19.地下室 その1

 穴の中は真っ暗でよく見えないが、入口付近に金属製のハンガーみたいなものが据え付けられており、それに、奥へと降りるためのはしごが掛かっていた。見た感じでは、はしごは丈夫そうで劣化もしていない。見た目だけで判断するのは危ないが、ともかく、それを使って下へ降りることはできそうである。

 僕は言った。


「懐中電灯か何か欲しいな」


 それを聞いた梶原が、呆れたような声で言った。


「はあ? 持ってるだろ」


「持ってるのか? 用意がいいな」


 僕は穴から目を離し、梶原を見上げた。

 すると、梶原は無言で、自分のスマホを取り出し、突きつけた。


「ボケてるんじゃないよ。スマホは人類史上類を見ない超高級懐中電灯だろうが。ついでに通話や撮影も出来るぞ」


 僕は2秒ほど、突きつけられた梶原のスマホを見つめていた。

 が、やがて、言われたことを理解し、おおと声をあげた。


「そうか。写真撮影の時のストロボがライトになるのか。そりゃ便利だな」


「マジかよこいつ。本当に現代人かよ」


 いや、真面目な話、スマホが懐中電灯になるなんて、今まで一度も考えたことがなかった。

 僕は早速自分のスマホを取り出すと、懐中電灯モードをオンにして、穴の中にかざしてみた。


 穴の中はコンクリートか何かできっちり塗り固められていて、丈夫そうな造りだった。

 穴の底は、目測で5メートルほど。

 スマホのライトなんてそんなに役に立つのか疑問だったが、意外と明るく照らせるもんである。ただ、光の直進性が強いので、広い範囲は照らせない。


「そのままその辺を照らしておいてくれないか。まず俺が降りる」


 梶原がそう言って、はしごに足を掛けた。さすがに梶原もわかっていて、いきなりはしごに身体を預けたりはしなかった。少しずつ体重を乗せたりして、強度を確認しながら、足を掛けていく。

 僕は邪魔にならないように位置を変えつつも、はしごで降りた先の地面の辺りを照らし続ける。

 梶原は足の位置と、はしごの強度を確かめながら、慎重に中へと降りていく。


 やがて、穴の底に降り立つと、自分のスマホを取り出し、中を照らし始めた。

 僕の位置からでは、中がどうなっているのかは全く見えない。


「危険がないか確認する。少し待っててくれ」


 そう言うと、梶原は穴の中へと消えてしまった。

 断続的に足音や物音だけが聞こえる。


 しばらくすると、唐突に、息を呑む音が聞こえた。


「おいおい、大丈夫か?」


 反射的に僕は言っていた。

 梶原はすぐに返事した。


「あ、ああ。大丈夫だ。ちょっとアレだが、おそらく危険はないよ。幽霊も悪魔もいない。怪物は……うーん」


 いや、そこで言い淀まれると心配になるんだが。

 ともかく、梶原は続けた。


「まあ、たぶん降りてきて大丈夫だよ。ただ、無理強いはしない。嫌だったら待っていてくれ」


 梶原の言葉が終わらない内に、長家はさっさとはしごを降り始めてしまった。

 僕は中に返事をした。


「わかった、行く」


 僕は、穴の中に入ること自体はどうとも思わなかった。暗くて狭い地下に入るのは、考古学者の醍醐味というものである。

 ただ、万一の時、地上に一人いた方がいいんじゃないか? ということは少し思った。


 ただ、よく考えると、それは過剰に心配しすぎな気もした。


 蓋は完全にどけたから、勝手に閉まることはない。

 この穴の入り口はかなり大きいから、いきなり土砂が崩れてきて入り口が埋まるということはまずないだろう。

 だいたい、崩れそうな土砂もないし、かなり広い、枯れた芝生の真ん中である。入り口を塞いでいた落とし蓋についても完全にどけてあるから、何かの拍子で閉まってしまう心配もない。


 そう自分に言い聞かせて、はしごを下りることにする。

 しかし、下りながらも、やっぱり安全確保の人員が必要なんじゃないか? という心配は、ずっと頭から離れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る