第26話 竜狩り
「マジかよ……巣から出てきやがった……」
「へ、ヘンリー?! ヘンリーなら倒せますよね?!」
ラテナはびっくりした衝動でぽふんっと煙をあげて、フクロウに戻ってしまう。
俺は慌ててラテナの落とした袋を拾い上げて「逃げろ!」と叫んだ。
「ヘンリー、ヘンリーなんで逃げ──」
「勝てるわけないだろ! 相手はドラゴンだぞ!」
俺はふりかえらず、踏み固められた道ではなく、急な斜面を猛ダッシュでかけおりる。
ドラゴンは最強のモンスターだ。
戦って勝てるだなんて聞いた事がない。
見つかったらなりふり構わず、全力の逃走をするのが人間という種に与えられたゆいいつの選択肢なのだ。
「ダメですよ…ッ! 追いつかれますぅう、いゃぁあああああ!」
ラテナが鳥肌全開にして悲鳴をあげた。
クソ、ここまで来たのにドラゴンなんかに殺されてたまるか!
俺は氷鋼のはいった袋をふもとに放り投げて、追ってくるフロストドラゴンをチラ見する。
「グォォオオオオオオッ!」
怖すぎる。
「ラテナ! さっきの洞窟の入り口にキララをつけとけ!」
俺は指示を飛ばすとともに、近くの洞窟に転がりこんだ。
遮蔽物のすくない山肌をドラゴンと追いかけっこするなんて自殺行為だ。
「こっちだ!」
「グォォオオオオオオ!」
ならば、洞窟に自ら戻ったほうがまだいい。
怒りの形相が睨みつけてくる。
俺は内心ですくみあがりながらも、鋭い牙に捕まることのないように、複雑な洞窟を縦横無尽に逃げた。
白い息を吐き出しながら、極寒の洞窟をはしり続けていると、道中に天井からつららが生えていることに気がつく。
「落ちてこい!」
冷素のコントロールをもちいて、俺のあとを追いかけてくるフロストドラゴンに、大きなつららを当てる。
轟音を鳴らしてふってくるつららは、地面に深々とささり、フロストを食いとめた。
ドラゴンの動きがとまった。
俺は一瞬の隙で思考する。
オリジナルスペル《マスターカット》で首を焼き切れるか?
いいや、そこまで時間はくれない。
あれは動いてる対象には使えない。
ならば、もっと手っ取り早く最大の一撃を放つ必要がある?
俺は決心して、倒すならばコレしかないと全力で走ってドラゴンに近づいた。
そして、その鼻頭に手のひらを当てる。
深呼吸をひとつ。
ただでさえ冷たい洞窟が、俺のまわりをかこうようにどんどん凍りついていく。
吐息が真っ白になり、指先の感覚が失われてきたとき、俺は蓄積したすべての熱素を集中させて放射した。
「焼却せよ──《アフターバーナー》」
俺の右手のひらから炎が溢れて、フロストドラゴンをつつみこんだ。
途端にあたりの氷が溶けはじめて、ジャワっと蒸気が洞窟を満たす。
その次に訪れたのは爆風だ。
俺の手から溢れるようにふくらんだ火炎は、いつしかやりのように真っ直ぐに放射され、やがて色もオレンジから赤、さらに中間に紫色の炎をもつ蒼い勺熱になっていく。
反動ですこし後退する俺は、これは俺のもつ大半の魔力と引き換えに放つ奥義だ。
これで殺れなきゃ、俺は死ぬ。
「いけぇぇえ!」
「グロォオォオオ、ォ、オ……──」
熱っせられた空気の膨らみと、放射された熱の余波で極寒の洞窟は赤くほてっていた。
俺は全魔力を放ちつくして、膝をおりまげる。
そして、汗だくになりながら顔をあげた。
目の前ある氷鋼の鱗表面は溶けていた。
まっかに蒸しあがったその竜からは、ふたたび動き出す気配は感じられない。
「はあ、はぁ、はぁ……生き残った…」
俺はなんとかなった事に安心した。
けれど、熱いし、不安だし、いつまでも洞窟にいたくなかった。
すぐに洞窟を出ることにした。
洞窟を出てドッと疲れた肩をおとす。
すると、遠くから「ヘンリー!」と呼ぶ声が、馬にのってやってきた。
俺は片手をあげて「なんとかなったー」と無事を知らせるのであった。
──────────
───────────
──5日後
昨日、前代未聞の事件が起きた。
それは、冒険者になりたての2人組のブロンズ冒険者が、フロストドラゴンの遺骸を時間をかけて冒険者ギルドに提出したことだ。
新しく冒険者としてデビューし、瞬く間に伝説的な功績をうちたてて、プラチナ級冒険者となった謎のパーティの名は『赫梟』だ。
まだ幼いひとりの少年と、地味なローブに身を包む2人組らしく、目撃者によればローブのほうは絶世の美少女らしい。
ひと目見ようと男たちが声をかけるが、全部ちっこいガキが「見せ物じゃない!」と邪魔をしてフードを取ることすら許さない。
ゆえに、その姿を見たものはすくない。
「ギルド長、よかったんですか?」
「なにがだ」
新聞の大見出しを眺めながら、コーヒーをすする渋男が片眉をあげる。
視線を向けられた若い男は、頭をポリポリかけながら『竜狩り』の事ですよ。
「あんなデタラメな話信じて、ブロンズからプラチナまで飛び級させちゃうなんて、ほかの冒険者たちの不満が爆発しちゃいますよ」
「はん、バカか小僧。これが最大の配慮だ。『竜狩り』の二つ名を持つ者をプラチナ級でとめてしまったことは、これから冒険者ギルドに大きな影を落とすかもしれん」
ギルド長はコーヒーをひと口ふくみ、「苦いな」と言いながら、またひと口すする。
「本当に倒したならいいんですよ。でも、普通に考えてください。死体なんていくらでも偽装できますよ。それに、殺し方が焼き殺したって……意味不明すぎますよ」
「やれ、世の中を知らん小僧だ」
ギルド長は新聞をたたんでピシャリっと机にたたきつける。
若い男は背筋をピンッとただした。
重厚な机にほうられる一枚の手紙。
封は切られている。
「これはなんですか?」
「アルカマジの冒険者ギルドにこの件について判断をあおいだ。超速鳥便だ」
若い男は手紙に視線をおとす。
そして「フォッコ? 誰ですかこれ?」と問い返した。
「アルカマジ本国が探してる家出娘らしい。なんでも魔術の大天才らしくてな。彼女ならば竜を焼き殺せるかもしれない、と向こうの魔術師たちは判断したようだ」
「っ、フードで姿をあらわさないのはそういうことですか!」
「ふむ、十中八九、そういう事だろうな」
若い男はすべてが繋がったという風に大げさなため息をつく。
「それで、そのフォッコさんをどうするんですか?」
「どうもしない。俺たちが何かして向こうに恨まれるのは嫌だからな。放っておく。ああ、そうだ、かの国から彼女を連れ戻しにシーカーが来るらしい。俺がいなかったらお前が手厚く出迎えてくれ」
若い男は信頼に応えようと、胸をはり「任せてください!」とドンと胸板をたたいた。
ギルド長はそういいながら、椅子から腰をあげて窓の外へ顔をむけた。
通りを歩いていく『赫梟』が見えた。
「厄介なことにならなければいいが」
彼はそう言いコーヒーを飲み干す。
そして、渋い顔をして「苦いな」なとつぶやくのであった。
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