りた先は通路みたいになっていて、そこを数歩進むと、部屋らしき空間に出るようである。どうやら梶原と長家は、その中にいるようだった。スマホの明かりらしきのがちらちら光っている。


 僕も自分のスマホで足下を照らしながら、通路を進んで、その部屋に入ってみた。

 そして、梶原が息を呑んだものの正体を見た。


 その地下部屋は四畳半くらいの、地下の空間としては結構広いスペースを持った、コンクリートの部屋だった。

 天井付近の壁を見ると、通気口なんかもきちんと作ってある。


 天井や壁のつくりも興味深かったが、当面の問題は床にあった。


 コンクリートの床には、隠し部屋で見たような魔法陣が描かれていた。星の頂点にはそれぞれ、小さくなった蝋燭が立っている。

 そして、その魔法陣の中には、四本足の動物の骨が横たわっていた。

 頭部の骨はなく、代わりに、背中のあたりに翼と思しき骨が散らばっている。そしてその周囲には、おびただしい量の獣毛と、大きな羽根。それからその周辺には、何やら灰のようなものが積もっていた。

 また、床や壁には、何かで引っ掻いたような跡や、赤黒いものがこびりついている。


 僕らはしばし、無言でそれらを見続けた。

 と、思い出したように長家が仮面を取り出し、仮面を通して部屋を探る。 


「……どうする?」


 僕は言った。梶原が答えた。


「まあ、ついに遺体は見つかったわけだ。ついにサスペンスらしくなってきたよね。見るからに人骨ではなさそうだけど」


 冗談めかして言いたかったらしいが、声も表情も笑えていなかった。

 それから、ため息をつき、改まって言った。


「……まあ、警察に連絡するのは、ここから人間の血液やら骨やらが検出されてからでいいと思う。動物の争った痕跡が見つかったと大騒ぎされても、あっちも困るだろうし。

 まずは、ここの骨やらなんやらを採取して、大学で調べよう」


 梶原は穴の入り口の方へと向かった。


「道具を取ってくるよ。悪いけど、サンプル採取を手伝ってくれ」


「いいさ。そのために来たんだしさ」


 梶原ははしごを登っていった。僕はそれを見送った後、改めてスマホをかざして、部屋を眺めた。


 部屋を見た感じの印象としては、この四本足の翼の生えた動物が、この部屋で暴れたように見える。

 また、骨の状態からすると、この動物は放置されたわけではなく、焼かれて骨だけになったようである。散らばっている灰は、その時のものなのかもしれない。

 しかし、仮にこの部屋できれいに骨だけ残るほど高温で焼かれたのだとしたら、床や壁、天井に、焼かれた跡や煤が残っていないのはおかしい。


 あと、もうひとつ、肝心なことは、教授がどうなったか、である。結局のところ、肝心なことがわかっていない。


 教授はここに来たのだろうか。来たとして、何をしたのだろう。この動物と戦ったのか。あるいは、まさかとは思うが、こいつを召喚でもしたのか。

 いずれにしても、教授の痕跡らしきものは何もなかった。



 ふと、長家の方を見ると、彼女はまだ仮面を被って、スマホで部屋の壁や天井を照らしながら見回していた。


「長家さん、何かあった?」


 僕が声を掛けると、長家は仮面を外して、首を横に振った。

 その様子は、どことなく妙な印象があった。いつもの長家らしくないというか。


 もちろん、こんな変な光景を見たら、誰だって妙な表情になるだろう。ただ、長家のそれは、そういうのではない気がする。


 ただ、僕はそれ以上聞かないことにした。長家は、必要なことならはっきり言うだろうし、言うべきでないことは決して言わないだろう。彼女が黙っているのであれば、本当に何もなかったのかもしれないし、それなりの理由があって、僕に話さないのかもしれない。


 それに……なんだろう。こういう妙な儀式には、あまり関わらないほうがいい気がする。

 僕はこういうのを信じてはいない。悪魔やなんやらがいるとは思っていない。かといって、よくわからないものに、むやみに手を出すのは利口ではないだろう。

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